華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

白虎野の娘 もしくは解釈を拒む言語 (2006. 平沢進)

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「縄文語」「人工語」と続けて来たので、この際「ヒラサワ語」と呼ばれている謎の言語についても、取り上げてみることにしたい。

外国の人から「何か日本語の音楽を紹介してほしい」と言われた時に私が必ず最初に薦めることにしているのは、この平沢進という人の楽曲である。この人の音楽や経歴について私ごときが云々するのはおこがましいが、とりあえず「日本にはこんなスゴい音楽があるんです。ビックリしてください」という気持ちをストレートに伝えたい時にもってこいなのは、この人の楽曲をおいて他にない。大体、期待した通りの反応が返ってくるし、また海外でもけっこう有名なので、「ずっとこの人のことを知りたかったんです!やっぱり日本でも人気があるんですか!?」等々と興奮して訊ねて来たりする人もいる。そういう時のうれしさといったら、ない。

しかしこの人の書く歌詞というのは、2〜3の例外を除き、本当に変テコな日本語で書かれている。難解というのとは、また違う。「独特」としか言いようのない文体なのである。喋る言葉は普通に喋る人なのに、どうして文字だとこういう奇妙な言葉遣いを敢えて選ぶのだろう。「解釈を拒む意図」をもってのことだとしか、私には思えない。とまれこの人が歌詞に使う日本語は「ヒラサワ語」と呼ばれており、彼の歌を好きな人たちは私を含め、その意味を理解しようとすることを初めから放棄している。彼の歌詞を「理解できる」と主張する人間がもし現れたら、その人は平沢進氏にあらかじめ敵意を持っている人間であると見て、まず間違いないだろう。

しかし理解することはできないにしても、日本語として成立している言葉なのだから、もちろんそこに意味はある。そして彼の歌を聞いた外国の人たちは、私が外国の歌の意味を知りたいと思うのと同じように、その意味を知りたいと思うようになる。当然のことである。しかし我々日本人自身に理解できないような歌詞の意味を、外国の人に「説明」することなんて、どうやったら可能になるのだろう。いつもとは逆のパターンで、やっぱり私は「壁」を感じてしまう。

アニメ映画「パプリカ」の主題歌になった「白虎野の娘」という曲を、外国の友人のために、一度だけえらく苦労して英訳してみたことがある。そしてやっぱり「全然わからない」と言われ、ガックリ来た。以下に紹介するのはそのとき私が作った、今のところ唯一の「ヒラサワ語」の英訳歌詞である。


平沢進『白虎野の娘』 オリジナルクリップ

白虎野の娘

A girl in the field of Western White Tiger

 

遠くの空 回る花の 円陣の喧しさに
あの日や あの日に 超えてきた分岐が 目を覚ます
The sky above the far place,
the divergences which I have passed and transcended in that day and those days will wake up at the noisiness of the Enjin (which means "circle" and "engine" at the same time) of rotating flowers.

 

かげろうに身を借りて 道を指す娘を追い
高台に現れた 名も知らぬ広野は懐かしく
I felt nostalgia at the scene of strange field which emerged from a hill while I was running after a girl who was pointing the road transforming into haze.

 

あれが夢で見せた街と 影の声がささやいた
来る日も 来る日も 幾千の分岐を超えた時
The voice of shadow whispered me that that was the town which I was made to dream of.
After passing and transcending thousands of divergences,

 

暗がりの賢人が 捨てられた日々を集め
海沿いに 海沿いに 見も知らぬ炎を躍らせた
A wise man in dark gathered abandoned days and made a strange flame at seaside, seaside.

 

あーマントルが 饒舌に 火を吹き上げて
捨てられた野に立つ 人を祝うよ
あー静かな 静かな 娘の視野で
あー見知らぬ都に 灯が灯りだす

Ah, the mantle erupts glibly blessing the person who is standing on the abandoned field.
Ah, inside of the calm calm eyesight of the girl,
Ah, the strange capital begins to be lit up.

 

高く空 朱に染め 火の燃えるごとくの雲模様
あの日や あの日や あの時に無くした道を見せ
The figures of clouds which looks like a burning fire dyeing the sky vermilion highly.
It shows me the way I lost in that day and those days and that time.

 

繰り返し夢に吹く 風を追い時を下り
川沿いに 川沿いに 見も知らぬ至福の花を見た
I saw the blissful flower which I've never seen on the riverside, riverside, while I was going down the time chasing the wind which was blowing in my dream again and again.

 

あーマントルが饒舌に 火を吹き上げて
捨てられた野に立つ人を祝うよ
あー静かな 静かな 娘の視野で
あー見知らぬ都に 灯が灯りだす

 

あーマントルが饒舌に 火を吹き上げて
捨てられた野に立つ人を祝うよ
あー静かな 静かな 娘の視野で
あー見知らぬ都に 灯が灯りだす

…見る人が見れば分かるのだと思うけど、私の英語なんて、こんなもんである。グーグル翻訳と比べてどちらがマシなのかということさえ、自分自身でも分かりゃしない。また英語話者の人たちにとって「ライミング」ができていない文章はおよそ初めから「詩」だと思えないのだという話も聞いているけど、そんなこと、私に言われたってどうしようもない。私はとりあえず「意味」だけは伝えようと、頑張ったのである。これはブログであり、研鑽の場なのだから、作品として成立している文章しか載せてはいけないというものでもないだろう。自分の英文が間違いだらけだったとしても、その間違いを見つけて指摘してくれる人が1人でも現れたら、ブログに載せた意味は充分にあったということになる。

しかし、上の英訳がよしんば私の思った以上によくできていて、私が伝えようとした原歌詞の意味を正確に再現したものになりえていたとしても、それをもう一回日本語に翻訳したら、こんな内容になってしまうのである。

西方の白い虎の野原の少女

遠いところの空
回転する花々の円もしくはエンジンのやかましさで、私があの日やあの日々に越えたり超えたりしてきた分岐は目を覚ます

 

もやに変身して道を指さす少女を追いかけている時に丘の上に出現した未知の野原の光景に、私は郷愁を感じた。

 

影の声が、あれが私が夢で見せられた街だとささやいた。
連日、何千もの分岐を越えたり超えたりした後で

 

暗い場所の賢者が、見捨てられた日々を集め、未知の炎を作り出した。海沿いに。海沿いに。

 

ああ、マントルが見捨てられた野原に立つ人を祝福しながら軽薄に噴火する。
ああ、静かな静かな少女の視野の中で
ああ、未知の首都がライトアップされはじめる。

 

空を高く朱色に染める、燃える火のような雲の模様。
それは私に私があの日やあの日々やあの時に見失った道を示す

 

時間を下り、何度も夢の中で吹く風を追いかけていた時に、私は見たことのなかった至福の花を見た。

 

ああ、マントルが見捨てられた野原に立つ人を祝福しながら軽薄に噴火する。
ああ、静かな静かな少女の視野の中で
ああ、未知の首都がライトアップされはじめる。

 

ああ、マントルが見捨てられた野原に立つ人を祝福しながら軽薄に噴火する。
ああ、静かな静かな少女の視野の中で
ああ、未知の首都がライトアップされはじめる。

…このかん私は主に英語の歌詞を、毎日毎日辞書と首っ引きになりながら一生懸命日本語に翻訳してきた。しかしそれがどんなによくできたものであったとしても、原詩と比べてみるなら「この程度のもの」でしかありえないのだということが、こうしてみると改めてよく分かる。外国語で歌われている歌の言葉の意味を、翻訳された言葉を通して知ろうとすることは、この変テコな日本語の羅列を見てそれが平沢進の歌であることを理解することよりも、本質的に言ってもっとムリのあることなのである。

それでもやっぱり、私は自分が今までに出会ってきた数々の外国語の歌の意味を、誤読や独りよがりに陥ることなく、「ちゃんと」知りたいと思う。だからこれからも、頑張って行くつもりであることに変わりはない。とはいえ、道の遠さを思い知らされることではある。

ちなみに、私と同じように「白虎野の娘」の英訳に取り組んでいる人がtumblrにいたのを見つけました。私のよりずっと「本格的」です。リンクを貼らせてもらっておきます。

Hirasawa Lyrics, 白虎野の娘 / Byakkoya no Musume / The Girl in the White...

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