華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Get It On もしくはマークボランの言うことにゃ (1971. T.Rex)


Get it in=大いに楽しくやる という、辞書に載っていた訳語の救いようのなさについて、一日中考えていた。前回、ドアーズの「グロリア」の歌詞を翻訳していて、出会った表現である。

こんな日本語を喋る人間が、自民党代議士の他に存在するとはおよそ考えられない。

「大いに楽しくやろうじゃないか」「大いに楽しくやってくれたまえ」「大いに楽しくやったかね。ん?」…いずれも人生のすべてを賭けて拒絶する以外にありえないような、邪悪な響きに満ちている。札ビラで顔を叩かれる屈辱というやつだ。ちきしょお。自分の人生売るんじゃねえ。他人の人生買うんじゃねえ。と橘いずみさんが20年前に歌ってた言葉を私は忘れはしねえ。誰がそんな「楽しみ」のために自分の心を売り渡してなどやるものか。

しかし私が不気味に感じるのは、この「大いに楽しくやる」という救いようのない言葉が、一方では邪悪なものに特有の「力」を備えていることを、否定できない気がするからである。

現に私自身、昨日の夜に辞書であの言葉に出会って以来、ドアーズのあの歌詞が「大いに楽しくやろう」としか聞こえなくなってしまっている。あのジムモリソンがそんなことを言うはずがないといくら心で思ってみても、耳に入ってくる「Get it on」はもはや「大いに楽しくやろう」としか聞こえない。この邪悪な言葉は、そんな風にして人の心を蝕む力を持っているのだ。

もしもこのまま「大いに楽しくやる」が、他にさえぎる力もない中で「Get it on」のスタンダードな日本語訳として定着してしまったら、いったい音楽の世界はどうなってしまうのだろう。そんな事態は絶対に避けねばならない。他に歌詞対訳のブログやウェブサイトをやっている人たちのあいだで、この危機感は果たしてどれくらい共有されているのだろうか。もし誰も気づいていないのだとしたら、たとえたった1人から始めるしかないのだとしても、私が戦う以外にない。金歯とガハハ笑いと仁丹の匂いのイメージから、「Get it on」を守りぬかねばならない。

それを考えた時に真っ先に着手せねばならないのが、T.Rexのこの曲の翻訳であることは明らかだった。おそらく敵もここを衝いてくるに違いない。そこで先手を打って「大いに楽しくやる」の追随を許さないような完璧な訳詞を私が完成させたなら、とりあえず向こう100年、「Get it on」の安泰は保たれると見ていいだろう。まさにこの曲が天王山であり、ワーテルローなのだ。

しかし私に勝てるのだろうか。必死で別の辞書を検索してみたけれど、そこに載っていた「Get it on」の訳語は「性交渉を持つ」という、いっそう救いようのない言葉だけだった。「大いに楽しくやる」と戦うために私の手元にある武器は、今のところそれしかないのである。

だが、泣き言は言うまい。

私の生きざま、しっかりと見届けてやってください。


Bang a Gong (Get It On) by T.Rex

Get It On

Well you're dirty and sweet
Clad in black
Don't look back
And I love you
You're dirty and sweet oh yea

ああ きみはきたならしくてえろい。
黒をまとい
振り返らない。
そんなきみが好きだ。
きみはきたならしくてえろい。
うーん。


Well you're slim and you're weak
You got the teeth
Of the Hydra upon you
You're dirty sweet
And you're my girl

きみは細くてこわれそう。
きみはからだに
ヒドラの歯を生やしている。
きみはきたならしくてえろい。
そしてきみはぼくのもの。


Get It On
Bang a gong
Get It On

はじめよう。
ゴングを鳴らそう。
オンの状態にしよう。


You're built like a car
You got a hubcap
Diamond star halo
You're built like a car
Oh yeah

きみはクルマみたいにできてるんだね。
ホイールキャップがついてるんだね。
ダイヤモンドの星の後光。
きみはクルマみたいにできてるんだね。
うーん。


You're an untamed youth
That's the truth
With your cloak full of eagles
You're dirty sweet
And you're my girl

きみは飼いならされない若いいのち
ほんとうだよ。
きみのマントの中はワシでいっぱい。
きみはきたならしくてえろい。
そしてきみはぼくのもの。


Well you're windy and wild
You got the blues
I'm your shoes and your stockings
You're windy and wild
Oh yeah

ああ きみは空っぽでワイルドだ。
きみにはきみのブルースがある。
ぼくはきみの靴でくつしたで
きみは空っぽでワイルドだ。
うーん。


You're built like a car
You got a hubcap
Diamond star halo
You're dirty sweet
And you're my girl

きみはクルマみたいにできてるんだね。
ホイールキャップがついてるんだね。
ダイヤモンドの星の後光。
きみはクルマみたいにできてるんだね。
うーん。

=翻訳をめぐって=

結論から申し上げます。
私は、敗北しました。
て言っか、この曲自体がこんなに救いようのない曲だったのだということを、自分で翻訳してみるまで私はぜんぜん知りませんでした。もう、変な使命感を燃やすのはやめようと思います。

ちなみに昨日「グロリア」を訳していたのは真夜中も真夜中、日付が変わってからのことだったのですけれど、読む人の立場に立ってみると、読まされる方の人はあれを朝一番、もしくは日中の落ち着いた時間に読むことになったわけなのですよね。昼のひなかにあの記事にポツリポツリと星がつくたびに、私はずいぶんと気まずい思いをしてしまいました。こういう歌の翻訳は世の中の人が寝る前に仕上げてしまわないといけないということを身を持って学びましたので、さっさと終わらせてしまいたいと思います。

  • Haloは気象用語で「暈輪(うんりん)」。こういうやつです。

  • windyという言葉には「口先だけの」とか「臆病な」という意味もあり、どの訳語でも歌詞として成立すると思いますが、とりあえず「空っぽ」を採用しました。

…そんなもんです。

21世紀のラヴァーズ 21st Century Stars

T.Rexの曲を取りあげる時には、絶対一緒に貼りつけようとおもっていたのがこの曲。だったらなぜ「20世紀少年」にしなかったのかと言われそうだけど、すいません。行き当たりばったりでやってますもんで。次回でいよいよ90曲目。こんなことやってて、いいんだろうか。

Electric Warrior

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  • T. Rex
  • ロック
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