華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Bad もしくはマレットと学ラン (1984. U2)


子どものころ、街で一番「強いひと」は、散髪屋のおばさんだと私は思っていた。

散髪屋のおばさんの前では、学校でどんなに恐れられているヤンキーやツッパリの兄ちゃんでも、週刊明星のヘアカタログか何かをオズオズと差し出して「すいません、この髪型でお願いします」と、頭を下げる以外にどうしようもないのである。

おばさんは腰に手を当てて「スポーツ刈りにしときーさ。その方がよっぽど男前やで」などと、言いたいことを言う。いかつい顔をしたヤンキーの兄ちゃんは、ひたすら神妙な顔をして、その屈辱に耐えている。

その様子をマンガの棚と観葉植物の間からのぞき見しながら、自分も散髪屋の子どもに生まれていたなら、一生いじめられる心配なんてしなくていいんだろうなと、幼かった私は感じていたものだった。

90年代のとある真夜中、テレビでやっていた昔のロックの番組に、85年のライブ・エイドで観客席の女性を抱きしめてクルクルとダンスを踊るU2のボノの映像が映ったのを見て、私は思わず「ああっ」と声をあげた。

その時のボノの髪型こそ、あの時のツッパリの兄ちゃんがおばさんにリクエストしていた髪型そのものだったからである。

ニック・カーショウの「The Riddle」の回でも触れたけど、80年代のあの頃バリバリのヤンキーだった私のイトコをはじめ、私の周りにいた「こわいひとたち」は、こぞってあの髪型で武装していた。あんな悪魔的な髪型をどうやったら思いつけるのだろうと思っていたけれど、それにはちゃんと「元ネタ」があったのだ。そして子どもの頃にあれほど北斗の拳の悪役のごとく巨大で凶悪に見えた怖い兄ちゃんたちも、実は外国の「かっこいいミュージシャン」にひたすら子どもっぽく憧れて、何とかそのマネをしようと悪あがきをしていただけだったのだ。

ヤンキーの正体見たりただのガキ。その時いらい私の中で、子どもの頃にあれほど恐ろしく見えていた人生の先輩たちの姿は、何となく「愛すべき人たち」へと形を変えた。それは私自身が子どもからオトナへと少し生まれ変わった、そういう瞬間だったのかもしれない。

あの髪型は「マレット」と呼ばれていたのだということを、今回この記事を書くために調べていた過程で初めて知った。英語で「ボラ」という意味らしい。お腹にソロバン玉みたいなのが入っていて、卵巣からカラスミを作るあの魚のボラである。このマレットは90年代にビースティ・ボーイズの雑誌で「史上最悪の髪型」であるという排撃キャンペーンが繰り広げられたことをきっかけに、世界の多くの地域で絶滅に追い込まれたのだけど、地域によってはいまだに行けてる髪型として、愛され続けているケースも見られるのだという。そういうことに私が詳しくなるのは、いつもその時代が終わってしまった後になってからのことなんだよな。

ボノ自身はこの髪型で決めていた過去を現在では激しく恥じているらしく、「ロックミュージシャンにとって麻薬の誘惑以上に危険なのはマレットの誘惑だ」といった趣旨の発言を至るところで繰り返している。ボノのそういう軽薄なところが私はキライである。"Bad" は麻薬に命を奪われた自分の親友に捧げた歌じゃなかったのかよ。

それはいいとして (ちっともよくないけれど) もうひとつの問題は、ライブエイドの映像の中でボノが着ている上着である。90年代に夜中のテレビで見た時はチラッと映っただけなので気づかなかったけど、今youtubeで見ることのできる20分間のステージ映像を改めて確認してみると、あれってどう見ても「学ラン」なのではないだろうか。

最初、私は、学ランって実はアイルランドの伝統的な服装だったのだろうかと思って、いろいろ調べてみた。そしたらあにはからんや、あれは1983年の日本ツアーの時にボノが街で見かけて気に入って、その後わざわざ日本から取り寄せた「本当の学ラン」だったのだということが明らかになった。まったくもって、調べてみようという気持ちさえ起こせばどんな細かいことでも分かってしまう時代になったものだ。

ということはである。

U2みたいになりたくて。ポリスみたいになりたくて。韓信の股くぐりみたいな屈辱に耐えながら散髪屋のおばさんに頭を下げていたあの時代のツッパリ兄ちゃんたちの姿から、実はU2の方でも「学んで」いたのだという感動的なコミュニケーションが、あの時代には成立していたのだということになる。そのことを知っていた人たちって、はたして当時の日本にはどれぐらいいたのだろうか。それとも洋楽雑誌か何かに取り上げられたりして、当時からすでに有名なエピソードだったりしたのだろうか。私は花京院典明みたいなキャラクターは完全に日本ローカルの文化の中から出てきたものだと思っていたのだけれど、実はユーラシア大陸の両端の島国の文化が相互に影響を与え合う中から誕生した存在であったわけで、そのスケールの壮大さを思うと、何だか気が遠くなってくるような気がする。

U2も正体見ればただのガキ。世界がひとつになったような感覚にみんながひたれていた時代って、あったのだなあ。もちろんその感覚はいろんなことを無視したり切り捨てたりした上に成立していた勘違いに過ぎないといえば言えるわけだけど、その感覚にあこがれる感覚自体は、今でも割と捨てたもんではないんじゃないかという気が私はする。東西の悪ガキが互いにマネしあっていた80年代の映像を眺めながら、今の私の心の中には「どんな人でも僕と大差はないのさ」という90年代の懐かしい歌謡曲が、ぐるぐると回っている。

そんなわけでこのU2の Bad に関しては、85年のライブ・エイドで演奏されたそのままのバージョンを、MCまで含めて完全に翻訳してみたい気持ちになった。子どもだった私にとってはすべてが新しくて、いいことも悪いこともすべてをあるがままに受け入れるしかなかった80年代というあの心の神話のような時代が、youtubeでいつでも見られるようになったこの演奏の中には、凝縮されているような感じがするからである。


U2 Bad - Live Aid - July 1985

Bad (Live Aid 1985)

We're an Irish band. We come from Dublin City, Ireland. Like all cities, it has its good, it has its bad. This is a song called Bad.
ぼくらはアイリッシュのバンドです。アイルランドのダブリンから来ました。他のいろんな街と同じように、グッドなところもあればバッドなところもある街です。この曲は「バッド」と言います。

(Lou Reed “Satellite of Love”)
Satellite of love
Satellite of love
Satellite of love

ルー・リード「愛の人工衛星
愛の人工衛星
恋の人工衛星
宇宙をめぐる愛…



If you twist and turn away
If you tear yourself in two again
If I could, you know I would
If I could, I would let it go
Surrender, dislocate

もしきみが
体をよじって苦しみから逃れようとしていても
もしきみが再び
自分の体を引き裂いてしまおうとしていても
できるなら ぼくは
そのままにしておこうと思う
身を引いて
場所を変えて



If I could throw this lifeless
Lifeline to the wind
Leave this heart of clay
See you walk, walk away
Into the light
Through the rain
Into the half-light
Through the flame

もしぼくが
この命を持たない命綱を
空に放り投げてしまえたなら
粘土細工の心臓を
置き去りにして
きみが歩いてゆくのを
見ることができたなら
きみが
雨の中へ
薄明かりの中へ
燃える炎を突き抜けて



If I could through myself
Set your spirit free
I'd lead your heart away
See you break, break away
Into the night
Through the day

もしぼくが
自分を突き抜けて
きみの魂を
解き放つことができたなら
ぼくはきみのハートを連れてゆく
きみが崩れさるのを
駆け出すのを
見届ける
夜の中へ
昼間を突き抜けて



Hoo hoo...
「ほうほう」とリトル・ピープルが囃した


So let it go
And so find a way
Let it go
And so find a way

だから何もしない
そうやって道を見つけだそう
じっとしてるんだ
そうやって答えを探し出そう



Wide awake
I'm wide awake
Wide awake, yeah
I'm not sleeping
Oh, no, no, no
I'm not sleeping

起きてるよ
ぼくはしっかり起きている
起きてるよ
眠ってなんかいない
そうじゃないんだ
眠ってなんかいない



If they should ask, well maybe
They'd tell you what I should say
True colours fly in blue and black
Blue silken skies and burning flag
Colours crash, collide in bloodshot eyes

ほかの人が
きみに何か言うとしたら
たぶんぼくが言おうとしてるのと
同じことを言うのだと思う
真実の色彩は
青と黒とに落ちつく
絹のような青い空
そして燃えあがる旗
色彩がぶつかりあい
はじきあう
血走った瞳の中で



Hoo hoo...


If I could, you know I would
If I could, I would let it go

もしできるなら
ああ ぼくは
そのままにしておく



This desperation
Separation
Condemnation
Revelation
In temptation
Isolation
Desolation
Isolation

このデスペレーション(絶望)を
セパレーション(別離)を
カンデムネーション(糾弾)を
レヴェレーション(啓示)を
テンプテーション(衝動)の中で
アイソレーション(孤独)の中で
ディソレーション(荒廃)の中で
アイソレーション(孤独)の中で



Let it go
And so find a way
Let it go
And so find, find, find a way
Find a way, no

そのままにしておく
そうやって道を見つけだすんだ
動いちゃいけない
そうやって答えを探し出すんだ
違うそうじゃない



Tonight give it up
待つのは今夜でやめよう


Let it go, go, go
Don't let it go, no, no
Let it go
And so fade away
Let it go
And so fade away

ほっといてやれ
ほっとけ
ほっとけ
ほっとくわけにはいかない
いや そうじゃない
じっとしていれば
きっと消えてゆくよ
動いちゃいけない
消えるにまかせるんだ



Wide awake
I'm wide awake
Wide awake, yeah
I'm not sleeping
Oh, no, no, no
I'm not sleeping

起きてるよ
ぼくはしっかり起きている
起きてるよ ああ
眠ってなんかいない
そうじゃないんだ
ぼくは眠ってなんかいない



(The Rolling StonesRuby Tuesday”)
Goodbye, Ruby Tuesday
Who's gonna hang a name on you
Goodbye, Ruby Tuesday
Who's gonna hang a name on you
Goodbye
Who's gonna hang

ローリング・ストーンズ「ルビー・チューズデイ」
さよなら ルビー・チューズデイ
誰がきみに名前をつけるんだろうね
さよなら ルビー・チューズデイ
きみに名前をつけるのは誰なんだろうね
さよなら いったい誰が



(The Rolling Stones “Sympathy for the Devil”)
Pleased to meet you
I hope you guessed my name, oh yeah
Pleased to meet you
I hope you guessed my name, yeah

ローリング・ストーンズ「悪魔を憐れむ歌」
んあー
お会いできて光栄です!
私の名前がわかりますかな
会えてうれしいよ
ぼくの名前がわかるといいんだけど



(A parody of “Take A Walk On The Wild Side” by Lou Reed)
Hurricane from Miami, FLA
Hitchhiked all the way across the USA
She could hear the satellite coming down
Pretty soon she was in London town
In Wembley Stadium
And all the people were going
Do do do do do do do

ルー・リード「ワイルドサイドを歩け」の替え歌で
フロリダ州はマイアミから
ハリケーンがやってきた
アメリカ中をヒッチハイクしているあいだに
人工衛星が降りてくるのを聞きつけた
彼女はたちまち
ロンドンの街のウェンブリー・スタジアム
そしてそこではみんなが歌っていた
トゥッ、トゥッ、トゥッ、
トゥットゥトゥッ…



Sing it, thank you, God bless you
歌ってください
ありがとう
かみさまの祝福を!

翻訳をめぐって

  • この歌は70年代末から80年代初頭にかけてアイルランドの若者を蝕んでいたヘロインの影響の中から、生まれた曲であるらしい。あるところでボノは、21歳の誕生日の日にヘロイン中毒で命を落とした友人の話をしてからこの曲を歌い始めたという。だからその友人にささげた曲なのだと私は思っていたけれど、別のところでは「ヘロインがはびこっていたあの時代、苦しんでいた友人がいました。今日はその友人がこの会場に来ています」と言って歌い始めている。必ずしも特定の友人にささげているわけでは、ないのかもしれない。さらにボノ自身も、語っているのは聞いたことがないけど、ヘロインは、やっていたはずである。だから簡単に「アンチ・ドラッグ・ソング」だとも言い切れない気がする。ただし確実に言えるのは、若かったボノたちにヘロインが「ものすごい苦しみ」をもたらしたということであり、その苦しみと向き合う中から、この曲は生まれてきたということだと思う。
  • U2の歌詞の特徴として、「あまり理路整然としていない」ということがある。何かイメージ的な言葉のカケラのような歌詞がポツリポツリと吐き出されて、あるいは絶叫されて、そのイメージにどんな解釈を施すかは完全に聞き手にゆだねられているといった感じだろうか。とにかく、いかようにも解釈できるような曲が多い。だからボノ自身は、自分の歌詞が外国語に翻訳されることをあんまりよく思っていないらしい。たぶん、解釈が限定されてしまうからだと思う。そのうえ彼の歌う歌詞は、時代やステージに合わせてしょっちゅう変わる。今回翻訳したのはあくまで「ライブ・エイドで演奏されたBad」である。
  • どんな風にも解釈できるという但し書きをつけたうえで、この歌に歌われていることを要約するなら"Let it go"の三語に尽きることになる。そしてこの"Let it go"が、またいろんな意味を持っている。「そのままにしておく」「放っておく」「何もしない」「まかせる」「行かせる」…もちろん「ありのままの姿見せるのよ」と訳しても、決して間違いではない。ただし文脈から、その"Let it go"にどのような意味を見出すかが、結局は問題になってくるのだと思う。
  • 一応この歌が持っている「風景」についての、私なりの解釈はある。ある特定の友人に向けて、やはりボノは歌っているのだろうという、イメージである。ただしその友人が生きているのか死んでいるのかについては、定かではない。また今まさに息を引き取ろうとしている友人に向けられた歌だと解釈できる幅もある。以上を踏まえて、一行一行の歌詞を検討していきたい。

If you twist and turn away
If you tear yourself in two again
If I could, you know I would
If I could, I would let it go
Surrender, dislocate

  • 歌に入る前に「愛の人工衛星」の一節をボノが口ずさんでいるのは、この「ライブ・エイド」が確か史上初の衛星同時中継でイギリスの会場とアメリカの会場を結んで行われたイベントだったという背景によっているのだと思う。衛星中継でライブを見ている世界中のファンへの、たぶんサービスである。
  • twist awayは「身をよじって逃げる」。turn awayは「顔をそむける」。この最初の一行に、外国では十字架にかけられたキリストの姿をイメージする人が多いという。そういう友人に対して「できることなら、何もしない」と言っているのだから、たぶん「君にクスリを渡してあげることができたらきっと楽にしてあげられると思うんだけど、でもそれはやっちゃいけないことなんだ」という葛藤がうたわれているのだろうというのが、私の最初のイメージだった。しかし、それが正しい解釈だとは限らない。「絵」として存在しているのは、苦しみもがいている一人の人間と、それを前にして「何もしないでいる」一人の人間の姿だけである。
  • Surrender, dislocate…たぶんI would Surrender,I would dislocateということだろうと思い、上のように訳した。Surrenderという言葉には「身をゆだねる」という意味、dislocateという言葉には「混乱」という意味も、それぞれ存在している。

If I could throw this lifeless
Lifeline to the wind
Leave this heart of clay
See you walk, walk away
Into the light
Through the rain
Into the half-light
Through the flame

  • lifeless lifeline…この「命なき命綱」という言葉は「とりあえず楽になるため」のヘロインだという解釈もできるが、文字通りの「生命維持装置」を意味しているという解釈も、排除できない。だとしたら、すごくイヤな想像だけど、歌い手は末期的な苦しみにあがいている友人を前にして「死なせてやったほうが楽になるんじゃないか」と感じている可能性がある。しかし私は、そうは考えたくない。
  • heart of clay…「粘土の心臓」。歌い手の心臓なのか友人の心臓なのかは定かではない。また内臓としての心臓なのか心の核としてのハートなのかも定かではない。苦しむ友人を前にして何もできない自分が、まるで人間の心を持っていないかのように感じられる。そういう意味かもしれない。しかしあるいは「抜け殻になった肉体で物質と化した心臓」という、文字通りの死のイメージなのかもしれない。

If I could through myself
Set your spirit free
I'd lead your heart away
See you break, break away
Into the night
Through the day

  • この部分についても、歌の「風景」をどのように想像するかで、全く違った解釈が成立することになる。ただ言えるのは、歌い手は苦しんでいる友人を前にしてその肉体的な苦しみを自分が共有できずにいることが、たまらなく苦しいのだろうということだと思う。

Hoo hoo...

  • 村上春樹の「IQ84」となんとなくイメージがダブったので思わず書いてしまったけど、やっぱり書かなきゃよかったかもしれない。

So let it go
And so find a way
Let it go
And so find a way

  • 「何もしない」という訳自体については「これしかない」という確信があるが、麻薬の禁断症状と闘っている友人に対して「何もしない」というのと、今まさに死んでいこうとしている友人に対して「何もしない」というのでは、まったく意味が変わってくる。私には、それは特定のしようがない。
  • find a way…「見つけ出す」という意味だけど、これとfade away(「消えてゆく」)を耳で聴き分けるのは、完全に不可能である。英語話者にとってもそれは不可能みたいで、文字になった歌詞にはさまざまな表記が入り乱れている。歌っているボノ自身にとっては、たぶん「どっちでもいい」と言うか「どちらでも同じこと」なのだろうと思う。しかしやっぱり歌う時には確実にどちらかを「選んで」いるのである。何だろう。このダマされているようなタブらかされているような気持ちは。

Wide awake
I'm wide awake
Wide awake, yeah
I'm not sleeping
Oh, no, no, no
I'm not sleeping

  • I'm wide awake…苦しむ友人に対して「自分もその苦しみを引き受ける」「一緒に頑張ろう」と励ましている言葉だともとれるし、死にゆく、あるいは死んでしまった友人に対してなら「自分は生きていく」という決意を語りかけていると同時に「自分が生きている」ことへの違和感の表明のような言葉だとも受け取れる。ただし海外サイトの解説によると、「寝てない」「起きてる」というのはヘロイン中毒患者自身が幻覚の中で最も多く口にする言葉でもあるのだという。この歌の中でYouとIとの境目は、ひょっとしたら、なくなっているのかもしれない。

Tonight give it up

  • 単純きわまる「ギブアップ」だけど、こういうのの翻訳が実は一番難しい。「あきらめる」という言葉で訳するなら敗北宣言になってしまうけど、「待つのをやめる」という言葉で訳するなら「明日からは自分の意志で生きよう」という闘いのよびかけになる。少なくとも言えるのは、「あきらめる」という言葉で「前向きな意思」を表現するのは困難だけど、「待つのをやめる」という言葉は「あきらめる」という意味を含みつつも結論的にはやっぱりポジティブな言葉だということである。だから「待つのをやめる」で私は訳した。ただしそういうところが私という人間の「甘さ」なのかもしれないということも、半分では感じている。


…あとは、特に翻訳をめぐって「説明」しなければならないようなことは、ないと思う。マレットと学ランの話から楽しく翻訳に取りかかったにもかかわらず、訳し終えてみると今までで一番重たい歌だったかもしれない。それでも85年のU2は、こんな重たい歌を演奏しながら最後はやはり明るくステージを去っている。そういう時代だった、ということなのだと思う。この歌をめぐって私に残された最後の謎は、ボノが歌の途中で舞台から飛び降りて一緒に踊った女性は、彼がステージの上から「選んだ」人だったのかはたまた「誰でもよかった」のか。そのことだけである。

みんなが大好きな「ルビー・チューズデイ」の翻訳も、よかったら合わせて読んでほしいです。ではまたいずれ。そのうちに。