華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Broken Arrow もしくは永遠行きのブラスターで (1967. Buffalo Springfield) ※好きな曲ではありません


フリッパーズ・ギターというバンドの音楽に、私は長いこと「自分たちの世代」を重ねていた。かれらが解散した1991年に私はまだ小学生だったが、その後10代を通じて、自分が好きになった音楽を掘り下げて行くと必ずどこかでフリッパーズ・ギターという名前にぶつかる、そういう位置にかれらは存在していた。

日本の音楽の歴史を語る際には「フリッパーズ・ギター以前/以後」という言葉が使われることもあるらしい。そう言われて納得する面があるのは、「フリッパーズ・ギター以後」の私たちの世代には「以前」の人たちと比べて「洋楽を聴いていた人間」が圧倒的に少なかったように感じられるからである。

私の母親が中学生の頃には「ビートルズ舟木一夫しか聞くものがなかった」らしいということは以前に触れたが、そういう環境におかれたら、何か新しいものを求める感性の持ち主は必ず「洋楽」に惹きつけられずにはいられなかったはずだと思う。しかしそんな風に「洋楽=かっこいい」「邦楽=ださい」という図式が成立していたのは、せいぜいポリスやU2が存在感を持っていた80年代の中盤までで、「フリッパーズ・ギター以後」の私たちの時代には既に充分に洗練された「かっこいい邦楽」が溢れていたから、あえて洋楽を聴く「必然性」みたいなものを、ほとんど感じなかった気がする。実際私自身、ドアーズやザ・バンドみたいな古いロックを「古典作品」に触れるような厳粛な気持ちで聴きあさっていた10代の記憶はあるけれど、マライア・キャリーやらMr.ビッグやらといった「同時代」の洋楽アーティストに関しては、ほとんど聴いた記憶がない。

そんな風に日本の音楽が「洗練されたもの」になってゆく「転換点」に位置していたのがフリッパーズ・ギターだったことは、数年遅れでかれらのCDを手にとった私自身、当時から強く意識していたことだった。そしてその中でも特に印象に残っていたのが、かれらが残した最後のCDである「ヘッド博士の世界塔」の冒頭に入っていた、"Dolphin Song" という曲だった。


Flipper's Guitar - ドルフィン・ソング


この曲がいろいろな洋楽の音源をそのまま使うことを通して作られた「サンプリング曲」だったということを知ったのは、それからさらに何年も経ってからのことだったのではなかったかと思う。その事実は、この曲がまさに「ひとつの時代の終わり」と「新たな時代の始まり」を作り出したのだということを、象徴しているように私には思われた。ビーチボーイズの"God Only Knows" に始まるこの曲の「元ネタ探し」に、20代の一時期、私は夢中になっていた記憶がある。それは自分が青春の中に置き忘れていたことを追体験するような作業でもあったし、私にとっては一種の「自分探し」に等しいような作業でもあった。

けれどもごく最近になって、フリッパーズ・ギターの片割れだった小山田圭吾が10代の頃にどんな風に同級生をいじめていたかということを「得意げに」語っていた90年代の雑誌の記事をネットを通じて読み、私は強烈なショックを受けた。そしてこんな人間が作った音楽を有難がって聴いていた自分は一体何だったんだろうという気持ちに襲われた。以下の記事なのだが、いじめに関して辛い記憶を持っている人はよほどの覚悟がない限り、読まない方がいいと思う。文字通りの閲覧注意というやつである。
小山田圭吾における人間の研究 - 孤立無援のブログ
こんなやつの音楽など二度と聞くものかと思っても、かつての自分がそれを好きだったという歴史まで消すことはできない。それにどうやって決着をつければいいのだろうという気持ちを私はその時以来、抱え続けている。

思えば今回とりあげるバッファロー・スプリングフィールドの"Broken Arrow" という曲も、フリッパーズ・ギターの上記の曲を通じて初めて出会った曲だった。ずっと歌詞を知らなかった曲なので、このブログを始めた当初に改めて調べてみたら、この歌の中にも Indian という差別語が使われていたことが分かった。だから、最初はとりあげるのはやめにしようと思っていた。

だが前回、同じように「心に引っかかっていた曲」であるポリスの"King of Pain"を訳し終えてみたことで、この曲もやっぱり「心の中にしまっておく」ようなことをするよりは「怒りを込めて打ち捨てる」ためにも、フリッパーズ・ギターが絡んだ恥ずかしい記憶まで含めてあえてここで取りあげた方がいいのではないかという風に、気持ちが変わった。吐き出してしまわないと、青春に決着はつけられないのである。私にとってはそのためのブログなのだ。

Indianというのは言うまでもなくアメリカ先住民の人たちに対する白人の側からの蔑称であり差別語だが、この曲におけるその言葉の使い方の許しがたさは、"King of Pain"の場合と同じように、生きた人間であるその人たちのことを、ある種のイメージを喚起するための「メタファー」として「小道具」として「使って」いる点にあると私は感じる。ここでもやはり人間に対する「モノ扱い」が行われているわけであり、その感覚は他者をいじめの対象にすることに快楽を見出していた小山田圭吾の感性にも、つながっているものだと思う。だから彼はこの曲から「インスピレーションを受けとる」ことができたのだ。

その「イメージの世界」に溺れていた私自身も、差別の世界に溺れていたにすぎなかったのだと、今では反省を込めて思う。そんな歌の「思い出」を後生大事に守り続けていた私は、大切にすべきものを間違えていたに違いない。

「うたを翻訳すること」は、場合によってはその歌の「正体を暴き出す」ことでもある。「謎の部分」を残している限り、自分はどこかでこの歌に惹かれ続けてしまうであろうということが私には分かっている。ここに掲載するのは、それを断ち切るための翻訳である。そして翻訳する以上は、完璧なものに仕上げなければならないと思う。さもなければ後からこの歌に「好意的な解釈」を与えようとする人間が現れることを、阻止する力にならないからである。

以下はそのための翻訳である。そして私はこの歌を二度と聞かない。


Broken Arrow , Buffalo Springfield , 1967 Vinyl

Broken Arrow

(Oh, hello Mr. Soul,
I dropped by to pick up a reason
For the thought that
I caught that my head is the event of the season)

(やあ、ミスター・ソウル
立ち寄らせてもらったのは他でもない
おれの頭はあの季節の出来事に
絡めとられてしまったんじゃないかって
そんな気がしてならないんだけと
それはどうしてだか確かめたいと思ってだな…)

※冒頭のこの部分はバッファロー・スプリングフィールドの”Mr.Soul”という別の曲のライブ演奏です。


The lights turned on and the curtain fell down
And when it was over, it felt like a dream
They stood at the stage door and begged for a scream
The agents had paid for the black limousine
That waited outside in the rain
Did you see them, did you see them?

ライトが消えてカーテンが降りてきた
終わってみると夢を見ていたような気がした
あの子らはステージドアのところで立っていて
まだ歓声をあげたがってるようだった
表では雨の中で黒塗りのリムジンが待っていた
業者が手配してくれてたんだ
あの子らを見たかい あの子らを見たかい


Did you see them in the river?
They were there to wave to you
Could you tell that the empty-quivered
Brown-skinned Indian on the banks
That were crowded and narrow
Held a broken arrow?

あの子らが川の中にいたのを見たかい
みんなきみに手を振るためにそこにいたんだ
混み合った狭い岸辺に
矢筒を空にした茶色い肌のIndianがいて
戦争を終わらせる印の
折れた矢を掲げていたのがわかったかい



Eighteen years of American dream
He saw that his brother had sworn on the wall
He hung up his eyelids and ran down the hall
His mother had told him a trip was a fall
And don't mention babies at all
Did you see him, did you see him?

アメリカンドリームの18年間
かれは自分の兄が壁に誓いをたてるのを見た
かれは目を見開いてホールに駆け降りた
母親はかれに「トリップ」は破滅だと教えていた
赤ん坊のことについては何も教えなかった
かれを見たかい かれを見たかい



Did you see him in the river?
He was there to wave to you
Could you tell that the empty-quivered
Brown-skinned Indian on the banks
That were crowded and narrow
Held a broken arrow?

かれが川の中にいたのを見たかい
きみに手を振るためにそこにいたんだ
混み合った狭い岸辺に
矢筒を空にした茶色い肌のIndianがいて
戦争を終わらせる印の
折れた矢を掲げていたのがわかったかい



The streets were lined for the wedding parade
The queen wore the white gloves, the county of song
The black-covered caisson her horses had drawn
Protected her king from the sun rays of dawn
They married for peace and were gone
Did you see them, did you see them?

結婚式のパレードのために
通りには線が引かれていた
女王は白い手袋をつけていた
そこは歌の街
女王の馬は黒いカバーのついた箱を曳いていた
彼女の王様を夜明けの日光から守ってあげるため
2人は平和のために結婚し そしていなくなった
2人を見たかい 2人を見たかい



Did you see them in the river?
They were there to wave to you
Could you tell that the empty-quivered
Brown-skinned Indian on the banks
That were crowded and narrow
Held a broken arrow?

2人が川の中にいたのを見たかい
きみに手を振るためにそこにいたんだ
混み合った狭い岸辺に
矢筒を空にした茶色い肌のIndianがいて
戦争を終わらせる印の
折れた矢を掲げていたのがわかったかい

=翻訳をめぐって=

  • 第1連: バックステージ(楽屋の入り口)に立っていたtheyニール・ヤングたちの「ファン」だとしか考えられないので、「あの子ら」と訳した。begged for a screamは普通に読むとニールヤングたちに「叫ぶことを求めている」意味にとれるが、それだと不自然なので、ファンの子らが「叫びたがっている」のだろうと解釈した。ただし、そういう解釈が可能なのかどうかについての確証はない。
  • リフレイン: Indianは単数である。しかしbanksは複数なので、普通に解釈すると「両岸」という意味になる。両岸が"crowded and narrow=せまくてひしめきあっていた" というのは、地形がそうなっていたという意味と、両岸に「大勢の人が」ひしめき合っていたという意味との、2通りの解釈が考えられる。大勢の人の中に「1人だけ」折れた矢を持ったアメリカ先住民が立っていたのだろうというのが、私の中に浮かんだ風景である。ただし確証はない。
  • 「折れた矢」は、アメリカ先住民の間では戦争を終わらせることを示す表象だったのだという。侵略者である白人との戦いに際しても、講和の印として折れた矢を持ってきた先住民の姿が多く白人側の記録に残っている。しかし先住民が白人との間に交わした「講和の約束」は、ことごとく破棄されている。
  • 第2連: 「壁に向かって誓いを立てる」ことにどんな意味があるのかは分からない。歌詞の中のheにもそれは分かっていないようなので、たぶんbrotherは彼より年上=兄である。
  • tripという言葉は、薬物に手を出すことと、女友達と旅行に行って子どもができるような事態になることのダブルミーニングであるという解釈がアメリカのサイトでは多く見られた。また母親が「赤ん坊の話はしなかった」というのは、セックスの話がタブーだった時代性とその閉塞性を示している歌詞でもあると、アメリカ人には聞こえているらしい。
  • 第3連: アメリカ人はほとんど誰もがこの歌詞に、J・F・ケネディが暗殺された時の場面を連想するそうである。

以上。

ではまたいずれ。