華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

This Wheel's On Fire もしくは あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ (1968. The Band)



「燃える電話ボックス」と「燃える車」。

元々は「ロック史上初の海賊盤」として市場に出回ったというディラン&ザ·バンドのプライベートな録音が、1975年に「地下室」というタイトルで公式発売された際、この2曲がそういう順番で収録されていたことにはやはりそれなりの「意味」があったのだということを、前回「長距離電話交換手」を自分の手で翻訳してみて、改めて感じずにいられなかった。それで今回は、この曲になった。

この曲を初めて聞いたのが、上にジャケットを貼りつけた「Rock of Ages」というザ・バンドのライブアルバムのバージョンを通じてだったことは、とてもラッキーだったと私は思っている。最初に聞いたのが彼らのデビューアルバムのバージョンだったら、10代だった私にはきっとその良さが分からなかったと思うし、ディランが歌っている「地下室」のバージョンだったなら、この曲に対する印象は全然違ったものになっていたと思う。もしも今まで聞いたことのない人が読んでいたら、ぜひとも参考にされたい。

それにつけても上のアルバムジャケット、初めて見た時から絶対「近所で見たことがある顔」だと私は思っていた。大阪ナンバの古レコード屋で偶然見つけた時には「どうしてアメリカのLPに奈良の仏像が?」と、頭の中に無数の?マークが駆け巡ったものだ。それがザ·バンドというバンドを知って間もない時期のことだったから、中学生だった私はいっそうこの人たちの音楽との出会いに運命的なものを感じたことを、よく覚えている。

それで私は今までずっとあの仏像のことを、興福寺国宝館で昔よく見た「山田寺仏頭」であると何となく思い込んでいたのだけれど、今回改めて写真を見直してみるとちょっと違う顔をしていたので、あれっという気持ちになった。




…おかしい。こんなはずはない。この二つが「同じ顔でない」ことは否定できないにしても、下の顔は下の顔で「絶対どこかで見たことがある顔」なのだ。それも間違いなく「白鳳時代の顔」である。いくら奈良でも、他にいくつもあるような顔ではない。

それで改めて、覚えている限りの仏像の名前で画像検索をかけてみて、やはり「近所で見た顔」という記憶に間違いはなかったことが分かった。アメリカの美術史家フェノロサが明治政府の権力をバックに開扉させるまで何百年にわたってその姿を見た人がいなかったという絶対秘仏法隆寺夢殿の救世観音だったのだ。




これはもう、完全に同じ顔だろうと安心したのも束の間、不気味なことに気がついた。完全に同じ顔に見えるにも関わらず、下の写真には白毫 (びゃくごう。仏像の額についてる丸いやつ。1本の長い毛がぐるぐる巻きになっている状態の表象だとのことで、あそこには「智慧」が詰まっているらしい)が無いのである。

してみるとやっぱり「違う仏像」だったことになる。しかしこれだけ似ていて「無関係な仏像」というのが、果たしてあるものなのだろうか。そしてそれがアメリカのロックバンドのアルバムジャケットに使われるというようなことが、どうして起こり得るのだろうか。

Rock of Ages」のジャケットを作った人は一体誰で、あの仏像は一体どこで撮影されたものなのか。いろいろ調べて見たけれど、残念ながらそこまでは分からなかった。しかし確実に言えることとして、夢殿の救世観音と全く「同じ顔」で白毫だけがない仏像というものが、この地球の上にはもう一体、どこかにあるのである。

…土産品のバッタ物の写真だったとか、そういうオチでだけはないことを祈りたい。それにしても、今ではガースとロビーの2人しか生き残ってはいないわけだけど、ザ·バンドのメンバーを法隆寺に連れていったら果たしてどんな感想が出てくることか。聞いてみたい気がする。

あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ
ー夢殿の救世観音に (会津八一 1924年)




This wheels on fire

This Wheel's On Fire

英語原詞はこちら


If your memory serves you well
We're going to meet again and wait
So I'm going to unpack all my things
And sit before it gets too late
No man alive will come to you
With another tale to tell
And you know that we shall meet again
If your memory serves you well

もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば
われわれはもう一度会って
待つことになるはずだった。
だからわたしは自分のものを全部荷解きして
手遅れにならないうちに
その前に座り込むことにする。
誰も生きてはあなたのところを訪れない。
違う話をたずさえては来ない。
そしていいだろうか。
われわれはもう一度会うことになるのだ。
もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば。


This wheel's on fire, rolling down the road
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!

この車は火に包まれて
道を転がり落ちてゆく。
最良の方式で私の最近親者に通告されたい。
この車は爆発するのです!


If your memory serves you well,
I was going to confiscate your lace
And wrap it up in a sailor's knot
and hide it in your case
If I knew for sure that it was yours,
but it was oh so hard to tell
And you know that we shall meet again
if your memory serves you well

もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば
わたしはあなたのレース編みを押収するはずだった。
そしてそれを船乗りの結び方で包装して
あなたのケースの中に隠すはずだった。
それがあなたのものだということを
もしもわたしがちゃんと知っていたならば。
だがしかしそれは、ああ
とても見分けにくいものであったのだ。
そして、いいだろうか。
われわれはもう一度会うことになるのだ。
もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば。


This wheel's on fire, rolling down the road
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!

この車は火に包まれて
道を転がり落ちてゆく。
最良の方式で私の最近親者に通告されたい。
この車は爆発するのです!


If your memory serves you well,
you'll remember that you're the one
Who called on them to call on me
to get you your favours done
And after every plan had failed
and there was nothing more to tell
And you know that we shall meet again
if your memory serves you well

もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば
あなたは自分があなたの望みを叶えるために私を
呼ぶために彼らを訪れた
その人だったことを思い出すはずだ。
そしてすべての計画が失敗した後に
そしてそれ以上言うべきことは何も残されていなかった。
そしていいだろうか。
われわれはもう一度会うことになるのだ。
もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば。


This wheel's on fire, rolling down the road
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!

この車は火に包まれて
道を転がり落ちてゆく。
最良の方式で私の最近親者に通告されたい。
この車は爆発するのです!


This wheels on fire (Dylan)

=翻訳をめぐって=

ザ・バンドのベーシストのリック・ダンコが、ボブ・ディランと共作した曲。歌詞はほとんどディランが書いたらしく、解釈をめぐってはいろいろな説がある。英語圏のサイトを見てみると、ある人は神が人間に向かって語りかけているような印象を感じるそうだし、ある人は「レース編み」という2番の歌詞から、単純に(?)男女関係をめぐる歌だとも解説している。ただ、言えることは、全体を通してこの歌の中に貫かれている「絶対に逃がさない」もしくは「絶対に許さない」という迫力がとにかく尋常ではないことで、無理やり日本語化した訳詞からも、そのことだけはハッキリと伝わってくると思う。

また、音楽的な構成をめぐっても非常に独特なものをこの曲は持っていて、最後から2行目の「Best notify my next of kin」という部分を初めて聞いた時には、まるでナイアガラの滝みたいだと感じたものだった。この曲と似た曲というものには、いまだにひとつも出会ったことがない。なお、私が「Rock of Ages」のバージョンを一番好きなのは、メロディをコーラスメンバーに任せて「next of」という言葉だけを飛び跳ねさせている、リック·ダンコの歌い方がたまらないからである。

If your memory serves you well片桐ユズルさんの有名な翻訳では「もしもきみの記憶がたしかなら」となっている箇所だが、この出だしの歌詞からしてかなりヒネった言葉が使われているので、直訳に近い形で訳した。なお、ifで始まる一行目に現在形が使われていて、二行目では過去形が使われているというのは、「仮定法」では極めて珍しいケースなので、本当に上の訳詞で間違いないのか何度も確かめたが、たぶん合っているはずである。

This wheel's on fire, rolling down the road …「自動車」を意味する場合、普通は「wheels」と複数形になるのだが、口語では単に「wheel」ということもあるらしい。ただし単数形の場合、元々の意味は飽くまで「車輪」なので、英語圏の人には燃える自動車のイメージと同時に下の画像のようなイメージも浮かんで来るらしい。シェイクスピアの戯曲に出てくる中世の拷問具だそうである。また「wheel」は「回るもの」や「転がるもの」に対する一般的な表現でもあるから、この言葉から連想されるものは「人生」「魂」「時代」「地球」等々、本当に多岐に渡っているのだとのこと。


Best notify my next of kin …役所や軍隊から送られてくる公式文書で使われている、非常にフォーマルな言い方らしいので、そのように訳した。

This wheel shall explode!…この部分だけは片桐ユズルさんの翻訳と完全に同じになってしまったが、オマージュとして受け止めて頂ければ幸いに思う。

you'll remember that you're the one
Who called on them to call on me
to get you your favours done

…極めてややこしい言い回しなのだが、ディランのバージョンではここを「Who called on me to call on them」と、順番を入れ替えて歌っている。ザ·バンドのバージョンでは「やつらを介して俺に近づこうとしたのはお前じゃないか (それなのに裏切りやがって)」ということへの怒りが歌われているのに対し、ディランのバージョンでは「やつらに近づくために俺のことをダシにしやがって」という怒りが歌われていることになる。と思う。

And you know that we shall meet again …ディランのバージョンでは3番のこの部分のknowだけがknewになっている。「あなたはわれわれがもう一度会うことになるのを知っていたはずだ」という意味になる。



この歌の邦題は「火の車」と言う。小さい頃に家にあった水木しげるの妖怪図鑑に「火車」という妖怪の項目があって、こんな格好に描かれていた。だから私の中でこの歌のイメージとこの妖怪のイメージとは、今でも切り離せないものになっている。「葬式の現場や墓場に現れて悪行を積み重ねた末に死んだ者の亡骸を奪ってゆく妖怪」なのだそうである。ではまたいずれ。

Long Distance Operator もしくは長距離電話交換手さん (1967. The Band)



90年代になったかならないかぐらいの頃、京都の丹後半島で1回だけ「100番電話」というものに出会ったことがある。部活の合宿先から実家に電話をかけさせてもらおうと、その民宿のおばさんにたずねたところ、「廊下に黒電話があるからそこで100番を回してください」と言われた。よく分からないままに言われた通りにすると、受話器の向こうに「オペレーターのお姉さん」が現れて、「何番におつなぎしましょうか?」と言われた。何だかもう、キツネにつままれたような気分だった。

それでドギマギしながら実家の電話番号を伝えると、「ではおつなぎします」という声と共に別の呼び出し音が鳴り出して、間もなく母親が出た。私は元々の用事もそっちのけで「今起こったばかりの不思議な体験」について熱く語ったのだったが、母親は鼻でせせら笑い、「うちらの時代は電話っちゅーのはみんなそおゆうもんやったんや。何をビックリしてるんや」と言った。その母親の言葉に、私はまたまたビックリしてしまった。

人に電話をかけるのに、全然知らない第三者にまず電話をかけて、相手につないでもらえるようにお願いしなければならないというシステムが昔は「当たり前だった」という、そのことに驚かされたのである。昔というのは、何て大変だったのだろう。

私はそれまで、電話というのはかける自分とかけた相手とをダイレクトにつないでいるものだと思っていたのだが、実はその間にはいつも「知らない誰か」が介在していたのだということも、なかなかにショッキングな事実だった。こんなことでは自分たちが今まで電話で喋ってきたことの内容なんて、ダダ漏れだったんだろうなとも、子ども心に思った。

そして世の中の人が電話をかけたいと思うたびに、昼夜となく仲介の労をとってくれている「交換手さん」という人たちの存在を初めて意識させられ、その仕事の大変さはどんなものだろうと思うと、気が遠くなりそうになった。もちろん、今にして思えばいくら何でもその時代には、電話の交換は自動になっていただろうと思う。しかしそんなに遠くない昔までは、1本1本手でつなぐのが「当たり前」だったのである。

昔の映画で電話機の横のハンドルをぐるぐる回していたのは、番号を回していたわけではなく、まずああやって「交換手さん」につないでいたのである。電話をかけたい時には誰もがまず「交換手さん」と話をしなければならなかった。そしてその時点では、料金は発生しなかった。

…ということはその時代には「さみしい私の話を聞いてください」等々と言って「交換手さんと話をしたがる人間」が必然的に発生したのではないかと思われ、そういう相手に当時の交換手さんはどんな風に対応しなければならなかったのだろうとか考え始めると本当に眠れなくなってしまいそうな気がしたものだったが、必ずあったはずのそういう話について、聞いたり読んだりしたことはいまだにない。歴史には埋もれたままになっている事実というものが、山のようにあるのだと思う。

今回改めて調べてみて、100番電話とはその電話機から電話をかけるたびにその都度かかった料金を知らせてもらえるサービスだったけど、2015年に廃止されていたのだということを、初めて知った。あの丹後半島の民宿でまず100番にかけなければならなかったのは、宿泊客がかける電話代と家の人がかける電話代とを区別するためで、黙って実家の番号を回していればあの黒電話からでもつながっていたのだろうということが、30年近くたってようやく理解できた。とまれ、映画や小説で「ああ、交換手?」みたいなことを言い出す人間が現れるたびに「交換手さんと言え」と思いながら私がいちいち思い出すのは、その時のエピソードなのである。

今回はその「交換手さん」の歌だ。「Lost in the Supermarket」に出てくる「Long distance callers make long distance call」という歌詞が私にはずっと「長距離電話交換手さん、長距離電話をかけてください」と聞こえていて、クラッシュのメンバーもこの曲が好きだったんだろうなとか思っていたのだけれど、それが勘違いだったことに気づいたのは、前回の記事を書いている過程でのことだった。ボーカルはリチャード·マニュエル。なお曲を書いたのは、ボブディランであるらしい。


Long Distance Operator

Long Distance Operator

英語原詞はこちら


Long-distance operator,
Place this call, it's not for fun.
Long-distance operator,
Please, place this call, you know it's not for fun.
I gotta get a message to my baby,
You know, she's not just anyone.

長距離電話交換手さん。
この電話をつないでおくれ。
いたずらじゃないんだよ。
長距離電話交換手さん。
お願いだからこの電話をつないでおくれ。
本当にいたずらじゃないんだよ。
あの子に伝えるメッセージを考えなくちゃ。
ねえあの子は
他の誰とも違ってるんだよ。


There are thousands in the phone booth,
Thousands at the gate.
There are thousands in the phone booth,
Thousands at the gate.
Ev'rybody wants to make a long-distance call
But you know they're just gonna have to wait.

何千もの出入口に
何千もの電話ボックスがある。
何千もの出入口に
何千もの電話ボックスがある。
みんなが長距離電話をかけたがっている。
でもいいかい。
誰もが待たなくちゃいけないんだ。


If a call comes from Louisiana,
Please, let it ride.
If a call comes from Louisiana,
Please, let it ride.
This phone booth's on fire,
It's getting hot inside.

ルイジアナから電話がかかってきたら
それは放っといてください。
ルイジアナから電話がかかってきたら
それは放っといてください。
この電話ボックスは燃えていて
中はだんだん熱くなってきている。


Ev'rybody wants to be my friend,
But nobody wants to get higher.
Ev'rybody wants to be my friend,
But nobody wants to get higher.
Long-distance operator,
I believe I'm stranglin' on this telephone wire.

みんながぼくと友だちになりたがる。
でもハイになりたい人は一人もいない。
みんながぼくと友だちになりたがる。
でもハイになりたい人は一人もいない。
長距離電話交換手さん。
ぼくはこの電話のコードで
窒息しかかってるんだと思うよ。

Lost In The Supermarket もしくは保障つきの俺なのに (1979. The Clash)



不安にとりつかれた少年の歌と来れば、次はこれだ。気持ちいいぐらいびしばしとつながってゆく。ステージフライトの歌に続くのは、スーパーマーケットで迷子になってしまった男の子の歌である。


Like a Rolling Stone

Lost In The Supermarket

英語原詞はこちら


I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

スーパーマーケットで迷子になってしまった。
もうハッピーに買い物できない。
特売になってたあの
人から認められる人格ってやつが
ほしかったんだけど。


I wasn't born so much as I fell out
Nobody seemed to notice me
We had a hedge back home in the suburbs
Over which I never could see

誰もぼくのことに気づいてないみたいな
そんなことになってしまうために
ぼくは生まれたんじゃないと思う。
郊外にあったぼくのうちには
高い垣根があって
ぼくはその向こうを1度も見たことがなかった。


I heard the people who lived on the ceiling
Scream and fight most scarily
Hearing that noise was my first ever feeling
That's how it's been all around me

天井裏で暮らしてる人たちが
ものすごくこわい声で
叫んだりけんかしてるのが聞こえてきた。
それが生まれてから最初に感じたことだったから
今でもその音が耳に焼きついて離れない。


I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

スーパーマーケットで迷子になってしまった。
もうハッピーに買い物できない。
特売になってたあの
人から認められる人格ってやつが
ほしかったんだけど。


I'm all tuned in, I see all the programmes
I save coupons from packets of tea
I've got my giant hit discoteque album
I empty a bottle and I feel a bit free

今の時代には
すっかり溶け込んでると思う
テレビの番組は全部見てるし
紅茶の袋のサービス券も集めてる。
ディスコのメガヒットのアルバムも買った。
酒ビンを空にして
それでちょっとだけ自由を感じる。


The kids in the halls and the pipes in the walls
Make me noises for company
Long distance callers make long distance calls
And the silence makes me lonely

団地の入口で騒いでいる子どもたちや
壁の中を伝うパイプが
やかましい音をたてて
さびしいおれにつきあってくれる。
長距離電話をかけている人たちは
本当に遠いところに向かって叫んでいて
その静寂が
おれを孤独にさせる。


I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

スーパーマーケットで迷子になってしまった。
もうハッピーに買い物できない。
特売になってたあの
人から認められる人格ってやつが
ほしかったんだけど。


And it's not here
It disappeared
I'm all lost

ここにはもうない。
見えなくなってしまった。
おれは迷子だ。

=翻訳をめぐって=

Wikipediaの英語版に書かれていたこの歌の成り立ちに関する記事は、とても興味深かったので、併せて翻訳しておきたい。

The song's lyrics describe someone struggling to deal with an increasingly commercialised world and rampant consumerism. The song opens with Strummer's autobiographical memories of his parents' home in suburban Warlingham, with a hedge "over which I never could see." With lines such as "I came in here for that special offer - guaranteed personality", the protagonist bemoans the depersonalisation of the world around him. The song speaks of numbers about suburban alienation and the feelings of disillusionment that come through youth in modern society.
この歌の歌詞は、ますます商業化されてゆく世界と、隆盛を極める大量消費主義とに、折り合いをつけられず格闘している人間の姿を描いている。歌は、ストラマーの両親が住んでいたサリー州ワーリングハムの家にまつわる、自伝的回想回想から始まる。そこには彼が「その向こうを見たことがなかった」垣根があった。「I came in here for that special offer - guaranteed personality」といった歌詞では、歌の主人公が彼を取り巻く世界の非人格化を嘆いている。この歌は近代社会の若者たちが感じている都市生活における疎外や、幻滅感について、多くのことを語っている。

In the Making of 'London Calling': The Last Testament DVD, released with the 25th anniversary edition of London Calling in 2004, Strummer said he wrote the lyrics imagining Jones' life growing up in a basement with his mother and grandmother.
2004年に「ロンドンコーリング」の25周年エディションと同時にリリースされた「Making of 'London Calling': The Last Testament」のDVDの中で、ストラマーはこの歌の歌詞を、地下室で母親と祖母に育てられたジョーンズの気持ちを思い描きながら書いたのだと述べている。

…以上のことを踏まえた上で、以下は訳詞の検証である。

I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

難しいのは下の二行である。「あの特売品のために私は来た」で、その特売品が「A guaranteed personality」なのである。どんな顔をして生きて行けばいいかも分からないようなこの世の中にあって、「人から認めてもらえるような人格」が特売で売りに出されているという話を聞きつけ、スーパーに来てはみたもののそこでまた迷子になってしまったという、なかなかにシュールな情景がうたわれた歌詞なのだと思われる。
CDの歌詞カードの訳詞では、この四行目が「保障つきの俺なのに」というわけのわからない言葉で訳されていた。意味が分からなかったのなら、誰も笑ったりしないのだから正直に分かりませんでしたと書いてほしいと思う。読むのが子どもだった場合、その「わけのわからない言葉」のために本当に何十年単位で悩まされることになってしまうのである。

I heard the people who lived on the ceiling
Scream and fight most scarily
Hearing that noise was my first ever feeling
That's how it's been all around me

海外サイトの説明によると、この部分の歌詞は非常に「ぎこちない英語」で書かれているのだという。例えば「most scarily」という言葉の使い方などを通して、ジョーは意識的に「子どもが書いた作文」のような印象を聞き手に与えようとしているらしい。
「天井裏の人たち」という表現にしても、イギリスでは天井裏を借家に出すようなことはまずないという話で、「子どもの想像力が生んだ言葉」という印象を、英語話者は感じるらしい。もっとも、ミックが育った家が「地下室」だったという上記の情報を考え合わせるなら、子どもの言葉としては極めて自然な表現だとも思える。
ちなみに日本で「地下室」と言うと、どうしても割と金持ちの人が住んでる一戸建ての家に造られた禍々しいイメージの漂う密室という感じを伴うが、イギリスでは貧乏な人向けに、公営の集合住宅でもひときわ安い「地下の部屋」が造られ、貸しに出されているのが普通なのだという。だから「天井裏の人々」は「上の階の住人」のことだと考えるのが一番自然だと思われるが、海外サイトでは「両親」のことだと解釈している人もいたし、「上流階級」のメタファーであると解釈している人もいた。

The kids in the halls and the pipes in the walls
Make me noises for company

この部分の解釈が一番難しかった。「The kids in the halls」というのは「コンサートホールにつめかけたガキども」とも訳せるのである。だがそれでは、いくら韻を踏むための言葉だとはいえ、後に続く「the pipes in the walls」という言葉と、釣り合いが取れていないと思う。
「壁のパイプが立てる音」というのは、たぶん周りの部屋の住人が台所を使う時やトイレを流す時の、ジャーッという音だ。歌の主人公はおそらく、集合住宅的な部屋の中にいるのだと思う。コンサートホールのステージの上で孤独を感じることもあるだろうが、「パイプの音」から感じる孤独とは、明らかに異質なものであるはずだ。
だから「集合住宅的な風景」の中で子どもたちがいるような「halls」を思い描く必要があると思われる。「廊下」と訳すと一番ピッタリ来る気がするが、「hall」が「廊下」になるのはアメリカ英語で、イギリスでは廊下をhallとは呼ばないらしい。
だとすると考えられるのは「玄関ホール」だが、歌詞は複数形の「halls」なのである。普通、玄関は建物にひとつしかない。だからまた頭を悩まされることになってしまったのだが、日本の団地でイメージした場合、集合住宅にはいくつも「棟」があるはずだ。その「棟」ごとに、子どもたちが入口に固まって騒いでいる風景というのは、イメージとして不自然ではない。
そういう風に考えて上記のように訳したのだが
誤訳かもしれない。なお、青い文字で翻訳してある部分は例によって「原詞にはないけど私が勝手に付け足した言葉」です。あと、前半部分は上記のような理由から「ぼく」で翻訳する必然性があったのだけど、この部分では主人公が既に大人になっており、「ぼく」で訳するのがあまりに不自然に思われた。だから一人称が「おれ」に変わっています。

Long distance callers make long distance calls
And the silence makes me lonely

ここもなかなか、難しい。他サイトでは「長距離電話をしている人間は本当に長距離電話をしてるって感じがする」という訳し方がされていて、それはそれで味わい深いと思ったのだけど、2つめの「long distance call」は「長距離電話」とは違う意味を持っていると解釈した方がいいのではないだろうか。だから「言葉遊び」として成立する歌詞になっているのではないだろうか。long distance callを慣用句としてでなく文字通りに直訳するなら、「遠くまで届く叫び」である。長距離電話をかけている人たちの心は本当に遠いところに飛んでいってしまっているから、その声は目の前にいる人間の上を通り過ぎてゆく。静寂と変わらない。私はいっそう孤独を感じる。そういう歌詞なのだと思う。スマホの時代になった現在ではこれが本当に「静寂」になっているから、私は街に出るのも電車に乗るのも、正直こわい。そう感じ始めてから、何年にもなる。


Osheen theme song

80年代、私の母親は世の中のご多分に漏れず「おしん」に夢中になっていたのだけれど、子どもだった私にはさっぱり分からなかった。それである日「おしんって誰なん? 何か、えらい人なん?」と訊いてみたら、「日本で最初にスーパーマーケットを作らはった人や」というのが母親の答えだった。それはエジソンなみにどえらい人だと当時の私は思ったものだったが、今にして思うと、ずいぶんいいかげんな説明だったのではないかと思う。全部を見たわけではないけれど、そういうドラマだったわけでは、たぶん、ない。というわけでまたいずれ。

Stage Fright もしくは舞台恐怖症 (1970. The Band)



「失敗できない若者たち」の歌に続く歌と言えば、これしかない。ザ·バンドの「ステージフライト」。「舞台が怖い」という曲である。





そう。舞台はとっても怖いのだ。がんばれ。負けるな。リック・ダンコ。


The Last Waltz -Stagefright-

Stagefright

英語原詞はこちら


Now deep in the heart of a lonely kid
Who suffered so much for what he did
They gave this ploughboy his fortune and fame
Since that day he ain't been the same

いま、孤独な少年は心の奥深くで
自分のやってしまったことに激しく苦しんでいる。
幸運と名声が与えられたあの日から
田舎育ちのこの若者は
昨日と同じではいられなくなってしまった。


See the man with the stage fright
Just standin' up there to give it all his might
And he got caught in the spotlight
But when we get to the end
He wants to start all over again

ステージフライトにとりつかれたあいつを見ろよ。
あそこに立ってるだけでやっとなんだ。
今度はスポットライトにとっ捕まった。
でもおれたちが曲を終える頃には
あいつはまた最初から始めたがるんだぜ。


I've got fire water right on my breath
And the doctor warned me I might catch a death
Said, "You can make it in your disguise
Just never show the fear that's in your eyes"

おれは火消しの水をがぶ飲みした。
医者はおれに死ぬぞって言った。
「うまく隠し通せば快方に向かうだろう。
お前の目の中の恐怖を絶対誰にも見せてはいけない」


See the man with the stage fright
Just standin' up there to give it all his might
He got caught in the spotlight
But when we get to the end
He wants to start all over again

ステージフライトにとりつかれたあいつを見ろよ。
あそこに立ってるだけでやっとなんだ。
今度はスポットライトにとっ捕まった。
でもおれたちが曲を終える頃には
あいつはまた最初から始めたがるんだぜ。


Now if he says that he's afraid
Take him at his word
And for the price that the poor boy has paid
He gets to sing just like a bird, oh, ooh ooh ooh

もしあいつが怖いって言い出したら
言葉通りに受け止めてやることだ。
自分が支払った代価のために
あの貧しい若者は
鳥みたいに歌い出すことになってるんだ。
ほ、ほう、ほ、ほう…


Your brow is sweatin' and your mouth gets dry
Fancy people go driftin' by
The moment of truth is right at hand
Just one more nightmare you can stand

お前の額には汗がにじみ口はカラカラになる。
身なりのいい人々は優雅に行き交っている。
真実の瞬間はまさに目の前だ。
あとひとつの悪夢を耐え忍ぶことさえできれば。


See the man with the stage fright
Just standin' up there to give it all his might
And he got caught in the spotlight
But when we get to the end
He wants to start all over again, hmm hmm
You wanna try it once again, hmm hmm
Please don't make him stop, hmm hmm
Let him take it from the top, hmm hmm
Let him start all over again

ステージフライトにとりつかれたあいつを見ろよ。
あそこに立ってるだけでやっとなんだ。
今度はスポットライトにとっ捕まった。
でもおれたちが曲を終える頃には
あいつはまた最初から始めたがるんだぜ。
もう一回初めからやりたいんだろう。
あいつを止めないでやってくれ。
初めからやり直させてやれ。
もう一度やらせてやれ

=翻訳をめぐって=

Now deep in the heart of a lonely kid
Who suffered so much for what he did

…のっけから私には理解できない文法が使われている。二行目がHe sufferedで始まっていたら、上のような訳し方で何も問題ないのである。しかし関係代名詞のwhoが使われている以上、二行目の全体は直前のkidという言葉を「修飾」しているのだと考えねばならないことになる。よって「今、孤独な少年の心の奥深くで」という1行目の歌詞は、2行目と合わせるなら「今、自分のやってしまったことに激しく苦しんでいる孤独な少年の心の奥深くで」となるはずなのだが、「奥深くで」何が起こっているのかを示す動詞は以下の歌詞の中に出てこないのだ。意味の通る文章にしようと思ったら上のような訳し方をするしかなかったが、誰かここでのwhoの使い方について鮮やかに解説できる人がいたら、教えてください。

They gave this ploughboy his fortune and fame
Since that day he ain't been the same

ploughboyは「鋤の少年」=「農家の少年」=「田舎育ちの少年」という意味。実際ザ·バンドのメンバーはリチャードとロビー以外全員農村地帯の出身で、ロビーも夏場はお母さんの実家があるモホークの先住民コミュニティで畑仕事を手伝って育ったということだから、この歌詞には、実感がこもっているのだと思う。

See the man with the stage fright
Just standin' up there to give it all his might

「ステージフライト」はほぼ日本語化しているので音訳するにとどめたが、「舞台恐怖症」「あがり癖」みたいな意味。ところで、さっきまでkidとかboyとか呼ばれていた主人公がここに来てmanと呼ばれているのには、どういう意味があるのだろうか。一番はnowという言葉で始まっているから、時間の経過があるわけではない。見た目は一人前だけど、心の中は子どもと一緒、ということだろうか。想像でならいろいろ言えるけど、「ちゃんと」知りたいと思う。

But when we get to the end
He wants to start all over again

get to the endは「目的に到達する」という意味。この場合「演奏が終わりに向かう」ということだと思う。ここの主語がweになっているということは、歌い手はステージフライトにとりつかれた若者と同じバンドで演奏しているメンバーの1人なのだと思われる。

I've got fire water right on my breath
And the doctor warned me I might catch a death

fire waterとは「火を消す時に使われる水」。具体的に何のことを表現しているのかは分からない。医者に言わせると、死ぬようなものなのだろう。

Said, "You can make it in your disguise
Just never show the fear that's in your eyes"

You can make it in your disguiseというのも、難しい。直訳すると「お前はお前の偽装の中で、うまくやれるだろう」。偽装というのはこの場合、「ステージなんか怖くないかのように振る舞う」ということ以外には考えられないと思う。make itは「うまく行く」という意味だが、「病気がよくなる」という意味もある。医者の言葉だから、後者で訳した。

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この歌はザ·バンドのナンバーの中でもかなり異色な歌で、最初から最後までずっとリックが歌っていて、他のメンバーは誰もコーラスに参加しない。だから、5人編成のバンドなのに、ステージの上のリックがものすごく孤独に見える。そういう「演出」なのかもしれないけれど、10代の頃の私はそれが何かしんどくて、この曲がかかり出すと「早く終わってほしい」と感じたものだった。決してキライな歌ではないのだけれど。

曲を書いたのはロビーで、Wikipediaの日本語版にはこんな記載がある。

(ザ·バンドの) バンドとしてのデビュー・コンサートは、1969年4月17日サンフランシスコ市内のウインターランドであった。初日はロビーがインフルエンザに罹り、心配したマネージャーのアルバートグロスマンが催眠術師を呼んで治療に当った。散散なステージで、7曲ほどを演奏して逃げるように退場したため、「ロックンロールのショウでは初めて経験する怒りと激情」(グリール・マーカスの言葉:『流れ者のブルース』バーニー・ホスキンズ著、奥田祐士訳、1994年、大栄出版)が溢れた。だが、翌18日のステージは、ロビーの体調も戻ったこともあり、見違える程の出来で前夜の屈辱を晴らした。特に、アンコールの「スリッピン・アンド・スライデン」(リトル・リチャードのヒット曲)では客席は興奮の坩堝と化し、「ロックンロールの歴史に残る瞬間」(グリール・マーカスの言葉、前掲書より)と180度違う評価を受けた。

…「ステージフライト」というのはものすごく実感がこもった言葉だったのだなと、改めて思った。

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200曲までのあと10曲は、基本的にこの流れで、ザ·バンドとクラッシュの曲で固めてゆきたい。うまくまとまればおなぐさみ。ではまたいずれ。

ガラスの仮面 (第23巻) (花とゆめCOMICS)

ガラスの仮面 (第23巻) (花とゆめCOMICS)

Rudie Can't Fail もしくはルーディだったら大丈夫 (1979. The Clash)



前回は「人から説教されること」をテーマにした曲だったと言えるが、そのテーマでクラッシュの曲と言えば、一択でこの歌だ。私自身、大好きな曲である。


Rudie can't fail

Rudie Can't Fail

英語原詞はこちら


Sing, Michael, sing-on the route of the 19 Bus!
Hear them sayin'

歌おうぜ、マイケル。
19号線のバスの中で!
やつらの言うことを聞いてみなよ。


How you get a rude and a reckless?
Don't you be so crude and a feckless
You been drinking brew for breakfast
Rudie can't fail

「どうしてきみらはそんなに乱暴で向こう見ずなんだ」
「がさつで無気力なその態度はやめてもらえないか」
「朝食代わりにビールを飲んでるし」
「ルーディってのは失敗するわけに行かないんだろう?」


So we reply
I know that my life make you nervous
But I tell you that I can't live in service
Like the doctor who was born for a purpose
Rudie can't fail

だからおれたちは言い返してやるんだ。
自分の生き方があんたの神経に触るのは分かってるさ。
でも教えてやるよ。
人に頭を下げて生きるなんてことは
おれにはできないんだ。
「目的を持って生まれてきた」と歌ってる
ドラ·アリマンタードと同じ気持ちさ。
おれたちルーディのことなら
心配してくれなくたって大丈夫だよ。


I went to the market to realize my soul
'Cause what I need I just don't have
First they curse, then they press me till I hurt
We say Rudie can't fail

自分の魂をリアライズするために
おれはマーケットに行った。
自分に必要なものをおれは持っていない。
単純な理由だ。
はじめにやつらが口にするのは
決まって悪口で
次にはこちらがペシャンコになるまで
いろいろ問いつめてくる。
おれたちは言ってやるんだ
ルーディってのは
しくじるわけに行かないんだよ。


We hear them sayin'
Now first you must cure your temper
Then you find a job in the paper
You need someone for a saviour
Oh, Rudie can't fail

やつらが言ってるのが聞こえるよ。
「きみたちはまずその気性を改めるべきだ」
「それから新聞で仕事を探したまえ」
「きみらには救い主となるような誰かが必要なんだ」
「ルーディってのは失敗するわけに行かないんだろう?」


So we sa-ay
Now we get a rude and a reckless
We been seen lookin' cool an' a speckless
We been drinking brew for breakfast
So Rudie can't fail

だからおれたちは言ってやるんだ。
確かにおれたちは乱暴で向こう見ずだよ。
人からはクールできちんとしてるって思われてるよ。
ずっと朝飯代わりにビールを飲んでるよ。
だからルーディのことなら
心配してくれなくたって大丈夫だよ。


I went to the market to realize my soul
'Cause what I need I just don't have
First they curse, then they press me till I hurt
We say Rudie can't fail

自分の魂をリアライズするために
おれはマーケットに行った。
自分に必要なものをおれは持っていない。
単純な理由だ。
はじめにやつらが口にするのは
決まって悪口で
次にはこちらがペシャンコになるまで
いろいろ問いつめてくる。
おれたちは言ってやるんだ
ルーディってのは
しくじるわけに行かないんだよ。


Okay!
So where you wanna go today?
Hey boss man!
You're looking pretty smart
In your chicken skin suit

オッケー!
そんでおまえたち今日はどこに行くんだ?
よお社長さん!
その鳥肌スーツ
とってもスマートに見えるぜ。


You think you're pretty hot
In your pork pie hat
But...

あんたのポークパイハット
めちゃめちゃ行けてるって思ってるんだろうな。
でもよお…


Look out, look out...
Sky juice!...10 cents a bottle!

気をつけろ気をつけろ…
カイジュース!
1本10セントだよ!


Rudie can't fail
Rudie can't fail
Rudie can't fail
Rudie can't fail...

ルーディだったら大丈夫。
ルーディだったら心配ない。
ルーディだったら間違いない。
ルーディは失敗するわけに行かない。
ルーディだったら大丈夫…

=翻訳をめぐって=

この曲の邦題は「しくじるなよ、ルーディ」で、歌詞カードの訳詞にも「ルーディは失敗御法度」といったような言葉が使われている。初めて聞いた時に10代だった私は「Rudie can't failってそういう意味なのか」と素直に納得したのだったが、聞けば聞くほど「何かおかしい」という気持ちが膨れあがっていった。

まず第一に歌詞カードに載っていた訳詞の内容が、言っちゃあ何だけど意味不明なのである。「御法度」だとか「なのさ」という語尾だとか、訳詞者が気の利いた言い回しを探すことに熱心なのは伝わってくるのだが、全体としてどういうことを歌っている歌なのかということが、全然見えてこない。ルーディというのが何者なのかも、分からない。一番違和感をおぼえる点として、「ルーディは失敗できない」というのは、どうしたって「緊張感」が伴う言葉なのである。それなのにこの歌の曲調はどうしてこんなにも「明るい」のだろうか?

試みに「can't fail」という言葉を使った例文を検索してみると(紙の辞書しかなかった時代には、こういう調べ方はしたくてもできなかったものだ)、「You can't fail」という表現が最初に出てきて、これは「君なら絶対できる」という意味なのだと書かれていた。「失敗御法度」と「君なら絶対できる」では、全然意味が違う。後者は「励まして」いるわけだけど、「君に失敗は許されない」だと、脅しに近い表現になる。「しくじるなよ、ルーディ」という邦題は、ひょっとしてどでかい「華氏65度の冬」だった可能性があるのではないだろうか。

さらに調べてみると、「テロ対策」「犯罪対策」を口実にさまざまな差別排外主義政策をとってきたことで悪名高い元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ(自愛称ルーディ)が2008年の大統領選に出馬した際、自分のテーマソングにこの歌を使い、笑ける話だが、落選したという記録が見つかった。もしも「Rudie can't fail」が「しくじるなよ」とか「失敗御法度」という意味だったら、いくら何でも選挙の応援ソングに使われることはないだろう。これはやっぱり「ルーディなら絶対やれる」「ルーディだったら心配ない」という意味を持ったタイトルだから、不幸にもそういう使われ方をすることになってしまったのだと考えざるを得ない。

それならばこの歌に出てくる「ルーディ」とは、一体何者なのだろう。調べてみると、いろいろなことが分かってきた。

まず第一に、ルーディというのは個人名ではない。一般名詞である。CDの訳詞を書いた人がそのことを知っていたのか知らなかったのかまでは私には断定できないが、少なくともあの歌詞カードに載っていた訳詞は、そのことが分かるような内容にはなっていなかった。

「ルーディ」とは、1950〜60年代のジャマイカのキングストンの若者たち、および移民の両親のもとでイギリスに生まれた在英ジャマイカ人2世の若者たちが、誇りを込めて自分たちのことを呼んだ名前である「Rude Boys」に由来する言葉であるらしい。rudeとは「粗野な」「不作法な」という形容詞であり、文字からは「だらしない」イメージが想像されるが、ハリウッドのギャング映画の影響を受けて非常に「ピシッとした格好」をしているのが「Rude Boys」のトレードマークだったのだそうで、このことは歌詞にも反映されている。やがて「ルーディ」はいわゆる「不良」にとどまらず、スカ音楽を愛好する若者たちを広く一般的に表現する呼称となり、クラッシュのメンバーたちのような白人の間でも使われるようになっていったようである。



ジャマイカのレゲエアーティストであるデスモント・デッカーが1967年に出した「007 (Shanty Town)」という曲には以下のような歌詞があり、クラッシュの「Rudie can't fail」は直接にはこの曲にインスパイアされて作られた曲であるらしい。


007 (Shanty Town)

At ocean eleven
And now rudeboys a go wail
'Cause them out of jail
Rudeboys cannot fail
Cause them must get bail

海辺の11時。
ルードボーイたちは大騒ぎだ。
やっとオリから出られるから。
ルードボーイたちは失敗できない。
保釈をゲットしないといけないから。

…この歌において「cannot fail」の意味は、誤解しようがないくらいハッキリしている。ルードボーイたちは何か悪さをして刑務所だか鑑別所だかに入れられてしまったので、次に「失敗」して警察に捕まるようなことになったら、保釈が取り消されてまた収監されることになってしまう。だからルードボーイは「失敗できない」のである。

「ルーディだったら心配ない」と「ルーディは失敗できない」。クラッシュの歌は果たしてどちらを意味しているのだろうか。いろいろ調べてみたけれど、それを「解説」しているような海外サイトは見当たらない。このことは、英語話者の人たちにとっては「わざわざ解説する必要がないくらい」この歌詞がフツーの言葉で書かれていることを示しているのだと思われる。

それで私は、考えたのだが、この歌の中に何回も出てくる「Rudie can't fail」という言葉は、文脈によってその都度「違った意味」を持っているのではないだろうか。以下、実際の歌詞に沿って、ひとつひとつ検証してみることにしたい。


初めてクラッシュのCDを手にした時に私がシビれたのは、何よりもこの「手書きの歌詞カード」のカッコよさだった。しかし全部を写真に撮ると例によってブログを潰される口実にされるかもしれないので、一部の紹介にとどめておく。

  • Sing, Michael…マイケルはミック·ジョーンズの本名だとのこと。全然、意識して聞いたことがなかった。
  • on the route of the 19 Bus!…19号線は、ロンドンの西部を南北に結ぶバス路線だとのこと。以下の歌詞は、そのバスの中で他の乗客が「ルーディ」たちに説教している内容になっている。
  • How you get a rude and a reckless?…訳詞の中ではカギカッコをつけたが、この部分はバスの乗客である「善良な市民」からの、ルーディたちに対する非難の数々である。その最後が「Rudie can't fail」で結ばれているのは、「ルーディってのは失敗できないんだろう?」=「目立つことをしたらすぐに刑務所行きになるんだろう?」ということを知った上での「市民」の台詞なのだと思われる。強烈なイヤミだし、挑発としての意味も持っていると思う。「手が出せるもんなら、出してみろ」と言っているに等しい言葉である。
  • So we reply…それに対してルーディたちは堂々と言い返す。
  • I tell you that I can't live in service…in serviceは「人に雇われている状態」や「軍隊に入っている状態」を示す言葉。「人に頭を下げる生き方」と意訳した。
  • Like the doctor who was born for a purpose…調べてみるまで全然知らなかったのだが、「Born for a purpose」というのは「The Ital Surgeon (ラスタの外科医)」の二つ名で知られるDr Alimantado (ドラ·アリマンタードと読むらしい)という人が歌っていた、有名な曲名にちなんだ歌詞であるらしい。歌詞には「ドクター」とあるけれど、本当に医者をやっている人なのかどうかまでは私には分からなかった。一応動画も見つけたけれど、それにしてもこのチャック、わざと開けてるのだとしたら根性入りすぎだと思う。


Born for a purpose

  • Rudie can't fail…そして最後のこの台詞は、乗客に言われた言葉をそのまま突き返して「おれたちルーディは心配してもらわなくたって大丈夫だよ」と言っているのだと考えられる。すごく鮮やかな当意即妙だと思う。
  • I went to the market to realize my soul…必要なものを持っていないから買い物に行く、というだけのことをこんな言葉で表現したこの歌詞が、私は昔から大好きだった。「魂をリアライズする」という言葉には、欲しいものを手に入れるということの他に、「マーケットに行けば仲間の顔を見ることができる」という意味も含まれているらしい。
  • First they curse, then they press me till I hurt…ルーディたちはどこへ行っても、バスの乗客と同じような市民たちから説教され、あれこれ言われて、そのたびに傷ついているのである。hurtという言葉は、すごく重い。
  • We say Rudie can't fail…そして最後のこの台詞は、「刑務所に逆戻りするわけには行かないから見逃してやるよ」という捨て台詞になっているのだと思う。この「失敗できない」はバスの乗客から嘲りを込めて言われるのとは違い、ルーディたちが自分のプライドを保つために必要な言葉なのだ。そう考えると、すごくよくできた曲になっているのだと改めて思う。
  • We been seen lookin' cool an' a speckless…上にも書いたように、「ピシッとした格好をしてるのがルーディの心意気」なのである。
  • In your chicken skin suit…chicken skin suitというのが実際にどんなものなのかは、私には分からない。画像検索すると鳥の生皮を全身に貼りつけて街を歩くパフォーマンスをしている人の写真が出てきたが、気持ち悪いのでここには貼らない。「鳥肌が立つぐらいイカしたスーツ」という意味で、おおむね間違いはないと思う。
  • In your pork pie hat…ポークパイハットは、ハリウッド映画に出てくるギャングがよくかぶっている帽子で、「ルードボーイの制服」みたいなイメージがあるのだとのこと。


  • sky juice…スカイジュースとはバハマ諸島のカクテルで、ラムかジンをココナッツミルクで割った飲み物であるらしい。他にマレーシアで使われている英語では「雨水」という意味もあるらしいのだけど、どうなのだろう。1本10セントだしな。

…以上を総合した結論として

  • 「しくじるなよ、ルーディ」という邦題は、誤訳とまでは言えない。
  • ただし、その台詞を誰が言っているかが問題であり、この邦題からは歌い手が「ルーディではない」かのような印象を受ける。
  • ルーディたちが自分らの生き方を誇りを込めて歌っている歌である以上は、「ルーディだったら大丈夫」という邦題にした方が、内容にふさわしいタイトルになると考えられる

…と、私は思いました。


橘いずみ 君なら大丈夫だよ

思い入れのある歌になればなるほど、どうしても長大な内容になってしまう。というわけでまたいずれ。

When You Awake もしくは祖谷の谷から何が来た (1969. The Band)


…5人中4人が、20代です。右から2人目のガース・ハドソンすら、30代になったばかりです。

前回のクラッシュの曲からザ・バンドにつなげられる要素を見つけるのはなかなか難しかったので、「お題」の力を借りることにする。はてなブログ今週のお題は「私のおじいちゃん、おばあちゃん」だとのことで、「おじいちゃん」の出てくるザ・バンドの歌といえば、この曲である。

ちなみに自分の「おじいちゃん」のことに関して、私には書けるようなことが何もない。「おじいちゃん」のことを差し置いて、「おばあちゃん」の話だけをするわけにも行かないと思う。

私の祖父は1937年に、天皇の軍隊の兵士として中国大陸にいた。本人の話や文字に書かれた言葉から、私が知っている事実はそれだけだ。

戦場ではやれ蛇を食べただのコウモリを食べただの、「苦労」した話だけはいろいろと聞かされた。しかしなぜ祖父は人殺しの道具に身を固めて中国大陸に行ったのか。そして中国大陸のどこで何をしたのか。祖父の人生でも一番重要な問題だったに違いないそのことについては、祖父の口からは一度も語られることがなかった。

だから私は祖父という人のことを、本当は何も知らないのである。

私と同じような人がこの島国には、きっと気が遠くなるぐらい沢山いるのだと思う。


When You Awake

When You Awake

英語原詞はこちら


Ollie told me, I'm a fool
So I walked on down the road a mile
Went to the house that brings a smile
Sat upon my grandpa's knee
And what do you think he said to me?

オリーはぼくを
foolだと言った。
だからぼくは1マイルも歩き続けて
ひとを笑顔にしてくれるあの家に行った。
おじいちゃんはぼくを
ひざの上に座らせて
ぼくに向かって何て言ったと思う?


When you awake you will remember everything
You will be hangin' on a string from your...
When you believe, you will relieve the only soul
That you were born with to grow old and never know

目を覚ましてさえいれば
おまえは何でも覚えていることができる。
おまえのあれから下がった糸に
しっかりとしがみついていることだ。
信じようとさえすれば
おまえは自分が持って生まれた
たったひとつのたましいをおちつかせて
年をとることができるし
最後までわからなくても
苦しまなくて済むようになるはずだ。


Ollie showed me the fork in the road
You can take to the left or go straight to the right,
Use your days and save your nights
Be careful where you step, and watch what ya eat,
Sleep with a light and you got it beat

オリーはふたつに分かれた道を
ぼくに示した。
左を選ぶこともできるし
まっすぐ右に行くことだってできる。
昼間の時間を使って
夜の時間はとっておくこと。
足もとに気をつけて
自分が食べるものはちゃんとよく見て食べること。
寝る時にも明かりを忘れるな。
そうすればおまえの勝ちだよ。


When you awake you will remember everything
You will be hangin' on a string from your...
When you believe, you will relieve the only soul
That you were born with to grow old and never know

気をつけてさえいれば
おまえは何でも覚えていることができる。
おまえのあれから下がった糸に
しっかりとしがみついていることだ。
信じようとさえすれば
おまえは自分が持って生まれた
たったひとつのたましいをおちつかせて
年をとることができるし
最後までわからなくても
苦しまなくて済むようになるはずだ。


Ollie warned me, it's a mean old world,
The street don't greet ya, yes, it's true
But what am I supposed to do
Read the writing on the wall
I heard it when I was very small

オリーはぼくに釘を刺した。
世の中というのは扱いにくくて
どうしようもないものだよ。
街の通りはおまえのことを
暖かく迎えてはくれないことだろう。
それは確かにその通りだ。
でもぼくにどうしろって言うんだろう。
とても小さかった頃に聞いたことがある。
壁に書かれた言葉を読め。


When you awake you will remember everything
You will be hangin' on a string from your...
When you believe, you will relieve the only soul
That you were born with to grow old and never know

生きてさえいれば
おまえは何でも覚えていることができる。
おまえのあれから下がった糸に
しっかりとしがみついていることだ。
信じようとさえすれば
おまえは自分が持って生まれた
たったひとつのたましいをおちつかせて
年をとることができるし
最後までわからなくても
苦しまなくて済むようになるはずだ。


Wash my hands in lye water
I got a date with the Captain's daughter
You can go and tell your brother
We sure gonna love one another all night

苛性ソーダで手を洗おう。
キャプテンの娘とデートなんだ。
行ってきみの兄弟に伝えてやるといい。
ぼくらは一晩じゅう愛しあうのだ。


You may be right and you might be wrong
I ain't gonna worry all day long

あなたは正しいのかもしれないし
間違っているかもしれない。
一日中くよくよしているのは
もうやめることにする。


Snow's gonna come and the frost gonna bite
My old car froze up last night
Ain't no reason to hang my head
I could wake up in the mornin' dead

雪が降り出すだろうし
あられも噛みついてくるだろう。
ぼくのぽんこつ車は昨日の夜に
すっかり凍りついてしまった。
別に恥ずかしい話じゃない。
明日の朝になればぼくだって
死んでたりするかもしれないんだ。


And if I thought it would do any good
I'd stand on the rock where Moses stood...

そしてもしもそうした方がいいって
自分でも思ったなら
モーゼが立ったあの岩の上にだって
ぼくは立つ…

=翻訳をめぐって=

Ollie told me…
私が中学生の時に買ったCDの歌詞カードには、この部分が「Oh they told me (彼らは私に言った)」と書かれていた。英語圏でもそういう風に聞こえていた人はたくさんいるようで、古い歴史を持つザ·バンドの公式ファンサイトでは、20世紀末の段階から「Ollieか Oh theyか」論争が繰り広げられていたさまが見てとれる。やがて歌詞の表記が「Ollie (もしくはOle)」に統一されてくると、今度は「オリーって誰やねん」論争が始まって、これは現在に至っても決着がついていないようである。北欧神話に出てくるOleという神の名前が、スカンディナヴィア半島にルーツを持つアメリカ人の間では今でもいろいろな例え話に使われているということと結びつける人もいるみたいだし、リック・ダンコの母親がLeyolaという名前で、友達からはOleと呼ばれていたという話をリック自身のソロコンサートで聞いたという人の証言もある。 Let It Beの「Mother Mary」に通じるような話である。ただしこの歌はリック自身が作ったものではない。そしてオリーが男性か女性かを確定できるような情報は、この歌詞自体の中には書かれていない。
Peter Viney on "When You Awake"

foolという差別語に対するこのブログでの見解は、最近書いたこの記事の中で触れた通り。

Sat upon my grandpa's knee…原文は能動態だが、訳詞は受動態に変えている。その方が日本語としては読みやすくなると思ったので。

When you awake…
ザ·バンドのいろいろな歌詞の中でも最も謎めいた言葉が、このコーラス部分には綴られている。海外サイトを見てもたいていの人が、ここに歌われていることは「意味が分からない」と言っている。とはいえ、英語話者が「意味が分からない」ということと、英語話者でない人間が「意味が分からない」ということとは、同じではない。

たとえば日本には「かごめかごめ」という有名な「意味のわからない歌」があるけれど、我々があの歌を「意味が分からない」と感じるのは、「夜明けの晩」や「うしろの正面」といった通常ではありえないような表現に、矛盾を感じるからである。また「かごめかごめ」というフレーズは何通りにも解釈できるから(籠目、籠女、囲め…)「意味が分からない」わけだし、「鶴と亀」は明らかに「別の何か」を象徴しているけれどそれが何かが分からないから「意味が分からない」のである。

つまり「意味が分からない」というのは、言葉の意味を「分かって」いるからこそ、初めて下すことのできる評価なのである。

あるいは私が子どもの頃に熱中していた小学館の「名探偵入門」という本に、「何百年にもわたっていまだに解かれていない、財宝の在り処を示した暗号」として、徳島県に伝わる以下のような民謡が紹介されていた。

九里きて、九里行って、九里戻る
朝日輝き夕日が照らす
赤い椿の根に隠す
祖谷の谷から何がきた
恵比寿大黒、積み降ろした
三つの宝は庭にある
祖谷の空から、御龍車が三つ降る

…これだって「意味のわからない歌」だけど、言葉の意味自体は、決してわからなくないのである。「わかるからこそ、わからない」のである。それを言いたいだけなら「かごめかごめ」を例に挙げれば充分だったのだけど、私と同じように小さい頃この歌の謎解きに熱中していた人のブログをひとつだけ見つけたので、うれしくなって一緒に取りあげてしまった。
宝探し 1 - 笑福亭和光のブログ:わこーこわっ!

要するに「言葉の意味が分かった上で意味が分からないと言う」のと「言葉の意味さえ分からない」のとは、違うのだ。中学生の頃から何が何だか分からなかったこの歌を、後者の状態から前者の状態にまで持って行くことは、少なくとも翻訳という作業を通して、可能になるはずである。「うしろの少年」とか「かごの中の鳥居」とか「いついつJR」とかそういう致命的な誤訳にさえ気をつければ、同じ人間の話す言葉なのだから、そうそうおかしなことにはならないはずだ。要は、語彙と文法の問題なのである。(なお、地方によっては「うしろの少年」とか「かごの中の鳥居」で歌っている場所もあるそうですし、そう解釈する方が正しいという説も聞いたことがありますが、ここでは飽くまで「流布されている歌詞を正確に再現すること」の重要さを示すために、上のような例を使わせて頂きました)

というわけで、今回の記事ではこのコーラス部分に歌われていることの意味を、文法的な話に絞って、集中的に分析してみたいと思う。

When you awake…awakeは動詞としては「目が覚める」「気づく」「活気づく」などの意味。形容詞としては「意識のある状態」全般に使われる言葉だが、When you are awakeではなくWhen you awakeなので、ここでは動詞として解釈すべきだと言える。試訳では「目を覚ましてさえいれば」「気をつけてさえいれば」「生きてさえいれば」と三通りに解釈した。少なくとも英語ではそのどの意味にも解釈できるし、その中からひとつだけを選ばねばならないような話にも、ならない。

You will be hangin' on a string from your...
この最後の部分が昔の歌詞カードでは「but oh...(しかし、ああ)」と記載されていたのだが、現在確認することのできるほぼ全ての歌詞では「from your...」となっている。「おまえの」以降の言葉が省略されているのだ。日本語ではそういう言葉の切り方が物理的に不可能なので、「おまえのあれから下がった糸」という形で翻訳する方法しか、私には思いつかなかった。(なお、ライブの際にはこの部分に「from your heart」と歌われていたという証言がある。だとしたら「おまえの心からたれ下がった糸」という意味になる)
You will be hangin' on a stringは、単純な未来形である。これが「しがみついていることだ」というアドバイス的なニュアンスを持っているのか、「しがみついていることだろう」という客観的な予想のニュアンスになっているのかは、ネイティブでないので私には判断できない。文脈的に前者ではないかという山カンで訳したが、誤訳の可能性が否めない箇所である。

you will relieve the only soul that you were born with to grow old and never know
…文法的には一番ここが複雑である。いったんwithで言葉を切るなら、「お前はお前が持って生まれた唯一の魂を落ち着かせることができるだろう」という意味になる。that you were born withという部分は全体がsoulという言葉を修飾しているわけで、このことからして相当英語表現に慣れるまでは、チンプンカンプンだった。だが問題はその後なのである。

to grow old and never know。これは「成長して年をとるために、そして、ずっとわからずにいるために」おまえはsoulをrelieveさせるのだ、と言っているようにしか、私には読めない。しかし「to never know」などという奇妙な文字列は、今までに一度も見たことがない。あるいはこの「never know」は、「to never know」ではなく「you will never know」と解釈すべきフレーズなのかもしれない。けれども「When you believe, you will never know」では、信じたっていいことなんかひとつもないように思えるし、おじいちゃんのアドバイスだとも思えない。とはいえ「わけが分からないからこそ」おじいちゃんのアドバイスとして説得力を持つのではないかという風にも、一方では、思える気がする。

思うに「When you believe (お前が信じる時には)」というのは、宗教的な話である。魂をrelieveさせる(不安を和らげる、ホッとさせる、落ち着かせる、救済する…)ために「信じろ」というのがおじいちゃんの話の骨子であることは、まず間違いない。ではなぜ「魂を落ち着かせる」ことが必要になるのかといえば、人間にとって年をとることや何も知らないままでいることは、常に「不安」なことだからである。その不安を克服するためにこそ「魂を落ち着かせろ」と、おじいちゃんはアドバイスしているのだと思われる。そうした全体的なイメージを総合して書いたのが上の試訳であるわけなのだけど、文法に即した翻訳にはなっていない。完全に意訳である。そして「文法的に正しい翻訳」がどういう日本語になるのかは、今の私には分からないとしか言いようがない。心ある英語教師の方とか、日本語に詳しい英語話者の方とか、もし読んでおられたら、意見を聞かせて頂ければ幸いです。

…後は、細かい話。

Sleep with a light and you got it beat
Sleep with a lightの直訳は「ひとつの明かりと共に眠れ」である。最初は「寝る時には明かりをつけておくこと」と訳したのだが、そうすると意訳のしすぎになるかもしれない。たとえばそこに「眠る時にも心の中の信仰の光を絶やしてはならない」みたいな意味が含まれているのだとしたら、上の訳し方は大誤訳である。しかし直接そう書いてあるわけでもないから、勝手に忖度してそんな風に訳してしまえば、場合によってはもっと大誤訳になる。だから文法的には少し離れるけれど、「寝る時にも明かりを忘れるな」という訳詞にした。こういうのは、文法的な意味が分かった上での意訳だから、多少大胆なことだってできるのである。しかし文法的な意味が分からない上での意訳というのは、本当に怖いのである。

Read the writing on the wall / I heard it when I was very small
ここはネイティブの人でも理解に苦しんでいる場所。「壁に書かれた言葉を読め」という言葉を子どもの頃に聞いたのか、「壁に書かれた言葉の内容」について子どもの頃に聞いたのかが、この言い方では判然としないのである。だから「苦労して」日本語でも判然とさせないような翻訳を心がけた。
なお、旧約聖書のダニエル書には、バビロンの王が宴会を開いている時に突然空中に「手」が現れ、王の破滅を予言するメッセージを壁に書きつけたという故事が記録されており、Read the writing on the wallという歌詞からは、多くの英語話者がそのイメージを連想するのだという。


Wash my hands in lye water…lye waterの一番正確な訳語は「かん水」で、ラーメンを打つ時にコシを出すのに使われるという話は聞いたことがあるけど、私は現物を見たことがない。苛性ソーダ(水)の方が、まだイメージが湧いてくる。どちらも手がボロボロになるぐらい、強いアルカリ溶液だそうである。

I got a date with the Captain's daughter…この部分では歌の主人公が、成長して青年になっていることがうかがわれる。何となくここから先は「ぼく」でなく「おれ」で訳した方が「自然」になる気もしたのだが、自重した。

You may be right and you might be wrong…直前にもyouが出てくるけれど、このyouは何となくオリーのことを指しているようにも思えた。だから「きみ」で翻訳すると、誤訳につながるような気がした。

I'd stand on the rock where Moses stood…この部分には「I Bowed My Head and Cried Holy」という黒人霊歌の歌詞がそのまま使われているのだという。「モーゼの立った岩」とは、旧約聖書の中でモーゼが神から十戒を授けられた場所をさしている。というわけでその歌が歌われている動画を貼りつけて、今回の記事は締めくくることにしたいと思います。また1万字を越えてしまった。どうせこういう記事は、読んでもらえないこと、分かってるんだよなあ。でも本気でつきあってくれる人が2〜3年に1人でも現れてくれたなら、私としてはそれで満足なのである。ではまたいずれ。


I Bowed My Head and Cried Holy

I'm So Bored With The U.S.A. もしくは反アメリカと言うほどでもない歌 (1977. The Clash)



特集記事にかまけている間に、気がつけば200曲目が目前に迫ってきてしまっているのだが、考えてみると100曲台に突入してからというもの、ドアーズの曲はともかく、ザ・バンドの曲とクラッシュの曲を一度も取りあげていない。この3つのバンドの曲を中心に翻訳してゆくと宣言して始めたブログであるにも関わらず、こんなことでは全訳を完成させるまでに何千曲翻訳しなければならないことになるか、分かったものではない。このあたりで意識的に、固め打ちをしておかねばならないと思う。

というわけで、American Pie特集の続きという流れからするならば、クラッシュのこの曲が一番ピッタリ来るのではないかと思った。ザ・バンドはアメリカを象徴するバンドだとか言われるけど、「アメリカそのもの」をテーマにしたような歌は、意外と歌っていない。あと、そういう風に呼ばれることについて本人たちがどう思ってたのか私は知らないのだけど、あのバンドの人たちはほとんどカナダ人もしくはカナダ生まれなので、あんまりアメリカのバンド扱いするとカナダの人たちが気を悪くしたりとか、するのではないかという気がする。

「I'm So Bored With the U.S.A.」の邦題は「反アメリカ」だが、boredは「うんざりする」「飽き飽きする」という意味である。「反アメリカ」と言うほどの歌ではない。「反アメリカ」ならアメリカに立ち向かってゆかねばならないはずだが、この歌はむしろアメリカから距離を置きたいという歌なので、エネルギーが向かっている方向は正反対なのだ。巷にあふれるクラッシュの訳詞の薄っぺらさに私がずっとむかついてきたことは何度も書いたが、薄っぺらな人間ほど大げさな言葉で自分の表現を飾り立てたがるもので、この「反アメリカ」というのも実に薄っぺらな邦題だと思う。とはいえそれは例によって、クラッシュが悪いのではない。


I'm So Bored With the U.S.A.

I'm So Bored With the U.S.A.

英語原詞はこちら


Yankee soldier
He wanna shoot some skag
He met it in Cambodia
But now he can't afford a bag

ヤンキーの兵隊。
ヘロインを打ちたい。
カンボジアで覚えたんだけど
くにに戻ったら高くて買えない。


Yankee dollar talk
To the dictators of the world
In fact it's giving orders
An' they can't afford to miss a word

ヤンキーのドル札は物を言う。
世界中の独裁者たちに物を言う。
実際のところそれは命令と同じで
独裁者たちは一言も無視できない。


I'm so bored with the U...S...A...
I'm so bored with the U...S...A...
But what can I do?

もううんざりだ。
お前にはって言うかアメリカには。
もう飽き飽きだ。
お前にはって言うかアメリカには。
でもどうしたらいいんだろう?


Yankee detectives
Are always on the TV
'Cos killers in America
Work seven days a week

ヤンキーの探偵。
いつもテレビに出てる。
アメリカの人殺したちは
週7で仕事をしてるから。


Never mind the stars and stripes
Let's print the Watergate Tapes
I'll salute the New Wave
And I hope nobody escapes

星条旗なんかどうでもいい。
ウォーターゲート事件のテープの柄でも
プリントしといてやれ。
ニューウェーブには敬意を表するよ。
みんなそこから抜け出せなくなっちゃえばいいんだ。


I'm so bored with the U...S...A...
I'm so bored with the U...S...A...
But what can I do?

もううんざりだ。
お前にはって言うかアメリカには。
もう飽き飽きだ。
お前にはって言うかアメリカには。
でも何ができるって言うんだろう?


Move up Starsky
For the C.I.A.
Suck on Kojak
For the USA

現場に急げ、スタスキー!
CIAのために!
しゃぶれ、コジャック
USAのために!

=翻訳をめぐって=

Yankee soldier…
この曲ができる数年前まで、アメリカはアジアの共産主義化を阻止するためと称し、約10年間にわたりベトナムラオスカンボジアに軍隊を送り込んで、残虐な人殺しを続けていた。(「トンキン湾事件」を口実としたアメリカのベトナム戦争への本格介入の開始が1964年。ベトナムの人々の戦いに追いつめられてアメリカが撤退するのが1973年。サイゴン陥落によるベトナム戦争終結と南北ベトナムの統一が1975年。クラッシュ結成は1976年)。当時米軍が拠点を置いていた主要な場所が南ベトナムサイゴン(現ホーチミン)、タイのバンコク、および沖縄と日本「本土」の米軍基地だったのだが、これらの場所に送り込まれた米軍兵士たちは、戦場に向かう前にほぼ例外なく「ドラッグの洗礼」を受けたのだという。「普通の若者」を殺人マシーンに変えるために言わば組織ぐるみで行われた「政策」だったのだが、ベトナムからアメリカに帰還した兵士たちはそれでドラッグと手を切れるわけでもなく、ドラッグ産業の「カモ」にされて悲惨な人生を歩むケースが少なくなかったとのことで、長い説明になったけど、この一番の歌詞は当時アメリカで「社会問題」となっていたそうした事情を歌っている。

Yankee dollar talk
第二次大戦後の世界でアメリカが支援してきた「独裁者」たちの名前を思いつくままに列挙するなら、韓国の李承晩、朴正熙、大陸中国から台湾に逃亡した蒋介石南ベトナムのゴ·ジンジェム、インドネシアスハルトキューバのバチスタ、チリのピノチェトパナマのノリエガ、ニカラグアのソモサ、イランのパフラヴィー国王、イラクのサダム·フセイン、そしてイスラエルの歴代政権等々、枚挙にいとまがない。大ざっぱなコメントになるけれど、こうした「独裁政権」の支援を通じて世界各国における民衆運動や革命運動を圧殺し、場合によってはテロやクーデターの黒幕となって、アメリカの「国益」のために現代も活動し続けているのが、この歌にも名前の出てくるCIA(アメリカ中央情報局)という組織であり、世界のそうした実情は、クラッシュがこの歌を書いて40年たった現在でもほとんど変わってないと、率直に言って私は思う。なお、順番的に言ってこの「独裁者たち」の筆頭には日本の天皇の名前が挙げられるのが、世界的には常識となっている。

I'm so bored with the U...S...A...
最初、この歌はミック・ジョーンズが作った「I'm So Bored With You (お前にはうんざりだ)」というタイトルのラブソングだったのだけど (資料にラブソングと書いてある以上「絶交の歌」ではなかったのだと思う)、それを聞いたジョー・ストラマーが「ユー」の後に「エス·エー」をアドリブで付け足したのが面白かったことから、全面的に書き換えられて、結果こうした歌になったのだという。「ユー」で言葉を切ったら「お前にはうんざりだ」のままになるわけだから、その元歌のニュアンスを残すために上記のような訳し方にしたわけだけど、Youと違ってU.S.A.にはtheがついているから、文法的には「不正確」な翻訳になっている。なお、ジョーの発音をよく聞くと「ユー·エス·エー」ではなく「ユー·エス·アイ」と聞こえるが、これが有名なロンドンの下町訛り (コックニー) というやつである。

Yankee detectives
日本でもそうだったと聞いているけれど、当時のイギリスではアメリカのドラマがテレビ番組の主要な部分を独占していたのだそうで、その多くが「探偵もの」と「刑事もの」だったのだという。「アメリカの人殺したちは週7で仕事をしてる」という後半部分の歌詞には二通りの解釈があり、ひとつは「あんなに探偵がいるんなら、アメリカにはそれだけたくさん人殺しがいるってことだろ」という皮肉。もうひとつは「こういうドラマを作って人に夢を見せているその裏では、アメリカは世界中で人殺しを続けているじゃないか」という告発である。

Never mind the stars and stripes
Never mindはパンクロックの合言葉のようなフレーズだが、この言葉は「気にするな」「ドンマイ」だけではなく、「~ではない」「~どころか」「~はもちろんだが」「~はどうでもいい」等々、いろいろな意味で使われる。この歌詞においては「星条旗というのがどんなデザインであろうと知ったことではない」という風に解釈するのが、文脈から考えて一番正確なのではないかと思う。

Let's print the Watergate Tapes
ウォーターゲート事件というのは(…説明しなくちゃけないことが多いなあ。私だって当時はまだ生まれてないわけだから、実は何も知らないんだよなあ。ここに書いていることは私自身、翻訳のためにいろいろ調べて初めて知ったことがほとんどです。て言っかこのブログは、全部そうです)、1972年に発生したアメリカ民主党本部の盗聴事件に、当時の大統領だったニクソンが主導的に関わっていたことが発覚し、2年がかりでニクソンが辞任に追い込まれるに至った一連の事件をさす。とのこと。ニクソン自身が盗聴に関与した証拠の録音テープが存在することが早い段階で明らかになったのだが、ニクソンがその提出を拒み続けたことから、このテープのことは逆に世界的に有名になってしまった。世論の高まりを受けてついに提出されたそのテープには、大統領のニクソンがヤクザ言葉を使いながら側近とえげつない悪だくみを繰り広げているさまが赤裸々に録音されており、当時の英語圏の人たちは大変なショックを受けたのだという。(そんな風に言われるとどんなことが録音されていたのか私も気になって仕方なくなったのだが、探して見た限り日本語に翻訳されている資料はネット上には存在しない。ただし「現物」の音声ファイルやテープ内容の書き起こしは山のように出回っている)。この歌詞は「アメリカ国旗にはそのウォーターゲートのテープの図柄でも使っとけよ」ということを言っているのである。それがカセットテープのアイコン的なイメージなのか、それとも星条旗シマシマ部分をそのテープに貼り替えたイメージに変更しろと言っているのか、そういう細かいデザイン的なことまでは歌詞からは読み取れない。て言っか21世紀になってから生まれた読者のみなさんはカセットテープというもの自体を知らないかもしれない。一応画像を貼りつけておくと、こんなんである。おっちゃんら、昔はこおゆうのんに好きな音楽録音して聞いとったんや。

…トランプが大統領に就任した途端に「ロシアゲート事件」というのが起こって、第2のウォーターゲート事件になるかと注目を集めたのは周知の事実だけど、問題は70年代と違い、トランプというのがいつでもヤクザ言葉を使って側近と悪だくみを繰り広げているような人間であることを今日のアメリカ人は「知った上で」大統領に選んだのだということである。だから、そういうのが発覚したところで「それがどうした」と言える「強み」を、今のところトランプは保持している。むかつくなあ。But what can I do? だなあ。それにしてもこんなに長い記事を書くつもりは全然なかったのだけどなあ。

I'll salute the New Wave
…他サイトでは「軟弱なニューウェーブ系の音楽へのアンチが歌われている」と解説しているところもあるけれど、海外サイトでは「アメリカも悪いところばかりではない」として、ニューヨーク・ドールズラモーンズなどの当時のアメリカの「ニューウェーブの旗手」たちにエールを送っている歌詞なのだという解釈がほとんどである。「ニューウェーブ」とは何かを、私に説明しろとおっしゃるのですか? それこそ私の手に余ることで、80年代の子どもだった私にはエルビス・コステロYMOと喜太郎を一緒くたにしたような極めていいかげんなイメージしかない。好きか嫌いかで言ったら、好きだ。でも「ニューウェーブとは何か」という問いにも答えられないのに、好きだもへったくれもあっていいものなのだろうか。しかしそれを言い出したらブルースとは何なのだ。パンクとは何なのだ。音楽って何なのだ。宇宙って何なのだ。私、何かもう、旅に出たいような気持ちになってます。

And I hope nobody escapes
私自身にとってはこの歌の中で一番難解な部分だったのだけど、海外サイトの解説では、当時ニューヨークを拠点に活動していた、クラッシュと志を同じくするパンク/ニューウェーブ系のミュージシャン達に対し、その音楽でアメリカのすべてを呑み込んで、誰もそこから抜け出せないようにしてしまえ、とハッパをかけている内容なのだというコメントがあった。今回の記事の一番上に貼りつけた写真は、ジョー・ストラマーが亡くなった時、この歌に対するニューヨークからの回答として街角に描かれた壁画なのだという。何回も消されたけれど、そのたびに描き直されているらしい。
The Clash – I'm So Bored With The U.S.A. Lyrics | Genius Lyrics

Move up Starsky
…やっと終わりに近づいてきたぞ。スタスキーというのは70年代に日本でも放映されていた「刑事スタスキー&ハッチ」というアメリカのテレビドラマの主人公の名前なのだそうで、主要な登場人物は赤いボディに白い稲妻カラーの1976年型フォード・グラン・トリノを乗り回すスタスキー刑事 (愛称スタさん) とその相棒のハッチ、「オヤジさん」ことハロルド・ドビー主任、そして情報屋の「ヒョロ松」…す、スタさん? ヒョロ松?

刑事スタスキー&ハッチ - Wikipedia

Suck on Kojak
刑事コジャック」も同じく、70年代に放映されていたアメリカのテレビドラマ。私は見たことがなかったけど、このコジャック刑事というのは禁煙のためとかでいつもロリポップ(チュッパチャプス的な棒付きキャンディ)をくわえている姿がトレードマークになっていたらしい。「Suck up (しゃぶれ!)」というのは、そういう意味だったのだ。ジョー·ストラマーはあの最後のシャウトに、「今だ出すんだブレストファイヤー」的な気持ちを込めていたのである。正直言いまして私、今回の翻訳作業の中で意味が分かって一番感動したのは、この部分でした。

刑事コジャック - Wikipedia


家族の構造 桐島かれん

遠い昔、NHKで「不思議の海のナディア」というアニメがやっていた頃、一時期番組終了後に流れていた本当に不思議な曲なのだけど、数年たってクラッシュの「I'm So Bored With the U.S.A.」を初めて聞いた時、私の脳裏に同時に回り出したのはなぜかこの曲だった。その思い出についても書こうと思っていたのだけど、今回の記事では予想外なくらいエネルギーを使い果たしてしまったので、翻訳を完成させただけでよしとします。気になる人はぜひ聞いてみてください。そして私と同じ気持ちになるかどうか試してみてください。ではまたいずれ。