華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

風にハーモニカ もしくは50曲目にあたって (1995. Heatwave)

風にハーモニカ
この街の夜空にハーモニカ
それでも朝になれば
人はバス停や街角で
昨日見た夢を語るだろう



風にハーモニカ
この国の政治家にハーモニカ
あんたの胸にどくどく
流れる乾いた血の音を
一度だけ俺は聞いてみたい



風にハーモニカ
風にハーモニカ



風にハーモニカ
茨の道にハーモニカ
遠くの出来事にあんたはいつもやさしく
近くのウソにいつも黙り込む



何度も繰り返しハーモニカ
吹いて聞かせようハーモニカ
いつの日か君の心を動かしたのなら
忘れないでくれ
そのことを



風にハーモニカ
風にハーモニカ



-HEAT WAVE「風にハーモニカ」1995.

50曲目という節目にあたり、「華氏65度の冬」というこのブログを始めてから今までに感じてきたことを、ざっと振り返ってみた。

ブログのサブタイトルを「うたを翻訳するということ」に決めた経過も、思い返してみれば単純ではなかった。一番最初は確か「洋楽の歌詞の意味は正しく知りたい」というサブタイトルにしていたはずである。プロフィールの1行紹介みたいなやつも、「趣味の洋楽和訳」とかでいいや、とごく適当に考えていた。実際、現在の私は生活のうちのかなりのエネルギーを歌詞対訳に注ぎ込んでいるけれど、趣味はやっぱり趣味でしかないのである。

しかし何回も続けないうちに、「洋楽」という言葉と「和訳」という言葉の両方に対して、「引っかかり」を感じ始めるようになった。具体的には、香港のバンドだったBeyond の曲を取りあげようと思った時のことである。

「洋楽」って、何なのだろうか。単に「海を越えてくる音楽」という意味であるならば、日本の本州島に住んでいる私にとって、たとえば沖縄の音楽は疑いなく「洋楽」である。そして実際、ウチナーグチで歌われている歌の内容は、翻訳がなければ私には全くわからない。ところがもし私が沖縄の歌を「洋楽」という「ジャンル」に入れてしまったら、多くの「本土」の人間は「異和感」を感じることだろうし、沖縄の人たち自身もそう感じるかもしれない。「洋楽」という日本語には単なる一般名詞にとどまらない、ある種の具体的な商品名みたいなイメージが、くっついてしまっているのである。

「洋楽」という言葉から日本語話者が受け取るイメージは、現実には「欧米の音楽」それも「英語圏の音楽」に限定されているのではないだろうか。それ以外のヨーロッパの音楽には「フレンチポップ」だとか「ユーロビート」だとかいった「但し書き」が、必ずくっついてくる気がする。そしてそれ以外の地域の音楽は「ワールドミュージック」というジャンルに、文字通りザックリと括られてしまう。

いわゆる「洋楽好き」の人になればなるほど、そうした傾向は強いのではないかと思う。中国の音楽やケルト圏の音楽はこのブログでもいくつか紹介してきたが、そういう音楽が好きな人はあんまり自分のことを「洋楽好き」だとは言わない気がする。

なぜ、英語だけが「特別」なのだろうか。理由はある意味、ハッキリしている。ヨーロッパの歴史の中で一番「手広く」世界のいろんなところを侵略してきたのがイギリスという国家だったからだし、20世紀に入ってからはそのイギリスに代わって軍事的・経済的に世界の支配権を一手に握るようになったのが、アメリカという国家だったからである。言うなればこの2つの国家が絶えざる暴力の強制を通じて、この世界を「英語が分からなければ困る世界」に作り変えてしまったのだ。加えて日本という国家の場合には、そのアメリカと軍事同盟を結んでいるという独自の事情が加わって、英語という言語にいっそう「特別な地位」が与えられている。しかしそういうのは「終わらせなければならない歴史」なはずである。

世界には他に学ぶべき言語や文化や人の生き方というものがいくらでもあるのに、それを一切無視して「英語さえ知っていれば世界で通用する人間になれる」と思えてしまう感覚というのは、何なのだろう。そして日本語と英語しか知らないくせにそれで「世界」を理解できると思えてしまう感覚というのは、本当に何なのだろう。そういう根性で英語を「勉強」している人たちというのは、私の目からは「侵略者の思想」を「勉強」している人たちであるようにしか思えない。そういう人たちは日本語しか喋れない人間よりもよっぽど、「世界」にとっては有害な人間であるに違いない。

私は自分に理解できない言葉で歌われている海の向こうの歌を知ることを通して「世界」を知りたいのだとずっと思ってきたし、今でも思っている。子どもの頃に意味も分からないまま聞いていた母親のLPの中の「英語の歌」は、私にとって正にそういう意味で「世界の扉」だったし、そこから自分の歴史が始まったのだということは、いつまで経っても忘れてはならない自分自身の原点であるとも思う。

しかし英語だけが世界のすべてではない。英語を知っただけで「世界中の人の気持ち」が分かるようになると思ったらそれは大きな勘違いだし、そういう勘違いはただされなければならない。だからこそ私は、「日本語でも英語でもない言葉」で私に感動を与えてくれた初めてのバンドであるBeyondというグループの曲を、このブログの最初の段階で取りあげておきたいと思った。

だがそうしてみると、英語のイメージが抜きがたく染みついた「洋楽」というジャンルの中にかれらを「分類」してしまうのは、Beyond に対してとても失礼なことではないかという気がした。ブログのサブタイトルを「うたを翻訳すること」という抽象的なものに変えたのは、直接にはこうした事情によっている。

しかしながらその割には、このブログで取りあげる楽曲はやはり英語のものに比重が偏りすぎている感が、自分でもいなめない。とはいえ、このことにもやはり事情があるのである。それが「和訳」の問題。言い換えるなら「日本語って何なのだ」という問題に、私は改めて直面することになったのだった。

もうふた昔近く前のことになるけれど、齋藤孝の「声に出して読みたい日本語」という本がやたらとブームになったことがあって、私も手にとってみたことがある。しかしその本の終わり近くのページに沖縄の「おもろさうし」とアイヌの「ユーカラ」が文字通り「しれっと」取りあげられていたのを見て、私はいわく言いがたい気持ちになった。

私はそこに強烈な「政治の匂い」を感じたのだ。「政治の匂い」というのは人によってさまざまな使われ方をする言葉で、「戦争に反対しよう」という当然の主張にまで「政治の匂い」を感じて嫌悪する人も世の中にはいるけれど、私が「政治の匂いを感じた」と言うのは、そこに「他者を支配したいという強烈な欲望」を感じたという意味である。

「沖縄も北海道も日本の一部なのだから、沖縄の言葉もアイヌの言葉も日本語の一部」であるという政治主張を、あたかも「分かりきったこと」であるかのようにしれっと人にー主要には沖縄の人たちとアイヌの人たちにー押しつけようとする態度は、「侵略を居直る態度」以外の何ものでもないと思う。朝鮮や台湾が「日本でない」のと全く同様に、沖縄や「北海道」も決してもともと「日本の一部」だったわけではない。

それなのにその人たちの言葉を日本の「本土」人が勝手に「日本文化の一部」に仕立てあげて本にして「紹介」するなどということは、一見その土地の文化を「尊重」するかのように見せかけて、実は沖縄の人たちやアイヌの人たちから「言葉を奪う」行為なのではないかと私は感じた。

実際、日本という国家は沖縄の人たちやアイヌの人たち、さらには朝鮮や台湾の人たちから、文字通り言葉を奪ってきた歴史を持っている。日本人、と言うか日本語話者であるわれわれにとって、英語が「侵略者の言語」であることを「理解」するのは何も難しいことではない。しかしわれわれ自身が使っている日本語もまた「侵略者の言語」なのだということは、頭では「理解」できても本当に「理解」することは容易でないということを、私自身、痛感している。なぜならわれわれは「日本語でしかモノを考えることができないから」である。だから異なる文化の中で暮らしてきたアジアの他地域の人たちにまで日本語を使わ「せる」ことが、その人たち自身の「幸せ」につながることだと、われわれの父祖の世代は厚かましくも勘違いすることができたのだ。

与謝野鉄幹という歌人は「から山に桜を植ゑてから人にやまと男子の歌うたはせむ」などというとんでもない歌を詠んでいる。そんな男のことを「好きになれた」与謝野晶子の「きみ死にたまふことなかれ」が、学校教育でとりあげられるほとんど唯一の「反戦詩」であるというのが日本の現状である。(それすら、現在では教育現場から放逐されつつあるらしいけど)。学校教育も日本文学の歴史も、そんなかれらがやったことの批判の上にではなく、その継承の上に成立している。そうした現状はただされなければならないし、今を生きる世代であるわれわれがただす以外にないことなのである。

だから、たとえば「ウチナーグチで歌われている歌の内容は、翻訳がなければ私には全くわからない」と冒頭近くに私は書いたわけだけど、それを英語の歌の翻訳を掲載するのと同じ感覚でこのブログに「紹介」することが「正しい態度」であるとは、私にはどうしても思えない。するとしたら必ず沖縄の人に直接「この歌を翻訳して紹介したいのだけど構わないでしょうか」ということを確認した上で、何度も沖縄の人の意見を聞いて「理解」を改めてゆく作業を経てからの話になると思う。アイヌの人たちの歌や、朝鮮・台湾の歌に関しても同様である。

英語の歌を私が「勝手に」日本語に翻訳しても、そのことで心を痛める英語話者は、いないと思う。しかし日本という国家がかつて支配した地域、また現在も支配している地域においては、自分たちの言葉を「勝手に」日本語に置き換えられることを「暴力」であると感じる人たちが、必ず存在するのである。だからこのブログで取りあげる歌は、いきおい英語で書かれたものに偏ってゆく傾向を持つ。けれどもそのことは、決して私が英語圏以外の文化を無視したり軽視しているからではなく、むしろ気持ちは逆なのだということを、私はどこかで書いておきたかった。今回は50回目ということでそれを節目に、書かせてもらうことにした。

そんなわけで、50回目には何語の曲を取りあげればいいのだろうとずっと思っていたのだけれど、結局、私がずっと好きだった冒頭の日本語の歌詞をテーマにすることに決めた。「遠くの出来事にあんたはいつもやさしく/ 近くのウソにいつも黙り込む」というあの歌のメッセージは、今でも私の心に突き刺さり続けているからである。ヒートウエィヴというこのバンドの曲は動画で紹介することはできないのだけど、歌詞だけもうひとつ掲載しておくことにしたい。"1995" の前年に出された "No Fear" というアルバムに入っている、「ナタリー」という曲である。

さっき泣いたばかりのナタリーは
月が海から昇る小さな街の娘
宝物の地球儀をくるくる廻しては
遠い遠い国に想いを馳せる
いつかナタリー世界中が
きっと君のアヴェニューになる



月の光にてらされてナタリーは
青い丸い宝物を胸に抱きしめる
君のやわらかな手のひらの間から
永い歴史と人の暮らしがのぞいてた
いつかナタリー君の手のひらは
世界中をあたためるだろう



きっと君が
生まれた街にあついキスをすると
きっと小さな
口びるは隣の国に橋を架ける



いつかナタリー世界中が
きっと君のアヴェニューになる


-HEAT WAVE「ナタリー」1994.

50回目ということで「総目次」をリニューアルし、さらに曲名索引も新設させてもらいました。これからもよろしくお願いします。ではまたいずれ。

風にハーモニカ

風にハーモニカ

ナタリー

ナタリー