華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

勧酒 もしくはさよならだけが人生だ (9世紀 于武陵)

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「訳詞家」の双璧について触れた上でもう1人だけ取りあげたいと思うのは、井伏鱒二である。

「厄除け詩集」という作品の中でこの人がやったことを「翻訳」と言っていいのかどうか、私には分からない。古い中国の五言絶句を現代の日本語に置き換えているわけであり、原詞があって初めて成立しているものなのだから、訳詞といえば訳詞である。しかしできあがったものは完全に新しい「作品」になっている。

音楽で言うリミックスだとかサンプリングだとかを通した「改作」とは、次元の違うものである。また原詞になかった意味が付け加わっているからといって、「改竄」であると言うこともできない。実に何と言うか、井伏鱒二という人以外には誰も見つけることができなかったし、またやり方が分かっていても今まで誰にも真似することができていない、ひとつの「表現のかたち」なのである。

ここまで読んで何の話をしているのか分からなかった人も、以下の引用を読めばたちまちその意味が分かるに違いない。そして誰もが一度は必ず聞いたことがあるフレーズだということに、気づくと思う。そしてこの言葉を「考えた」のが果たして唐代の詩人だったのか現代の作家だったのか、10代の頃の私と同じように、考えこんでしまわずにはいられないのではないだろうか。

この作品についての「基礎知識」をご希望の方は、以下のサイトを参照してみてください。

井伏鱒二と「サヨナラだけが人生だ」(勧酒)

勧酒 于武陵「翻訳」: 井伏鱒二

Quàn jūn jīn qū zhī,
勧君金屈卮,
mǎn zhuó bù xū cí.
満酌不須辞。
Huā fā duō fēngyǔ,
花発多風雨,
rénshēng zú biélí.
人生足別離。

 

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ


さよならだけが人生だ [伊東歌詞太郎x天月] (合わせ)

↑ちなみに日本の歌手であるこの伊東歌詞太郎という人のことを日本人である私に初めて紹介してくれたのは、音楽を通じてネットで知り合ったベトナム人の友人だった。ことそういう情報に関することに限って言えば、世界にはもう完全に国境なんてなくなっているようだ。

 

井伏鱒二以外には「見つけることができなかった」と書いたが、彼が「見つけた」元ネタというのは、実は別に存在したらしい。江戸時代の島根県に潜魚庵魚坊という俳諧師がいて、この人が「唐詩選」の五言絶句72首を「臼挽歌」という七七調の民謡に翻訳したものが、「厄除け詩集」の「原本」になっているのだという。井伏鱒二はそれをちょこっと変えただけで、訳詞自体も実は彼の「オリジナル」ではなかったわけである。

リベラル21 「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」は名訳か

さらに「サヨナラダケガ人生ダ」というこの「作品」の核心部分についても、実は彼の創作ではなく、井伏鱒二が公演旅行で広島県因島に行った際、そこで一緒だった作家の林芙美子との別れぎわに「人生は左様ならだけね」と言われた言葉が、元になっているのだという。

花の命は短くて

苦しきことのみ多かりき

のあの林芙美子である。だから上の「作品」の中に、井伏鱒二自身の中から生まれた言葉はほとんど含まれていないのだと言える。

サヨナラダケガ人生ダー井伏鱒二の名訳に思う|「無理題」に遊ぶ

それにも関わらずその「ちょこっと変えた部分」と、言葉の配置の仕方だけで、やっぱりこれは紛れもなく井伏鱒二にしかなしえなかった「作品」になっていると私は思う。例えて言うならこれは活け花みたいな「作品」なのだ。素材となる花の一輪一輪の美しさは、別に活ける人間の手柄ではない。しかしやっぱり活ける人間が介在することによって、初めてそれは「作品」になるのである。9世紀の唐代の詩人の言葉の中に配置されることがなければ、また「ハナニアラシノタトエモアルゾ」というフレーズと組み合わされることがなければ、「人生は左様ならだけね」という林芙美子の言葉も決して「活きる」ことはなかったに違いない。


さよならだけが人生ならば(歌詞付き)

この「ハナニアラシノタトエモアルゾ」を「花に嵐のたとえもあるさ」へとさらに「改訳」したのは、初出を確認することはできなかったけど、たぶん井伏の弟子を自認していた太宰治である。そしてこの「ちょこっと変えた部分」が、この「作品」をさらに新しいものにした。「」が「」に変わっただけで、「さよならだけが人生だ」は多くのさよならを経験してきた老人の言葉から、これから多くのさよならを経験することになる若者の言葉へと劇的に変化をとげたのだ。


CARMEN MAKI - さよならだけが人生ならば

寺山修司という人は「あるさ」バージョンのこのフレーズが本当に大好きだったみたいで、彼の書いた本を読んでみるとほとんどどこでもと言っていいぐらい、この2行が引用されている。「さよならだけが人生だ」を題材に新たに作詞された歌も、動画を見てもらえば分かるように、いくつもある。この言葉をひとつの時代や世代を象徴するような言葉にまで「高めた」のは、おそらくこの人の「功績」である。

しかし「さよならだけが人生だ」という言葉は決して70年代の流行語で「終わって」しまうことなく、さらに半世紀を経た21世紀の現在でも、さまざまな新しい「意味」を身にまといながら、生きた言葉として使われ続けている。本当に、稀有な言葉だと思う。そしてこの言葉について考えるたびに思うのは、表現というものには決して「オリジナル」があるわけではなく、さまざまな人の手を経て生まれ変わって行くことで初めて、「生きた」ものとしてあり続けることができるのだということである。その意味でも、ミシェル・フーコーだか誰だったかが言ったように (これだって、誰が最初に言った言葉かということは本質的には問題にならない)、「著作権」などというものはフィクションにすぎないのだと、我々は思っていいのだと思う。


だいせんじがけだらなよさ

ところで中島らもの「今夜すべてのバーで」という本に、彼がアル中で入院した先で一緒になった人が餞別にと言って「この盃を受けてくれ」以下の4行を大声で歌いあげるシーンがあるのだが、井伏鱒二が「訳」した「勧酒」そのものにメロディがついた歌って、あるのだろうか。youtube では寺山修司が歌詞を書いた歌しか、見つけることができなかった。誰か知っている人がいたら、教えてください。ではまたいずれ。