華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Waiting for the sun もしくは自由のスプラッシュ (1970. The Doors)

f:id:Nagi1995:20170510103726j:image

"Waiting for you to tell me what went wrong" 日本語で書かれた歌がこの表現をマネしようと思っても、それは絶対にできない。と書こうと思った矢先に、「どこで壊れたの Oh Friends」というレベッカの歌が頭の中を回り出した。さて。改めて何から書き始めたものだろうか。


The Doors - Waiting for the sun

  • (2:47のところで、ジムモリソンが「いぇーいっ!」と叫びます。そしてその後で「しばいたれえっ!」と叫びます。誰が聞いてもそう聞こえるはずです)

Waiting For The Sun

太陽を待ちながら

英語原詞はこちら
 
生まれたばかりの楽園で
ぼくらは競争しながら海をめざす。
そして立ちつくす。
自由の岸辺に。
 
太陽を待ちながら…
 
わかるかい。
春が来た。
まきちらされた光の中で
生きる季節がやってきた。
 
太陽を待ちながら…
 
待っている、待っている、待っている、待っている。
 
きみがあらわれるのを待っている。
きみがぼくの歌を聞いてくれるのを待っている。
きみがやって来るのを待っている。
何がまちがってしまったのか。
ぼくに教えに来てくれるのを待っている。
 
こんなに奇妙な人生って、あるんだろうか。
 
(in) the first flush of something
(formal) (at) a time when something is new, exciting and strong (オックスフォード英英辞典のウェブサイトより)

 このブログは昨日始めたばかりだから、私の他に読者はまだ1人しかいないけど、もしもこのさき見知らぬ人が訪れてくれることがあるとしたら、ほとんどは歌の名前で検索して来てくれる人たちなのだと思う。そういう人たちが知りたいのは、あくまで看板に掲げている通りの「歌詞の対訳」なのであって、ひとつひとつの歌に対する私の思い入れなどはおそらくどうでもいいことであるに違いない。だから、1回目は延々と自分の話ばかりしてしまったけれど、今回からはまず一番初めに歌詞と対訳を掲載して、その後に歌について語っていくという形をとることにしたいと思う。もっともこのブログで私が紹介する対訳は飽くまで「試訳」であり、どちらかと言えば訪ねてきてくれる人とのコミュニケーションを通じてそれをよりよいものにしていきたいというところに、ブログの趣旨は存在している。

…初めて聴いたドアーズのアルバムが「モリソン・ホテル」だったという人は、ドアーズが好きな人の中でもかなり少数派なのではないかと思う。けれど私自身は、そのことをとてもラッキーなことだったと思っている。最初に聞いたジムモリソンの声が"Roadhouse Blues"の力強いシャウトだったということ、そしてそこで形成された第一印象がいっぺんに崩れ去るような衝撃をわずか3分後に体験することになったことは、いろんな偶然が重なり合うことでしか可能にならなかった人生の奇跡のひとつだったのだと今では思う。"This is the strangest life I've ever known"という高校生の耳にも届くシンプルな歌詞を聞きながら、自分もこんなにふしぎな歌を歌える人に出会ったことは今まで一度もなかったと感じた。そんな風にドアーズとの「本当の出会い」を与えてくれたのが、私にとってはこの"Waiting for the Sun"という曲だったわけである。

中古屋で300円で買った「モリソン・ホテル」は輸入盤のLPで、歌詞カードは入っていなかった。"Waiting for the Sun"はどんなことを歌っているのだろうということを確かめたくてたまらなくなった私は、歌詞カードを立ち読みするために、翌日市内で一番大きなTSUTAYAに行った。そしてドアーズの棚を探したらこんなセクシィな人がこちらを見据えていたので、ジムモリソンの印象はまたも崩れ去り、いっそう巨大になって私に襲いかかることになった。一体この人は、どういう人なのだろう。

f:id:Nagi1995:20170510164011j:image

一番上の「モリソンホテル」のジャケットの画像と見比べてほしいのだけど、あの写真の中のジムモリソン(当時の私にとっては「と思われる人」)は、とても疲れた顔をしている。体型もセクシィとは程遠い。そしてあの写真は、そもそもあまり鮮明に撮れていない。「自分の容姿にあまり自信を持っていないインテリの歌手」というのが、勘違いも甚だしいのだけど、LPを手にとって一通り聞いてみた上での私のジムモリソンの印象だった。そこにデビュー当時のかくも強烈な写真を見せつけられてみると、今度は「この人には一体何が起こったのだろう」ということが気になってたまらなくなった。実際、いろんなことがあったのだということをそれから何年もかけて私は知って行くことになるのだけれど、それを解説したり言いふらしたりすることは私の仕事ではないし、このブログでやりたいことでもない。

歌詞の話に移ろう。

まず最初に自由をバシャッと浴びて
僕らは競争で海まで走り
自由の岸辺に立った

 …歌詞カードにはそう書いてあった。ちなみに英語の原詞としてその左に書かれていたのは

At first splash of freedom
We race down to the sea
Standing there on freedom's shore

…という歌詞である。

昨日のブログにも書いたけど、昔のレコード会社の歌詞カードに対する姿勢というのは、とてもいいかげんなものだったらしい。日本の場合だと欧米からの留学生をバイトに雇って歌詞を書き起こしてもらい、それに日本人の社員が間違いだらけの訳詞をつけて、アーティストに確認することもなく発売していたのが実態だったという話を後から聞いた。もっとも60年代のアメリカでは、レコードに歌詞カードをつけて発売するという「文化」そのものがなかったそうだから、間違いだらけではあっても歌詞カードがついている分だけそれは日本のレコード会社の「サービス」だったのだと、言えば言えないこともない。かばってやる必要がどこにあるのだと、一方では強く思うのだけど。

今、ネットで確認できる歌詞では、ほとんどすべてが"At first flush of Aden"となっている。ジムモリソンはもう死んで、いないけど、おそらくは他のドアーズのメンバーが確かめた上での、「公式」の歌詞なのだと思う。「自由をバシャッと浴びて」というフレーズは言葉通りに鮮烈な印象を17歳の私に残したが、それも「華氏65度の冬」と同じく、やはり幻の歌詞であったわけだ。上の訳詞はその思い出に対する、私なりの決着のつけ方である。とはいえ「正しい歌詞」を知った今でも、この歌の一行目はやはり"At first splash of freedom"と私の耳には聞こえる。何度聞いてみても、そう聞こえる。おそらくは、一生そう聞こえ続けるのだろうと思う。

私と同じような思いを抱えている人は英語の国でも少なくないようで、あるウェブサイトには「一行目がflushだなんて信じられない。私は30年間"At first clush of Aden"だと思って聞いていた」と主張している女性がいた。昨日の"Old Dixie Down"をめぐっても、「三番の歌詞は"swear the blood below my feet"でなければならない。泥に誓って何になるんだ」と嘆いている男性がいた。この人たちは歌詞カードもインターネットもなかった大昔から、自分の耳に聞こえた通りの言葉を歌の言葉として大切に育み続けてきたわけである。文字を通じてしか歌詞に触れることのできなかった私の場合より、その喪失感や裏切られた感はいっそう深刻だったに違いない。世界中の人々が心の中にそれぞれの「華氏65度の冬」を抱えて生きていて、その人たちはインターネットが普及した現在、私と同様、自分の青春の記憶の根幹を揺るがすような冷酷な史実に直面することを余儀なくされている。そうした一人一人がそれぞれの仕方でくぐって行くのであろう、自分の青春と決着をつけるための「格闘」に、このブログが何らかの形で合流し共に力を合わせてゆくことができればと、私は静かな使命感を燃やしている。

 

ブログは今日で2日目。最初の更新にあたり、私がここでの歌詞対訳において自分に課そうと決めている3つのルールを明らかにしておきたい。ルールとはすなわち、読者の皆さんとの約束だからである。

その1.意訳はしない

意訳というのは「自分がどう感じたのか」を伝える手段としては有効だと言えるだろうが、このサイトを訪れる人にとって重要なのは「Nagiがどう感じたのか」ではなく「歌を作った人は何を伝えようとしているのか」という問題である。翻訳とは限りなく創作に近い作業だが、扱う対象は飽くまで「他人の作品」であり、それをネタにして翻訳者が「自分の作品」をデッチあげようとすることは簒奪に等しい行為だと思う。他人の作品を扱う以上、ひとつの単語も訳し落とされることがあってはならないと考えるし、受動態で書かれている文を能動態に「直し」たり、文章の前後を入れ替えたりするようなことも、できる限り私は避けたい。原詞の中に書かれてもいない表現や単語を勝手に付け加えたり、歌の登場人物に自分の趣味にあわせたキャラクター性を勝手に付与するような行為(ダゼって言わせたりヤネンって言わせたり)は厳に慎むべきだと言えよう。その上で、そうしなければどうしても自然な日本語に翻訳できないケースというのはあり得るが、その場合はどこそこで私は日和りました妥協しましたということを、その都度正直に自己申告して行くように心がけたい。何より大事なこととして、どう訳していいか分からなかった部分は素直に「分かりませんでした。一緒に考えて下さい」と言えるブログにして行きたい。意訳の好きな人は自分の感受性を絶対視しているから、その一言が絶対に言えないのである。そして確信もないくせに何とかそれらしく見えるような訳詞を、簡単に作り上げてしまう。結果、生まれるのが「華氏65度の冬」である。それは最終的には人の心を傷つける行為なのだということを、忘れてはならないと思う。

その2.直訳もしない

意訳はしないという誓いを立てた上で、こだわりたいのは「日本語として自然な表現」になっているかどうかということである。原則として、日本語話者である自分が仕事や日常生活の中で使わないと思うような言葉や表現は、翻訳にあたっても一切使うべきではないと考える。自分の感受性を基準にするといったようなエゴイスティックな話ではなく、こだわるべきだと言いたいのは飽くまで日本語話者としての基準である。例えば我々日本語話者は、愛の告白をする時に、「私はあなたを愛します」とは特別な事情がない限り絶対に言わない。特別な事情とは主語や目的語を明確にしないと誤解を招くような場合だが、そうした付帯条件をつければつけるほど告白は告白としての力を弱めていき、最後には告白として成立しないことにまでなってしまう。主語が不要な時にあえてそれを言うべきでないということは、日本語が「そういう言語」であるからで、英語で主語が必要な場所の全てに「〜は/が」を当てはめたような文章は、読むにたえないばかりでなくもはや日本語ではない。だから "I love you" を「愛してます」と訳することは決して「意訳」ではないし、上段で "This is the strangest life I've ever known" を「こんなに奇妙な人生って、あるんだろうか」と訳していることも、私に言わせるなら意訳ではない。それをも意訳だと言うのであれば、"Good morning" を「おはよう」と翻訳することさえ意訳になろう。だがそれを「良い朝」と翻訳するなら、今度は日本語として成立しなくなるのである。意訳は原文を破壊するし、直訳は訳文を破壊する。だが両者は決して二律背反の関係にあるわけではなく、どちらも破壊することのない「正しい」翻訳はいつも必ずどこかに存在しているはずだと私は信じる。さもなくば言語の違う人間同士は永遠に分かり合えないという結論が導き出されてしまう。そんなはずがあるわけはないだろう。同じ人間なのだから!

その3.差別表現に、見て見ぬふりはしない

私はあらゆる差別を許せないし、あらゆる差別は廃絶されねばならないと思う。その原則はここでも、と言うよりここでこそ厳密に貫きたい。「歌を作った人は何を伝えようとしているのか」を正確に表現するのが一番重要なことであるとは書いたが、人を差別する人間のその差別する気持ちまで「正確に」おもんぱかってやらねばならない必要など、どこにもない。あからさまに人を傷つけることを言っている人間に対し、それを指摘することもせず、その人間の言った通りを他の言語にまで翻訳してネットで拡散するような行為は、差別に加担しそれを拡大させること以外の何ものでもない。そういうことを平気でやれる人間は、「自分が言ったんじゃない。誰それが言ったんだ」という言い訳を心の中に必ず準備している。しかしそれが最も卑怯で悪質な人間のとる態度であることは、自分が言われる立場に立つことを想像してみれば誰しも容易に気づくことだろう。差別に対し見て見ぬふりをすることは、それ自体が差別であると思う。だから私はその一点に関してだけは、どんなに原詞や訳詞を「破壊」することになったとしても、妥協しない態度を取り続けて行きたいと思う。

…少々気負いすぎてしまったかもしれないけれど、以上の原則にもとづいて、当ブログは更新を続けて行く予定です。ではまたいずれ。


はじめての方へ(総目次)
曲名索引(ABC順)
邦題索引(あいうえお順)
アーティスト名索引(ABC順)
アーティスト名索引(あいうえお順)

Waiting for the Sun

Waiting for the Sun

  • ドアーズ
  • ロック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

Morrison Hotel

Morrison Hotel

  • ドアーズ
  • ロック
  • ¥1600