華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Ideology もしくは自由の鐘 (1986. Billy Bragg)



このブログではいつも、取りあげる曲のレコードジャケットやそれが収録されているアルバムのジャケットの画像を見出し代わりに使っているのだけれど、同じアーティストの同じアルバムから何曲も翻訳していると、使える写真も底をついてくる。(ヴェルヴェッツの特集をああいう形でやれたのは、あのアルバムだからできたことである)。だから今回は、このかん愛読させて頂いている id:fukaumimixschool さんの姉妹ブログ「大関いずみ作品集」から、画像を使わせて頂いた。

最近の私は自分のブログのPV数よりも、朝起きた時にこの人の読者数が何人増えているかの方がよっぽど気になっている。こんなに誰かのファンになったのは久しくなかったことだし、自分より年下の人(おそらく年下の人)の本当のファンになったのは、ひょっとして生まれて初めてかもしれない気がする。

生まれて初めてかもしれない気がするからすごく新鮮に感じるのだけど、自分より年下の人の人から何かを教えてもらえたり何かに気づかせてもらえたり、その人に憧れたりすることができるというのは、何て素敵なことなのだろう。思えば私が今まで憧れたり好きになったりしてきたアーティストは、ずっと自分より年上の人ばかりだった。そして年上の人のファンになる時には、いつも自分の中のどこかに「対抗意識」があった。突っ張ったり背伸びしたりして何とかその人に近づきたいと思ったり、あわよくば越えてやりたいと思ったり、そんなことばかり考えていた。

自分より年下の人のファンというものになってみると、それとは逆に、自分がものすごく素直で謙虚になっていることを感じる。これは今までに味わったことのなかった感情である。ある一定の年齢に達した女の人がおもむろにジャニーズのファンになったりする気持ちが、今なら何となく分かるような感じさえしてしまう。対象の中身は全然ちがっているかもしれないけれど、たぶん本質的なところは一緒なのである。

年上の人に憧れる時の気持ちは、いつも「自分のみじめさ」「ちっぽけさ」と裏腹だった気がする。あの人はあんなにカッコいいのに自分はどうしてこんなにセコいのだろう、という思い。あの人はあんなにいろいろなものを持っているのに自分はどうして何も持っていないのだろう、という思い。あの人の生きた時代はあんなに輝いていたのにどうしてこの時代はこんなにショボいのだろう、という思い。つまるところは「空っぽの自分を満たしてもらうため」に人を好きになることしか、自分は知らなかったのではないか。と思う。それで勝手な思い入れで人のことを好きになって、自分の思ってたのと違うところが見えてきたら途端に「だまされた」ような気持ちにさえなって、やがて悪口しか言わなくなって…何てこったろう。このブログでやってきたことも、振り返ってみればそんなことばかりではないか。本人の主観としては「裏切られた」みたいな被害者意識に固まっていたりするのだけれど、そのじつ自分のやってきたことというのは尊敬すべき人たちのことを「使い捨て」で「消費」することばかりで、そういうことが「許してもらえた」のは結局その相手がみんな年上の人たちだったからだ。ということが今なら分かる気がするのである。

けれども年下の人から何かに気づかせてもらった時の気持ちというのは、それとは逆に「自分の生きてきた時代も捨てたものではなかったのだ」という感覚と結びついている。自分が憎しみさえ込めて「使い捨て」にしてきたその同じ時間の中で、こんなにも豊かで美しい心を育んできた人がいたのだ、という事実に、素直に感動させられるし、反省もさせられる。そしてそういう相手の前では「突っ張る」のではなく、何より「自分もしっかりしなければならない」という気持ちにさせられる。言い換えるなら年上の自分自身の未来にも、希望が持てるような気持ちが生まれてくるのだ。

「だれだれ先生のことを私は尊敬しております!」みたいなことしか言えない人間に、人間はなるべきではないし、またそういうことしか言えなくなってしまった人は、自分が「不幸」なのだということに、早く気づいた方がいいと思う。(蛇足だが、そういうことを「言わせる側」の人間には、もっとなるべきではない)。いくつになってからだって、生きるに値する本当の希望というものは見つけられるはずだと思うけど、とりあえずそういう生き方をしている限りは、永遠に見つからないだろうと思った方がいい。一応これは衆院選が近いことをも念頭に置いた「時事ネタ」になっております。

「画像は好きに使ってかまわない」というオノさんのご厚情に甘えて、今回自分のブログアイコンも「ミチコオノ日記」からの画像に変更させて頂きました。鉄道ファンと言うわけではないけれど、私は「電車」が割と好きなのです。そしてこの電車の「柄」は、私が10代の頃に毎日乗っていた電車にすごくよく似ている。ブログタイトルとの関連で言うならば、この電車は同時に「ダンヴィル鉄道」でもあるのだとかいった具合に、こじつければよろしい。(蒸気機関車の時代に「電車」はなかったわけだが、そこはそれ、このブログのテーマがもともと「カン違い」から始まったことを、逆に雄弁に物語ってくれてもいるのである)。

もしもこの人が描きたいものや書きたいことを全部かきつくして次に何をかいたらいいか分からなくなるような時がきたら、その時は平端駅の北側で近鉄橿原線から分かれて東に向かう天理線の線路をかいてみてほしい、と私は100%個人的な趣味で思う。

自分の向かっている方向から直角に右に折れてどこまでも真っ直ぐ続いてゆくその線路の先に、子どもの頃の私は「世界の終わり」が待っているような感じが、いつもしていたものだったのだ。

それが今回とりあげる曲とどういう風な形で関係しているのかというと

たぶん何らかの形では交わっているのではないかと思う。

ではまたいずれ。


Ideology

Ideology

英語原詞はこちら


When one voice rules the nation
Just because they're on top of the pile
Doesn't mean their vision is the clearest
The voices of the people
Are falling on deaf ears
Our politicians all become careerists

ただそいつらが
ピラミッドの頂点にいるからという理由で
ひとつの声によって
国が支配されることがあっても
それはそいつらのビジョンが
一番クリアだということを
意味しているわけではない。
ひとびとの声が届くのは
聞く耳を持たない耳の上。
おれたちの政治家は
みんな出世主義者になってゆく。


They must declare their interests
But not their company cars
Is there more to a seat in parliament
Than sitting on your arse?
And the best of all this bad bunch
Are shouting to be heard
Above the sound of ideologies clashing

彼らは誰が自分のスポンサーなのかを
明らかにしなければならないはずなのに
自分たちの会社のクルマのことについては
何も明らかにしない。
議会のイスってのは
何もしないで座っているために
あるものなのかい。
そしてそのどうしようもない集団の中で
一番まともな人たちの声は
イデオロギーがクラッシュする音の中に
かき消されてゆく。


Outside the patient millions
Who put them into power
Expect a little more back for their taxes
Like school books, beds in hospitals
And peace in our bloody time
All they get is old men grinding axes

国会の外では
かれらに権力を与えてやった
我慢強い何百万人もの人々が
自分たちの払った税金が
学校の教科書や病院のベッドや
平和というものに変わって
少しでも自分たちのもとに
返ってくることを期待している。
でもみんなが手にするのは
斧を研ぎ澄ましてる老人たちだけってわけだ。


Who've built their private fortunes
On the things they can rely
The courts, the secret handshake
The Stock Exchange and the old school tie
For God and Queen and Country
All things they justify
Above the sound of ideologies clashing

ゴマすり屋もしくは裁判所
秘密の握手
証券取引所に出身校のコネ。
そういうものに頼れるだけ頼って
個人的な財産を築きあげたのは誰だ。
神と女王と国家のために
かれらはすべてを正当化する。
イデオロギーのクラッシュする音が
鳴り響いているそのはるか上の方で。


God bless the civil service
The nations saving grace
While we expect democracy
They're laughing in our face
And although our cries get louder
Their laughter gets louder still
Above the sound of ideologies clashing

公務員と名のついたものと
気品を絶やさない国民とかいうものに
神の恩寵を。
デモクラシーを求めているおれたちを
やつらは思いきり嘲笑っている。
おれたちの叫び声は
どんどん大きくなるけど
やつらの笑い声も
どんどん大きくなり続けてる。
いくつものイデオロギー
クラッシュする音が鳴り響く
そのはるか上の方で。


deafというのは、「聴覚障害者」に対する差別語です。ここでは原文をそのまま転載しました。


Ideology

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Ideology

Ideology

Sexuality もしくは性別もしくは性差もしくは性機能もしくは性的特質もしくは性的関心もしくは性的指向もしくは性的能力もしくは性衝動もしくは性欲もしくは性行動もしくは性行為もしくは性的耽溺 (1991. Billy Bragg)

Sexuality

英語原詞はこちら


I've had relations with girls from many nations
I've made passes at women of all classes
And just because you're gay I won't turn you away
If you stick around I'm sure that we can find some common ground

いろんな国の女の子と
関係つくってきたぜ。
あらゆる職業階層生活環境の女の人を
くどきまくってきたぜ。
きみがゲイだって
冷たくしたりはしないぜ。
そばにいるかぎりは
何か分かちあえるものがあるもんだと思うぜ。


Sexuality
Strong and warm and wild and free
Sexuality
Your laws do not apply to me

セクシュアリティ
強く暖かくワイルドで自由。
セクシュアリティ
あんたらの法律はおれには当てはまらないよ。


A nuclear submarine sinks off the coast of Sweden
Headlines give me headaches when I read them
I had an uncle who once played for Red Star Belgrade
He said some things are really left best unspoken
But I prefer it all to be out in the open

スウェーデン沖で原子力潜水艦が沈没だって。
新聞の見出しで頭痛が起こるよ。
レッドスター·ベオグラードの選手だった
おじさんがいるんだけどね。
世の中には口に出さない方がいいこともあるんだって
いつも言ってた。
でもおれは何だって隠しだてしないで
オープンにするのが好きだな。


Sexuality
Strong and warm and wild and free
Sexuality
Your laws do not apply to me
Sexuality
Don't threaten me with misery
Sexuality
I demand equality

セクシュアリティ
強く暖かくワイルドで自由。
セクシュアリティ
あんたらの法律はおれには当てはまらないよ。
セクシュアリティ
おれを悲劇でおびえさせないでほしい。
セクシュアリティ
おれは平等を強く求めます。


I'm sure that everybody knows how much my body hates me
It lets me down most every time and makes me rash and hasty
I feel a total jerk before your naked body of work

おれのカラダが
どんなにおれのことを嫌ってるか
きっとみんなにも分かると思う。
ほとんど毎回おれは
落ち込まされてばっかりで
その気もないのに
せっかちの慌て者になってしまう。
きみのハダカの大全集を前にすると
おれはもう全身が立ちあがるのを感じるよ。


I'm getting weighed down with all this information
Safe sex doesn't mean no sex it just means use your imagination
Stop playing with yourselves in hard currency hotels
I look like Robert De Niro, I drive a Mitsubishi Zero

あの手の情報やお知らせには
ほんとに滅入ってしまう。
安全なセックスってのは
セックスするなってことじゃなくて
想像力を働かせろってことさ。
ハードカレンシーホテルで
ひとりで自分をなぐさめるなんて
やめとけよ。
おれってロバート·デ·二ーロみたいだろ。
おれのはミツビシのゼロ戦なみだぜ。


Sexuality
Strong and warm and wild and free
Sexuality
Your laws do not apply to me
Sexuality
Come eat and drink and sleep with me
Sexuality
We can be what we want to be

セクシュアリティ
強く暖かくワイルドで自由。
セクシュアリティ
あんたらの法律はおれには当てはまらないよ。
セクシュアリティ
一緒に食べて飲んで寝ようよ。
セクシュアリティ
おれたちはなりたいものになれるんだ。


Sexuality

=翻訳をめぐって=

ビリー・ブラッグが歌っている歌を翻訳するのは、カバー曲も含めればこれで6曲目になるのだけれど、こんなに「訳詞の一人称を統一させるのが難しい人」は、初めてだ。最初の2曲は「ぼく」で訳したけど次は「私」になり、次が「おいら」でその次が「おれ」で、今度もやっぱり「おれ」である。できることなら統一したいと思うし、私の訳し方は恣意的なのではないかと自分でも気になってしまうのだけど、やっぱり「ぼく」では訳しにくい歌というものがある。前回も相当悩んだけど、今回も同じだ。「ぼく」という一人称でこういう「開けっぴろげな話」をすることが許容される文化は、少なくとも今の日本には「まだない」のである。

「じゃあ作れよ」と私の中でもうひとつの声が叫んでいる。「おれ」というのは明らかに、「マッチョな言葉」だ。「性の解放」ということを男の立場から真面目に問題にしようと思ったら、一番大切なのはまず「男がマッチョであろうとすることをやめること」だろう。そういうテーマを「マッチョな言葉」で語るということは、それこそ「性の解放」に真面目に取り組んでいる人たちにケンカを売る行為なのではないか。と思う。

しかしそれを言い出すならば、この歌の内容自体がやっぱりどこか、マッチョなのだ。「僕は世界のあちこちの少女たちと関係を作ってきましたよ」という訳詞が強烈に不自然でしかも何か邪悪な気配まで漂わせているのは、そういう行為そのものが、そもそもマッチョな行為だからだと言えるだろう。「マッチョな行為」を「開けっぴろげ」に語ることができるのは、やはり「マッチョな日本語」しかないのである。

だったらこの歌は「悪い歌」なのだろうか。「マッチョで邪悪だからそもそも翻訳しようと考えること自体が間違いな歌」なのだろうか。場合によってはそれでも構わないと私は思うし、ビリーブラッグも「そうならそうと言ってくれ」と思っていると思う。マッチョな言葉しか喋れてないかもしれないけど、少なくともこの人の姿勢は「真面目」だと思うのだ。「同じ男でこれだけ頑張っている人がいるんだから自分も頑張らねば」と私に思わせてくれたぐらいには、真面目な人だと私は思ってきたのだ。だからこの歌をと言うよりはこの人の言葉を、特集記事を組んででも集中的に翻訳してみたい気持ちにかられたのである。

この歌はけっこう「軽薄」なところもある歌なのではないかと、私自身もいくつかの点で思う。でも「何ごとも隠しだてしないでオープンにするのが好きなんだ」という歌詞の中の言葉だけは、やっぱりいろんな人たちと分かち合いたいと思う。それはこの歌が「批判に対してオープンであろうとしていること」の宣言でもあると思うからだ。

というわけでこの歌の試訳に関しては、翻訳する人間自身の「マッチョな本性」がさらけ出されてしまう可能性をも引き受けつつ、あえて一人称に「おれ」を採用させて頂きました。以下、内容の検討に移ります。

I've made passes at women of all classes

make a pass で「口説く」「色目を使う」「モーションをかける」「アタックする」などの意味になるのだとのこと。

classというのは別に難しい言葉でも何でもないのに、うまく訳すのはすごく難しい。今の世界には洋の東西を問わず階級とか階層とかいった不公平なものがあり(このブログに「日本にはイギリスにあるような階級社会は存在しない」などという趣旨のコメントを寄せてきた人間がいたが、とんでもない話である。そういうことを言える人間はその時点で人を差別しているのだということに、気づくべきだと思う。「自分と同じでない人間」のことを「人間だとさえ思っていない」ぐらい差別しているから、どんな街にもどんな田舎にも同じ家族の中にさえはびこっている「不平等」の存在が、目に入らないだけではないのか)、まずはその存在を認めることからしか「不平等と戦う」ことだってできはしないにも関わらず、「階級」「階層」という言葉をそのまま訳詞の中に使ったら、途端に歌詞の全体が「親しみにくいもの」になってしまう。このことは今の日本において「政治的な言葉」一般がいかに「非日常的」で「恐ろしげ」なものだと見なされているかということを示しており、かつそれを「親しみにくい」と「判断」している私の中にも同じ「ひるみ」が横たわっていることを意味しているのである。

だったらなおのこと、あえて「階級/階層」というゴツゴツした言葉をそのまま訳詞に使うのもひとつの「見識」ではあると思う。でもそうすると、こういう微妙なテーマで「親しみやすい曲を作ろう」としたビリーの努力が、ムダになってしまう。さらに「class」には、「種類」「分野」「タイプ」といった比較的「政治的でない意味」も存在している。本当に何も「特別」なことは、言っていない歌詞なのである。だから結局、上記のような訳し方に落ち着いた。

なお、勘違いのないように強調しておかねばならないと思われるのは、ここでの「class」は相手の女性が背負わされている、あるいは背負っている社会的な立場を意味することばであり、決して相手のことを「ランク付け」したり「等級」をつけたりする意味で使われている言葉ではないということである。「階級」という言葉をそのまま放り出すとそういう誤解が生じうるし、実際にそう誤解した訳詞を読んだこともある。それは歌詞のメッセージと真逆を行く解釈であり、ビリーブラッグ自身は自分でも言ってる通り「平等を求めている人」なのだ。

Sexuality

…という単語の意味は、今回の記事タイトルに示した通り。 これほど多義的で意味深な言葉に、ひとつの日本語解釈だけを押しつけようとすることは、およそ不可能である。

A nuclear submarine sinks off the coast of Sweden

…1989年にソ連原子力潜水艦バレンツ海で沈没した事故が、リアルタイムで取り入れられているらしい。この事故では42人が亡くなり、ソ連の崩壊ムードに拍車をかけたとのこと。船体は現在も水深1600メートルのところに沈んだままであり、深刻な放射能漏れの危険が継続しているということである。

I had an uncle who once played for Red Star Belgrade

レッドスター·ベオグラード」は、ユーゴスラビア (当時) のサッカーチーム。サッカー好きの人は「言われないでもわかる」のかもしれないが、私は分からなかった。ここにそういう「おじさん」を登場させる必要がどこにあるのかというと、やっぱり「古い男の価値観」みたいなものを代表する役割が担わされているのだと思う。

Don't threaten me with misery

…PVではこの部分で政治家が吠えているから、原潜問題も含め、戦争や社会不安などの「巨大な悲劇」について言われている歌詞だと思う。好きな相手との関係の破局とかいった個人レベルの悲劇では、多分ない。もちろん個人にとっての「悲劇の重さ」は、比べたりできないものだけど。

I'm sure that everybody knows how much my body hates me

…自分の体が思うように機能してくれない、という意味の表現だと思う。PVでは深刻な顔をしているビリーの背後で他のバンドメンバーが彼のことをからかいまくっており、カースティ・マッコールは指で「このひと小さいんです」サインを出して (何で知ってるのだ)メンバーの爆笑を誘っている。ビリー本人の自虐的な演出なわけだけど、笑っていいものなのかどうか、私はいまだにわからない。

I feel a total jerk before your naked body of work

「naked body」はもちろん「裸体」。一方で「body of work」は「1人の作家や芸術家の全作品」を意味しており、つなげて言うことで言葉遊び的な効果を狙っているのだと思う。「ありがたいなら芋虫ゃ鯨」的な表現だが、この歌詞は後半にもちゃんと「意味」があるので、それより上手だと思う。なのだと思う。

Stop playing with yourselves in hard currency hotels

…ここが分からないのだ。「hard currency」とは「強い力を持った通貨」のことで、例えばアメリカ以外の国や地域でもドルで買い物ができることが往々にしてあるのは、その地域ではドルが「hard currency」だからである。一方で「hard currency」には「硬貨」という意味もあると辞書にはある。そして「hard currency hotel」という言葉で検索しても出てくるのはこの歌詞だけなので、「そういうホテル」が実在しているわけではない。明らかに造語である。その上でそれが「外資系の高級ホテル」みたいなイメージなのか「ワンコインで泊まれるホテル」みたいなイメージなのかは、情報不足で分からないとしか言えない。Stop playing with yourselvesは、「相手を見つけてやった方が楽しいよ」という意味なのだろうけど、yourselvesは複数形なので、これは不特定多数のリスナーに向けた呼びかけである。

I look like Robert De Niro, I drive a Mitsubishi Zero

この曲を共作した元ザ・スミスジョニー・マーがビリーに「なんだこりゃ」と尋ねたところ、「rhyme (韻) だ」というのが答えだったとのこと。「ミツビシ·ゼロ」というのは車の名前かと思ったら、「三菱が開発した零式戦闘機」すなわちいわゆる「ゼロ戦」のことだったと分かり、かなり、ドキッとした。日本人にとって「B29」というのがおそらく永遠に忘れられない名前であるのと同様、ゼロ戦に殺された人が1人でもいる国では、「ミツビシ·ゼロ」の名前は永遠に忘れられることはないのだと思う。誰だ誇ってるやつは。恥じろ。

…この歌のPVを通して、ビリーブラッグは「エセックス州」の道路標識で遊びまくっている。「エセックス」「サセックス」という「不幸な地名」は、日本の中学生の間でもネタにされていたぐらいだから、イギリスではもっとネタにされているのだろう。


東京少年 どっかいっちゃったスペシャルメドレーe

ではまたいずれ。

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The Marriage もしくは何て言ったらいいんだ (1986. Billy Bragg)



The Marriage

英語原詞はこちら


I understand you needing
And wanting is no crime
But I can't help feeling
That you and your mother are just wasting your time

きみにとって必要なんだろうってことは
分かってるよ。
そうしたいと思うのは
別に悪いことだとも思わない。
でもきみもきみのお母さんも
自分の時間をむだにしてるだけなんじゃないかって
おれには思えて仕方ないんだよな。


Choosing Saturdays in Summer
I dare you to wear white
Love is just a moment of giving
And marriage is when we admit our parents were right

真夏の土曜日から日取りを選んで
あつかましくもきみに
白無垢を着てもらうことになるわけだ。
(無垢じゃないのに。て言っかおれがそうしたのに)。
愛ってのは
与え合う瞬間の中にあるものだろ。
そんでもって結婚てのは
自分たちの親は正しかったんだってことを
認めさせられるためにあるようなもんだ。


I just don't understand it
What makes our love a sin
How can it make that difference
If you and I are wearing that bloody, bloody ring

おれにはわからないよ。
何でおれたちの愛が罪だなんてことになるのか。
あの血の色をした
本当に血の色にしか見えない指輪を
おれときみが指にはめることで
何が変わるのかなんて
本当にわからない。


If I share my bed with you
Must I also share my life ?
Love is just a moment of giving
And marriage is when we admit our parents were right

きみとベッドを分かちあったら
人生まで分かちあわなきゃいけないって話になるわけ?
愛ってのは
与え合う瞬間の中にあるものだろ。
そんでもって結婚てのは
自分たちの親は正しかったんだってことを
認めさせられるためにあるようなもんだ。


You just don't understnd it
This tender trap we're in
Those glossy catalogues of couples
Are cashing in on happiness again and again

わかんないかなあ。
すごくやさしい顔をしたワナの中に
おれたちはいるんだと思うよ。
カップル向けのてらてらしたカタログは
人の幸せから繰り返し繰り返し
利益をむしり取って行くんだよ。


So drag me to the altar
And I'll make my sacrifice
Love is just a moment of giving
And marriage is when we admit our parents were right
And marriage is when we admit our parents were probably right

わかったよ。
おれを祭壇に引っ張って行きゃいいじゃないか。
そんでもっておれは自分をイケニエにしてやるよ。
愛ってのは
与え合う瞬間の中にあるものだろ。
そんでもって結婚てのは
自分たちの親は正しかったんだってことを
認めさせられるためにあるようなもんだ。
結婚なんてのは
自分たちの親の方が正しかったらしいってことを
認めさせられるためにあるようなもんだ。


Marriage

=翻訳をめぐって=

…は、特にない。しかし、すごく考えさせられる歌である。どこまでが「もっともな正論」で、どこからが「オトコのワガママ」なのか。私自身男性なもので、全然客観的なことが言えない。

ちなみに私に結婚経験はないし、結婚したいと思った経験もない。理由はそれこそ、この歌の主人公と完全に一致している。結婚制度や家族制度というものは、本当に数え切れないぐらいの人を不幸にしてきた制度だと思う。そういう制度を再生産する側に自分が回ることは、イヤなのである。そして自分に子どもができたとして、そういう制度を子どもの世代に押しつけなければならない立場に立たされることは、なおさらイヤなのである。

しかし、じゃあ、どうしたらいいのか。本当に分からないとしか言いようがないのが、30代後半の正直な気持ちである。

そして自分のそうした「思想信条」のおかげで、自分が今まで誰一人「幸せ」にすることができずにきたことはハッキリしているわけであり、だったら何のための「思想信条」なのか、と自分でも思わざるを得ない。

そんでもって、そんな言い方だって、実は卑怯なのである。私の「思想信条」は、人を「幸せにできずにきた」ということにはとどまらない。もっとハッキリ言うなら、傷つけてきた。傷つけた人(…たち)は今も傷ついたまま生きている。場合によってはこの記事を、読んでいるかもしれない。

だからと言って今さら「制度」を受け入れたとして、「幸せ」にできる相手は、いたとして1人だけである。「傷ついたまま」の人はどうしようもなく生み出されるし、その人は「私という人間が幸せになること」を通して、「もっと」傷つかなければならないことになる。

とはいえ人間が自分の人生で本当に「幸せ」にすることのできる相手というのは、「制度」があろうとなかろうと、いたとして本当に「ひとり」しかいないのだなということに、いろんな人たちを傷つけてしまったことを通して、ようやく私は気づかされている。自分という人間も「ひとり」しかいないからである。せめてそのことには、人を傷つけることになる前に、私は自分の力で気づいておくべきだったのだ。

ハッキリ言うなら私はそのことに気づこうとさえしていなかった。と言うか気づくことを拒否していた。ということは「気づいていた」ということなのだ。つまりは「思想信条」を「言い訳」にしていたということだと思う。

そういう「腐った生き方」を、自分は反省しなければならないということなのだと思う。私みたいな人は、いると思う。だから私が取り返しのつかないぐらいに人を傷つけてやっと気づいたそのことをここに書いておくことは、意味のないことではないと思う。

ビリー・ブラッグという人は本当に真面目な人だから、自分の欲望に対しても「真面目」にならずにいられなかったのだろうなということが、私にはとてもよく分かる。「If I share my bed with you/ Must I also share my life ?」という一節などについては「よく言ってくれた」とさえ、心のどこかで感じている。いまだにそれが、私という人間の本音だということなのだろう。

でもその言葉をぶつけられた側の相手がどれだけ傷ついたか、そしてそういうことを平気で言うビリーブラッグや私みたいな人間の姿がどれだけ「エラそー」に見えていたかということも、今ではそれと同じくらいよく分かる。

この歌にはどこかに「言い訳」と「居直り」が隠されているのだと思う。反論できないくらい「正しい」思想信条にくるまれた、邪悪な居直りである。それをビシッと指摘してくれる人が現れることを、あるいは私もビリーブラッグも「待って」いるのかもしれない。それは、自分の力で気づくことが本当に難しいことだからである。

でも、人を傷つけた人間が人に甘えてちゃいけないよな。

ではまたいずれ。

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My back pages もしくは彼氏の裏面 (1964. Bob Dylan)



神が味方」を10年ぶりぐらいに聞いてみて、改めて気づかされたのは、ディランによる「メロディの使い回し」だった。そしてあの曲のメロディが使い回されたこの曲を、久しぶりに映像つきで聞いてみずにはいられなくなった。このブログに何回も出てきた私の原点である、92年のディランの30周年コンサート。その最後から2番目の曲として演奏された「My Back Pages」である。

YouTubeでは案のじょう消されていたけど、Dailymotionで見つけることができた。そして何度見てもやはり、初めて見た時と同じ気持ちになるのを感じた。バーズでこの曲をカバーしていたロジャー・マッギン、つい先日他界したトム・ペティ、そしてニール・ヤングエリック・クラプトン、ディラン、ジョージ・ハリスンが順番にボーカルをとりながら歌い継いでゆく、本当に夢のようなステージだった。

人間技とは思えないようなフレーズを面白くも何ともなさそうな顔して弾きこなすクラプトンより、難しくも何ともないフレーズを全身の筋肉を使って一生懸命演奏するニールヤングのギターの方が好きだと感じたあの瞬間に、自分の人生はある意味決定されていたのだなと、そんなことも時間を飛び越えて実感することができた。25年たって初めて気づくような出会いの意味、そしてこれから何年もかけないとまだ気づけないような意味が、あのコンサートにはいっぱいに詰まっていたのだと思う。そういう出会いを14歳で経験できた私の人生は、おそらく幸せなまま終わるのだろう。

今回の記事のタイトルは「My Back Pages もしくは My Back Pages」にしようかと、ギリギリの瞬間まで考えていた。この曲に関してばかりは、My Back Pages は My Back Pages なんだとしか言いようのないものを感じていたからである。

ただ、歌詞の意味については今までにも何回となく調べてきたものの、そういえばタイトルの意味は調べたことがなかったことに、直前になって気がついた。それで調べてみたら、「back page」は「新聞の裏面」「本の裏ページ」という意味だったので、少し意外に感じた。25年間私はこのタイトルを「私の履歴書」みたいな意味だと、何となく思い込んでいたのである。

My Back Pages= 私の裏面。そういう意味だと分かった時に、ディランがこの曲に込めた気持ちが初めて理解できた気がした。この曲はデビューしてからわずか2年の間に巨大に膨れあがってしまった「社会派シンガー」としてのディランのイメージに対し、ディラン自身が「自分はそういう人間じゃなかったんです」ということを「告白」する歌だったのだ。

この曲が入っているディランの4枚目のアルバムは「Another Side of Bob Dylan (ボブ·ディランの別の一面)」と言う。最後に収録されている曲は「It ain't me, babe (おれはそんな人間じゃないんだベイビー)」というフレーズで有名な「悲しきベイブ」という曲である。そしてその中に収まった一曲としての「私の裏面」。ひとつひとつがつながった意味をもっていたのだということに、今になってようやく気づく。そしてこの次のアルバムから、ディランは「裏切り者」という世界中のブーイングを浴びながら「ロックへの転向」の道を歩み出すのである。

そしてそのことが呑み込めた今、私は非常にスッキリしている。「My Back Pages」は私の中でずっと「My Back Pages」であり続けてきた。これからもあり続けてゆくことだろう。けれども「ボブ·ディランの裏面」は「私の裏面」ではない。それは飽くまで「彼氏の裏面」である。

最初の出会いから25年を経て、ようやく私はこの曲との関係に「決着」をつけることができた気がしている。

Bob Dylan performs My Back Pages from 30th Anniversary Concert - Video Dailymotionwww.dailymotion.com

My Back Pages

英語原詞はこちら


Crimson flames tied through my ears
Rollin' high and mighty traps
Pounced with fire on flaming roads
Using ideas as my maps
"We'll meet on edges, soon," said I
Proud 'neath heated brow
Ah, but I was so much older then
I'm younger than that now.

両耳を貫通して結ばれた
紅蓮の炎が高く舞い上がり
巨大な罠を縛りあげた。
わたしは火を手にして
燃えあがる道に挑みかかった。
心の中にあるものを
自分の地図としながら。
「われわれはすぐにギリギリの気持ちで
ギリギリのところで会うことになるだろう」
とわたしは言った。
額を熱くしながら誇らしく。
ああしかし
その時のわたしはえらく老けていて
今のわたしはその時よりずっと若い。


Half-cracked prejudice leaped forth
"Rip down all hate," I screamed
Lies that life is black and white
Spoke from my skull, I dreamed
Romantic facts of musketeers
Foundationed deep, somehow
Ah, but I was so much older then
I'm younger than that now.

半分ひびの入った偏見が躍りだし
「すべての憎しみを切り裂け」と
わたしは叫んだ。
人生は白か黒だというウソが
自分の頭蓋骨から言葉になって出てくる
そんな夢を見ていた。
マスケット銃兵たちのロマンティックな真実は
いずれにしても深く基礎られている。
ああしかし
その時のわたしはえらく老けていて
今のわたしはその時よりずっと若い。


Girls' faces formed the forward path
From phony jealousy
To memorizing politics
Of ancient history
Flung down by corpse evangelists
Unthought of, thought, somehow
Ah, but I was so much older then
I'm younger than that now.

少女たちの顔が
目の前の道を形づくった。
くだらないジェラシーから始まり
伝道者たちの死体によって投げ落とされた
古い歴史の中の政治の手口の暗記に至る
そうした道として。
無意識にであろうと意識的にであろうと
それは同じことだ。
ああけれども
その時のわたしはえらく老けていて
今のわたしはその時よりずっと若い。


A self-ordained professor's tongue
Too serious to fool
Spouted out that liberty
Is just equality in school
"Equality," I spoke the word
As if a wedding vow
Ah, but I was so much older then
I'm younger than that now.

自分で自分に学位を授けた大学教授の
真面目すぎてからかえないような舌から
ほとばしった言葉は
学校において自由とは
平等と同義なのだということ。
「平等」
わたしはその言葉を口にしてみた。
結婚式の誓いみたいに。
ああしかし
その時のわたしはえらく老けていて
今のわたしはその時よりずっと若い。


In a soldier's stance, I aimed my hand
At the mongrel dogs who teach
Fearing not that I'd become my enemy
In the instant that I preach
My existence led by confusion boats
Mutiny from stern to bow
Ah, but I was so much older then
I'm younger than that now.

兵士の姿勢でわたしは自分の手を構え
人を教育したがる雑種の犬どもに狙いをつけた。
自分が自分の敵になってしまうのではないか
とまで思ったわけではないけれど
自分が人に説教していることに気づく瞬間ごとに
わたしは恐怖を感じていたのだ。
わたしの存在が
混乱したボートの群れを先導していた。
船尾から舳先まで乗組員の反乱で満ち溢れた船団。
ああけれども
その時のわたしはえらく老けていて
今のわたしはその時よりずっと若い。


Yes, my guard stood hard when abstract threats
Too noble to neglect
Deceived me into thinking
I had something to protect
Good and bad, I define these terms
Quite clear, no doubt, somehow
Ah, but I was so much older then
I'm younger than that now.

そう。無視するにはあまりに高貴な抽象的脅威が
わたしをだまして
自分には何か守るべきものがあるのではないかと
考え込ませた時にも
わたしはしっかりガードを固くしていた。
善と悪という述語。
私はそれを定義する。
ハッキリとと言うか間違いなくと言うか
何にしてもだ。
ああしかし
あの時のわたしはえらく老けていて
今のわたしはその時よりずっと若い。

=翻訳をめぐって=

あえて、他の人の翻訳を一切参照することなく翻訳してみた。そして25年間ずっとよく見えずにいたこの歌の「風景」が、100%ではないけれど、ようやく少しはハッキリと見えてきた気がした。たぶん、タイトルの意味を知った効果がいちばん大きいのだろう。

自分で訳してみてつくづく、この歌はディランの「政治的転向」としての歌だったのだということがよく分かる。一面ではこの曲がディランの「新しい出発点」なのであり、この歌の延長線上に「われわれの知っているディラン」があるのである。けれども「転向」という言葉は「敗北」とひとつの言葉でもある。それまでのディランが「戦っていた」のだとすれば、この曲を境にしてディランは明らかに「戦うことをやめた」のだ。

それは、ホメられたことではないし、ホメていいことでもないと私は思う。ホメたらその分、ディランは輝くかもしれない。けれどもホメる方の人間は、ホメるというその行為を通して自分自身が確実に腐ってゆくのである。言い換えるなら、「二度と戦えない人間」に変わってしまうのだ。

「世の中は白か黒かで割り切れるものではない」という美しい言葉は、ある意味で20世紀という時代が生み出した最も退廃的な思想なのではないか。と私は感じることがある。確かに世の中というのは、それほど単純なものではない。そして物事を単純に「割り切る」ことは、常に戒められなければならないと私も思う。

けれども「割り切れるものではない」という諦念を含んだ言葉は、「割り切るな」と叫ぶことのできる鋭さを持ち得ない。言い換えるなら「白か黒かで割り切ろうとする人間」が本当に現れた時、「割り切れるものではない」というつぶやきは、口に出すことすらできない無力な言葉に変わってしまう。

「世の中は白か黒かで割り切れるものではない」というのは、20世紀という時代に変革を求めて戦い、挫折したり人を傷つけてしまったりしてきた経験を持つ人たちの、反省を含んだ言葉なのだとも思う。しかしそれを「逃げるための言い訳」にしてしまったら、世の中は本当に「白か黒かで割り切られてしまう」ことだろう。21世紀はそういう時代なのだと私は感じている。

何十万人ともしれない人たちに「逃げるための言い訳」を提供してしまったこの歌は、罪深い歌だ。今では素直にそう思う。

そして私はそのことに、非常にスッキリしている。自分は「逃げたくない気持ち」を持っているのだということを、自分自身にもハッキリ理解することができたからである。

今の私は間違いなくディランよりずっと若い。

そう言ってやれる気がする。

…以上をこの歌に対する私の感想とした上で、試訳の検討に移りたい。

Crimson flames tied through my ears
Rollin' high and mighty traps
Pounced with fire on flaming roads
Using ideas as my maps

…長い間、ずっとわけの分からなかった歌詞だった。片桐ユズルさんの名訳でさえ、この部分に関してはまるでグーグル翻訳の文章みたいである。

耳のなかで縛られた真紅の焔が
高くころがり大きなワナ
焔の道に火とともに跳ねる
思想をわたしの地図としながら。

…当時はもちろんグーグル翻訳なんてなかったわけだが、中学生だった私はこの意味不明さこそが「詩」というものなのだろうと思い、必死で上記の文字列とにらめっこしていたものだった。まあ、「真紅の焔」という強烈な言葉があるので、絵的にそれほどかけ離れたものが頭の中にできあがったわけでもなかったのだけど、もう少し文法的にスッキリした読み方があるのではないかと思い、分析してみた。

Crimson flames tied through my ears
Rollin' high and mighty traps

赤が主語、青が動詞、そして緑を目的語と仮定して赤、青、緑の順番で読んでみると、「紅蓮の炎が巨大な罠を縛りあげる」という意味の文章になる。この場合、動詞のtieは他動詞である。

一方、赤、青、黒の順で読んでみると「紅蓮の炎が両耳を貫通して結ばれ、ローリングしながら噴き上げる」という、意訳すればそういう意味になる別の文章ができあがる。この場合、tiedは自動詞として機能している。

つまりこの2行は、tiedという言葉が自動詞と他動詞の二重の働きをしながら、二つの文章を結びつけているフレーズとして理解するしかないのではないだろうか。andという言葉の文法的な意味だけがよく分からないが、「rolling high」までの部分と「mighty trap」という言葉を区別するための「つなぎ」として使われているのではないかと思う。そうやってできたのが

両耳を貫通して結ばれた
紅蓮の炎が高く舞い上がり
巨大な罠を縛りあげた。

というフレーズである。「巨大な罠」とは何か。おそらく「社会の欺瞞」みたいなことではないかと私は思う。次に

Pounced with fire on flaming roads
Using ideas as my maps

…このフレーズには主語がない。片桐ユズルさんの解釈は、この2行においても「真紅の焔」が主語としての役割を継続しているという読み方だが、私はPouncedの前に「I」が省略されているのだと思う。「焔」が「思想を地図にする」というのは、いくら考えてもおかしい。

主語をディランだと考えた場合、このフレーズから浮かび上がってくるのは、武器を手にして戦場に躍り出るような彼のイメージである。それを彼は「あの頃は老けていた」という後のフレーズで、否定的に振り返っているのだと思う。

なお片桐さんは「ideas」という言葉を「思想」と訳しているが、「知識」や「考え」といった別の意味もあるから、私はもうちょっと抽象的な形で訳してみた。意味を限定すると、訳詞が逆の意味でイデオロギッシュになってしまうと思う。

"We'll meet on edges, soon," said I
Proud 'neath heated brow

「on edge」は「イライラして」とか「極限状態で」を意味する熟語だが、単純に「エッジのところで会うだろう」とも訳せる。ダブルミーニングの好きな人だからダブルミーニングなのだろうと思い、試訳では両方の意味を併記した。「エッジな場所」がどういう場所なのかはこれまたイメージするしかないが、このフレーズから浮かび上がってくるのは自らを予言者的に演出することを楽しんでいたディランの姿である。けれども、繰り返すけど、「あの頃は老けていた」でそのことは否定されているわけである。

…コーラス部分は、説明不要だと思う。

Half-cracked prejudice leaped forth

この2番の冒頭の歌詞で分からないのは、「飛び出した」のがディランの偏見なのか他人の偏見だったのかということである。ディランの偏見だったとした場合、「すべての憎しみを切り裂け」という言葉は「偏見から出てきた言葉」だったとも読みうる。保留。

Romantic facts of musketeers
Foundationed deep, somehow

マスケット銃は近世初期に主流となっていた銃で、フランス革命アメリカ独立革命の時代に使われていた武器。Foundationという言葉にはいくら調べても「基礎」という名詞の意味しかないのだが、それが Foundationed と動詞化されている。「基礎られる」とでも訳すしかないだろう。基礎る。基礎れば。基礎る時。ラ変動詞になるのだな。この2行の意味するところは「旧体制のイデオロギーは根深い」みたいなことなのだと思う。somehowという単語のニュアンスを私自身がどれだけ理解しているかは心もとないのだけど、「とはいえそんなことはどうでもいい」といった語感に思える。

Girls' faces formed the forward path

…少女たちの顔面が前方にのびる道を作る。「誰にとっての道なのか」ということが問題だと思う。少女たちの道という読み方も可能だが、「ディランにとっての道」なのではないだろうか。ファンの女の子が喜ぶようなことばかり考えて歌っていたら、意識的であれ無意識的であれのっぴきならないことになってしまった、という歌詞だと思う。

A self-ordained professor's tongue
Too serious to fool

第一に、foolは「精神病者」に対する差別語である。ここでは原文をそのまま転載している。その上でfoolが動詞として使われる場合には、「ふざける」という自動詞的な意味と「からかう」という他動詞的な意味がある。シリアスに見える教授の内心は他人に窺いしれない以上、「まじめすぎてからかえない」という他動詞の意味で訳すのが「自然」だと思う。

Spouted out that liberty
Is just equality in school

「自由·平等·博愛」は、時を同じくして起こったフランス革命アメリカ独立革命を支えた理念であるわけだが、社会主義的な思想を持つ知識人が「平等」を「個人の自由」より重視しようとする姿勢に対するディランの違和感が、ここでは表明されているのではないか。という解釈が海外サイトには書かれていた。「平等」。私はいい言葉だと思うよ。それにこの21世紀には、「個人的なことは政治的なこと」という、1964年にはまだ生まれていなかった言葉がある。それはその時代にディランと違って「逃げなかった人たち」が、戦いを続ける中でつかみとっていった言葉である。これからの時代、「自由」という言葉と向き合うことはその言葉と向き合うことを意味すると私は考えている。海外サイトの解釈を受け入れるなら、ディランという人の考えていた「自由」の中身はあまりに軽薄なものだと思う。

In a soldier's stance, I aimed my hand…

…この4番の歌詞は全体のなかでも一番平易に解釈できると思う。親だとか教師だとか古い考え方だとか、「人に説教したがる人間たち」に対して突っ張ってきたはずなのに、いつの間にか自分が説教する側に回っているのではないか、という戸惑いが歌われている。それは割と同情できることであるようにも思えるが、同時にディランという人の大衆蔑視もさらけ出されているように思う。ディラン自身に「人間が人間に見えなくなっていた」のだ。それを「大衆のせい」にするのは間違いだと思う。

Good and bad, I define these terms
Quite clear, no doubt, somehow

…実はこの曲の中で私が今でも分からないのがこの部分である。前の部分で「人生が白と黒で割り切れるというのはウソだ」とハッキリ言っているにも関わらず、どうして最後の部分で真逆の言葉が出てくるのだろう。ちなみに片桐さんの訳では「(私は善と悪を) きわめて明確に定義する。疑いもなく」と颯爽とした訳語が使われているが、実際に辞書を引いてみたら「quite clear」=「かなり明らかに」、「no doubt」=「きっと/たぶん」という感じで、いささか歯切れが悪い。そして最後が「somehow」である。この「なげやりさ」に、読解のカギがある気がする。あくまで推測だけど、「これからは何が正しいことで何が悪いことかは、自分が好き勝手に決めることにする」といったようなことを、この最後のフレーズでディランは言っているのではないだろうか。それは一種の「不真面目宣言」である。それを極めて「真面目に見える言葉」で表現しているところに、当時の彼の精一杯の「ふざけかた」があるのではないかという気がする。しかしそうだとすればこのふざけかたはあまりに「苦しげ」である。何てこったろう。私もとうとうディランに「同情」するような年齢になってしまったのだな。

そんなわけで、私がこの先この歌を「なつメロ」以上の曲としてげんしゅくな気持ちで聞くことは、もはや二度とないだろうと思う。

こころおきなく、ビリー・ブラッグ特集に戻りたいと思います。ドアーズへの寄り道に始まっていろんなことに気づかせてもらえるきっかけを作ってくれたid:fukaumimixschoolさんはじめ他何人かの新しい読者のみなさん、どうもありがとうございました。


真心ブラザーズ マイ バック ペイジス

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With God On Our Side もしくは神が味方についている (1963. Bob Dylan)

With God On Our Side

英語原詞はこちら


Oh my name it is nothin'
My age it means less
The country I come from
Is called the Midwest
I's taught and brought up there
The laws to abide
And the land that I live in
Has God on its side.

ぼくの名前なんて意味を持たない。
年なんてなおさら関係ない。
ぼくが生まれたのは
中西部と呼ばれるところ。
ぼくはそこで育てられ教育を受け
守るべき律法というものを仕込まれた。
そしてぼくが暮らすその土地には
神が味方についている。


Oh the history books tell it
They tell it so well
The cavalries charged
The Indians fell
The cavalries charged
The Indians died
Oh the country was young
With God on its side.

歴史の本は教えてくれる。
きわめて上手に教えてくれる。
騎兵隊が突撃しては
Indianが倒れ
騎兵隊が突撃しては
Indianが死んだ。
若かったその国家には
神が味方についていた。


The Spanish-American
War had its day
And the Civil War too
Was soon laid away
And the names of the heroes
I's made to memorize
With guns on their hands
And God on their side.

そして米西戦争というものが
時代のトレンドみたいになった。
南北戦争というのもそうなって
すぐにかたづいた。
その英雄たちの名前を
ぼくは覚えさせられた。
かれらの手には銃が握られ
神が味方についていた。


The First World War, boys
It came and it went
The reason for fighting
I never did get
But I learned to accept it
Accept it with pride
For you don't count the dead
When God's on your side.

第一次世界大戦だよ諸君。
戦いの理由というものは
ぼくには全然わからなかった。
でもぼくはそれを受け入れることを学んだ。
誇りをもって受け入れることを。
神が味方についている時に
死者の数なんて数えるもんじゃない。


When the Second World War
Came to an end
We forgave the Germans
And then we were friends
Though they murdered six million
In the ovens they fried
The Germans now too
Have God on their side.

第二次世界大戦
始まって終わったとき
われわれはドイツ人を許し
そして友だちになった。
かれらはその焼却炉で
600万人もの人を殺したわけだけど。
ドイツ人たちにも今では
神が味方についている。


I've learned to hate Russians
All through my whole life
If another war comes
It's them we must fight
To hate them and fear them
To run and to hide
And accept it all bravely
With God on my side.

ぼくはロシア人たちを憎むことを学んだ。
生ある限り憎まねばならない。
次の戦争がやってきたら
戦うべき相手はかれらなのだ。
かれらを憎むこと恐れること。
逃げること隠れること。
それらをすべて勇敢に
受け入れなければならない。
神をこちらの味方につけて。


But now we got weapons
Of the chemical dust
If fire them we're forced to
Then fire them we must
One push of the button
And a shot the world wide
And you never ask questions
When God's on your side.

しかしわれわれには今や
死の灰の武器がある。
それを発射することをわれわれが強いられたなら
われわれは発射しなければならない。
ボタンの一押し。
全世界への一撃。
神が味方についている時には
疑問なんて口にするもんじゃない。


In a many dark hour
I've been thinkin' about this
That Jesus Christ
Was betrayed by a kiss
But I can't think for you
You'll have to decide
Whether Judas Iscariot
Had God on his side.

いくつもの暗い時間の中で
こんなことを考えていた。
エス·キリストは
キスによって裏切られたわけだ。
だけどぼくには答えが出せない。
きみが自分で考えてほしい。
イスカリオテのユダにも
神は味方してたんだろうか。


So now as I'm leavin'
I'm weary as Hell
The confusion I'm feelin'
Ain't no tongue can tell
The words fill my head
And fall to the floor
If God's on our side
He'll stop the next war.

というわけでぼくは行くよ。
地獄のように疲れてしまった。
ぼくの感じてるモヤモヤは
口で言えるようなもんじゃない。
ある言葉が頭にあふれだし
床にまでこぼれ出す。
もし神がぼくらの味方なら
次の戦争は止めてくれるんだろうってこと。


With God On Our Side (Live 1963)

=翻訳をめぐって=

ボブ・ディランという歌手に関しては「愛憎」の「憎」の部分ばかりが膨れあがっている昨今なので、本人の名前で出されている歌に関しては正直とりあげる気がしないというのがこのブログの基本姿勢なのだが、「ジェリコの戦い」をめぐる私見を悪戦苦闘しながら書きあげる中で、そういえばこういう「まともな歌」も歌っていたではないかということを、唐突に思い出した。もっともこの曲を出した15年後には彼はボーンアゲイン·クリスチャンの洗礼を受け、「神を讃える歌」ばっかり歌い出すようになる。うっかり信頼すると確実に裏切られることになるし、本人は絶対にそのことを「楽しんで」いる。よく読むとこの歌の時点で既に「So now as I'm leavin'」などという「逃げ道」が、ちゃっかりと用意されている。みんななあ。どこにも逃げ道のない世界であんたの歌を聞いてるんだぞ。つくづくjesterな歌手だと思う。

The laws to abide…この「law」には「法律」という意味と同時に宗教的な「戒律」「律法」という意味も含まれている。ディランが生まれたのはユダヤ教の家で、そういうのはとりわけ、厳しかったらしい。

The Indians fell…Indiansはアメリカ先住民に対する差別語であり、かつあの大陸は「インド」ではない。(「アメリカ」だって、本当はおかしいはずだと思う。本州、四国、九州のそれぞれに「大航海時代のイタリア人」の名前がつけられたら、我々はどんな気持ちがするだろうか)。先住民の「味方」をしているような顔をしながらこの言葉を使い続けているような例がいまだに散見されるが、だったらその人たちのことを本人たちも拒否している差別語で呼ぶことをやめるところから始めるべきだと私は思う。同様の理由からブルーハーツの「青空」という歌も、私は認めていない。あんなのは「差別に反対する歌」ですらない。ただ「ため息」をついてみせるだけの、jesterな歌である。

The Spanish-American War had its day…had its dayというのは「それがいっとき流行ってた」といった感じの、ものすごく醒めた言い方。そういえばブルーハーツにも

どっかの坊主が親のスネかじりながら
どっかの坊主が原発はいらねえってよ
どうやらそれが新しい流行りなんだな
明日はいったい何が流行るんだろう

という歌詞があったが、この3行目を英訳するならさだめし「seems like having its day」ということになるのだろう。しかしその「流行りすたり」に「現実の戦争」の名前を押し込むというのは、ものすごい感覚だと思う。(ホメてない)。ちなみにブルーハーツの作詞者の人に関しては、こんな歌を作ったことを心から恥じているはずだと思うし、恥じていてほしいと思う。まっすぐ反対すれば何とかなったかもしれない時代にこんなことを言ってたから、本当に何か言わなければならない時代になって何も言えなくなってしまうのである。もうあなたには「言葉で何かをやれる」生き方は、残されていないと私は思いますよ。

というわけでまたいずれ。

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With God On Our Side

With God On Our Side

Joshua Fit the Battle of Jericho もしくはジェリコの戦い ※ (19c African-American spiritual)

我らは忘れずジェリコ
ジェリコ ジェリコ
今も夢見る遥かなジェリコ
懐かし故郷

ああいつの日か共に行かん
ああヨシュアと共に
敵に奪われし
故郷をさして

流れは豊かなジェリコ
ジェリコ ジェリコ
進め望むは故郷のジェリコ
敵は間近ぞ

おお正義の旗を掲げ
おおいまこそ行かん
敵を蹴散らして
城をわが手に

ヨシュアジェリコで戦う
戦う 戦う
ヨシュアジェリコで戦う
城壁は落ちる

…中学の時のクラスの合唱の課題曲だった「ジェリコの戦い」の歌詞である。これは「戦争の歌」なのではないかという素朴な疑問は、当初からあった。しかし当時の私はそれを教師にぶつけることもしなかったし、級友と話し合うこともしなかった。むしろ一生懸命歌って、目立とうとすることを考えていた。情けない過去である。

しかし、「自分は戦争を賛美する歌を歌ってしまったのではないか」「それに疑問の声ひとつあげなかったのは間違っていたのではないか」という罪悪感と言うか羞恥の念は、ずっと私につきまとっていた。それで、と言うかしかし、と言うか、この歌のことを自分はずっと「ちゃんと知ろう」としてこなかった。むしろ忘れたいとか見ないことにしたいとか、そういう風に感じてきた曲だった。

だいたい「ジェリコの戦い」って、「どういう戦い」だったのだろうか。「旧約聖書に出てくるエピソードだ」ぐらいの説明は、聞いた覚えがある。だが私が小学校の図書室で読んだ子ども向けの「聖書物語」は、神が人間を創造したことから始まってモーゼが死ぬところで終わっていたから、少なくとも当時の私に「ジェリコの戦い」に関する「知識」はなかった。

それを「知った」のがどういう成り行きで、いつのことだったのかを正確に思い出すことはできない。しかしとにかく「えっ!?」と思ったのは覚えている。思っていたよりもずっと、「ひどい話」だったからである。

…今回の記事はどういう風に書き進めて行ったらいいのだろうかと思う。何度も書いてきたごとく、このブログのテーマは私が今までに出会ってきたいろいろな歌の「正確な意味」を知ることを通して、「自分の青春に決着をつけること」である。そしてこの歌に関しても、「何も考えずに歌っていたけれど実はこんなにひどい歌だった。反省して2度と歌うまい」ということをハッキリさせることができれば、記事としては完成である。それは、分かっている。

しかし、この歌の場合、その「ひどさ」を立証するためには、旧約聖書のいろんなエピソードを引用して注釈をつけるという膨大な作業が必要になってしまう。それだけのためにそこまでやる必要があるのかとも思うし、それは自分の能力を超えていることであるようにも思う。

第2に、聖書の記述にもとづく歌詞に対して批判的検討を加えるということは、必然的に聖書批判、宗教批判にまで踏み込んだ話を展開しなければならないことになる。批判はハッキリ言って、ある。しかしそういうことをやるからには、徹底的にやらなければならないと思う。現代社会における差別や戦争の問題にいかに宗教が深く関わっているかということまで含め、中途半端に終わらせていい話ではない。

第3に、結論を先取りするなら、旧約聖書に誇らしく記載されている「ジェリコの戦い」のエピソードは、もしそれが史実であったならとんでもない「不正義の戦い」だったと、私は考えている。しかしそのエピソードをもとに「Joshua Fit the Battle of Jericho」という歌を作ったのは、19世紀に「奴隷」として白人の支配を受けていたアメリカの黒人の人たちである。その人たちは聖書の中の「ジェリコの戦い」が「神の正義」の力で勝利したのと同じように、自分たちもいつかは自由を勝ちとるのだという思いを込めてこの歌を作り、歌い継いできた。またそれを「聖書のエピソード」に託して歌ってきたことについては、「白人から弾圧される口実を作らないため」という切実な理由もあった。そういう歌の成り立ちを考えるなら、この歌を「ひどい歌だ」の一言で切って捨てるようなことは、私にはできない。しかしそれを同じ歌詞で日本人が歌ったり、まして白人が歌ったりするようなことは、何重にも「おかしなこと」なのではないかと思わずにはいられない。

第4に、英語でジェリコと発音されるヘブライ語のエリコ、アラビア語でアリーハーと呼ばれる街は、ヨルダン川西岸地区にあり、現在ではパレスチナ自治区となっているが、1967年以来何度もイスラエルによる占領や封鎖を受け、多くの人が殺されている。イスラエルによるパレスチナへの占領、支配、そして抵抗するパレスチナの人々への弾圧と殺戮は正に現在直下の問題なのだが、その現実を前にして「ジェリコにおけるイスラエルの勝利」を讃えるこの歌を、合唱コンクールであれ何であれ歌うことは、そうしたイスラエルの暴虐を肯定する意味を、必然的に持つと思う。パレスチナの人たちの間でこの歌が知られているのか知られていないのか、私は知らないが、内容を知ったなら絶対に「許せない」と思うはずの歌だと思う。これはこの歌をめぐる一番「具体的な問題」である。


パレスチナ問題の経緯|パレスチナ子どものキャンペーン

…以上のことを全部書こうと思ったら、優に本が一冊書けてしまう。一冊で収まるような話でもないかもしれない。とてもブログ一回分にまとめることができるような話ではない。

しかしYouTubeで「ジェリコの戦い」を検索してみると、21世紀を迎えた今日でもこの歌は中学校から大学まで、至るところで合唱コンクールの課題曲となっている現状が見て取れる。それは絶対に間違っている、と私は思う。(ただし投稿された動画を見ると、中学生のものも含めて大半が英語で歌われており、日本語で歌われているものはほとんどない。また私が上に紹介した日本語歌詞は、検索しても出てこない。後述するように聖書の記述に照らしても余りにかけ離れた内容になっていることが問題となり、歌われなくなったような経緯が存在しているのかもしれない)。かつての私と同じように歌詞の内容に疑問を持ち、自分の手で調べてみようと思う人たちのために、「この歌はこういう理由で、歌うべきではないと思う」ということをハッキリ述べた記事が、ネットのどこかに存在していることは「必要」なことだと思う。

よって、今回の記事では以下の数点に問題を絞り、この歌に関して私が思うところを、できるだけ簡潔に書いてみることを試みたい。

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ジェリコの戦い」とは何だったのか

…これについても、何から書き始めたものなのか。旧約聖書は「神」が7日間で天地を創造したところから始まっている。そこから始めるしかないのだと思う。

そして「神」は「土のちり」から最初の男性であるアダムを作り、その肋骨から最初の女性であるイブを作った。というこの記述からして「聖書を認めることは差別を認めるのと同じことだ」という問題が発生するのだが、細かくは立ち入らない。

アダムとイブは「神」の怒りに触れて楽園を追放され、荒野をさまよう。やがて2人には子どもができ、全ての人類の祖先となる。

…その後、ノアの方舟とかバベルの塔とか、いろんなことが起こる。そしてアダムから20代目の子孫にあたるアブラハムという人が、75歳の時に

あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい
創世記12:1-3

という「神の啓示」を受けた。(ちなみにアブラハムという人は、現在のイラクにあるウルというところで生まれたらしい)。それでアブラハムは一族郎党を引き連れて旅に出て、現在のパレスチナにあたるカナンの地にたどり着いた時、

あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。
創世記12:7

という「神の預言」が再び下った。この文字通り「一言」によって、パレスチナの地は現在に至るまで、自らをアブラハムの子孫であると信じている全ての人たちから「約束の地」と呼ばれるようになる。

さて、そのアブラハムの孫にあたるヤコブという人には12人の息子がいたのだが、その11番目のヨセフは特別に父親から愛されていたため、他の兄たちからねたまれて、隊商に売り飛ばされてしまった。そして家に戻った彼らは、ヨセフは獣に殺されたとウソをつき、それ以来ヨセフは、死んだことにされてしまった。

ところがヨセフは、売られた先のエジプトでめきめき出世して、ついにはファラオのもとで宰相になった。一方、ヨセフの故郷のパレスチナでは大飢饉が起こり、困り果てた兄たちは、エジプトに穀物を買いに来て、そこでヨセフと再会することになった。ヨセフはいろいろ、意地悪なことをするのだが、最終的には兄たちのことを許し、父ときょうだいとその一族をエジプトに呼び寄せて、幸せに暮らした。

…以上が旧約聖書の第1巻にあたる、「創世記」のあらましである。やや冗長になったが確認しておきたかったのは、「イスラエルびと(ヤコブの子孫)」にとってパレスチナが「約束の地」と呼ばれるのはどういう経緯にもとづいていたのかということ。そしてかれらがそこを離れたのはなぜだったのかということである。ここまでは、読みようによっては比較的「平和」な物語なのだ。

第2巻の「出エジプト記」から、そうした「平和な雰囲気」は影をひそめてゆく。

ヨセフが死に、ヨセフを重用したファラオも死ぬと、ヤコブの子孫であるイスラエル人たちはエジプトで迫害され、奴隷の身分に落とされることになった。そんな時代に、同胞がエジプト人から暴行されるのを見てそのエジプト人を殺してしまい、逃亡生活を送っていたモーセ(英語読みはモーゼス)という男性のもとに、突然「神の啓示」が下る。

わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。
わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。
いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。
さあ、わたしは、あなたをパロ (ファラオ) につかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう。

出エジプト記3:7-10

…この預言に従い、モーセイスラエルの民衆を引き連れてエジプトからの脱出を敢行する。

いろいろな映画の題材にもなっているこのエピソードは、一面では迫害されている立場の全ての人たちに対し、「勇気」を与えるものでもあると思う。この歌をはじめいろいろな黒人霊歌の中で、モーセとその後継者たちが英雄として讃えられていることは、理由のあることである。

しかし私はこの時「神」がモーセに与えた「指示」の内容に、いくつかの点で疑問を持つ。

  • ひとつに、神が人間を土から創造できるぐらい全能であるのなら、どうして迫害するエジプト人たちを改心させて、イスラエル人たちと共存できるようにする道をとらなかったのか。
  • 第2に、エジプト人たちに「天罰」を下すなら、まだ分かる。どうしてイスラエル人が「出て行かねばならない」ことになるのか。それはエジプト人による迫害を正当化することではないのか。飢饉を起こして彼らが「約束の地」を離れ、エジプトに行かざるを得ない状況を作り出したのは、「神」自身ではなかったのか。
  • 第3に、「神」が自ら言うごとく、イスラエル人たちが「約束の地」を去ってからの何十年か何百年かのあいだに、パレスチナには「カナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびと」などの「別の人々」が既に住み着いているのである。その人たちの立場はどうなるのか。全ての人間は「神」がつくったアダムとイブの子孫だというのなら、「神」はどうしてイスラエル人だけを「えこひいき」するのか。言い換えるなら、差別するのか。

…私はある意味「気楽に」こんなことを書いているのだけれど、キリスト教ユダヤ教の世界ではそんな風に聖書の記述に疑問を持ったりそれを試そうとしたりすること自体が最大級の罪悪なのであり、そのことによって社会から追放されたり殺されたりしてきた人たちは数しれないし、今でもそういうことは、世界のあちこちで続いているのである。それにも関わらず、その状況の中から疑問の声をあげる人たちは、キリスト教社会の中にもユダヤ教社会の中にも常に存在してきた。まず必要なのは、その人たちのことを素直に尊敬することだと思う。その人たちの「大変さ」を思うなら、この日本という社会で私がなすべきことは、こんな「他人の宗教」のアラ探しよりまず先に、何よりも天皇制をおかしいと言い続けることであるはずなのだ。けれども今回は、とりあえず聖書の話である。

モーセと共にエジプトを脱出しようとするイスラエルの民衆をファラオが追撃してくるが、「神の奇跡」によって紅海の水が真っ二つに割れ、その海底にできた道を通って、一行はシナイ半島への脱出に成功する。ファラオの軍勢は溺れ死ぬ。

そしてシナイ山という山の上で、モーセが「神」から「十戒」を刻んだ石板を授かり、「神」とイスラエル人との間に「神の掟に従って生きる」という「契約」が交わされるところで、「出エジプト記」は終わっている。

この後、第3巻(こういう数え方はしないらしいが)に「レビ記」というのが続くのだけど、ここに書かれているのは「神」がモーセに与えた戒律の細々した内容ばかりだとのことで、私もまともに読んだことがない。歴史的な話はその次の「民数記」に続く。



エジプトからの脱出は果たしたものの、「約束の地」であるヨルダン川西岸地区までの道はまだ遠く、イスラエル人たちの中には「エジプトにいた方が良かった」と不平を言い出す人も現れはじめた。

さらに、モーセが行く手のカナンの地に偵察隊を出したところ、そこは確かにいいところだが、そこに住んでいるカナン人やアマレク人はとても強そうなので、戦っても勝てそうにないという報告が返ってきた。これを聞いたイスラエルの民衆は激しく動揺し、飽くまで前進すべきだと主張したのは、偵察隊に同行したカレブとヨシュア(英語読みはジョシュア)という2人の若者だけだった。ここで初めて、ヨシュアの名前が出てくる。

このイスラエル人たちの動揺に、「神」は激しく怒る。その怒る理由がいまいちよく分からないのだが、「自分を信用しないから」ということであるらしい。そしてその「罰」としてイスラエル人たちは40年間にわたって荒野をさまよわなければならないことにされ、カレブとヨシュアを除くその世代のイスラエル人たちは誰も生きては「約束の地」に入らせないということが宣告された。イスラエルの民衆は神を疑ったことを反省し後悔しながら旅を続け、ようやくヨルダン川にまで至ったところで「民数記」は終わる。

その次の「申命記」の内容は、「約束の地」を目前にして死期を迎えたモーセによる、イスラエルの民衆への最後の説教である。(モーセも、生きて「約束の地」に入ることは許されなかった。その理由は、水がなくて不平の声をあげる民衆のために奇跡を起こして岩から水を出してやるからお前はその合図をしろ、と「神」から指示されたことに対し、民衆の不平不満にむかついていたモーセ乱暴に杖でその岩を叩いた、ということらしい。つまり「命令への従い方がイヤイヤだった」ということである。「神」というのはどこまで小さなやつなのだ、と私は思う)。そしてモーセが死に、その後継者のヨシュアが「神」の指示を受けて「約束の地」に出発するところから、「ジェリコの戦い」のエピソードが綴られた「ヨシュア記」が始まる。ようやくここまでたどり着いた。

「わたしのしもべモーセは死んだ。それゆえ、今あなたと、このすべての民とは、共に立って、このヨルダンを渡り、わたしがイスラエルの人々に与える地に行きなさい。」
「あなたがたの領域は、荒野からレバノンに及び、また大川ユフラテからヘテびとの全地にわたり、日の入る方の大海に達するであろう。」
「強く、また雄々しくあれ。あなたはこの民に、わたしが彼らに与えると、その先祖たちに誓った地を獲させなければならない。」

ヨシュア記1:2-6

…「神」からのこの指令に従い、ヨシュアイスラエルの民衆はヨルダン川を東から西に渡って、最初の街であるエリコを包囲する。そして「エリコの戦い」が開始されるのだが、以下は日本聖書協会による口語訳聖書からの全過程の引用である。

さてエリコは、イスラエルの人々のゆえに、かたく閉ざして、出入りするものがなかった。

主はヨシュアに言われた、「見よ、わたしはエリコと、その王および大勇士を、あなたの手にわたしている。

あなたがた、いくさびとはみな、町を巡って、町の周囲を一度回らなければならない。六日の間そのようにしなければならない。

七人の祭司たちは、おのおの雄羊の角のラッパを携えて、箱
( モーセ十戒の石板が納められた「契約の箱」のことをさす。「聖櫃=アーク」とも呼ばれ、現在もどこかに実在しているという伝承があり、しばしば映画の題材になる)に先立たなければならない。そして七日目には七度町を巡り、祭司たちはラッパを吹き鳴らさなければならない。

そして祭司たちが雄羊の角を長く吹き鳴らし、そのラッパの音が、あなたがたに聞える時、民はみな大声に呼ばわり、叫ばなければならない。そうすれば、町の周囲の石がきは、くずれ落ち、民はみなただちに進んで、攻め上ることができる」。


(中略)

七度目に、祭司たちがラッパを吹いた時、ヨシュアは民に言った、「呼ばわりなさい。主はこの町をあなたがたに賜わった。

この町と、その中のすべてのものは、主への奉納物として滅ぼされなければならない。ただし遊女ラハブと、その家に共におる者はみな生かしておかなければならない。われわれが送った使者たちをかくまったからである。


(中略)

そこで民は呼ばわり、祭司たちはラッパを吹き鳴らした。民はラッパの音を聞くと同時に、みな大声をあげて呼ばわったので、石がきはくずれ落ちた。そこで民はみな、すぐに上って町にはいり、町を攻め取った。

そして町にあるものは、男も、女も、若い者も、老いた者も、また牛、羊、ろばをも、ことごとくつるぎにかけて滅ぼした。

ヨシュア記6:1-21

…以上が旧約聖書に書かれている「エリコの戦い」の内容である。そして現在に至るまで、ユダヤ教キリスト教の世界で語られる「エリコの戦い」もしくは「ジェリコの戦い」のイメージは、イスラエルの民衆がラッパを吹いて鬨の声をあげただけで城壁が崩れ落ちたという、「神の素晴らしい奇跡」を讃える内容に貫かれている。

しかし、語られるべきはそこなのか、と私は思う。

聖書の記述によれば、イスラエルの軍勢に対しエリコの人たちは「抵抗した」様子さえ見られない。こんなのは「戦い」ですらない。

一方的な、虐殺ではないか。

ヨシュア記」の内容はこの「エリコの戦い」に始まり、その西側のパレスチナの地をひたすら武力によって制圧してゆく血なまぐさい記述に満ちている。「侵略」という言葉しか、そこには当てはめようがないと私は思う。

聖書信仰の立場からは、ヨシュアとその軍勢による侵略-虐殺行為は、「聖絶 (ヘーレム)」という言葉で、現在でも正当化されているらしい。

ヘーレムの語根は「別にしておく」とか「俗用に供することを禁じる」ことを意味しており、この語はヘブライ語聖書(旧約聖書)で神への奉納・奉献・聖別を表すためにも用いられている。

畑や家畜などを聖絶として神に捧げた場合は、それを売ることも買いもどすこともできないものとして完全に神に捧げ尽くさなければならず(レビ27:28)、そのようにして捧げられたものは祭司のものとなった(レビ記27:21、民数記18:14)。ただ、その捧げ物が人間であった場合は必ず殺されなければならなかった(レビ記27:29)。

一方、イスラエルに敵対する異民族に対して聖絶が用いられる時は、「神への奉納物として、異教の神を拝むものとそれに関連する事物をことごとく滅ぼし尽くす」こと、全ての戦利品を滅却することを意味した。すなわち、聖絶の対象とされた敵対異民族は全員が剣で殺され、また家畜も含め生けるものは全て殺戮された。また、通常の戦闘では許される女子どもの捕虜も、また家畜などの戦利品も、聖絶においては自分たちの所有物とすることは許されず、全てが神への捧げ物とされなければならなかった。さらに、それ以外の剣でもって滅ぼせないものは火をもって焼き尽くされ、また、燃やすことの出来ない金銀財宝などは神殿の奉納倉へ納めて、「呪われた汚らわしきもの」として民衆の手からは隔離されなければならなかった。そして、聖絶のものを私物した者は、神の怒りに触れるものとして、罰として処刑された。聖書はその理由として、イスラエルに聖なる生き方をさせて、彼らが先住民の宗教からの誘惑に負けて神に対して罪を犯さないためであるとする(申命記7:1-6、20:16-18)。

聖絶 - Wikipedia

Wikipediaの記事にも書かれているように、ここで「定義」されている「聖絶」の内容というものは、現代に生きる我々の感覚からすれば「民族浄化」「ホロコースト」そのものである。このことに対し、神学上の立場からは、「神がそんなことを命じたはずがない」とか「昔の聖絶は血なまぐさいものだったが、現在では聖絶という言葉はそういう意味を持っていない」とかいった形で、いろいろな「つじつま合わせ」がなされていると聞く。

しかし必要なのは、歴史に対する「つじつま合わせ」ではなく、「反省」なのではないだろうか。自分たちの祖先を含む「昔の人類」はそういうことを繰り返してきたが、それは間違いだった、ということを、まずは率直に認めることからしか、何も始まらないのではないだろうか。それを認めることが「神」やあるいは天皇制を否定することにつながると言うのであれば、否定すればいいではないかと何度でも私は言いたい。

「神」の名による「聖絶」を「正義」として受け入れてきたキリスト教世界の人間たちが、他地域への侵略と植民地支配を繰り返してきたのは、それを正当化できる「教義」を持っていたからである。(もっとも「教義」の方が「後づけ」でデッチ上げられることも多いように見受けられるから、「教義」さえ廃止されればそれで済むほど単純な話ではないとも思うが)。「ジェリコの戦い」は決して遠い昔の話ではない。広島に原爆を落としに行く戦闘員たちにさえ、テニアンの飛行場ではキリスト教の司祭による「祝福」が与えられたという。彼らが「聖絶」のイメージで自らを奮い立たせようとしたことは、想像に難くない。そうやって人間は「人間であること」をやめていくのだ。そして全く同じ内容の反省が、「神武東征」や「三韓征伐」や「神風」のイメージで戦争を正当化してきた日本人の側にも問われていることは、言をまたない。

1948年のイスラエル建国と第一次中東戦争の過程で、パレスチナの人々の村が次々と襲われ、地図上からアラビア語の地名が消されて行った時、シオニスト達の頭の中にあったのはそれこそ「聖絶」への使命感と陶酔そのものであったろう。そのようにして建設された国家が、現在に至ってもパレスチナへの占領と入植地の拡大を継続させている。そんな歴史は絶対に「終わり」にさせられなければならない。

だから私は中学の時の合唱で「ジェリコの戦い」を歌ったことを「恥」だと思っているし、その「反省」を形にしなければならないと思う。

それが今回の記事である。

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日本語歌詞の問題点について

聖書に記載されている「ジェリコの戦い」のあらましを見た上で、私がかつて「歌わされた」日本語版の歌詞は、それにさらなるでっち上げを加えて「ジェリコの戦い」を正当化しようとする、デタラメな内容になっている。上述のように現在ではほとんと歌われていないらしく、ほぼ「忘れられた歌詞」になっているのかもしれないが、飽くまで自分自身の青春に決着をつけるため、問題点をハッキリさせておきたいと思う。

我らは忘れずジェリコ

…ここからして「史実」をねじ曲げているのではないだろうか。ヨセフに招かれてエジプトへの移住を決めた当時のイスラエルの民衆がどこに住んでいたのか、私が「創世記」を読み返してみた限りでは、よく分からない。あるいは、エリコのあたりだったのかもしれない。しかし明らかなこととして、エジプトを出てから40年後にヨルダン川の東岸に立ったイスラエルの民衆の中に、「約束の地」を見たことがある人間は1人もいなかったのである。それは「未来において与えられる土地」であって、「故郷」ではない。「忘れようとしても思い出せない」の世界である。

ああいつの日か共に行かん
ああヨシュアと共に

…聖書の記載によれば、「神」がヨシュアにエリコ攻略を指令したのは「モーセが死んですぐ」である。「いつの日か」みたいな表現がどうして出てくるのか分からない。

敵に奪われし
故郷をさして

…こんなひどいでっち上げはない。カナンの地で飢饉に見舞われてエジプトへの移住を決めたのは、イスラエルの民衆自身の決断だったのである。その後に誰が住み着こうと、勝手ではないか。

おお正義の旗を掲げ

…どうしてこんな言葉を簡単に使えるのだろう。ヨシュアの側にどんな「正義」があったというのか。「神」が「その地を与える」と言ったという「口約束」があるだけである。そんなもん、「言ったもん勝ち」の世界でしかない。

ヨシュアジェリコで戦う

…戦ってない。民衆にラッパを吹かせただけ。そして無抵抗のエリコの人たちを殺しただけ。何かカッコいいことでもしたように言うのは、やめてほしい。

以上、どれだけデタラメな歌を混声四部合唱していたのかと思うと私はひたすら恥ずかしい。そして私と同じようにこの歌を「歌ってしまった」過去を持つ全ての人に対しても、その恥ずかしさを共有してほしいと思う。まさかと思うがこれから歌う予定のある人には、この記事を読んで考え直してもらいたい。

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黒人霊歌「Joshua Fit the Battle of Jericho」の歌詞と対訳

黒人霊歌」という言葉は20世紀の日本の音楽の教科書では「Negro Spiritual」の訳語として紹介されていたが、現在では「African-American Spiritual」と呼ばれているらしい。Wikipedia英語版のこの歌の記事にも、その言葉が使われていた。「Negro」が「African-American」となったのは単なる「言い換え」ではなく、歴史的に「黒人」をさす単語として使われていた「Negro」が、どれだけ差別的な響きを持った言葉だったかということを示す事実として受け止めたい。

「Joshua Fit the Battle of Jericho」という歌がアメリカで「奴隷」とされていた黒人の人々の間で歌われ始めたのは、19世紀前半のことだったと言われている。イギリスが主導する奴隷貿易が最も「隆盛」を究めたのは18世紀のことであり、南北戦争終結する1865年まではそれが続いていたわけだから、当時のアメリカでは直接アフリカから強制連行されてきた1世の人たちや、その子どもにあたる2世の世代の人たちが、黒人人口の大半を占めていたと思われる。まだ「アフリカでの生活」の記憶が鮮烈に残っていたはずの時代である。その人たちが言葉を奪われ、信仰を奪われる中で、どんな気持ちで白人の宗教を「受け入れて」いったのかということは、想像するしかない。

上述したように、当時の黒人の人たちが「聖書のエピソードに託して」解放への願いを歌い継いできたその歴史は、いくら私が聖書嫌いの宗教嫌いでも、勝手に「評論」の対象にしていいものではないと考えている。黒人の人たちの間で現在でもこの歌が歌われ続けているのは、差別という「崩されるべき壁」が存在し続けているからであり、「戦わなければならない現実」が継続し続けているからである。侵略や虐殺を正当化するためではない。

しかし実際に侵略や虐殺に手を染めてきた国家や民族の構成員がその歌を「簒奪」し、「自分の歌」として歌うなら、それは当然「別の意味」を持つのである。だからよしんば黒人の人たちが歌い継いできた通りの英語の歌詞であっても、やはり「それ以外の人間」が歌っていい歌ではないと私は思う。

以上のことを踏まえた上で、黒人の人たちの間で歌い継がれてきた「Joshua Fit the Battle of Jericho」の歌詞と対訳を掲載し、この長い記事を終えることにしたい。動画は現在でも「ゴスペル界最高峰の歌手」として語り継がれているという、1972年に亡くなったマヘリア・ジャクソンさんによる歌唱である。


Joshua Fit the Battle of Jericho

Joshua Fit the Battle of Jericho

英語原詞はこちら


Joshua fit the battle of Jericho
Jericho Jericho
Joshua fit the battle of Jericho
And the walls came tumbling down
Hallelujah

ジェリコの戦いを
ジョシュアは戦った。
ジェリコジェリコ
ジェリコの戦いを
ジョシュアは戦った。
そして壁は崩れ落ちた。
ハレルヤ


You may talk about the men of Gideon
You may talk about the men of Saul
But there's none like the good old Joshua
At the battle of Jericho
Hallelujah

ギデオンってやつの話もいいだろうさ。
サウルってやつの話もいいだろう。
でも誰もジェリコの戦いの時の
ジョシュアさんにはかなわない。
ハレルヤ


Joshua fit the battle of Jericho
Jericho Jericho
Joshua fit the battle of Jericho
And the walls came tumbling down
Hallelujah

Up to the walls of Jericho
With sword drawn in his hand
Go blow them horns like Joshua
The battle is in my hands

ジェリコの城壁に向けて
抜き身の剣をその手に握り
ジョシュアみたいに
ラッパを吹き鳴らせ。
戦いはこっちのもんだ。


Joshua fit the battle of Jericho
Jericho Jericho
Joshua fit the battle of Jericho
And the walls came tumbling down
That mornin'

ジェリコの戦いを
ジョシュアは戦った。
ジェリコジェリコ
ジェリコの戦いを
ジョシュアは戦った。
そして壁は崩れ落ちた。
あの朝に


Joshua fit the battle of Jericho
Jericho Jericho
Joshua fit the battle of Jericho
And the walls came tumbling down
Hallelujah


Joshua fit the battle of Jericho
Jericho Jericho
Joshua fit the battle of Jericho
And the walls came tumbling down

…英語の歌詞についてさらに知りたいという方がいらっしゃったら、以下のリンクの方の解説が詳しいです。
Joshua Fit the Battle of Jericho - 工場日記

最初、私はU2の「I will follow」を翻訳していて「ジェリコの戦い」を連想させる歌詞に直面したのでしたが、その時にはこの方の記事を紹介するだけにとどめようかと考えていました。でもやはり「自分の言葉」でこの歌に対する立場を明らかにしておく必要があると考えて、今回の記事を書きました。英語圏の歌にはこの歌のように聖書に題材をとった歌がたくさんあり、どこかで一度自分の態度を表明しておかなければ、ただ機械的に翻訳することはできないと思ったからです。長文へのお付き合い、お疲れ様でした。ではまたいずれ。

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I Will Follow もしくは私がついています (1981. U2)



「Follow me down」などというエラそーな命令形の歌よりは、「私はついて行きます」という謙虚なメッセージの方が、と考えて前曲に引き続きこの曲を取りあげてみたのだったが、調べてみると「そういう歌ではなかった」かもしれないということが分かってきた。とりあえず、試訳を読んでみて頂けたらと思う。U2のデビューアルバムの、一曲目に入っている歌です。


I will follow

I Will Follow

英語原詞はこちら


I will Follow...
わたしがついています…

I was on the outside when you said
You said you needed me
I was looking at myself
I was blind, I could not see

あなたが声をあげたとき
わたしを必要として声をあげたとき
わたしは外側にいました。
自分自身を見つめていました。
私の目は見えなくなっていて
見ることはできなくなっていました。


A boy tries hard to be a man
His mother takes him by his hand
If he stops to think he starts to cry
Oh why

男の子は一人前の男性になるために
必死でがんばるものです。
考えることをやめて泣き出したとしても
母親はその子の手をとります。
ああ
なぜなんでしょう。


If you walkaway, walkaway
I walkaway, walkaway...I will follow

あなたが行ってしまうなら
行ってしまうなら
わたしが行ってしまうなら
行ってしまうなら
…わたしは見守っています。


If you walkaway, walkaway
I walkaway, walkaway...I will follow

あなたが離れて行っても
離れて行っても
わたしは離れて行っても
離れて行っても
…わたしがついています。


I was on the inside
When they pulled the four walls down
I was looking through the window
I was lost, I am found

四方の壁が引き倒されたとき
わたしは中にいました。
窓越しにずっと見ていました。
わたしは見失われ
そして見つかりました。


Walkaway, walkaway
I walkaway, walkaway...I will follow
If you walkaway, walkaway,
I walkaway, walkaway...I will follow
I will follow

行きなさい。
行きなさい。
わたしは行きます。
行きます。
…見守っています。
もしもあなたが行ってしまっても
行ってしまっても
わたしは行ってしまっても
行ってしまっても
…わたしがついています。
わたしがついています。


Your eyes make a circle
I see you when I go in there
Your eyes, your eyes...

あなたの瞳が
まるいかたちをつくる。
その中にとびこんでわたしは
あなたを見ます。
あなたのひとみ
あなたのヒトミ…


If you walkaway, walkaway
I walkaway, walkaway...I will follow

あなたが行ってしまうなら
行ってしまうなら
わたしが行ってしまうなら
行ってしまうなら
…わたしは見守っています。


If you walkaway, walkaway
I walkaway, walkaway...I will follow

あなたが離れて行っても
離れて行っても
わたしは離れて行っても
離れて行っても
…わたしがついています。


I will follow
I will follow...

わたしがついています。
わたしがついています…

=翻訳をめぐって=

上に貼りつけた動画はU2が最初に撮影したPVらしいのだけど、20歳になったばかりとおぼしきボノの「行けてなさ」が面白すぎる。あと、ベースのアダム・クレイトン青年のことも、頼むからもっと映してやってくれよと思う。本人が撮ってくれるなと言ったのなら別だけど。しかしとりあえずそういう話は、いい。

上述のように私はこの記事を書く直前の段階まで、「I will follow」を「僕はついて行く」と訳そうと考えていた。ところがそういうわけにも行かないのではないかと考え込まされたのは、英語版Wikipediaの以下の記事を読んだからである。

U2 singer Bono wrote the lyrics to "I Will Follow" in tribute to his mother who died when he was 14 years old..."I Will Follow" was written three weeks before U2 began recording Boy. Bono has said that he wrote the song from his mother's perspective and that it was about the unconditional love a mother has for her child.
U2のシンガー、ボノは、「I will follow」の歌詞を、14歳の時に亡くなった彼の母親に捧げるものとして書いた…「I will follow」が書かれたのは、U2がアルバム「Boy」のレコーディングを開始する3週間前のことだった。ボノはこの歌を彼の母親の視点から書いたのだと語っており、母親というものが自分の子どもに対して持っている無償の愛についての歌なのだとしている。

…こういう風にして「後づけの情報」を参考に訳詞を作るのは、本来なら「反則」なのではないかと感じることが時々ある。ミュージシャンというのは基本的に「楽曲」だけで勝負している人たちだし、私自身もミュージシャンに対してはそうあってほしいと思っているからである。歌っている人にとっては楽曲として表現されたものが「すべて」なのだから、そこに表現されていない裏情報的なことを根拠にしてあれこれ「隠された意味」を類推することは、場合によっては悪趣味でさえあると思う。

現に上記のような情報が出回る前に書かれたと思しき海外の掲示板では、「この歌は『神について行く』という決意を歌っているのだ」とか、「自分がアイドルにしてきたミュージシャンに対する矛盾をはらんだ感情(離れて行く…しかしついて行く…)が歌われているのだ」とかいったような、様々な解釈が乱れ飛んでいる。「死んだ母親の視点から歌われているのだ」と言われてみると目からウロコが落ちるような気がするものの、「you」と「me」という言葉しか使われていない以上、英語圏の人が聞いてもやっぱりこの歌は「僕はついて行く」という歌だと思うのが「普通」なのである。そういった「いろいろな読み方」を排除してしまうような訳詞を作ったら、翻訳としてはある意味で「失敗」なのではないかとも、一方では思う。

しかし日本語に直した場合、「僕はついて行く」で訳してしまったなら、この歌が「母親の視点」から歌われていると解釈できるような余地は、完全に消えてしまう。そうである以上は、ボノ自身が語っているようなこの歌の「本来の意味」に忠実な翻訳を心がけることが、結局は一番「正確」だということになるのではないかと思う。

それで、上記のような試訳になった。以下は、内容をめぐって。

  • I was on the outside…知らずに読むと本当に謎めいた歌詞なのだけど、「死んだ母親の視点」から歌われているのだと考えると、いちいち納得が行く。つまりこの曲の冒頭でボノのお母さんの魂は既にその肉体から離れ、「外側」に立っているのである。
  • I was looking at myself/ I was blind, I could not see…これも「見ている」のか「見えていない」のか不可解な歌詞なのだが、「肉体の目は機能を停止したけど魂の目でボノを見ている」ような状態なのだと考えられる。なお、「目が見えない」という意味の一般的な用法ではあれ、「blind」という言葉は「視覚障害者」に対する差別語です。ここでは原文をそのまま転載しました。
  • If you walkaway, walkaway/ I walkaway, walkaway...I will follow…死んで埋葬される母親の肉体と、生きてゆくべき子どもの肉体は、必然的に「離れ離れ」になる。しかし母親の魂はずっと子どものそばにとどまっている。ということで、この「変な歌詞」は何ら矛盾した内容のことを歌ったものではなかったのである。もし霊魂というものが実在すればの話ではあるわけだけど。
  • When they pulled the four walls down/ I was looking through the window…ボノの母親が亡くなった時、実際に彼の家は取り壊されたらしい。それは14歳だった彼にとって、二重にショックな出来事だったと思われる。でもそのショックに沈む彼を、母親は「窓から見ていた」ということなのだと思う。なお、この「四方の壁が崩れる」という描写には、曲を書いたボノが敬虔なカトリックのクリスチャンであることを考え合わせるなら、聖書の中の「ジェリコの戦い」のイメージが重ねられているような気がしてならない。しかし私個人には「ジェリコの戦い」の伝説に対して、ちょっと思うところがある。正直、あまりいいイメージは持っていない。あの歌も翻訳するしかなくなっちまったかな。


  • I was lost, I am found…これはもう全く想像の世界だけど、取り壊されてゆく自分の家の中に母親の姿をハッキリ「見た」と感じられる瞬間が、14歳のボノには実際に「あった」のではないだろうか。その時の出来事が「母親の立場」から歌われている歌詞であるように思われる。なお、「失われて(十字架にかけられて)」その後再び「見出される(復活をとげる)」というのは、完全にイエス・キリストと重なるイメージでもある。
  • Your eyes, your eyes...無意識の偶然かそれとも意図して書かれた歌詞なのかは確認できなかったが、海外サイトの情報によるとボノのお母さんは「Iris (アイリス)」という名前だったのだそうで、「iris」という単語は「瞳の中の虹彩」を意味する言葉でもある。つまり「瞳」という言葉の中にはそのままボノの「母親の名前」が含まれているのである。そう思ってこの歌詞を聞くと、ちょっとゾクゾクする。

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この歌が入っている「Boy」のアルバムジャケットの男の子の顔は本当に印象的で、子どもの頃にこのアルバムと3枚目の「War」が上新電機の棚に並んでいるのを初めて目にした時には、思わずその場に釘付けになってしまった。




…この2枚が「同じ少年の顔」だというのが、すごいのである。この男の子はボノの親友のバンドマンの弟だったピーター·ローウェンくんという人なのだそうで、「さん」になった現在はダブリンで写真家をやっているらしい。
(2006) ピーター・ローウェン~「Boy」「War」の少年 - U2 Station To Station

というわけでまたいずれ。

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