華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Video Killed the Radio Star もしくはラジオスターの悲劇 (1979. The Buggles)

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この邦題は、本当によくできていると思う。意訳どころかほとんど創作になっているけれど、例えばこれを「ビデオがラジオスターを殺した」と直訳したりしたら、全く絵にならない。絵にならないということは詩にならないということであって、詩にならないということは絵にならないということなのだな。

私自身、この曲は物心ついた頃から何度となく聞いてきたはずなのだけど、初めて「ビビッと来た」のは、ラジオを通して聞いた時だった。「ああ、これはCDを買わなければならない」と思って即座にブックオフに向かったぐらい、その時は興奮していたのだったが、私が買って帰ったのは「バングルス」のベストCDだった。熱くなりすぎた私は、バンド名を完全に間違えて覚えていたのだった。ショックだった。だもんでそれ以来「バングルス」は一度も聞いていないし、バングルスの曲は一曲も知らない。バングルスの皆さんに対しては本当に申し訳ないことであると、今となっては思うのだけど。

この歌に込められたメッセージは、誤解しようがないくらいシンプルなものであって、"Video Killed the Radio Star" というタイトルの中に全てが言い表されている。だからどういうことが歌われた歌なのかということは、誰でも「大体」わかっている。しかし、歌詞を「正確に」翻訳しようと思うとこれが大変に難しい。かなり独特な英語表現が使われているので、直訳するとどうしても変テコな日本語になるのである。このブログの掲げるポリシーは、歌は歌詞に表現された言葉が全てであって、翻訳者が勝手な解釈を付け加えるべきではないというところにあるのだけれど、この歌の場合はどうしても「背景」や「状況設定」について考えを巡らせないわけに行かなかった。そしてそれを「自然な日本語」として組み立て直すには、かなりの工夫が必要だった。


The Buggles - Video Killed The Radio Star

Video Killed the Radio Star

※ 2017年5月27日改訳

I heard you on the wireless back in fifty two
Lying awake intent at tuning in on you
If I was young it didn't stop you coming through
ぼくがラジオであなたの声を聞いたのは
1952年のことでした
横になっても眠れず夢中であなたの声に
チューニングを合わせていたものでした
ぼくはまだ若くて何もわからなかったけど
あなたが胸に飛び込んでくるのを
誰にも止めたりできませんでした

 

They took the credit for your second symphony
Re-written by machine, a new technology
And now I understand the problems you can see
Oh, Oh, I met your children
Oh, Oh, What did you tell them
あいつら、あなたの第2交響曲
自分の手柄にしちゃったんですよ
最新の機械やテクノロジーで
すっかり書き換えられちゃいました
あなたが何に突き当たったのか
ぼくにもわかってきた気がします
あなたの番組が育てた
子どもたちに会いましたよ
どうしてあいつらに
ちゃんと言ってやらなかったんですか

 

Video killed the radio star
Video killed the radio star
Pictures came and broke your heart
ビデオが殺したラジオスター
ビデオが殺したラジオスター
映像たちがあらわれて
あなたの心臓を止めてしまった

 

And now we meet in an abandoned studio
We hear the playback and it seems so long ago
And you remember the jingles used to go
Oh, Oh, You were the first one
Oh, Oh, You were the last one
そしていま 忘れられたスタジオで
ぼくらは顔を合わせています
あのときの録音を聞いているけど
ずいぶん昔みたいな気がしますね
いつも流れていたジングル
あなたも覚えてますよね
あなたはひとつの時代を
最初に切り開いた先駆者で
その時代と共に生き続けようとした
最後の1人だった

 

Video killed the radio star
Video killed the radio star
In my mind and in my car
We can't rewind, we've gone too far
ビデオが殺したラジオスター
ビデオが殺したラジオスター
心の中で 車の中で
巻き戻そうと思うけど
もうできない
ぼくらは本当に遠くまで
来てしまったんですね

 

Video killed the radio star
Video killed the radio star
In my mind and in my car
We can't rewind, we've gone too far
Pictures came and broke your heart
Put the blame on VCR
ビデオが殺したラジオスター
ビデオが殺したラジオスター
心の中で 車の中で
もう巻き戻せない
あまりに遠くまで来てしまった
映像たちがあなたの心臓を止めた
みんなビデオが悪いんだ!

 

You are a radio star
You are a radio star
You are a radio star
You are a radio star
Video killed the radio star
Video killed the radio star
Video killed the radio star
Video killed the radio star

youtu.be

⬆︎ 90年代に出された、ロリータ18号のカバーバージョン。こちらも大好きだったけど、映像で見られる日が来るなんて思いもしなかった。


ビデオ買ってよ カステラ (1989)

 ⬆︎さらにこちらは、こんな機会のついででもなければ紹介できなかった曲。もはやほとんどラジオスターの悲劇と関係はないのだけれど。

=翻訳について=

  • まずこの歌の登場人物たちが何者であるかについて、確認しておかねばならないと思う。は1952年におそらく10代だったかつてのラジオのリスナー。YOUはその憧れだったかつてのラジオスター。だからYOUのことを「君」と呼ばせるような形で翻訳したら、その瞬間に訳詞は日本語として「ありえないもの」になる。「ぼく」と「あなた」で翻訳するのが、一番自然な形だと思う。
  • またYOUのラジオスターとしての社会的生命を抹殺した憎むべき最新技術の担い手たちとしてTHEYという人称代名詞が登場するが、私はこのTHEYが後段に出てくるCHILDRENと同一の人間たちを指しているという解釈をとる。THEYも最初はラジオスターに憧れていた「子どもたち」だった。それが最後にはラジオスターの生命にとどめを刺す存在となった。だからこの歌は「悲劇」なのである。やや邦題に引きずられた解釈になっているかもしれないけれど。
  • その上で、いくつか分かりにくい点は残る。例えばYOUはラジオスターだったというのだから、おそらくDJである。DJになら、ラジオと運命を共にすべき必然性がある。ところが第2連には「あなたの第2交響曲」という歌詞が出てくる。この人はミュージシャンでもあったのだろうか。だとすると「音声表現から映像表現へという時代の変化の中で、それに迎合することを拒否したミュージシャン」という新たな人物設定が必要になってくる。とまれ、詳細は歌詞の分析の中で改めて検討することにしよう。

I heard you on the wireless back in fifty two
Lying awake intent at tuning in on you
If I was young it didn't stop you coming through

1・2段目は特に問題ないと思う。日本語の感覚からするとwirelessという単語にやや違和感を感じるが、半世紀前のイギリスではラジオのことを普通にワイヤレスと呼んでいたらしい。だからあえてここに「無線で」とかそういったややこしい言葉を持ち出す必要は、ない。

問題は3段目で、ここはこの歌の中で一番解釈が難しい部分である。If I was youngと書いてあるから、高校で英文法を習った人なら普通この部分を「仮定法過去 (もしぼくが若ければ〜するだろう)」で解釈しようと考える。ところが「〜するだろう」に相当する歌詞がこの歌には、ない。その次のフレーズの主語は it に変わっているし、現在の話でなく明らかに過去の話になっている。歌の主人公が立っている場所はどこなのだろう。「今」なのだろうか。「過去」なのだろうか。

後日付記

このブログの投稿時、私はこのフレーズを以下のように翻訳していました。

 

If I was young it didn't stop you coming through

ぼくもあなたも若かったけど
誰にもあなたの勢いを
止めさせたりはしませんでしたよね

 

しかしその後、読者の方との討論を経て、翻訳を上記のように改めました。以下、改訳に至るまでの流れをそのまま掲載します。

it didn't stop you coming throughcome  through「やり遂げる/成し遂げる/約束を果たす/成功する/期待に応える」などの意味を持った熟語。他に「感覚がよみがえる」などの意味もあるらしいけど、文脈的にやはりこの「成功する」という意味以外にはありえないと思う。「もしも私が若ければ/それはあなたが成功することを妨げなかった」…英語のテストなら多分マルになるのだと思うけど、明らかにおかしな文章である。

ここからは私の解釈なのだけど、このIf I was youngifthoughの意味で使われていると考えるべきなのではないだろうか。「たとえ私が若かったとしても/それはあなたが成功することを妨げなかった」…これでもやはり分かりにくいけど、少なくともピンクの試訳よりは意味が通っている。

そこでラジオというのがどういうメディアであるかということを、改めて考えてみよう。1人のDJはどれだけ才能を持っていても、自分だけの力で「ラジオスター」になることはできない。聞いてくれるリスナーがいて、初めて彼はラジオスターになれるのである。歌い手のは、まさにそうやってYOUを1人のラジオスターへと育てあげたリスナーの1人だったのだ。だんだん歌詞の意味するところが見えてきたのではないだろうか。

1952年のは若くて無力で、自分のことを「とるにたらない人間」だと思っているような、そういう少年の1人だったかもしれない。(歌詞なのだから、そこは少女でもいい)。けれどもそんなのような少年少女が、「自分たちの気持ちを喋ってくれている」と感じて夢中になったのがラジオの向こうのYOUの存在だったわけである。そしてそうした若者たちの支持を「力」にして、YOUはラジオスターという誰も無視することのできない社会的立場へとよじ登った。coming throughした。そのことは同時に社会という巨大な存在が、のように吹けば飛ぶような存在を生きている若者たちの声を「ひとつの無視することのできない力」として認めたことを意味している。それはYOUとのお互いにとって、「自分たち」の力が社会に対して勝利をおさめたことを実感できる、共通の体験だったのではないだろうか。

だから私は "If I was young it didn't stop you coming through"というこの歌詞を、「同じ時代を共に築きあげた1人としてお互いを讃え合う」ような気持ちで、IからYOUへと発せられた言葉だと解釈したいと思うのである。「ぼくはあのとき若かった。あなたもあのとき若かった。でもぼくらの世代は無力じゃなかった。あなたという1人のラジオスターを世に送り出し、その勢いを止めることは誰にもできなかった」…こういう解釈をしている和訳サイトは今のところひとつも見つからないけれど、この文法的に極めて分かりにくい歌詞を意味が通るように読み解くやり方は、他に考えられないと私は思う。

問題はと同じ言葉を喋っている英語話者たちの心にも、たった一行のこの歌詞を聞いただけで上記のような「絵」が果たして浮かぶのだろうかということである。浮かぶなら訳詞の出来がどうであれ私は「正解」だったことになるし、浮かばないならここまで私が書いてきたことは完全な独りよがりだったことになる。いまだ確認はとれていないけど、もしもこの歌を好きな英語話者の人と出会える機会があったら、ぜひ聞いてみたいと思っている。

以下、後日付記

これに対し、掲載から数日後に、あるアメリカ人の方から丁寧な解説を頂きました。下段にその全文を掲載させていただきます。

ネイティヴスピーカーと文法学者の立場からするなら、これは仮定法過去ではありません。過去だとすればこの部分は "If I was" ではなく"If I had been" になるでしょう。仮定法現在でもありません。そうだとすれば次の部分が "it wouldn't stop you coming through."とならねばならないからです。
このフレーズをわかりやすく言い換えるなら"Even though I was young, that (the fact that I was young) didn't stop you coming through. "となるでしょう。意味はといえば、すべてがハッキリしているわけではありません。大体こういう意味です。「ぼくはまだ若くて、自分を取り巻く世界のこともよく分かっていなかったけど、ラジオであなたの歌を聞いたとき、それはハッキリと明瞭に(ぼくに)届いたんです」(そしてそれは彼の心に深く残り、おそらく彼にとって最初の、大切な、そして鮮やかな思い出になったのだと思います)。
Take it from a native speaker and grammarian, this is not subjunctive past. Subjunctive past would be "had been" (not was). It's not even subjunctive present, because if it were (ha, ha--like that?), the second clause would (<--see!) have to read: "it wouldn't stop you coming through." Here's a better paraphrase: Even though I was young, that (the fact that I was young) didn't stop you coming through. As for what the line means, it's not entirely clear. It could mean something like this: even though I was young and thus didn't understand yet the world around me very well, when I heard your song on the radio, it came through loud and clear (and really stuck in his mind, perhaps as one of his earliest and fondest, as well as clearest, memories).

if thoughの意味で読むべきなのではないかという私の推測は間違っていなかった!これだけで、天にも登る気持ちです。その上で後段の解釈も、この方の説明の方が極めてシンプルで分かりやすいものでした。come through はスナオに「心に入ってくる」と訳せばよかったのですね。以上が改訳に至った経緯です。

(2017年5月27日記)

They took the credit for your second symphony
Re-written by machine, a new technology

take the credit for~は「~の名声を得る、~を自分の手柄にする」を意味する熟語。

ネット上のどんな辞書にあたってみても、symphony という言葉に「交響曲/交響楽団」という以外の意味はない。YOUがクラシックの音楽家であるとは思えないけど、それに例えられるような作品を持っており、それは最新機器とテクノロジーで書き換えられるようなものだというのだから、やはりYOUはミュージシャンなのだと解釈する以外になさそうである。ミュージシャンでありかつDJであるというのは日本では全然珍しいことではないけれど、さてイギリスではどうなのだろう。

now I understand the problems you can see

…このyou can のcanがどうしてcouldでなく現在形になっているのか、実は全然わからない。could なら「あなたに見えていた問題が今は僕にもわかる」と自然な文章になるけど、canだと「あなたに見ることのできる問題が今は僕にもわかる」とえらく不自然な文章になる。試訳は「しれっと」過去形に書き換えているけど、本当はこういうのは反則なのであって、「こう言いたい時に現在形を使うのは別に不自然じゃないよ」ということを保証してくれるネイティヴに1人でも出会えることがない限り、勝手に意訳したりしてはいけないはずなのである。とはいえ、その1人に出会うことが本当に大変なのだ。保留にしておくことにしたい。

後日付記: この部分に関しても上記の方から「不自然ではない」とのコメントを頂きました。その問題をラジオスターは「今も見ている」はずだからだということです。改訳は、しないで済みました。

I met your children
What did you tell them

上記のように私はCHILDREN =THEYと解釈している。だから上のような試訳になったことは特に説明不要だと思う。

Video killed the radio star
Video killed the radio star

直訳は上記のように「ビデオがラジオスターを殺した」だけど、それでは歌にならないのである。「誰が殺したクックロビン」なら「音頭」になるけど、「誰がコマドリを殺したの」では「音頭」にならないのである。しかも2回の繰り返しに耐えうる「歌詞」にしようと思ったら、やっぱり「ビデオが殺したラジオスター」と語順をひっくり返すしかない。本当なら他の部分も全部そういう風に「歌詞」になるように工夫しなければならないことは、自覚してはいるのだけれど。

And now we meet in an abandoned studio
We hear the playback and it seems so long ago
And you remember the jingles used to go

違う意見のサイトもあるけれど、ここで顔を合わせているWEはIとYOUの2人であると私は解釈したい。

playback=録音の再生。多分2人は昔の放送の録音を聞いているのである。

you remember the jingles used to go…日本人は基本的にこういう表現をしないので、「あなたは覚えている」などと断定的に言われるとどうしても面食らってしまう。何か別の意味があるのではないかと勘繰りたい気持ちになるのだが、英語でこんな風に他人や第三者の気持ちを「決めつける」ような言い方をするのは割と普通のことであるらしいので、そんなに難しく考える必要はないのではないかと今のところ思っている。do you rememberと書いてあれば全く悩む必要はない箇所なのだけど。

You were the first one
You were the last one

試訳はやや説明過多のような気もするが、あれくらい書いとかないと イメージを作りにくいのではないだろうか。この部分の解釈には、疑問の余地はないと考えている。

Put the blame on VCR

put the blame on~は「〜に罪を着せる/責任を負わせる」という熟語。その命令形である。VCRはビデオカセットレコーダー。VTRはビデオテープレコーダー。どちらも同じ意味だけどこんな言葉自体、2010年代の今では過去のものになってしまっているのだなあ。


忘れられたDJ / Gee 2wo & GL + KI 1983

「ラジオスターの悲劇」と関係ない動画までいろいろ紹介してしまったのは、私自身、やっぱりラジオが大好きだったからなのかもしれない。(そして今ではほとんど聞いていない)。最後に紹介するのは発売から25年後の2004年に再演された「ラジオスターの悲劇」の動画で、英国皇室の主催みたいな感じになっているのが何かむかつくけど、頭が真っ白になったトレヴァー・ホーンはもとより「あーわ、あーわ」のお姉さんたちに至るまで当時のままのメンバーが勢ぞろいしたこの演奏は、なかなか胸に迫るものがあった。


The Buggles - Video Killed the Radio Star & Plastic Age (Live 2004 - Prince's Trust)

最後になりましたが今回の試訳にあたっては以下のサイトの先輩方による訳詞を参考にさせていただきました。批判はもとより意見や感想をお聞かせ願えれば幸いです。

Video Killed The Radio Star(ラジオスターの悲劇)/ The Buggles(和訳) : At Studio TA

(にやーり) Video killed the radio star ~ラジオスターの悲劇~ の和訳

ではまたいずれ。