華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Who'll Stop the Rain もしくは Have You Ever Seen the Rain (1970. CCR)

今週のお題「晴れたらやりたいこと」

「うたを翻訳すること」をテーマにしたこのブログ。「お題」につきあうのも今回で4回目になる。「晴れたらやりたいこと」を歌った歌は知らないが、「いつになったら晴れるんだろう」という歌なら知っていた。CCR (クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル) "Who'll Stop the Rain" という曲である。


Creedence Clearwater Revival: Who'll Stop The Rain

Who'll Stop The Rain

Long as I remember
The rain been comin' down.
Clouds of myst'ry pourin'
Confusion on the ground.
Good men through the ages,
Tryin' to find the sun;
And I wonder, Still I wonder,
Who'll stop the rain.

ぼくがおぼえているかぎり
雨はずっと降り続いている
謎をはらんだ雲が立ちこめて
地上には混乱が続いている
尊敬すべき人たちは大昔から
太陽を見つけようとしてきた
そしてぼくは思う 今もぼくは思う
だれが雨を止めてくれるんだろう



I went down Virginia,
Seekin' shelter from the storm.
Caught up in the fable,
I watched the tower grow.
Five year plans and new deals,
Wrapped in golden chains.
And I wonder, Still I wonder
Who'll stop the rain.

嵐からの隠れ家を求めて
ぼくはヴァージニアへ向かった
おとぎばなしに夢中になって
光り輝く塔を見つめた
黄金の鎖でぐるぐる巻きにされた
5ヶ年計画とニューディール政策
そしてぼくは思う 今もぼくは思う
だれが雨を止めてくれるんだろう



Heard the singers playin',
How we cheered for more.
The crowd had rushed together,
Tryin' to keep warm.
Still the rain kept pourin',
Fallin' on my ears.
And I wonder, Still
I wonder Who'll stop the rain.

シンガーたちの演奏に
何度アンコールを送ったことだろう
観衆はステージに殺到した
身を寄せあって少しでも暖かくなるために
雨は降り続いていた
ぼくの耳をぬらしていた
そしてぼくは思う 今もぼくは思う
だれが雨を止めてくれるんだろう



謎めいた歌だと、昔から思っていた。"Clouds of myst'ry (謎の雲)"、"Caught up in the fable (直訳は"寓話にとりつかれて")"、"Five year plans and new deals (5ヶ年計画とニューディール政策)" …一度耳にしたら忘れられないような、およそロックの歌詞には似つかわしくない、不思議な言葉が並んでいる。そして "through the ages (大昔から)" や "still (今も)" といった言葉が繰り返し使われていることから、この歌の中には永遠に近い時間が流れているような感じがする。

ジョン・フォガティ自身は、この歌は1969年のウッドストック・コンサートで、自分たちがステージに上がっている時に土砂降りの雨が降り出したことがきっかけとなってできた曲だと語っている。ジョン・フォガティの目の前で、その時50万人の観衆が一斉に「服を脱いだ」のだという。そしてみんなが、やまない雨と不吉な雲を振り払おうとするかのように、泥まみれになって踊り続けていたのだという。初めて聞いた時に私が一番解釈に苦しんだ3番の歌詞は、その時の情景がそのまま歌われた歌詞だったわけだ。それはものすごくシュールで、感動的で、恐ろしくなるような光景だったと思う。

けれども「雨」という言葉のイメージはそこにとどまることなく、歌の中で、また聞き手の心の中で、さまざまに膨らまされていった。最も広く知られた解釈は、この「雨」はベトナム戦争のことを指しているというものである。1964年の「北爆」開始によって本格化したアメリカによるベトナム戦争への介入は、この歌が発表された70年当時には完全に「泥沼化」していた。もちろん「泥沼化」などというのはアメリカの立場からの表現であるにすぎず、ベトナムの人たちの側には、どれだけ街や村を焼かれても、どれだけ家族を殺されても、侵略者を追い払うまでは戦い続ける以外にありえないという現実があっただけである。アメリカという国が、本当に唾棄すべき「国家の威信」にとらわれて、ベトナムから手を引こうとしなかったことに、すべての問題は存在していた。

この空虚な「国家の威信」を揶揄したのが、「黄金の鎖に縛られたニューディール政策」という歌詞なのだと言われている。ヴァージニアはアメリカにイギリスからの最初の植民者が上陸した土地で、fable(寓話)はアメリカの建国の理念。「光り輝く塔」はアメリカの威信を象徴する高層ビル群のメタファーだといったような海外サイトの説明には、いちいち納得させられる。さらに太陽を求めたという"good men"は、アメリカがベトナム介入へと大きく舵をとる過程で相次いで殺されたJ・F・ケネディやM・L・キング牧師のことをさしているという意見もあった。歌詞の中には何の説明もなくても、当時のアメリカの人たちにはそれだけで「ピンとくる言葉」が、この歌にはたくさん散りばめられていたのだ。

私が一番「へえ!」と思わされたのは、rainという言葉はreignという言葉と響きが同じなのだという、あるアメリカ人による説明だった。reignとは「1人の王による治世/在位期間」もしくは「支配/統治」それ自体を指す名詞である。つまり「フール・ストップ・ザ・レイン」という言葉の響きは、アメリカ人の耳には「誰がこの雨を止めてくれるんだろう」と同時に「誰がこの時代を終わらせてくれるんだろう」とも聞こえるらしいのだ。ものすごく、手の込んだ歌詞だったのだなと、言われてみれば改めて思う。

CCRにはもうひとつ有名な「雨の歌」がある。たぶんこちらの方が有名なのだと思う。日本でもいろんな人にカバーされている "Have You Seen the Rain" という曲である。


Have You Ever Seen The rain? - Creedence Clearwater Revival

Have You Ever Seen The Rain

Someone told me long ago
There's a calm before the storm,
I know; It's been comin' for some time.
When it's over, so they say,
It'll rain a sunny day,
I know; Shinin' down like water.

ずっと昔 だれかに聞いた
嵐の前には静けさがあるものだって
ぼくも知ってる
確かに何回かそういうことがあった
そしてそれが終わったとき
いろいろな人から聞いた通りに
晴れた空から雨が降りだす
ぼくは見た
光の中で水のように輝きながら
降り注ぐんだ



I wanna know,
Have you ever seen the rain?
I wanna know,
Have you ever seen the rain
Comin' down on a sunny day?

ぼくは知りたい
あなたはあの雨を見たことがあるのだろうか
ぼくは知りたい
あなたはあの雨を見たことがあるのだろうか
晴れた空から降り注ぐあの雨を

Have You Ever Seen The Rain


Yesterday, and days before,
Sun is cold and rain is hard,
I know; Been that way for all my time.
'Til forever, on it goes
Through the circle, fast and slow,
I know; It can't stop, I wonder.

昨日も その前も
太陽は凍りついていて
雨ばかりが激しく降っていた
わかってる
今までずっとそうだったんだ
永遠にそれは続くのだろう
まるで輪廻のように
時々スピードを変えながら
わかってる
止めることはできないんじゃないかって思う



I wanna know,
Have you ever seen the rain?
I wanna know,
Have you ever seen the rain
Comin' down on a sunny day?

ぼくは知りたい
あなたはあの雨を見たことがあるのだろうか
ぼくは知りたい
あなたはあの雨を見たことがあるのだろうか
晴れた空から降り注ぐあの雨を



この歌の歌詞の意味も、私にとっては長い間、謎だった。「雨を見たか」と繰り返し訊ねる理由が分からなかったし、また私が20年前に聞いた時のCDの歌詞カードも、ご多聞にもれず、誤植だらけのものだった。そもそも間違った歌詞を読んでいたのだから、意味なんて分かるはずもなかった。

しかし「雨を見たかい」というこの歌の邦題には、当初から違和感を感じていた。なぜそんな質問をするのかは分からないけれど、「雨を見たか」と聞く前に「ぼくは知りたいんだ」という言葉をわざわざくっつけるのは、日本語の感覚からすると「よっぽどのこと」である。英語でも多分「よっぽどのこと」なのだと思う。そういう問いを発せずにいられない何かのっぴきならない事情が、歌の主人公にはあるはずなのである。それなのに「雨を見たかい」という恋人同士のささやきのごとき邦題は、どこか緊張感に欠けているのではないだろうか。そう思っていた。

この歌に出てくる「雨」は、ベトナムの人たちの上に降り注いだナパーム弾の「雨」のことをさしていると、アメリカではずっと信じられてきたのだという。私がそれを知ったのは、インターネットの時代になってからのことだった。そして同時期に、私は恐ろしい写真を目にしていた。これもインターネットの時代になって初めてパレスチナから直接届けられるようになった、イスラエルによるガザ地区の病院施設への爆撃の様子を伝える写真だった。



この歌の中の「雨」のイメージは、完全にこの写真の中の「雨」のイメージと重なった。こんなに恐ろしい「雨」があるだろうかと思った。しかしイスラエルによるガザへの爆撃に使われる兵器は、他国からの批判をかわすために、あれでも残虐さが「抑制」されているのだという話であり (そのまま転載するのもためらわれるぐらい、ふざけた言い方だと思う) ベトナムに落とされたナパーム弾の残虐さはそれとも比較にならないほどのものだったということを、イスラエルを擁護するような論説の中で、目にした。これと比較されうるような「地獄」があるのだろうかと思って、ナパーム弾のことを調べてみたら、出てきたのがこんな画像だった。私は、見るのがいやになった。そして、こんな画像を検索して「調べて」いる自分は一体何をやっているのだろうという気持ちになった。人間が人間の上に爆弾を落とすようなことは、絶対的に間違っている。その間違った世界に自分はずっと暮らしてきたのではないかという事実を、改めて突きつけられたような気がした。


私がどうしても確かめずにいられないと思ったのは、ジョン・フォガティ自身はこの「雨」を見たことがあったのだろうかということだった。つまり彼はベトナムの人たちの上にナパーム弾を「落とす立場」にいたのか、それともそれを「止めようとする立場」にいたのかということである。昔聞いたCDのライナーノートには、確か彼には兵役経験があると書かれていた。しかし今回Wikipediaで調べてみたら、彼がいたのはアメリカ本土の「予備部隊」で、直接ベトナムには出撃していなかったらしいことが分かり、少しだけ安心した。少なくとも彼の手は、血で汚れてはいなかったことになる。しかし彼は兵役を拒否しなかったのだから、大きく見るならやはり「雨を降らせる側」にいたアメリカ人の1人である。そういう立場の人間が「永遠にそれは続くのだろう」とか「変わらないと思う」みたいな他人事みたいな言い方で「絶望」を歌うのは、ベトナムの人たちの立場に立つならとても無責任なことだし、許しがたいことであると思う。

とはいえ "Have you ever seen the rain?" という繰り返される問いの中には、少なくともそうした現実への「抗議」が込められていると私は信じたい気がする。だから "I wanna know" という「のっぴきならない台詞」が、その前に入ってくることになるのだと思う。だから私はこのリフレインをベトナムに爆弾を降らせている為政者たちへの問いかけ」であると判断することにした。「あなたたちはあの雨を見たことがあるのか」「どんな地獄が繰り広げられているか知っているのか」という問いかけである。だからこの歌詞のyouを「きみ」という日本語で訳すると、この部分はとたんに意味不明になる。私と同じ解釈をとっている邦訳サイトは調べた限り見つからなかったが、読者のみなさんの判断を聞きたいところである。

ジョン・フォガティ自身は、この歌が「反戦歌」であると、一度も語ったことはないらしい。後年のインタビューでは「バンドの崩壊の予感を雨に例えたんだ」と言っている。確かに歌詞の中には、直接戦争を連想させるような言葉は一言も入っていない。アメリカのウェブサイトには、この歌に歌われているのは南部地方に特有の "Sun shower" という気象現象で、日本ではそれが "Kitsune-no Yome-iri" と呼ばれているという、丸っきり気の抜けてしまうような説明もあった。しかし「それにも関わらず」この歌を聞いた当時のアメリカ人は誰もがこの歌を「反戦歌」であると感じ、「雨」という言葉からナパーム弾を連想した。その事実の方が、私は重要だと思う。だからこそ、本当に「雨」のことしか歌っていないこの曲を、当時のアメリカのラジオ曲は「放送禁止」にしたのである。

そして歌詞をよく読むと、晴れた日に降り注ぐというその雨は「水のように光りながら」降ってくるのだと書いてある。つまりその「雨」は明らかに「水ではない何か」なのである。10代の頃の私には全くその意味が分からなかったけど、今なら分かる気がする。そしてジョン・フォガティという人は、たぶんインタビューでは本当のことを言わないタイプの人なのだと思う。

=その他、翻訳をめぐって=

Who'll stop the rain

  • Long as I remember: ここではso long as という熟語の省略だと解釈している。「私が覚えている限り」ということ。
  • through the ages: 熟語。「大昔から」
  • Caught up in the fable: 「おとぎばなしに夢中になって」と訳したが、意訳になっている。fableとはイソップ物語のような「寓話」をさす言葉。Caught up in には「夢中になる」の他に「捕まる/とりつかれる」といった意味もある。どんな訳語を当てはめるかで意味が全く変わってくる箇所。
  • Heard the singers playin', How we cheered for more: ここは正直言って、わからなかった。いくつかの言葉が省略されているのかもしれない。試訳は意訳になっているが、このブログでいつも言っているように、私の言う「意訳」とは「でっちあげ」と同義である。「シンガーたちの演奏に我々はどれだけ励まされただろう」みたいなことを言っている幅もある。だれか意味を特定できる人がいたら、教えてください。

Have you ever seen the rain

  • Through the circle, fast and slow...この歌の中で一番謎めいた箇所。意訳になっているけれど、どういうことが表現されているのか、正確にはわからない。「こういうイメージで私は聞いてました」というだけの訳詞です。


Shelter from the Storm "live '76"


こんな感じでやってます。「お題」でやって来たみなさんも、良かったら私の翻訳作業につきあってください。ではまたいずれ。

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