華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Gasoline Alley もしくは帰ろうおいらが生まれたあの油小路へ (1970. Rod Stewart)



京都駅を降りて西に少し歩き、国道1号線の手前で右に曲がると、油小路(あぶらのこーじ) という通りに入る。他の京都のいろんな通りと同じく、何本もの道と直角に交差しながらひたすら南北にまっすぐに伸びている、原チャリサイズの道である。

何ということはない通りなのだけど、やはり京都の通りだからいろんな歴史が絡みついていて、目的もなく歩いているだけでも、織田信長が殺された本能寺の旧所在地に行き当たったり、あるいは新撰組伊東甲子太郎が暗殺された現場に行き当たったりする。とはいえ私自身にはその通りに別にこれといった思い出があるわけではないし、京都で生まれたわけでもない。

真島昌利という人はロッド・スチュワートの「ガソリンアレイ」という曲のステキな日本語バージョンを歌っていたのだけれど、「ハイディ・ハイディ・ホー」を「ハラヒレホー」と「訳」したあの人の感覚からすれば、ガソリンアレイは「さしづめ」あの油小路ということになるのだろうな、ということをちょっと思っただけである。

…私って、割とイヤらしい人間なのかもしれないな。


真島昌利 ガソリンアレイ

Gasoline Alley

I think I know now what’s making me sad
It’s a yearnin’ for my own back yard
I realize maybe I was wrong to leave
Better swallow up my silly country pride

どうして近ごろ悲しいのか わかってきた気がする
地元が恋しくなってきたんだ
たぶん 出てくるべきではなかった
田舎者の意地なんて 呑みこんでしまえばよかった



Going home, running home
Down to Gasoline Alley where I started from
Going home, and I’m running home
Down to Gasoline Alley where I was born

戻ろう 走って帰ろう
はじまりの場所へ ガソリンアレイへ
帰ろう 走って戻ろう
生まれたところへ ガソリンアレイへ



When the weather’s better and the rails unfreeze
And the wind don’t whistle ‘round my knees
I’ll put on my weddin’ suit and catch the evening train
I’ll be home before the milk’s upon the door

天気がよくて 汽車のレールも凍ってなくて
すきま風が膝のあたりでピューピュー言ったりすることもないような そんな日に
おれは結婚式用のスーツを着て夕方の汽車に乗ろう
牛乳屋さんが配達に来るより早く 家に着くんだ



Going home, running home
Down to Gasoline Alley where I started from
Going home, and I’m running home
Down to Gasoline Alley where I was born

戻ろう 走って帰ろう
はじまりの場所へ ガソリンアレイへ
帰ろう 走って戻ろう
生まれたところへ ガソリンアレイへ



But if anything should happen and my plans go wrong
Should I stray to the house on the hill
Let it be known that my intentions were good
I’d be singing in my alley if I could

けれど何かが起こって予定が変わって
丘の上の豪邸に住むような羽目になってしまったりしたら
わかっておいてほしい それはわざとじゃないんだ
できるならおれは地元で歌っていたいと思ってる



And if I’m called away and it’s my turn to go
Should the blood run cold in my veins
Just one favor I’ll be asking of you
Don’t bury me here, it’s too cold

そしてお迎えが来て 自分の順番が回ってきて
おれの血が血管の中で冷たくなってしまったら
ひとつだけ頼みがあるんだ ここには埋めないでほしい
ここはあんまり 寒すぎるから



Take me back, carry me back
Down to Gasoline Alley where I started from
Take me back, won’t you carry me home
Down to Gasoline Alley where I started from

連れてってくれ 運んで帰ってくれ
はじまりの場所へ ガソリンアレイへ
連れて 運んで帰ってくれないか
はじまりの場所へ ガソリンアレイへ



Take me back, carry me back
Down to Gasoline Alley where I started from
Take me back, carry me back
Down to Gasoline Alley where I started from
Take me back, carry me back
Down to Gasoline Alley where I started from

=翻訳をめぐって=

平易な歌詞だと思うのだけど、3番の歌詞だけがちょこっと難解である。strayは「道に迷う」という意味だが、stray to という言い回しは辞書に載っていない。ということは、熟語ではないということだ。一方で、「正しい道から外れる/ 道を踏み外す」という時には stray from という熟語が使われる。ならば stray to〜は、「本来の目的地ではない〜という場所に向かってしまう」という意味なのではないかと思う。

それで、道を間違えてどこに着いてしまうのか。「丘の上の家」である。別に原詞には「豪邸」と書かれてはいないけど、そのように解釈したのは、こういう歌詞を書くということはつまり歌の主人公はまだスターになる夢をあきらめきれていないのだな、と私が思ったからである。しかし証拠はない。Across the Great divideの回で初めて出てきたこのブログの専門用語に即して言うなら、「見えた風景にもとづく意訳」にすぎない。だから誤訳の可能性もあるし、他の解釈ができる幅もある。ここは、みなさんの意見を待ちたい。

…しかし私に聞こえた通りだとすると、この3番は要らない歌詞だと思うな。叶う見込みのない夢を抱え続けている人間の言葉として受け止めるなら悲しすぎるし、実際にスターになってしまったロッド・スチュアート自身の言葉として聞くならイヤらしすぎる気がする。


浅川マキ 「 ガソリンアレイ(歌詞付) 」
ブログを始めてよかったと思うのは、ひとつの歌について調べてゆく過程でそれまで知らなかった他のいろんなことまでが、一緒にわかってくることである。今回も真島昌利さん自身が作詞したのだとばかり思っていたこの曲の日本語バージョンは、実はそれよりずっと前に浅川マキさんが歌っていたものをさらにカバーしたものだったのだということが、新たに初めてわかった。あの「伝説の」浅川マキさんである。むかし恋人だった人のお母さんが繰り返しその「伝説」を私に語ってくれた、浅川マキさんである。ライブの開演に3時間も遅刻しながら、ステージに出てくると「待たせたわね」とだけ言っていきなり歌い始めたという浅川マキさんである。バックで演奏しているミュージシャンの人たちに「もっと紫色の音にして」と無理難題を突きつけて、本当にその音を紫色に変えてしまったという浅川マキさんである。youtubeで初めて聞いたけど、これがすごくいい。「より」とか「以上」とかそういう比較の言葉は使いたくないけれど、マーシーのカバーとはまた全然違った「オリジナルの魅力」と言うべきものにあふれている。もっとも、オリジナルはロッド・スチュアートなんだよな。本人が歌っている動画を出さずに日本語カバーを先に出すというのは今までになかったパターンだけど(後日付記: よく考えたら「ラストダンスは私に」の回で既にやってました)、私はこの順番でこの歌と知り合ったのだから、こういう風にしか語れない。だから今回は勘弁していただきたい。


Rod Stewart Gasoline Alley

でもってこれが本人のオリジナル。スカしてやがる。でもキライじゃないぜ。ではまたいずれ。

Gasoline Alley

Gasoline Alley