華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Thousands are Sailing もしくは涙にむせぶ人形たち (1988. The Pogues)

f:id:Nagi1995:20170516224747j:plain

 1845年にアイルランドを襲った「ジャガイモ飢饉」と呼ばれる大飢饉は、当時のイギリスによる苛烈な植民地支配ともあいまって100万人の餓死者を出し、さらに200万人の人たちが移民の形で国外脱出を余儀なくされた。現在のアイルランド全島の人口が600万人であることを考え合わせれば、アイルランドはこのとき総人口の半数にあたる人々を失ったことになる。一方で現在合州国に住んでいる3200万人のアイリッシュ系アメリカ人は、その多くがこのとき大西洋を渡った人々の子孫である。

2013年に他界したポーグスのギタリスト、フィリップ・シェヴロンがこの曲を書いた1988年、アイルランドの失業率は20%を超えており、人々はなおも生きるために海を渡ることを強いられ続けていた。それに対し当時のアメリカ政府はアイルランドからの新しい移民を制限し、くじに当たった人にしか入国を認めない政策をとった。(曲中の「宝くじ」は、そのことを指しているという)。

それからさらに30年が過ぎたが、世界ではさらに多くの人たちが、生きるために海を渡ることを余儀なくされている。その人たちに対し最も冷酷な対応をとっている国のひとつが、日本である。


The Pogues - Thousands Are Sailing

Thousands Are Sailing

The island it is silent now
But the ghosts still haunt the waves
And the torch lights up a famished man
Who fortune could not save
エリス島 今では静かな場所
けれど波間には幽霊たちの影
自由の女神のたいまつは
ツキに見放されて
飢え死にした男を照らし出す

Did you work upon the railroad
Did you rid the streets of crime
Were your dollars from the white house
Were they from the five and dime
鉄道現場で働いてたのかい
ポリ公の下働きをしてたのかい
給料はホワイトハウスから?
それとも街の雑貨屋から?

Did the old songs taunt or cheer you
And did they still make you cry
Did you count the months and years
Or did your teardrops quickly dry
古い歌はお前を笑ったかい、励ましたかい
そしてやっぱり泣かせたかい
過ぎた季節を指折り数え
涙はすぐに乾いたかい

Ah, no, says he, 'twas not to be
On a coffin ship I came here
And I never even got so far
That they could change my name
「いいや」とそいつは言った
「おれは棺桶船でここに来た。
こんな遠くまで来たことなんてなかった。
名前まで勝手に変えられてしまうぐらい」

Thousands are sailing
Across the western ocean
To a land of opportunity
That some of them will never see
Fortune prevailing
Across the western ocean
Their bellies full
Their spirits free
They'll break the chains of poverty
And they'll dance
みんな海を渡ってゆく 大西洋を横切って
誰にでもではないけれど チャンスが待ってるその国へ
ツキと幸運があふれだす 大西洋を横切って
連中の腹はいっぱい 連中の胸には自由
貧乏の鎖を打ち砕く そしてみんなが踊る

In Manhattan's desert twilight
In the death of afternoon
We stepped hand in hand on broadway
Like the first man on the moon
マンハッタンの死んだ午後
砂漠のようなたそがれ
おれたちは手をつないでブロードウェイを歩いた
月に着いた最初の人間みたいに

And "the blackbird" broke the silence
As you whistled it so sweet
And in Brendan Behan's footsteps
I danced up and down the street
君が口笛で吹くステキな
「ブラック・バード」が沈黙を切り裂いた
ブレンダン・ビーハンの足どりで
おれは通りを飛び跳ねた

Then we said goodnight to broadway
Giving it our best regards
Tipped our hats to mister Cohen
Dear old times square's favorite bard
そしてありったけの心を込めて
ブロードウェイにおやすみを言い
タイムズ・スクエアの吟遊詩人
ミスター・コーハンに敬礼した

Then we raised a glass to JFK
And a dozen more besides
When I got back to my empty room
I suppose I must have cried
ジョン・F・ケネディに乾杯
1杯どころか1ダース
がらんとした部屋に帰ったとき
おれは泣いてたと思う

Thousands are sailing
Again across the ocean
Where the hand of opportunity
Draws tickets in a lottery
Postcards we're mailing
Of sky-blue skies and oceans
From rooms the daylight never sees
Where lights don't glow on Christmas trees
But we dance to the music
And we dance
みんな海を渡ってゆく それでも大西洋を横切って
幸運の手が宝くじから
必ず当たりを引き当てるところ
おれたちはハガキを出す
真っ青な海と空の絵ハガキ
陽の光の永遠に差し込まない部屋から
クリスマスツリーにも明かりの灯らない場所から
けれどおれたちは音楽に合わせて踊る
そしておれたちは踊る

Thousands are sailing
Across the western ocean
Where the hand of opportunity
Draws tickets in a lottery
Where e'er we go, we celebrate
The land that makes us refugees
From fear of priests with empty plates
From guilt and weeping effigies
And we dance
みんな海を渡ってゆく 大西洋を横切って
幸運の手が宝くじから
必ず当たりを引き当てるところ
どこに行ってもおれたちは
おれたちを難民にしてくれた国の祭りを祝う

逃げてきたんだ
空の食器を下げて回ってくる司祭たちから

おれたち自身の罪から
教会に並んでいたあの涙を流す人々のところから
そしておれたちは踊る 踊る 踊る

=翻訳について=

The island it is silent now〜

このisland はアメリカの移民局のあったニューヨークのエリス島のことで、それと向かい合うような形で立っているのがリバティ島の自由の女神像である。現在合衆国に住んでいる人たちの5分の2が、ここを経由してアメリカに来た人の子孫であるという。来る過程でも多くの人が亡くなったし、無情にも入国を拒否され、行き場もなく命を失う人も数知れなかった。曲中に固有名詞は書かれていないが、アイルランドの人なら誰もがそれだけで分かるぐらい、その歴史は広く語り継がれているという。

Did you work upon the railroad〜

「大飢饉」以来、アイリッシュ系の移民の人々がアメリカで見つけることのできた仕事がどんなものだったかが、ここに書かれている。

Did the old songs taunt or cheer you〜

 1980年代のアイルランドから来て、ニューヨークの地を踏んだ歌い手が、自分の先輩である「波間に浮かぶ幽霊」に語りかけている。

Ah, no, says he, 'twas not to be〜

coffin ship(「棺桶船」)とは、大飢饉の時代にアイルランドの人々をアメリカに運んだ移民船をさす。航海中の乗客の死亡率が極めて高かったため、こう呼ばれることになったという。またアメリカに入国したアイルランド人たちは、本人たちの意思に関わらずそのゲール語名を「英語の読み方」で呼ばれることになった。(「シェイマス」が「ジェームズ」に、「ショーン」が「ジョン」に変えられるなど)。 

To a land of opportunity
That some of them will never see

この箇所は、二通りの読み方が可能である。ひとつは、アメリカは「チャンスの土地 (land of opportunity)」だが、そのチャンスは誰にでも待っているものではないということ。もうひとつは、88年当時のアメリカ政府の移民制限政策により、アメリカを目指した人たちの何割かはその地を見ることもなくアイルランドにとどまらざるを得なかったこと。この歌は時事性の強い歌なので、できるだけ後者の意味を強く出した翻訳にしたかったが、分かりにくいものになっていると思う。

Their bellies full
Their spirits free〜

…このtheyが「アメリカを目指している移民たち」のことをさすのか、「アメリカ人」のことをさすのか、私には今ひとつ確証が持てない。訳詞は移民たちの「憧れ」であったろう「アメリカ人」のイメージで訳している。

"the blackbird"

ビートルズの曲であると解説しているサイトもあるが、theがついているから別の有名なアイリッシュ・トラッドのダンス曲のことだと思われる。もっとも、口笛で吹く分にはビートルズのblackbirdの方が雰囲気に合っている感じがしないでもない。なお、ポール・マッカートニーもリバプールへのアイルランド移民の子孫である。(ビートルズはリンゴ以外の全員がアイリッシュ系)。


Blackbird -Sharon Shannon


The Beatles - Blackbird (Subtitulada)

Brendan Behan's footsteps〜

Brendan Behanは1930年代から60年代にかけて活躍したアイルランド出身の詩人、作家。最も著名なIRAメンバーの一人。「ブレンダン・ビーハンのニューヨーク」という著書があり、歌手でもあった。

Mister Cohan

George Michael Cohanは、ブロードウェーのミュージカルで使用される曲を多く作曲したアイリッシュ系の音楽家。JFKは第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディ。この二人は、アメリカで幸運を手にすることができたアイリッシュの象徴として描かれている。

Where e'er we go, we celebrate
The land that makes us refugees
From fear of priests with empty plates
From guilt and weeping effigies
And we dance

…文法的にも内容的にも、解釈が一番難しかった部分。文の構造としては「どこに行っても我々は我々を難民にした国のことを祝う (Where e'er we go, we celebrate/ The land that makes us refugees) というのが骨格であり、そして「何からの難民なのか」という説明が後半部分 (From fear of priests with empty plates/ From guilt and weeping effigies) に書かれている。この後半部分が難しい。

ネットで私の質問に答えてくれた英語圏の人 (ただしペンネームなので、その人がアイルランド人なのかそうでないのかは分からない) の説明によると、ここに書かれているのはすべてアイルランドの文化を象徴するカトリックの表象なのだという。

priests with empty plates とは、空の食器を下げて各戸に税金を徴収しに来る聖職者のことをさしているらしい。日本の坊さんの「托鉢」に対しては飽くまで善意を寄付すればいいわけだが、アイルランドのそれは「教会への税金」であり、強制なわけである。だから大飢饉の時代のアイルランドの人々にとって、家々に回ってくる司祭の存在は恐怖そのものだったし、またその税金を払えないことそれ自体も恐怖の対象だった(天国に行けなくなるから)とその人は説明していた。ただしそれが、ポーグスがこの歌を歌っていた1980年代においてもそうだったのかということは、よく分からない。

sinとは文字通り宗教的な「罪」である。移民の人たちはいくら強いられた結果であれ、故郷や大切な人々のことを「捨てて」旅立つわけだから、いつも「罪」の感覚と背中合わせだったろうことは想像に難くない。また「捨てる」に至るその過程でも、生きるために多くの「罪」をおかさねばならなかった人は少なくなかったのだと思う。

weeping effigies これが一番難しかった。effigyというのは「呪術的な意味を持った人形」をさす言葉なのだそうで、この単語で画像検索すると燃やされるトランプの人形などが出てきて非常にわかりやすい。しかしなぜ「泣いている人形たち」なのだろう。

 f:id:Nagi1995:20170517231408j:image

「聖職者」について説明してくれたのと別のある人は、カトリックの教会にはどこでも必ず宗教的な苦難を表現する絵や彫刻が飾られており、その「重苦しさ」から逃れたいということではないか、という説を述べていた。アイルランドではなくローマの教会のものだけどという説明つきでその人が送ってくれたのが、下のeffigyの画像である。

f:id:Nagi1995:20170517232227j:image

さらに、こうしたカトリックの教会のeffigy のイメージには、歌い手にとって故郷の地で涙を流しながら生きているすべての親愛な人たちの姿が象徴されているのではないか、と説明してくれる人がいた。これが一番「正解」に近い解釈なのではないかと思う。しかし歌とはそれを言葉で説明することではなく、effigyという言葉から聞き手にそうしたイメージを呼び起こさせることによって、初めて歌になるのである。言い換えれば、effigy を知っている人にはこの部分には何の説明も要らないわけだ。それを思うとせっかく何人もの人がいろいろ教えてくれたのに、それを活かせた訳詞になっているとは言いがたい。力不足を痛感している。


The Pogues - Thousands Are Sailing (Philip Chevron Vocal) - Live Japan 1991

最後の動画は、ポーグスのボーカルのシェイン・マガウアンが 酒癖を改められなくてバンドをクビになっていた一時期、この歌を作ったフィリップ・シェヴロンが自らボーカルをとった日本公演のバージョンである。この人の歌う"Thousands are Sailing"は、真面目さに溢れていて違った意味で大好きだ。ここまで読んでくださった皆さんに対しては言わずもがなのことだと思うが、この歌は私にとって最も特別な歌のひとつである。ではまたいずれ。

 


Limbo島