華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Whiskey in the Jar もしくは父ちゃんのためならえんやこら (1972. Thin Lizzy)

今週のお題「家飲み」

自分が出会ってきた世界中の歌をひたすら翻訳しては、出会いの意味を再確認しているこのブログ。「今週のお題」と付き合いはじめて今回で3回目になるのだけれど、なかなかしっくり来る「お題」が回ってこない。今回は「家飲み」をテーマに書かねばならないらしいが、第1に私はお酒が飲めない。(なのでいろんな歌に出てくる "stoned" という言葉をどう訳していいか分からずに困っている話は、以前にした)。第2に、外国の歌で酒そのもの、あるいは酒を飲むことそれ自体をテーマにしたものというのは、意外なほど少ない。RCサクセションが昔「飲んだくれジョニーが今夜もブルースを歌う」みたいな歌を歌っていたのが幼い心に強く残っているものだから、洋楽というのはそんなことばかり歌っているのだろうというイメージを自分でも何となく持っていたのだけれど、いざ探してみるとそういう歌って、実在しないのである。(ちなみにジョニーも実在しないと思う。ジョニー・ロットンとかジョニー・ウィンターとかそういう具体的なジョニーをべつにすれば)。「ひとり酒場で飲む酒は」とか「ビール片手に未成年」とか「弱音吐いてゲロ吐いて」とかいったような歌詞がいくらでも見つかる日本の状況というのは、ひょっとすると世界的に見たらかなり特殊なものなのかもしれない。

まして「家飲み」という縛りがかかると、私に思いつく曲は皆無である。なので今回に関しては、「家」で飲んでるのかどうかは分からないけど、とにかく外出できない状況にある主人公の出てくる「酒」の歌ということで、勘弁してもらいたいと思う。1972年にシン・リジィが取り上げてヒットさせ、99年にメタリカがカバーしたことでさらに有名になったアイリッシュ・トラッド 「ウイスキー・イン・ザ・ジャー」である。


Thin Lizzy - Whiskey In The Jar (official music video)

Whiskey In The Jar

As I was goin' over
the Cork and Kerry mountains.
I saw Captain Farrell
and his money he was countin'.
I first produced my pistol
and then produced my rapier.
I said stand o'er and deliver
or the devil he may take ya.

コーク州とケリー州の間の山の中で
ファーレル大尉がカネを勘定してるところに出くわした
おれはすかさずピストルを向け
それからナイフを突きつけて言ってやったよ
「さあ立て!カネをよこせ!
それとも悪魔に地獄に送ってもらいてえのか!」


Musha ring dum a do dum a da.
Whack for my daddy-o,
Whack for my daddy-o.
There's whiskey in the jar-o.

むっしゃりんだまどぅだまだ
わくふぉーまだーでぃおーな
わくふぉーまだーでぃおーな
ウイスキーならあるぜっと


I took all of his money
and it was a pretty penny.
I took all of his money
and I brought it home to Molly.
She swore that she'd love me,
never would she leave me.
But the devil take that woman
for you know she tricked me easy.

おれはやつの有り金を全部まきあげた
ぴっかぴかのペニーだったぜ
かっぱらったカネを全部持って モリーの家に行ったのさ
あいつはおれを愛してるって
いつまでも離さないって誓ったんだ
なのに悪魔があいつにとりついた
あいつはおれをハメやがった!


Musha ring dum a do dum a da.
Whack for my daddy-o,
Whack for my daddy-o.
There's whiskey in the jar-o.

むっしゃりんだまどぅだまだ
わくふぉーまだーでぃおーな
わくふぉーまだーでぃおーな
ウイスキーなら瓶の中


Being drunk and weary
I went to Molly's chamber.
Takin' my money with me
and I never knew the danger.
For about six or maybe seven
in walked Captain Farrell.
I jumped up, fired off my pistols
and I shot him with both barrels.

酔っぱらってぐでぐでになって
おれはモリーの部屋を訪ねた
モリーを抱き寄せた時には
やばいことなんて何も感じなかった
朝の6時か7時ごろだ
ファーレル大尉が入ってきやがった
おれは飛び起きてピストルをつかみ
弾丸を2ケース分もぶち込んでやったってわけだ


Musha ring dum a do dum a da.
Whack for my daddy-o,
Whack for my daddy-o.
There's whiskey in the jar-o.

むっしゃりんだまどぅだまだ
わくふぉーまだーでぃおーな
わくふぉーまだーでぃおーな
ウイスキーならあるぜっと


Now some men like the fishin'
and some men like the fowlin',
And some men like ta hear
a cannon ball a roarin'.
Me? I like sleepin'
specially in my Molly's chamber.
But here I am in prison,
here I am with a ball and chain, yeah.

釣りが好きなやつもいるだろうし
鳥撃ちが好きなやつもいるだろう
大砲をぶっ放す音が大好きな
戦争好きや革命好きもいるだろうさ
おれはって? おれは寝ることだ
特にモリーの部屋なら最高だな
けど今はオリの中
足には鎖と鉄の玉ってわけだ
ちっくしょー!


Musha ring dum a do dum a da.
Whack for my daddy-o,
Whack for my daddy-o.
There's whiskey in the jar-o.

むっしゃりんだまどぅだまだ
わくふぉーまだーでぃおーな
わくふぉーまだーでぃおーな
ウイスキーなら瓶の中


And I got drunk on whiskey-o
And I love, I love, I love, I love, I love, I love my Molly-o.

ウイスキーが飲みてえよおおお
モリーのことがすきなんだよおおおぉお
がくり


Metallica - Whiskey In The Jar (Video)
この歌はとても古い歌で、英語版のWikipediaを見ると、17世紀には既にアイルランドでこの山賊野郎をモチーフにした歌が歌われていたことが分かる。この歌について書かれた掲示板を読んでいると「なつかしいね。昔よくおばあちゃんが歌ってくれたよ」とコメントしているアイリッシュの青年がいたりして、こんな物騒な歌をおばあちゃんが孫に歌ったりするものなのかと最初は驚いたのだったが、この歌が愛され続けている理由について書かれた文章を読んで、少しだけ分かった気がしたことがあった。

この歌に出てくる「ファーレル大尉」は、肩書きからして明らかに、イギリスからアイルランドを侵略するためにやって来た人間なのである。それを理由がどうであれ主人公の稼業が何であれ1人のアイルランド人が「やっつけた」という出来事が、イギリスの植民地支配を受けていた当時のアイルランドの人たちにとっては本当に痛快なことだったということなのだ。

そしてそれから400年たった今でも、アイルランドの人たちにとってそれはやはり「痛快」なことなのである。だからおばあちゃんはそれをニコニコしながら孫に歌って聞かせるし、子どもたちは目を輝かせてそれを聞くのである。そしてさらには時代の最先端を行くバンドがそれを取り上げて、侵略した側のイギリスの人間たちに対してまで、有無を言わさず聞かせてしまうのである。それは、とてつもないエネルギーだと思う。

よその国から侵略を受けるということが、そこで暮らす人たちの心にどれだけ深い傷と怒りを残すものなのかということを、イギリスと同じくよその国を侵略することで「栄えて」きた歴史を持つこの島で生まれた私は、改めて突きつけられたような気がした。

むかし中国大陸で罪もない人を殺していたに違いない人間を祖父に持つ私が書いているこのブログを今、ネットを通じて知り合った何人もの中国の若い人たちが、読んでくれている。みんな日本と日本の文化が大好きで、日本の歌やアニメをもっと深く知りたいという気持ちをエネルギーにしながら、日本語を勉強している人たちである。(それなのに私の日本語は本当に読みにくい日本語であることを自分でも自覚しているので、申し訳ないと思っています)。

その人たちの前で、侵略された人間の気持ちの込められたこの歌について私が「解説」してみせたり、さらには私自身が「むっしゃりんだまどぅだまだ」と楽しそうに口ずさんだりすることは、どういう意味を持つだろう。正直に言うと私いままで、しょっちゅう口ずさんでました。でも、この歌の意味や歴史について改めて学んでみると、これからはやはり、気軽に口ずさんだりしてはいけないな、と思います。

それは「恥ずかしいこと」なのである。それをやっている私や私たち自身がそのことに無自覚でも、それがどんなに恥ずかしいことであるかをちゃんと知っている人たちが、私や私たちのことを「ちゃんと」見ている。ネットで世界がつながったということは、単に心の問題として「見られている」というだけでなく、文字通りの意味でいつも私や私たちが直接「見られている」そういう時代を迎えたということなのだ。

そしてそれはきっと「いいこと」なのである。なので私は自分がこの歌を歌うことは、しばらくやめようと思う。

世界がひとつになったら、また歌わせてもらいます。


The Chieftians ft Akiko Voni Sake in the Jar

=翻訳をめぐって=

Musha ring dum a do dum a da.
Whack for my daddy-o,
Whack for my daddy-o.
There's whiskey in the jar-o.

もう10年ぐらい前になるのだけど、ネットでこの歌詞をこんな風に訳している人がいるのを見つけて、衝撃を受けたことがあった。今回この歌を取り上げるにあたりぜひリンクを貼らせてもらおうと思ったのだけど、調べたらその人のサイトは無くなっているみたいで、その人のサイトからコピーした歌詞を紹介している人が数人見つかっただけだった。なので私もコピーさせてもらう。

どんじゃらどんじゃら
父ちゃんのためならえんやこら
父ちゃんのためならえんやこら
ウイスキーならあるぜ

この訳し方に天才的なきらめきを感じたのは、"Whack for my daddy-o"「父ちゃんのためならえんやこら」と訳されたことに対してである。Whackという言葉をWorkという言葉が「なまったもの」だと解釈するなら、実際この部分にはこの日本語訳しかあり得なかったと思う。

ただし、今回調べてみて改めて分かったのは、英語圏では"Whack for my daddy-o"の部分も「むっしゃりんだまどぅだまだ」の部分と同様に、「ナンセンスな歌詞」と見なされているらしいということである。むしろスキャットに近いものと見なされているらしい。(ゲール語に特有のこうしたスキャット的な歌詞は「リルティング(lilting)」と呼ばれている)。英語のサイトでも「Whackとはどういう意味ですか」という質問をしている人は何人も見つけたが、「意味はない」と断言する人がいたり、「古いゲール語だと思うが今では意味が失われている」と答えている人がいたりする一方で、"work" という言葉と結びつけてこの単語を説明している人は1人もいなかった。なのでこの部分を「父ちゃんのためならえんやこら」と訳したら、結論としては「ウソ」になってしまうと思う。

しかしこの訳は、本当に捨てがたい。初めて見たその日以来、「華氏65度の冬」と同じように、私の中ではこの歌と切っても切り離せないイメージになってしまっている。だから今回のブログタイトルに、オマージュとして使わせてもらうことにした。もしこの訳詞を考えた人がこのブログを読んで下さることがあったら、声をかけていただければ幸いです。スタンド使いが引かれあうのと同じように、歌の翻訳をやっている人間同士もいずれはどこかで引き合ってゆくことになるものだと私は思っています。

アイルランドコーク州とケリー州の間の山々。こんな場所で山賊に見つかったら逃げも隠れもできないと思うが、山賊の方も隠れる場所がなかったはずである。どうしていたのだろう。ではまたいずれ。