華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

And It Stoned Me もしくは終わった後でよくあるように (1970. Van Morrison)

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みずから1つのアルバムをなす歌をつくるのが、シンガー・ソングライターという歌うたいだ。1つの歌でなく、おおよそ10の歌からなるアルバムというかたちは、LPレコードがつくりだした。しかし、たんに歌を10あつめるのでなく、1つのアルバムを、アルバムという10の歌からなる全体の表現という独自のものに自覚的につくりかえてきたのは、シンガー・ソングライターとよばれるようになった、新しい歌うたいだったと思う。

全体の表現といっても、アルバムはいわゆる組曲とはちがう。1つの主題を織りなす10の歌というのでなく、いうなれば舞曲のように、10のちがった歌のうちに、共通する気分、共通する場をつくりだすのがアルバムだ。歌は気分のメッセージだ。気分というのは全体の感じのことだ。ロックン・ロール以後の歌がもたらしたいちばん貴重なものは、おそらく、アルバムとしての歌という歌のあり方、歌のありようだ。

ー( 長田弘「アメリカの心の歌」)ー

このブログで繰り返し引用させてもらっている長田さんの本の一節なのだけど、前回の「ラジオスターの悲劇」と向き合いながらしみじみ感じたのは、そんな風にSPレコードからLPレコードへという技術の進歩の中で可能となり、必然ともなってきたアルバムという形での音楽表現が、ネットを通じた音楽配信が主流となりつつある現代にあっては、逆にその技術の進歩のため、もはや存在理由を失ってしまいつつあるのではないだろうか、ということだった。

私自身、Appleミュージックというのを通して音楽を聞くようになってから1年ぐらいになるのだけど、その結果、アルバムをアルバムとしてじっくり聞くというようなことは、めっきり少なくなってしまった。好きな曲だけを集めてプレイリストを作るというような作業も、必死で録音時間を計算しながらオリジナルの60分テープを作っていた10代の頃のことを思うと、全然その重みが違う。昔の名盤と呼ばれるようなアルバムにはデラックスエディションとかいうやつが今では大体そろっていて、「幻の未発表曲」みたいなのが20曲も30曲も入っているやつを一瞬でダウンロードできたりするのだけど、全部聞くことはほとんどない。そして「新しい歌」とは全く出会わなくても、生きていけるようになってしまっている。

アルバムという「もの」を、私は本当に大好きだった。それはちょうど1冊の本と、同じくらいの存在感を持っていた。その「本」というもの自体、今では同様に存在する必然性を失いつつある。未来の世界というものが「アルバムの存在しない世界」になるかもしれないなんて、10代の頃は一度も想像したことがなかったし、まして「世界から本がなくなる」なんて、そんなのは「あってはならないこと」以外の何ものでもなかった。

これから恐らく確実にやって来るそうした世界は、一体どんな世界なのだろうか。アルバムや紙の本と同じように「形」を持った存在だと感じることのできていた自分自身が、そこではどんどんバラバラになって「見えない存在」になって行くんではないだろうかという、そんな予感にさいなまれてならないし、そういった感覚は既に自分の中で始まりつつある。それに戸惑っているのは私だけではないはずだと思う。

生まれた時からネットがあった若い世代の人たちは、この世界をどんな風に感じながら生きているのだろうか。

長田さんの上記の引用の後に続いていたのは、以下の文章だった。

 ヴァン・モリソンの場合、その歌の魅力は、なんといってもアルバムとしてつくりだされる、その歌の世界の光景だ。


Van Morrison - Moondance Full Album (Vinyl)

⬆︎ヴァン・モリソンの3枚目のソロアルバム「ムーンダンス」。冒頭の1曲目に入っているのが下の曲です。

And It Stoned Me

Half a mile from the county fair
And the rain came pourin' down
Me and Billy standin' there
With a silver half a crown
お祭りの縁日から半マイルぐらいのところで
雨が降り出した
半クラウン硬貨を一枚だけ持って
ぼくとビリーはそこに立っていた

 

Hands are full of a fishin' rod
And the tackle on our backs
We just stood there gettin' wet
With our backs against the fence
手には釣竿を抱えて
かばんには道具が入ってた
塀にもたれて
ぼくらはだんだんぬれていった

 

Oh, the water
Oh, the water
Oh, the water
Hope it don't rain all day
ああ 水だ
ああ 水だよ
ああ 水だ
夜までにやむといいんだけど

 

And it stoned me to my soul
Stoned me just like Jelly Roll
And it stoned me
And it stoned me to my soul
Stoned me just like goin' home
And it stoned me
そしてぼくは魂の底から
ふしぎな気持ちになった
ジェリーロールみたいに
ふしぎな気持ちになった
ふしぎな気持ちだ
そしてぼくは魂の底から
ふしぎな気持ちになった
家に帰るみたいな
ふしぎな気持ちになった
ふしぎな気持ちだ

 

Then the rain let up and the sun came up
And we were gettin' dry
Almost let a pick-up truck nearly pass us by
So we jumped right in and the driver grinned
And he dropped us up the road
Yeah, we looked at the swim and we jumped right in
Not to mention fishing poles
やがて雨がやんでお日さまが顔を出し
ぼくらはかわいていった
軽トラックが一台通りすぎそうになったから
ぼくらは荷台に飛び乗った
運転手はにやっと笑って
道の上にぼくらをおろした
絶好の釣り場を見つけて
ぼくらはまっすぐ飛び込んだ
もちろん釣竿ごと


Oh, the water
Oh, the water
Oh, the water
Let it run all over me
ああ 水だ
ああ 水だよ
ああ 水だ
頭まで水の中だ


And it stoned me to my soul
Stoned me just like Jelly Roll
And it stoned me
And it stoned me to my soul
Stoned me just like goin' home
And it stoned me

 

On the way back home we sang a song
But our throats were getting dry
Then we saw the man from across the road
With the sunshine in his eyes
帰り道 ぼくらは歌った
でものどがかわいてきた
そのとき1人のおじさんが
道の向こうにいるのが見えた
その目には太陽の光が宿っていた

 

Well he lived all alone in his own little home
With a great big gallon jar
There were bottles too, one for me and you
And he said Hey! There you are
その人は小さな自分の家に
ひとりで住んでいて
大きな水がめを持ってた
ビンも何本かあって
ぼくらに一本ずつわけてくれて
そら持ってけよって
その人は言った

 

Oh, the water
Oh, the water
Oh, the water
Get it myself from the mountain stream
ああ 水だ
ああ 水だよ
ああ 水だ
山の水流からぼくのからだの中へ

 

And it stoned me to my soul
Stoned me just like Jelly Roll
And it stoned me
And it stoned me to my soul
Stoned me just like goin' home
And it stoned me

And it stoned me to my soul
Stoned me just like Jelly Roll
And it stoned me
And it stoned me to my soul
Stoned me just like goin' home
And it stoned me

 

  • 半マイル: 0.8㎞
  • 半クラウン硬貨: イギリス連邦で1971年まで使われていた通貨単位にもとづく小銭の名称。silver (銀貨) という呼び方が残っているが、第二次大戦後は100円玉や50円玉と同じ白銅で鋳造されており、感覚としてもそれぐらいの貨幣価値だったのだと思う。半クラウンは当時の2シリング6ペンス=8分の1ポンドにあたるが、その後ポンドの価値は下落しているため、現在のレートに直すと約20円にしかならない。ヴァン・モリソンが育った北アイルランドベルファストは、現在でもイギリス連邦に植民地として組み込まれている。

Stoneという英語のスラングとしての意味を、私は10代のかなり早い段階で知っていた。60年代の洋楽の、ひとつのキーワードになっているような言葉だからである。今あらためて辞書を引いてみると「〈俗〉酔っぱらう/ 麻薬でハイになる/ 前後不覚になる」とある。ボブディランが"stoned"という言い方を好んでいた一方で、ジムモリソンは「ハイになる」という言い方を好んでいたように思えて、この二語はずいぶん対照的な響きを持っているように感じた。そして「ストーンになる」と「ハイになる」はそれぞれどういう風な感覚で、どんな風に違っているのだろうかということについて、あれこれ想像を巡らせたりしていた。

またJelly Rollがせっくすという意味を持っていることも、憂歌団とか聞いてたもので、かなり早くから知っていた。みみどしまな中学生だったんですね。もともとは写真のようなロールケーキのことを言う言葉だったと知ったのは、むしろ大人になってからのことだった。

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だからこのヴァン・モリソンの"And it stoned me"を初めて聞いたとき、どちらかといえば牧歌的でむしろ静謐なイメージさえ湛えているこの曲を、実はとてつもなくみだらで猥雑で非合法的な香りに満ちた危険な曲であるのだろうという風に、私は一方的に思い込んでいた。いったんそう思うと釣竿も軽トラの荷台も「水」も、全部えっちなメタファーにしか思えなくなった。そしてこの歌から受ける「感じ」が、つまりは stoned や Jelly Roll の「感じ」なんだろうなというイメージを、知らず知らずのうちに育んでいった。

だから、と言っていいのだろうか。私はstonedという感覚を、ずっと「気だるい気持ち」なのだろうと想像していた。stoneと言うぐらいだから身体が石になったみたいに重たくなって、動くのも億劫になってしまうのだろう。そしてその動けなくなった身体が丸ごと感受性になったような感じで、世界の全てが違った形をとって自分の中に押し寄せてくるのを感じるのだろう。そんな風に想像した。そのころ好きだったSIONの "Sorry Baby" という曲に以下のような歌詞があって、それは当時の私にとっての "Stoned me like Jelly Roll" というフレーズへのイメージにピッタリとあてはまるものだった。

終わった後によくあるように

眠った後でよくあるように

よくある顔で そうよくある顔で

笑って くれ

けれどもそれは「中学生の想像」である。

それから10年も20年も経って、それなりにいろんな経験もして今に至るのだけど、stonedというのが一体どんな感覚なのか、今でも私は知らないし、わからない。「酔っ払うというのもstonedだ」と限りなく平易な言葉で説明してもらっても、私は酒を飲むといつも気持ちよくなる前に気持ち悪くなってしまう体質なもので、酔っ払うという感覚自体、実は想像を通してしか、知らない。

だから私はこの曲を改めて訳してみるにあたり、"And it stoned" という言葉を「ふしぎな気持ちになった」と訳することしかできなかった。解釈として正しいとか間違ってるとか以前の問題として、私にはそう訳することしかできないのである。


Sion - Sorry Baby

今になって聞き直してみると、この歌は本当に素朴に少年の頃の思い出を歌った、ただそれだけの歌であるようにも思える。"Stoned me like Jelly Roll" みたいな歌詞は、大人になったヴァン・モリソンが大人の立場から当時の気持ちをふり返って書いた言葉だとも考えられるが、少なくともその時の年齢のヴァンとビリーに、stonedやJelly Rollみたいな言葉をみだらで猥雑で非合法的な香りに満ちた危険な意味で使えたはずはないと思う。使っていたとしてもそれは「大人のマネ」以上のものでは、ありえたはずがない。

英語版のWikipediaでは、この歌に出てくるJelly Rollはヴァン・モリソンが敬愛していたジャズピアニストのジェリーロール・モートンのことであると断言されていた。それについて正しいとも間違いだとも、判断できる根拠は私の中にはない。

また検索でひとつだけ見つかった他サイトによるこの歌詞の和訳では、"And it stoned me"の部分が「すっげえ気持ちがよくなった」と訳されていた。それについてもどうこう言える材料は、私の中にはやはりない。

ただ言えるのは、何十年聞き続けてもやっぱり「ふしぎな気持ちになった」としか訳すことができないのが、私にとってはこの歌だということである。

そしてもうひとつ言えることがあるとすれば、この歌を聞くたびに私の心に浮かぶのはアルバムジャケットと同じ色をした黄土色の風景で、そのこともやはり私にとっては何十年も変わらずそうであり続けるに違いないだろうということだ。

この世界からアルバムというものがなくなる日が来ても、それだけは変わらないはずだと私は思っている。


The Last Waltz - Van Morrison - Caravan

…翻訳について特に難しいと感じた点は他になかったのだけど、気になっている箇所は以下の通り。

  • Half a mile from the county fair…county fair は辞書に載っていた説明からして「お祭りの縁日」と訳しても間違いにはならないと思う。fromということは「そこから半マイル」ということだから、2人は会場を後にして釣りに向かったということなのだろうか。それとも会場「まで」半マイルと読むべきところなのだろうか。そのニュアンスが、ネイティヴでないからいまいちよく分からない。
  • he dropped us up the roaddropという単語は「降ろす」とも訳せるし「落とす」とも訳せる。「ニヤッと笑った」軽トラのおじさんは2人のことを親切に釣り場まで送ってくれたのか、それとも無情にも路上に叩き落としたのか。大きな問題ではあるけれど私にはどちらとも判断が下せない。
  • we looked at the swim and we jumped right in…swimには「泳ぐこと」だけでなく「釣りのポイント/穴場」という意味がある。他に訳しようがないので上記のように訳したけど、釣り場に飛び込んだりしたら普通に考えて魚が逃げてしまうのではないだろうか。この一行があるために、2人は一体何をしたかったのか私にはさっぱり分からない。水を見て、うれしくなって、釣りという当初の目的を捨ててしまったのだろうか。とりあえず、そう考えておくしかないと思う。

…気がつけば今回で20回目の節目を迎えました。これからもよろしくお願いします。