華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Acadian Driftwood もしくはエバーラスティングサマーはイルコンテンツ (1975. The Band)


1755年、アカディアの住民たちがイギリスによって強制的に故郷を追われた"Great Expulsion (大追放 )" の様子を描いた絵画。

この曲がラストワルツのコンサートで、しかもカナダ人であるニール・ヤングジョニ・ミッチェルをステージに迎えて演奏されていたという事実を、私は長いあいだ知らなかった。確か2001年のことだったと思うけど、外で夕食を食べていた時に偶然流れていたアルフィーの坂崎さんのラジオでその演奏を初めて聞き、思わず立ちあがった記憶がある。その演奏は翌年の2002年に発売されたラストワルツの「完全版」に収録され、世に出ることになったとのことだったが、当時いろいろあって音楽から遠ざかっていた私は、そのCDを手にとることがなかった。ネットを通じてようやく「ちゃんと」聞いたのは、2010年代に入ってからのことである。

最近になってyoutube上には「完全版」におさめられた音声のみならず、その時の映像までが公開されている。"Down South in New Orleans" の時に貼りつけたのと同じ、隠し撮りみたいなやつである。音のひどさに泣けてくるし、また当時薬物の影響で相当に体調を崩していたというリチャード・マニュエルの苦しげな声の出し方も、聞いていてつらい気持ちになる。しかし75年に発売された「南十字星」に収録されているオリジナルの音源を直接ここで紹介することができない以上、貼りつけるなら歴史にかんがみて、やはりこの映像以外にありえないのだと思う。

この歌に歌われているのがどんなことだったのかということも、「オールド・ディキシー・ダウン」の歌詞と同様、10代の私にとっては完全に謎に包まれていた。CDに入っていた間違いだらけの日本語訳は、この歌をさらに解読不能のものにしていた。今回の翻訳は、ザ・バンドの公式HPに収録されているピーター・ヴィーニーという人の、この歌に関する詳細な解説を参考にしている。私にとってこの歌の翻訳作業は、実に20年越しの「宿題」だった。


The Band - Acadian Driftwood - 11/25/1976 - Winterland (Official)

Acadian Driftwood

The war was over
And the spirit was broken
The hills were smokin'
As the men withdrew
We stood on the cliffs,
Oh and watched the ships,
Slowly sinking to their rendezvous

戦争が終わり
心を支えていたものは
打ち砕かれた。
人影の消えた丘は
煙でくすぶっていた。
われわれは崖の上に立ち
船を眺めていた。
また会えるはずの場所に向かって
消えてゆくのを。



They signed a treaty
And our homes were taken
Loved-ones forsaken,
They didn't give a damn.
Try to raise a family
End up an enemy
Over what went down on the Plains of Abraham.

かれらが条約に署名し
われわれの故郷は奪われた。
愛しあった者たちは
見捨てられたが
相手のことを呪ったりはしなかった。
おれは家族を養おうとしただけだ。
そのことが
エイブラハム平原の戦いの後では
敵とみなされる理由になった。



Acadian driftwood,
Gypsy tailwind
They call my home,
The land of snow
Canadian cold front,
Movin' in
What a way to ride,
Oh what a way to go

アカディアの流木。
さすらう人々を
追い立てる風。
人はおれの故郷を
雪のくにと呼ぶ。
カナダの寒冷前線
南にせまってくる。
なんという道のりだろう。
ああ なんという道を
行かなくちゃならないのだろう。



Then some returned,
To the motherland
The high command,
Had them cast away
Some stayed on,
To finish what they started
They never parted,
They're just built that way

いくらかのひとびとは
母なる土地に戻ろうとした。
軍の最高司令部は
その人たちを打ち捨てた。
いくらかのひとびとはとどまって
自分たちの始めたことを
やりぬこうとした。
かれらは決して
バラバラにはならなかった。
そういう風に育てられているのだ。



We had kin livin',
South of the border
They're a little older,
And they've been around
They wrote in a letter
Life is a whole lot better
So pull up your stakes, children,
And come on down

われわれの身寄りが
国境の南に住んでいた。
かれらは何才か年上で
世慣れていた。
かれらからの手紙には
こう書かれていた。
ここの暮らしはずっといい。
だから先祖の土地に刺さった杭なんて
引き抜いてしまえ。
子どもらの手を引っぱって
南にやってくるといい。



Acadian driftwood,
Gypsy tailwind
They call my home,
The land of snow
Canadian cold front,
Movin' in
What a way to ride,
Oh what a way to go

アカディアの流木。
さすらう人々を
追い立てる風。
人はおれのふるさとを
雪のくにと呼ぶ。
カナダの寒冷前線
南にせまってくる。
なんという道のりだろう。
ああ なんという道を
行かなくちゃならないのだろう。



Fifty under zero
when the day became a threat
My clothes were wet
And I was drenched to the bone
Been out ice fishin', mmm,
Too much repetition
Make a man want to leave
The only home he's known

零下15度になると
毎日は恐怖になる。
おれの服は濡れていて
骨までぐしょぐしょだった。
氷に穴を開けて魚を追いかける日々
その繰り返しは大の男をさえ
たったひとつのふるさとを
離れたい気持ちにさせてしまう。



Sailed out of the Gulf,
Headed for St. Pierre
Nothing to declare,
All we had was gone
Broke down along the coast
But what hurt the most
When the people there said
"You better keep movin' on"

セントローレンス湾を抜けて
サン・ピエール島に向かった。
何も言うべきことはなかった。
われわれが持っていたものは
すべて失われてしまったから。
立ち寄った岸ごとに
がっくり来るようなことがあったけど
何より辛かったのは
その土地の人から
「ここには長居しないでくれ」と
言われることだった。



Acadian driftwood,
Gypsy tailwind
They call my home,
The land of snow
Canadian cold front,
Movin' in
What a way to ride,
Oh what a way to go

アカディアの流木。
さすらう人々を
追い立てる風。
人はおれのふるさとを
雪のくにと呼ぶ。
カナダの寒冷前線
南にせまってくる。
なんという道のりだろう。
ああ なんという道を
行かなくちゃならないのだろう。



Everlastin' summer
Filled with ill-content
This government
Had us walkin' in chains
This isn't my turf
This isn't my season
Can't think of one good reason
To remain oh

永遠の夏は
悪いもので満たされていた。
権力者たちはわれわれを
鎖につないで歩かせた。
ここはおれの場所じゃない。
これはおれの季節じゃない。
ここにとどまるべき理由は
ひとつだって思いつかない。



We worked in the sugar fields
Up from New Orleans
It was ever-green
Up until the flood
You could call it an omen
Point ya where ya goin'
Set my compass North
I got winter in my blood

われわれはニューオリンズの近くの
サトウキビ畑で働いた。
そこは緑に包まれていた。
洪水が来るまでは。
それが自分の向かうべき場所を示す
予兆だったのかもしれない。
おれはコンパスを北に合わせた。
おれは血管の中に冬を飼ってるんだ。



Acadian driftwood,
Gypsy tailwind
They call my home,
The land of snow
Canadian cold front,
Movin' in
What a way to ride,
Oh what a way to go

アカディアの流木。
さすらう人々を
追い立てる風。
人はおれのふるさとを
雪のくにと呼ぶ。
カナダの寒冷前線
南にせまってくる。
なんという道のりだろう。
ああ なんという道を
行かなくちゃならないのだろう。



Sais tu, Acadie j'ai le mal do pays
Ta neige, Acadie, fait des larmes au soleil
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo

(フランス語)
アカディアよ。
おれはふるさとを探しているんだ。
アカディアよ。おまえの雪が
太陽の中で涙に変わる。
おれは行く。アカディアよ。
ティダ ルン ティダ ルン ティダ ルー
おれは行く。アカディアよ。
ティダ ルン ティダ ルン ティダ ルー…

=翻訳をめぐって=


上図右上にオレンジの線で囲まれている場所が、北米大陸の古地名である「アカディア」の位置。左はその拡大図である。Wikipediaによればその「地理的範囲は明確ではなく、広義にはカナダ大西洋沿岸諸州(ノバスコシア州ニューブランズウィック州プリンスエドワードアイランド州ケベック州東部、アメリカのフィラデルフィアあたりまでを含む場合もある。フランス政府によると、大西洋岸北緯40度から46度の地域を指すとされた。その後この地域はアメリカとカナダに分けられた」とある。この地にフランスからの入植者が最初に住みついたのは1604年、関ヶ原の戦いの4年後だった。

アカディアという地名は、ミクマク族と呼ばれる先住民の人たちの言葉で「場所」を意味する「アカティ」から来ているという説もあれば、歴史的にヨーロッパで「理想郷」の代名詞とされてきたギリシャ語の「アルカディア」が由来であるという説もある。キャプテン・ハーロックの船の名前にもなっていた、あのアルカディアである。語源がどうであれ、言葉というものは人々の暮らしの中でその意味が形づくられてゆく。その土地に生まれその土地で死んでいった人たちの心の中で、アカディ(フランス語読み )という響きは常に「自分の故郷」を意味していたに違いない。

最初の入植者が住みついて100年も経てば、アカディアの人々のあいだには「フランスという国家」への帰属意識も、かなり希薄になっていたのではないかと思う。近代化された戦争に勝つという大目的のために、日本を含めた世界中の子どもたちが学校で「愛国心」を叩き込まれ、国民国家というものが名実ともに形成されてゆくのは、19世紀以降のことである。ヨーロッパでは戦争が続いており、アカディアは1713年のユトレヒト条約によってフランスからイギリスに「割譲」されたが、当のアカディアの人たちにとっては、「税金をおさめる相手が変わった」というぐらいの感覚でしかなかったのではないだろうか。ヨーロッパにおけるイギリスとフランスの戦争は、あたかも日本とアメリカの戦争が太平洋の島々の人の命を踏みにじりながら行われたのと同じく、北米大陸を舞台としても繰り広げられていたが、その中でアカディアの住民たちは「中立を保っていた」という記録が歴史にはある。

しかしアカディアの人々は、イギリスに対して「忠誠を誓うこと」を拒否した。自分たちが戦争に駆り出され、北米大陸の他地域で、同胞であるフランス系の住民を殺す側に回ることを拒否したからである。このことが、大英帝国には気に入らなかった。1755年、北米大陸における英仏の軍事衝突がヨーロッパに波及し、全土を巻き込んだ「七年戦争」が開始されると、イギリス政府はアカディアの住民たちを丸ごと「フランスのスパイ」であると見なし、その住居を焼き、所有地を没収し、フランス本国または英国植民地に強制的に移送するという暴挙をおこなった。このとき追放されたアカディア人の数は、1万4千人の総人口のうち1万1千人にのぼったとされている。

北米大陸における英仏間の戦闘(「フレンチ・インディアン戦争」という先住民への侮蔑を込めた呼称が、アメリカや日本の教科書ではいまだに使われている )は、1759年の「エイブラハム平原の戦い」を転換点にフランスの敗北が決定的になり、1763年のパリ条約で、フランスは北米大陸のすべての植民地を失うことになった。(ニューオリンズを含むルイジアナ植民地は、このとき一時的にスペインに「割譲」されている )。追放されたアカディアの人々にはこの時になってようやく「帰還」が認められたが、いろいろな理由で帰還せず、あるいはできず、移住した先に定住することを選んだ人々も多くいた。この人たちが主としてルイジアナ州で築きあげたのが「ケイジャン」と呼ばれる生活文化であることは、前回ふれた通りである。その後イギリス植民地の人々が「本国」からの独立をかちとってアメリカ合州国を建設するのは、13年後の1776年。またフランスに革命が起こって王政が打倒されるのは、26年後の1889年のことだった。

1847年、アメリカの詩人ヘンリー・ワーズワースロングフェローは、前世紀におけるアカディア人の追放を題材とした「エヴァンジェリン」という長編叙事詩を発表し、これによって「アカディアの悲劇」は広くアメリカ人の間に知られる歴史となった。(なお、1934年に発表されたこの詩の日本語訳を、このサイトで読むことができる )。"Acadian Driftwood" はこの「エヴァンジェリン」にインスピレーションを受けたザ・バンドのロビー・ロバートソンが、自分の結婚相手であるフランス系カナダ人女性のアドバイスを受けながら書きあげた作品であると言われている。ここからが、ようやく歌の話である。(ちなみに「エヴァンジェリン」はロングフェロー叙事詩の主人公となっているアカディア人女性の名前だが、ロビロバ氏がエミルー・ハリスに捧げた同名曲もまたそれに由来していることは明らかだと思う )

この曲はここまで書いてきたような「アカディア人の故郷喪失」という史実を題材にしているものの、"Acadian Driftwood"に関するWikipediaの記事は、ロビー・ロバートソンが「詩人の特権」を利用して歌詞のあちこちで「歴史をねじ曲げている」ことを指摘している。詳細については後述するが、全体としてこの歌における歴史の描き方は、アカディア人たちの「流浪」が追放によって強制されたものだったという側面が薄められ、むしろイギリスと戦って敗れた一人一人のアカディア人が、自分の意思として選択した生き方だったという形のものになっていると思う。また上に紹介したピーター・ヴィーニー氏は違う意見をとっているものの、私はどうもこの歌の主人公は1人ではなく、それぞれ異なった生き方を選んだ複数のアカディア人が入れ替わり立ち替わり登場しているのではないかという気がする。だからヴァースごとにボーカルが変わるのである。けれどもアカディア人としての境遇は共通しているから、サビのリフレインだけは全員で合唱することが可能になる。ただしこの見方は、今のところ私だけの仮説にすぎない。それが正しいか間違っているかは、この歌を聞く一人一人の皆さんが判断してほしい。

なお上記ザ・バンドの公式サイトには、この歌のことが「カナダの先住民の子孫によって書かれ、1人のアメリカ南部人と、フランス系カナダ人、イギリス系カナダ人によって歌われている歌」であると書かれていたが、前半の2人が誰を指しているかは明らかであるにせよ、他のザ・バンドのメンバーが「何系」のカナダ人であるかについて、あえて私は調べるようなことはしなかった。ロビー・ロバートソンのように、自分のルーツを明らかにして表現活動を行なっている人の場合には、その作品について深く知るためにその事実を取りあげることも、時には必要になるだろう。でもそうでない人に対してまで、「何系」の人間であるかを他人が詮索するようなことは、いいことだとは全く思えない。ただしこの歌について知る上で重要なことは、そのようなさまざまな出自のメンバーによって構成されているザ・バンドの一人一人が、ロニー・ホーキンスとの訣別をへて「流浪のバンド」としての日々を送った歴史を「バンドとして」共有しているという事実である。だからこの歌を演奏する時ザ・バンドの一人一人は、それぞれの形でアカディアの人々に自分自身の姿を重ねていたに違いない。「史実」や「民族性」云々ではなく、この歌の魂になっているのはその部分だと私は思う。

以上のことをこの歌の背景に関する予備知識としたうえで、歌詞の検討に入っていきたい。

The war was over
And the spirit was broken
The hills were smokin'
As the men withdrew
We stood on the cliffs,
Oh and watched the ships,
Slowly sinking to their rendezvous

  • 1番のこのヴァースは、リチャード・マニュエルが歌っている。
  • The war was overアカディア人の追放は上記のように「七年戦争の開戦と同時に」行われているので、「戦争の結果として」故郷が失われたとするようなこの歌詞は、冒頭から史実に即していない。むしろそういうパラレルワールドを舞台にした歌詞なのだと割り切って読んだ方が混乱がなくていいというのが、20年間この歌を聞いてきた私の実感である。
  • And the spirit was broken…「精神は堕落した」などという翻訳を見たことがあるけど、そんな右翼の政治家みたいなことを言ってるとは思えない。もしそういう意味の言葉だとしたら、歌の主人公は「イギリスと戦い続ける意思」を持ち続けていなければならないことになるが、この後の歌詞のどこにもそんな描写はない。私自身は、戦争に敗れて「気が抜けた」ような状態になっているのを描写したのがこの歌詞だと思う。だから、そのように訳した。
  • The hills were smokin' / As the men withdrew…withdrawは「手を引く/立ち去る/撤退する」という意味。この the men がイギリスの軍隊をさすのかアカディアの住民をさすのかはこの歌詞だけではわからない。だから曖昧に訳した。
  • Slowly sinking to their rendezvous…sinkというのは航海用語で「水平線の向こうに消えて見えなくなる」ことをさす言葉なのだという。私は船が沈没したのだとばかり思っていて、20年間その理由を探していた。
  • rendezvousは「待ち合わせ(の場所)、集合(場所)、ランデブー」。故意か偶然かはわからないが、フランス語である。ロングフェローの「エヴァンジェリン」は、追放される時に別々の船に乗せられてそれきり会えなくなった恋人同士の叙事詩であり、おそらくそれがモチーフになっている。「待ち合わせ」の場所はあったかもしれないが、また会えたとは限らない。そういう含みを持たせた歌詞なのだと思う。

They signed a treaty
And our homes were taken
Loved-ones forsaken,
They didn't give a damn.
Try to raise a family
End up an enemy
Over what went down on the Plains of Abraham.

  • ここからボーカルはリヴォン・ヘルムに交代している。
  • They signed a treaty/ And our homes were taken...この「条約」がユトレヒト条約のことなら、アカディア人の追放より40年も前だし、パリ条約のことなら、故郷は「奪われた」のではなく「返還」されている。だからこの部分も「そういう条約によってアカディア人の故郷が取り上げられた」別世界の話として聞くしかない。
  • Loved-ones forsaken,/ They didn't give a damn...翻訳が難しかった箇所。たぶんロングフェローの詩が下敷きになっているのだと思うが、誤訳の可能性もある。
  • Try to raise a family/ End up an enemy…私が昔持っていたCDの歌詞カードでは「おれたちは家族を育てようとして、その結果、敵同士になってしまった」と翻訳されていた。名言かもしれないけど、誤訳である。
  • Over what went down on the Plains of Abraham...「アブラハム平原の戦い」については上記リンクを参照されたし。なお、アカディア人の追放はここでも史実にもとづくなら「戦いの結果」ではなく「戦いの前」に行われたことなので、ここもパラレルワールドの話である。

Acadian driftwood,
Gypsy tailwind
They call my home,
The land of snow
Canadian cold front,
Movin' in
What a way to ride,
Oh what a way to go

  • 全体によるコーラス。以下同じ。
  • Gypsyという言葉について。この言葉はヨーロッパで、定住地を持たずに旅をしながら生活してきた複数の民族の人々に対する呼び名であり、それが転じて「放浪者」「決まった居場所を持たない人」をさす一般名詞となり、そういう「日本語」にもなっている。しかし明らかなのは、「ジプシー」という言葉は歴史的に一貫して「蔑称」として使われてきた言葉だということであり、「ジプシー」と呼ばれてきた人たちは自らのことをそう呼んだことは一度もないという事実である。ただし歌や踊りを人に見せることで生活してきた人たちだから、「ジプシー・キングス」の人たちのように「対外的自称」としてこの言葉を使っているケースはある。使われ方にさまざまな事情はあるにせよ、基本的にその人たちのことをよく知りもしない人間が使っていい言葉ではないと私は思う。ジプシーと呼ばれる人たちと日本人は歴史的に接点を持ってこなかったが、以下のリンクを読むとそういう日本人が一知半解のまま「ジプシー」について何かを語ろうとすることがいかに差別的なことであるかを痛感させられる。だから私はこの歌を長いこと聞き続けてはきたけれど、自分では歌わないと決めている。

http://imadr.net/wordpress/wp-content/uploads/2012/10/R3-7.pdf

  • tailwind…「追い風」という日本語には「自分を後押ししてくれる心強い味方」みたいなイメージがあるが、この歌の「追い風」は多分、ムチを持って後ろから追いかけてくるようなそういう風である。だから、そういう風に訳した。
  • Canadian cold front…カナダの寒冷前線が「近づいてくる」という歌詞だが、さいしょ私は歌の主人公がそれから「逃げようとしている」というイメージで聞いていた。しかしその寒冷前線が主人公のことを「呼んでいる」という風にも読めることに気づいた。両方の意味が通るような読み方をしようとすれば、歌の主人公が複数いるという解釈をするしかない気がする。

Then some returned,
To the motherland
The high command,
Had them cast away
Some stayed on,
To finish what they started
They never parted,
They're just built that way

  • ボーカルは再びリチャード・マニュエルに交代する。このヴァースは、解釈が1つではない気がする。
  • はじめ私はこの部分を「いくらかのひとびとは母国フランスに戻ろうとした」「いくらかのひとびとはアメリカにとどまって自分たちの始めたことをやりぬこうとした」と翻訳した。「フランス」「アメリカ」という言葉を補わないと背景がわかりにくいと思ったからである。
  • だが第一に、史実としてアカディアの人たちにはそういう「選択の自由」はなかった。フランスに送られた人もいるが、「とどまる」ことができたのはイギリス軍の追及を逃れたほんの一握りの人たちだけだった。だからここでもそういう「パラレルワールド」のことが歌われているという解釈が、まず成立する。
  • しかしこのmotherlandは、アカディアそれ自体をさしている可能性もあるのではないかということに気がついた。このヴァースは「既に追放された先の土地で生活を始めた人の視点」で歌われているという解釈である。例えばニューオリンズを例にとるなら、イギリスがアカディア人への追放令を解除した後、多くの人が故郷(motherland)に帰っているが、「いくらかの人はそこにとどまって」ケイジャンのコミュニティを形成している。そんな風に1番の歌詞と2番の歌詞には、全く違う時間が流れている可能性があると思う。「詩」である以上は、ありうることなのだ。
  • The high command, / Had them cast away…この「最高司令部」はイギリスのそれなのかフランスのそれなのか、定かでない。cast awayには「処分する/ 孤立させる/ 置き去りにする/ 島流しにする」などの意味があり、イギリスによって強制的にフランスに送られたことをさす表現だと解釈するのが一番自然に思えるが、そうでない解釈がありうる以上、曖昧に翻訳するしかなかった。

We had kin livin',
South of the border
They're a little older,
And they've been around
They wrote in a letter
Life is a whole lot better
So pull up your stakes, children,
And come on down

  • ここでまたボーカルがリヴォンに変わる。「語り手」が変わったのだと私は感じる。前のヴァースは「ルイジアナ視点」だった可能性があるが、ここは明らかに「アカディア視点」に戻っている。
  • South of the border…多くの海外サイトで突っ込まれているが、当時はアメリカという国もカナダという国もなかったのだから、「国境線」自体が存在していない。だからこれも「パラレルワールド」の話である。
  • pull up stakes…「土地を離れる/ 移住する」という意味の熟語。このpull up がchildrenにもかかっているので、「子どもも引っぱって来い」という意味。だと思う。

Fifty under zero
when the day became a threat
My clothes were wet
And I was drenched to the bone
Been out ice fishin', mmm,
Too much repetition
Make a man want to leave
The only home he's known

  • ここでボーカルが、今まで出てこなかったリック・ダンコに変わる。「第三の語り手」の登場だと私は思う。
  • このヴァースでは「旅に出る理由」が「イギリスによる強制」ではなく「生活苦」になっている。戦争に負けたことに伴う生活苦なら間接的に「強制」ということになるかもしれないが、今までとはやはり雰囲気が違っていると思う。「別人」が語っていると判断する方が、しっくり来る。
  • ice fishin'…「氷に穴を開けて釣りをする」と訳するとどうしてもワカサギ釣りが浮かんでしまい、「道楽」みたいなイメージになるので、そうならないような日本語を選んだ。

Sailed out of the Gulf,
Headed for St. Pierre
Nothing to declare,
All we had was gone
Broke down along the coast
But what hurt the most
When the people there said
"You better keep movin' on"

  • ボーカルはまたリチャードに変わる。
  • Sailed out of the Gulf,/ Headed for St. Pierre…この歌詞が不可解なのだ。地図で確認するとサンピエール島は、当時のアカディアの中心地だったノバスコシアの「隣の島」なのである。

  • 隣の島に行ってどうするのだろう。南下してニューオリンズに行くのではなかったのだろうか。ここで成立する第一の解釈は、サンピエール島が南に向かう航海の「最初の寄港地だった」というものであり、もうひとつはリチャードが歌っているのは「南の親戚から手紙をもらった」リヴォンの主人公とはやはり別人で、彼の場合は「あてもなくアカディアを離れた」のだという解釈である。
  • リチャードとリヴォンがそれぞれ別人のことを歌っていると解釈するなら、土地の人から"You better keep movin' on"と言われることが「辛かった」というのもよりストレートに理解できる。私が今までに読んできた翻訳では、この土地の人の言葉が「ニューオリンズまではまだ遠いよ」という意味で解釈されていた。だがおそらくリチャードは「ここに住みつかれたら迷惑だ」と言われて、それに傷ついているのである。
  • Broke down along the coast…解釈が難しかった箇所。誤訳の可能性もある。たとえば「沿岸で船が故障した」という風に読める幅もあると思う。

Everlastin' summer
Filled with ill-content
This government
Had us walkin' in chains
This isn't my turf
This isn't my season
Can't think of one good reason
To remain oh

  • リチャードが続けて歌っている。
  • 上記ピーター・ヴィーニー氏も、このヴァースには二通りの解釈がありうると書いている。ひとつは、アカディアの地でイギリスによって鎖につながれる屈辱を味あわされた男性が「ここを抜け出そう」と決意しているという解釈。(この場合には"Everlastin' summer"は「かつてのアカディアの平和な日々」を象徴するアルカディア的なイメージの言葉になる)。もうひとつは、移住した先のルイジアナの権力者によって鎖につながれた男性が「ここを抜け出そう」と決意しているという解釈である。私は、たぶん両方の意味で解釈できるように書かれた歌詞なのだと思う。この歌には既に「いろいろな人たち」が登場していると思うからだ。ただし、「夏」という言葉はやはり「南」のルイジアナの象徴であり、「北」のカナダとの対比であると考えた方が自然には思える。
  • なお、このヴァースではザ・バンドの公式サイトに書かれた歌詞と、Appleミュージックなどで紹介されている「新しい」歌詞とのあいだに、微妙な違いがある。「新しい」歌詞では ill-content が ill-contempt (悪質な侮辱/見下し) になっており、This isn't my turf が This isn't my turn (これはおれの順番じゃない?) になっている。私は、turfの方が好きだな。

We worked in the sugar fields
Up from New Orleans
It was ever-green
Up until the flood
You could call it an omen
Point ya where ya goin'
Set my compass North
I got winter in my blood

  • ここを歌うのは南部生まれのリヴォン。初めてニューオリンズという具体的な地名が出て来る。だがそこもやはり「幸せな場所」ではなかった。
  • You could call it an omen/ Point ya where ya goin'…私が昔持っていたCDの歌詞カードでは、この部分が「お前がどこに行こうと/それを予兆と呼ぶがいい」と翻訳されていた。名言かもしれないけれど、「華氏65度の冬」だと思う。
  • I got winter in my blood…「おれには冬の血が流れているんだ」という翻訳を見たことがあって、それはそれですごくいいと思ったけど、私はこんな風に訳してみたかった。
  • …かくしてこの主人公はアカディアに帰ることを決意した。でも、そうしなかった人たちもいた。いろいろな人たちの歴史が史実と現在に絡まりあって、歌は終わりに向かう。

Sais tu, Acadie j'ai le mal do pays
Ta neige, Acadie, fait des larmes au soleil
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo

…このフランス語歌詞は、フランス語がわかる人にとっても難解であるらしい。特に「お前の雪が太陽の中で涙に変わる」という表現である。でも、言葉通りに解釈すればいいのではないかと思う。「血管に冬を飼っている」男の心の中の故郷の雪が、ルイジアナの太陽に溶かされて、どうなったかといえば、涙として流れ出す他になかった。そういう歌詞なのだと私は思っている。


The Band - Acadian Driftwood (The Last Waltz)

宿題は終わった。さすがにちょっと疲れた。しばらく休むことにしたいと思う。ではまたいずれ。