華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

It Makes No Difference もしくは同じことさというのと何も変わらないさというのは同じではないと思う (1975. The Band)

歌詞対訳のブログもかれこれ60回を越えているわけだけど、それ以前に英語の歌を聞き続けて20年以上にもなるわけなのだけど、「耳で聞いただけで歌の意味がわかる」ようには、いまだになれない。10代の頃には、いっしょうけんめい勉強すれば、ラップだろうが何だろうが聞いただけで意味が分かるようになる日が、いつかは自分にも訪れるのではないかと夢想していたものだった。でも、20年たってやはりムリだということは、たぶん死ぬまでムリなのだろうなと、このごろでは思っている。自分の場合はである。他の人のことは知らない。

「外国の音楽ステキだ/ 歌詞カード見るのは邪道さ」とあの頃ユニコーンは歌っていた。それは本当に正しいと思うし自分でも邪道だと思うのだけれど、その気持ちとは裏腹に、私にはどうしても歌詞カードというものが必要なのである。文字になった歌詞を読んで、さらに和訳を読むか自分で翻訳するかしてイメージを作った上でないと、歌の言葉が言葉として耳に入ってこない。何百回聞いても、単なる「音」にしか聞こえないのである。せめて「声」と書きたかったがやっぱり「音」だ。そこに意味を見つけることができないのだから。このことは私が日本語でものを考える習慣を持ち続けている限り、おそらく一生私について回ることなのだと思う。

けれども「ところどころ」わかる時というのは、ある。ひとつの英語のフレーズが英語のまま耳に入ってきて、それだけで鮮烈な歌の風景が浮かびあがってくる時というのも、まれにだがある。それがまた丸っきり勘違いだったりする場合があるから私の感受性というものは全然アテにならないのだけど、そういう時はすごくうれしいし、そういう歌はたいてい自分にとって、忘れられない歌になる。

私にとって一番古いそうした経験が、この "It makes no difference" の冒頭の歌詞だった。中学生だった私にも、まるでリック・ダンコから直接話しかけられたように、「何も変わりはしない」とこの人は言ってるんだ、ということが自然に頭に入ってきた。それだけで私はこの歌を「全部」分かったような気持ちがした。そしてこの歌が大好きになった。

ところがである。

この歌は私が自分で買った2枚目の洋楽のCDであるザ・バンドのベスト盤に入っていたのだったが、ジャケットに書かれていた曲のタイトルに改めて目を通すと、そこには「同じことさ!」という邦題がつけられていた。

「何も変わりはしない」と「同じことさ!」では、ちっとも同じではないだろうと私は思った。しかも「同じことさ!」の「!」は一体、何なのだ。何でそんな風に、ビシッと決めてスカッとしてる感じを出さなければならないのだ。それともこの歌から「ビシッと決めてスカッとしてる感じ」を受け取れなかった自分の方が、間違っているということなのだろうか?いずれにしても「同じことさ!」という邦題は、自分がこの歌から最初に受け取ったイメージとは丸っきり相容れないものだった。

「同じことさ!」というのは、すでにあきらめてタッカンしている人が言う言葉だと思う。これに対し「何も変わらないさ」というのは、同じあきらめの言葉であるように見えても、少なくとも変えたいもしくは変わってほしいという希望をいまだに持ち続けている人間の言葉である。決して同じではない。希望と言うとカッコよく言いすぎかもしれないし、どっちかと言えば「往生際が悪い」とかの方が適切な表現なのかもしれないけど、何にせよリック・ダンコの歌い方は絶対に「あきらめた人」の歌い方だとは思えなかった。「あきらめきれなくてそれが苦しい」からこそ、この人は歌ってるのだと私は思った。だから「同じことさ!」というのは誤訳なのではないかと、オトナになった今の言葉で表現するなら、その時の私は感じたのだ。

とはいえ辞書に載っていた "It makes no difference" の訳語はやはり「同じこと」「どうでもいい」という言葉だったし、ほどなく手にした受験用の参考書に書いてあったのもそれと同じだった。「何も変わらない」という直訳に近い理解をしていた自分の方が「正しい」と言い切れる勇気は、その時にはなかった。しかし20年たってもやっぱり、「同じことさ!」を正しい邦題だとは思えない。むしろその気持ちは強くなるばかりである。

だからせめて自分のブログであるこの場では、「何も変わらない」で訳すことにしたい。

私自身がビシッと決めてスカッとするためのこだわりに、すぎないと言えばすぎないのかもしれないけどね。


The Band, It makes no difference

It Makes No Difference

It makes no difference where I turn
I can't get over you and the flame still burns
It makes no difference, night or day
The shadow never seems to fade away

何も変わりはしない。
どこへ行こうと。
きみをあきらめることはできないし
恋の炎は燃え続けている。
何も変わりはしない。
夜になろうと昼になろうと
影はいつまでも消えそうにない。



And the sun don't shine anymore
And the rains fall down on my door

そして太陽は輝かない。
もう二度と。
そして雨が降りそそぐ。
ぼくのドアに。



Now there's no love
As true as the love
That dies untold
But the clouds never hung so low before

告白されないまま死んでしまう愛ほど
真実の愛はないはずだ。
雲がこんなに
重く垂れ下がっていたことなんて
今まで一度もなかったけれど。



It makes no difference how far I go
Like a scar, the hurt will always show
And it makes no difference who I meet
They're just a face in the crowd on a dead-end street

何も変わりはしない。
どれだけ遠くに行っても
生傷みたいに顔をのぞかせる苦しみを
隠すことなんてできない。
何も変わりはしない。
この先だれに会おうと
ぼくの目には行き止まりの大通りの
群衆の中のひとりの顔にしか
見えやしない。



And the sun don't shine anymore
And the rains fall down on my door

そして太陽は輝かない。
もう二度と。
そして雨が降りそそぐ。
ぼくのドアに。



These old love letters
Well, I just can't keep
Just like the gambler says:
"Read 'em and weep"
And the dawn don't rescue me no more

古いラブレターの束。
もうとっておくことはできない。
ポーカーで
ギャンブラーに言われるのとおんなじだ。
「これを見て泣け」って。
夜明けはもう
ぼくを救ってくれない。
もう二度と。



Without your love, I'm nothing at all
Like an empty hall, it's a lonely fall
Since you've gone it's a losing battle
Stampeding cattle, they rattle the walls

きみの愛がなければ
ぼくには何もない。
空っぽの大広間とおんなじだ。
ひとりで落ちて行くんだ。
きみが行ってしまってからは
負けいくさとおんなじだ。
家畜の群れの大脱走みたいだ。
壁が地響きでぐらぐらしている。



And the sun don't shine anymore
And the rains fall down on my door

そして太陽は輝かない。
もう二度と。
そして雨が降りそそぐ。
ぼくのドアに。



Well, I love you so much
That it's all I can do
Just to keep myself from telling you
That I never felt so alone before

大好きなんだよ。
だからぼくにできることは
言わずにがまんすることだけ。
こんなに孤独な気持ちになったのは
生まれて初めてだっていうことを。

=翻訳をめぐって=

  • I can't get over you: get over には「あきらめる」と「乗り越える/克服する」という両方の意味があるそうで、どっちにするかかなり迷ったが、「あきらめる」にした。「克服する」と言うと、どうしても相手を悪者扱いするニュアンスが生まれると思う。英語ではそれが同じ意味になるのかもしれないが、やはり「同じことさ!」とは思えない。
  • But the clouds never hung so low before: 何でこの文がButで始まるのかは、いまいち理解できなかった。
  • "Read 'em and weep"私が最初に買ったCDではこの部分が"Greater men weep"となっていて、「強い男でも泣くものだ」とかそういう意味だと思っていたのだけれど、誤植だったのだな。"Read 'em and weep" は、ポーカーをやる時に勝ちを確信した人間が使う決め台詞なのだそうで、ロイヤルストレートフラッシュか何かのカードをズラッと並べて「これを見て泣け!」と言う感じで使うらしい。わかりにくいぜミスターロビロバ。
  • it's a lonely fall: fallという言葉の訳し方が難しいと感じるのは、初めてではない。このブログを始めてからだけでも、何回かある。日本語と違う感覚で使っているからなのだと思う。「孤独の無限落下」みたいな訳語が一瞬頭をかすめたが、そういう言葉遊びができるのはそれなりに心に余裕のある人間だけだと思う。この歌には、ふさわしくない。
  • Stampeding cattle, they rattle the walls: battleという言葉と何とかして韻を踏みたかったのだと思うけど、突然こんなイメージをポンと提示されても、それまでの文脈にどうつなげばいいのか困ってしまう。stampedeというのは「動物の群れが一斉に一方向に向けて走り出すこと」を示す動詞だそうで、画像検索するとなかなかに迫力のある写真が出てきた。


It Makes No Difference

It Makes No Difference

…なぜタイマーズなのかというと、この歌は「何も変わらないさ」という歌だからである。「同じことさ」では歌として成立しないことをみなさんの耳で確認していただければと思います。ではまたいずれ。