華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Across the Great Divide もしくは大分水嶺のモリー (1969. The Band)


ここにもモリーである。このブログの第1回目を飾る "Old Dixie Down" が入ったアルバムの最初の曲でありながら、私がずーっと何を歌った曲なのかよく分からずにきた "Across the Great Divide" である。正直言って今でもよくわからない。今から改めて訳そうと思うけど、あまり自信がない。しかし見切り発車でも何とか形にして人目に触れる形にしなければ、間違いを指摘してもらうこともできないし、結局本当の意味が分かる前に私の人生が終わってしまうに違いない。今のところ私に確実に言えるのは、この歌の中のモリーさんは冒頭からいきなり「ピストルを握っている」ということだけである。なぜモリーさんはピストルを握らねばならなかったのか。その私の20年来の疑問に今回果たして答えは出るのだろうか。出るといいのだが。


Across The Great Divide (LIVE!) 1976

Across The Great Divide

Standin' by your window in pain
A pistol in your hand
And I beg you, dear Molly, girl,
Try and understand your man the best you can

痛みに顔をゆがめて窓辺に立つ
おまえの手にはピストル
なあモリー おねがいだから
できるだけおまえの男のことを
わかってやろうという気持ちに
なれないものなのだろうか



Across the Great Divide
Just grab your hat, and take that ride
Get yourself a bride
And bring your children down to the river side

ロッキー山脈を横切って
帽子をしっかりつかんだら出発しよう
誰もが通る道だ
でもってお決まり通りに結婚して
子どもができたら川辺に連れてって
洗礼を受けさせてやるってわけだ



I had a goal in my younger days
I nearly wrote my will
But I changed my mind for the better
I'm at the still, had my fill and I'm fit to kill

若い頃にはゴールというものが決められていた
下手すりゃ遺書まで書いてただろうと思う
でもおれは自分の気持ちをいい方に変えたんだ
今のおれは静寂の中 何も不自由は感じてないけど
このままだと死んじゃいそうなんだ



Across the Great Divide
Just grab your hat, and take that ride
Get yourself a bride
And bring your children down to the river side

ロッキー山脈を横切って
帽子をしっかりつかんだら出発しよう
誰もが通る道だ
でもってお決まり通りに結婚して
子どもができたら川辺に連れてって
洗礼を受けさせてやるってわけだ



Pinball machine and a queen
I nearly took the bus
Tried to keep my hands to myself
They say it's a must, but who can ya trust?

ピンボール・マシーンとみんなのクイーン
おれもそのバスに乗りかけていた
できるだけ人には関わらないようにしてた
みんながそれが義務だって言うからだけど
だったらどんな人間なら信用できるっていうんだろう



Harvest moon shinin' down from the sky
A weary sign for all
I'm gonna leave this one horse town
Had to stall 'til the fall, now I'm gonna crawl
Across the Great Divide

収穫期の名月ってやつが下界を照らしてるけど
おれにはうんざりするようなことでしかない
こんな猫の額みたいな街にはおさらばだ
秋までは何とか時間をかせぐ必要があった
今 おれはそっと這い出そうとしてる
ロッキー山脈を横切って



Now Molly dear, don't ya shed a tear
Your time will surely come
You'll feed your man chicken ev'ry Sunday
Now tell me, hon, what ya done with the gun?

だからさ モリー そんなに泣かないでくれよ
おまえにもきっといい時がめぐってくるって
日曜日ごとに鶏肉料理だってできるようになるだろうさ
それで なあおまえ
そのピストルで一体なにをやっちまったんだ?



Across the Great Divide
Just grab your hat, and take that ride
Get yourself a bride
And bring your children down to the river side

ロッキー山脈を横切って
帽子をしっかりつかんだら出発しよう
誰もが通る道だ
でもってお決まり通りに結婚して
子どもができたら川辺に連れてって
洗礼を受けさせてやるってわけだ



Great divide=「大分水嶺」ことロッキー山脈。北アメリカを横断しようとする人間は、どこから出発しても必ず途中でこの山脈にぶつかることになる。南北約5千キロにわたって大陸をつらぬくこの巨大な山脈に、ただ「ロッキー (岩っぽいところ)」という名前しか与えなかった「開拓者」たちの大ざっぱさは、実に何とも「アメリカ的」だとしか言いようがない気がする。先住民の人たちはこの山脈を何と呼んでいたのかいろいろ調べてみたのだが、結局今回は見つからなかった。

=翻訳をめぐって=

この歌の翻訳に、今まで私は少なくとも3回、取り組んできた。しかし3回とも挫折した。単語の意味を組み合わせて何とか意味の通じるような日本語を、でっちあげることはできる。しかし歌詞に歌われている内容の「風景」を想像することが、どうしてもできないのである。風景を喚起させることができないような訳詞なら、作っても仕方がない。そして実際自分の解釈が間違いだらけだったから、風景が浮かんでくるどころか自分自身を混乱させるばかりだったのだということが、今回の翻訳作業を通じて改めてよく分かった。

今回の訳詞は、今までに作ってきた試訳の中でも一番よくできていると思う。初めて「歌の風景が見えた気がした瞬間」があったからである。それはひとつにはネットのおかげでこの歌の「正しい歌詞」がようやく分かってきたからだし、またネットで使える辞書の質がここ何年かの間に飛躍的に良くなってきているからでもある。とはいえ私はまだ100%自分を信用していい気にはなれない。「華氏65度の冬」の時にも「ラジオスターの悲劇」の時にも、自分なりに「見えていた風景」はあったのだ。しかしフタを開けてみればその「風景」にミスリードされていただけだったことは、このブログに何度も書いてきたことなので、いちいちは繰り返さない。今回見えた気がした風景が、今までと同じように独りよがりな「幻」でないという保証は、どこにもない。後は読者のみなさん、とりわけ英語圏のネイティヴのみなさんからの意見や指摘に頼るだけである。

今回の「翻訳をめぐって」は、ほとんど全部の単語に注釈をつけねばならないぐらい細かいものとならざるを得ない。私の解釈はいまだ仮説の域を出ないからである。ここから先は、私と同じようによっぽどザ・バンドが好きな人にだけ読んでもらえればそれで構わない。

Standin' by your window in pain
A pistol in your hand
And I beg you, dear Molly, girl,
Try and understand your man the best you can



昔のCDに入っていた歌詞カードが、どんな名盤でも誤植だらけだったことは、前にも書いた。この歌の場合も中学生の時に読んだ時は確か "pistol in your hand""pistol in the hand" になっていた。だから最初は誰がピストルを持っているのかさえ分からなかった。主人公が自殺でもしようとしているのだろうかというのが、当初の解釈だった。


ネットに「正しい歌詞」が載るようになり、ピストルを握っていたのがモリーだったことが明らかになったのは、21世紀に入ってからの大きな前進だった。しかしなぜモリーがピストルを握っているのかは、想像がつかなかった。想像がつかないまま、そのピストルは歌の主人公の男 (この表現はまだるっこしいので、以下、リヴォンとします。彼がボーカルだから) に向けられているのだろうと漠然と思っていた。


今回その解釈が「動いた」のは、"in pain" という言葉について徹底的に調べてみたのがきっかけだった。今まで私はこの言葉を「傷ついて」とか「悲しみに暮れて」と訳していたのである。しかしあにはからんや、"in pain" という言葉にはどの辞書にも「苦痛の中で/ 痛みに顔をゆがめて」といったような対訳しか載っていなかった。どうも、情緒的に解釈したらいけない言葉だったらしいのだ。だとしたら

モリーは自分を撃っちゃったのである。

ここで初めて、私の中に「歌の風景」が具体的なイメージとなって浮かんできた。つまりこの歌は

結婚を目前に控えたリヴォンが、これから始まるであろう単調な生活に恐れをなして逃げようとしていることをモリーが感づいてしまい、ピストルで自分を撃ってしまったものだから、リヴォンが途方に暮れている歌
であると解釈すべきだったようなのだ。

20年もこの歌を聞いてきたのに、そんな歌だと思ったことなんて、今まで一度もなかった。しかしいったんそう思うと、そこから全てがつながってくる気がする。やはり人の解釈に頼らず自分で翻訳してみようとする努力は、してみるものだ。

「歌の風景」さえハッキリ見えれば、「それにもとづいた意訳」が可能になる。「意訳はしない」はこのブログの三大看板のひとつではあるけれど、この歌みたいに本当に難しい歌になると、意訳に頼らないとどうしようもないことというのは、やはりある。しかし「風景」さえしっかりしていれば、「華氏65度の冬」みたいな大きな間違いは、そうそう起こらない。みなさんにも私と同じ風景を頭に描いてもらった上で、以下の試訳を一緒に検討してみて頂きたい。

Across the Great Divide
Just grab your hat, and take that ride
Get yourself a bride
And bring your children down to the river side

"Across the Great Divide"とは、「男と女の間に横たわる巨大な壁を越えてゆく」ことのメタファーであるという解釈が、英語のサイトに書かれていた。半世紀前の日本人が「ふかくて暗い川がある」と表現したことを、同時代のアメリカ人は「山脈」で表現したわけである。情緒性の違いを感じる。



黒の舟唄LIVE武道館 野坂昭如


take that ride : take a rideは、馬や車で「ひと乗りする/ いっちょ出かける」という意味。これが that になるわけだから、「誰かが行ったあの道を行く」ということになる。「男と女の間に横たわる山脈を越えて行く道」「これから始まる長い長い平凡な人生」である。そういうニュアンスで訳した。「帽子」に関しては、特に意味があるのかどうかは分からない。grab という言葉が「帽子かけから帽子を掴む」という意味で使われているのか、「頭から飛ばないように握って押さえる」という意味で使われているのかも分からないが、とりあえず後者で訳した。

bring your children down to the river side :「子どもたちを川辺に連れて行く」が「子どもに洗礼を受けさせる」ことを意味しているというのはアメリカのサイトで見つけた説明で、これはすごく参考になった。結婚と、子どもの洗礼。そういうことにはいちいち宗教 (キリスト教) がからんでくるわけだけど、リヴォンは多分そういうのに「ゾッとしてる」のである。それこそ退屈で平凡な人生の象徴みたいなキーワードだから。しかしゾッとしながらも、あきらめて、その道を歩むべく今はロッキー山脈に向かおうとしているわけである。何しろモリーは自分のせいで彼女自身を撃っちゃったわけだから。以上がこの歌のリフレインに対する、私なりの解釈である。

I had a goal in my younger days
I nearly wrote my will
But I changed my mind for the better
I'm at the still, had my fill and I'm fit to kill

ここからリヴォンの回想が始まる。「若い頃にはゴールがあった」という1行目の歌詞を私は今まで「昔はよかったなあ」というニュアンスで解釈していたのだが、そうではなく「決められたゴール」に向かって生きることを強制されることに屈辱を感じていた、と読むべきなのではないかと思う。だから「考えを変えた」のである。「自由に生きてやろう」と思ったのである。「限りある未来を搾り取る日々から抜け出そうと誘った君の目に映る海」が見えたのである。もう1本動画を貼り付けようかと思ったがキリがないのでやめる。

I'm at the still, had my fill and I'm fit to kill : はすごく訳し方が難しいのだけど、stillの名詞的な意味は「静寂」しかない。have one's fillは「満たされている」だけど、「何不自由ない状態」を「息苦しく」感じることは、若い時にはよくある。fit to kill という言葉は辞書にないけど、fit to dropは「尋常でなく疲れている」状態。ならば「死にそう」と訳してもあながち間違いではないだろう。こういうのが「意訳のドロ沼」で、前提となる「風景」についての仮定が間違っていると、とんでもないことになったりするのは分かった上での冒険である。

Pinball machine and a queen
I nearly took the bus
Tried to keep my hands to myself
They say it's a must, but who can ya trust?


ピンボール・マシーンとクイーン。何のことだかさっぱり分からなかった。たぶん「不良っぽい生活」のメタファーみたいなものだと思う。リヴォンはそのバスに乗れなかった=そういう生き方をしなかったもしくはできなかった。ここも nearly took the bus を「危うくそのバスに乗りかけた」と訳すか「乗りそこなってしまった」というニュアンスで訳すかで、全体は大きく変わってくる。

次の2行は今回の試訳の中でも一番分からなかった部分。keep one's hands to oneself は「人のやることにちょっかいを出さない」という意味。人がそうしろと言うからそうしてきたけど…という気持ちまでは何とか読みとれる。しかしwho can ya trust? はかなり唐突である。ya=youって誰のことなんだろう。「人にちょっかいを出すなということは、誰ともつきあっちゃいけないということか?」と若きリヴォンは毒づいているのだろうか。とりあえずそういうイメージで訳した。

Harvest moon shinin' down from the sky
A weary sign for all
I'm gonna leave this one horse town
Had to stall 'til the fall, now I'm gonna crawl
Across the Great Divide



Harvest moon は辞書にも「仲秋の名月」と出ているけれど、「十五夜」とか書いたら訳しすぎなので、直訳に近い形にした。いずれにしても「安定した平和な生活」の象徴みたいなお月さんである。しかしそれがリヴォンにとっては「うんざりするようなサイン」なのだ。

one horse town は「馬一頭で耕してしまえるぐらいの広さの街」で、こういうのは「猫の額」で構わないと思う。stallは「行き詰まる」ではなく「時間稼ぎをする」。次の fall が「秋」を意味していたことに、実は私は20年間気づかなかった。今日の私には奇跡が起こっているようだ。モリーさんのおかげである。

そしてその後のAcross the Great Divideの解釈にも、幅はある。ひとつは今まできた道=モリーと一緒になる道を引き返そうとしているという解釈。もうひとつは、別の女性のところに向かう道を歩もうとしているという解釈。どちらにしてもこのAcross the Great Divideは、リフレインのAcross the Great Divideとはベクトルを逆にしているのだというのが私の解釈である。

Now Molly dear, don't ya shed a tear
Your time will surely come
You'll feed your man chicken ev'ry Sunday
Now tell me, hon, what ya done with the gun?



そして、歌の中の時間は現在に戻ってくる。You'll feed your man chicken ev'ry Sunday は本当に分かりにくい歌詞だが (高校生の時の私は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の映画から「お前はおれのことをチキン扱いしてきた」という解釈を思いつき、得意になったりしていた)、「いい生活をさせてやるよ」という意味なのだろうか。悪い意味の言葉だったら慰めにならないもんな。あるいは「他にいい男を見つけてうまいものを食わせてやれよ」という意味だという幅もある。しかし私は最後のリフレインで、それがどんなに平凡で退屈な人生になろうともリヴォンはモリーと生きて行くことを決めたという解釈を取りたいので、その見方はとらないことにする。

そして Now tell me, hon, what ya done with the gun? なのである。モリーが何をやっちゃったのか、私にもようやく分かったよ。て言っか、分かったような気がする。さて、みなさんの解釈はどうだろうか。


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実を言うと私は今まで、この歌の翻訳をずっと後回しにしてきた。何度も失敗しているから、うまく行くはずがないという気持ちがどこかにあったのである。しかしモリーさんという人に3回にわたって登場してもらったことをきっかけに、この歌のモリーさんにもここで出てきてもらえなければ次はいつ会えるか分からないという気持ちになり、思い切って始めてみたら、何とか形になるものができた。今日は私にとって特別な日である。ひとえにモリーさんのおかげだし、またモリーさんを呼び出してくれた「今週のお題」のおかげだとも言えよう。感謝の気持ちを込めて、ミモリさんとモリオさんの歌うモリの歌で今日という日をしめくくることにしたい。ではまたいずれ。

Across the Great Divide

Across the Great Divide