華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Coyote もしくは自由な自由なフリーウェイの囚人の恋人 (1976. Joni Mitchell)

平沢進
「まあ おおむね こんなもん
 さて あれから数え百万年
 相変わらずの日照りだが
 君は進化の度合い 二歩と半分
 もっとかしこく 逃げていただく」
ケラリーノ・サンドロヴィッチ
「ハイ!」

ー「コヨーテ」P-model.1987.


Joni Mitchell - Coyote (The Last Waltz)

Coyote

No regrets Coyote
We just come from such different sets of circumstance
I'm up all night in the studios
And you're up early on your ranch
You'll be brushing out a brood mare's tail
While the sun is ascending
And I'll just be getting home with my reel to reel
There's no comprehending
Just how close to the bone and the skin and the eyes
And the lips you can get
And still feel so alone
And still feel related
Like stations in some relay
You're not a hit and run driver no no
Racing away
You just picked up a hitcher
A prisoner of the white lines on the freeway

後悔することはない。コヨーテ。
私たちはあまりに違う環境の中にいた。
ただそれだけ。
私はスタジオで徹夜する日々。
あなたは牧場で朝早く起きて
太陽が昇る頃には
繁殖用のメス馬の尻尾に
ブラシをかけてやってるんだろうね。
私は多分その時分は
オープンリールのテープを抱えて
家に帰るところだ。
私たちはわかりあってなんかいない。
どれだけ骨と肌と瞳を寄せあっても
私の唇はあなたのものになっていても。
すごく孤独にも感じるし
結びついているようにも感じる。
乗り継ぎか何かで
降りた駅みたいな感じなのかな。
あなたは全力疾走するひき逃げドライバー?
なわけはないか。
あなたはただヒッチハイカーを拾っただけ。
鉄格子みたいに見える
フリーウェイの白い車線の
囚人だった私のことを。



We saw a farmhouse burning down
In the middle of nowhere
In the middle of the night
And we rolled right past that tragedy
Till we turned into some road house lights
Where a local band was playing
Locals were up kicking and shaking on the floor
And the next thing I know
That coyote's at my door
He pins me in a corner and he won't take no
He drags me out on the dance floor
And we're dancing close and slow
Now he's got a woman at home
He's got another woman down the hall
He seems to want me anyway
Why'd you have to get so drunk
And lead me on that way
You just picked up a hitcher
A prisoner of the white lines on the freeway

農家の家が焼けおちるのを私たちは見た。
どこでもない場所の真ん中で
時間も夜の真ん中だった。
私たちはその悲劇を軽やかにやりすごした。
町の灯りが見える道に入ったらもう
そこで演奏してる
地元のバンドのことしか考えていなかった。
地元の人たちはフロアの上で踊ったり飛び跳ねたり。
そして私が気付いた時には
犬の姿をしたあのコヨーテが
私の入り口のところにいた。
そいつは私を隅っこに釘づけにして
断っても聞く耳もたず
私をダンスフロアに引っ張りだした。
そして私たちはぴったりくっついてゆっくり踊った。
そいつには家に女の人がいたわけだけど
別の女の人をそこに連れてきてもいたわけで
いずれにせよ
そいつは私のことを
欲しがってるように見えたわけだ。
どうしてあなたはあのとき
あんなに酔っぱらって
私のことを
連れ出さなきゃならなかったんだろうね。
ははは。
あなたはただヒッチハイカーを拾っただけ。
鉄格子みたいに見える
フリーウェイの白い車線の
囚人だった私のことを。



I looked a coyote right in the face
On the road to Baljennie near my old home town
He went running thru the whisker wheat
Chasing some prize down
And a hawk was playing with him
Coyote was jumping straight up and making passes
He had those same eyes just like yours
Under your dark glasses
Privately probing the public rooms
And peeking thru keyholes in numbered doors
Where the players lick their wounds
And take their temporary lovers
And their pills and powders to get them thru this passion play
No regrets Coyote
I'll just get off up aways
You just picked up a hitcher
A prisoner of the white lines on the freeway

1匹のコヨーテ。
私はその顔をまじまじと見つめた。
私が生まれたバルジェニーの街へ
向かう途中の道で。
そいつは麦の穂の間を走りぬけ
獲物を追いかけていた。
1匹のタカがそいつとふざけあっていた。
コヨーテはまっすぐに跳びあがって
タカにちょっかいを出していた。
あいつの目
あなたみたいだったよ。
濃いサングラスの下のあなたの目。
パブリックルームをプライベートに探索するのだ。
そしてナンバーが振られたドアの鍵穴から
覗き見するのだ。
中の人たちが傷をなめあってるところを。
一夜の愛人としてお互いを迎え入れるところを。
そしてかれらが情熱をかきたてるための
錠剤とパウダーを。
コヨーテ。後悔はしないこと。
私はこのあたりで
遠いところへ行くよ。
あなたはただヒッチハイカーを拾っただけ。
鉄格子みたいに見える
フリーウェイの白い車線の
囚人だった私のことを。



Coyote's in the coffee shop
He's staring a hole in his scrambled eggs
He picks up my scent on his fingers
While he's watching the waitresses' legs
He's too far from the Bay of Fundy
From appaloosas and eagles and tides
And the air conditioned cubicles
And the carbon ribbon rides
Are spelling it out so clear
Either he's going to have to stand and fight
Or take off out of here
I tried to run away myself
To run away and wrestle with my ego
And with this flame
You put here in this Eskimo
In this hitcher
In this prisoner
Of the fine white lines
Of the white lines on the free free way

コヨーテはコーヒーショップの中。
スクランブルエッグの間にあいた穴を見つめてる。
ウェイトレスの脚を眺めながら
自分の指に残った私の匂いに気づくのだ。
東海岸のファンディ湾から
彼氏はあまりに離れたところにいる。
アパルーサ種の馬や野生の鷲や海嘯からも
エアコンの効いた仕事場からも。
インクリボン付きのタイプライターは
そのことをハッキリと物語っている。
彼氏が立ちあがって戦わなければならないにせよ
あるいは自分から離れて行くにせよ
私は逃げようとしたのだ。
逃げて自分のエゴと戦おうとしたのだ。
そしてこの恋の炎をもみ消そうとした。
あなたはこのEskimoをここに連れてきた。
このヒッチハイカーを。
この囚人を。
鉄格子みたいに見えるくっきりした白い車線の
自由な自由な
フリーウェイの囚人を。

=翻訳をめぐって=

  • ラストワルツで歌われている曲の中では一番難解な歌だという印象が強くあったので、意味を理解することはずっとあきらめていた。今回訳してみて、こういう曲だったのかということを初めて知った。コヨーテというのは動物じゃなくて男性の名前もしくはあだ名だったのね。しかし動物のコヨーテらしいのも歌の中には出てきて、それがどうやら頭文字を大文字にするか小文字にするかで区別されているらしい。音はもちろん同じだから聞き手は混乱するはずだけど、それがむしろ心地いいのかしら。それにつけても、存外にこの歌が都会的な歌だったのだということに、驚いている。
  • You'll be brushing out a brood mare's tail: brood mere(繁殖用のメス馬)ってひょっとしてコヨーテの結婚相手のことを言ってるのではないかというとんでもない考えが頭をかすめてしまいぶるぶる憶測でそんなこと考えるもんじゃないと即座に打ち消したのだけどこおゆう考えっていったん浮かんでしまうとなかなか消せないものである。
  • hit and run driver は辞書通りに「ひき逃げドライバー」と訳したけれど歌詞の内容的には「やり逃げドライバー」と訳した方がむしろ正確なのではないかという考えが浮かんだがこれもまたぶるぶるぶると打ち消した。race awayという言葉は辞書に載ってなかったけれど、raceには「競争する」の他に「全力疾走する」の意味もあるので、run awayの全力版なのだと思う。
  • We saw a farmhouse burning downこれってコヨーテがお嫁さんと田舎で築いてた幸せな生活が瓦解していったさまの血も涙もない比喩表現なのではないかといった考えがまたしても頭をかすめたが、ジョニ・ミッチェルさんってつくづく恐ろしい人だと思う。こちらがそんな勘繰り方をしても「いやだね。恐いのはあんたの頭の中でしょ?」とかわされてしまうのが目に見えているからだ。つまり、人に深読みをさせといて本人は責任をとらなくてもいいような歌詞の作りに、あらかじめなっているのである。うーむ。どこまでが計算されているのだろう。
  • ははは: 笑ってるんだもん。彼女。この部分で。
  • バルジェニーの街: グーグルマップで調べたらカナダのサスカチュワン州の真ん中にあった。すごく、田舎そうなとこだった。
  • public roomsホテルのラウンジなどの公共空間のこと。ここから歌の風景が大草原の小さな家から都会の高級ホテルへと劇的に切り替わる。
  • He picks up my scent on his fingersななな何というえろい歌詞なのだろう(もはや「翻訳をめぐって」ではなくただの感想になっている)
  • carbon ribbon ridesインクリボンと訳したけど、電気屋でワープロ用のインクリボンが売ってたことを覚えている世代はもはや時代の主流ではないのだろうな。ここでrideという動詞が使われている理由は謎で、海外のサイトで私と同じように何かの比喩表現なのだろうかと質問しているスペイン人の人がいたが、回答が全部スペイン語だったので結局わからなかった。
  • いちばん終わりの方でEskimoという言葉が使われていたことにだけ、がっかりさせられた。Eskimoという言葉はある時は「蔑称」であるとしてメディアから追放されたり、またある時にはアラスカ-シベリアの先住民の人たち自身が「蔑称ではない。われわれの存在をメディアから抹殺しようとする試みは許せない」と声明を発したりしてきた歴史を持っており、いちがいに部外者が「蔑称であるかどうか」を判断できるような言葉ではない。しかしどういう文脈でこの言葉を使っているかによって、意味は変わってくる。ジョニ・ミッチェルという人が北方先住民の人たちのことを「自分より劣った存在」であるかのように見下していたことは明らかで、だからこそ自分を卑下する時の比喩表現として、そういう言葉を選択しているのである。この一語があるために、今日はじめてその意味を知った歌ではあるけれど、私が口ずさむことはもうありえない。
  • A prisoner of the white lines on the freeway: 「センターラインの囚人」と訳しているサイトもあったが、アメリカのフリーウェイというのは何車線もある広大な道路である。そこに(1本ではなく)何本も描かれた白線が、監獄の鉄格子のように思えたのだろうと私は考えた。それにつけてもこの歌の翻訳は、つくづく意訳だらけになってしまった。

ではまたいずれ。