華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

艷光四射 もしくは さんゆーりゅんさい やうつぉんざっきゃむ -生於乱世 有種責任- (2005. 何韻詩)


101という数字には、時として100よりも特別な位置が与えられているような感じがする。「101回目のプロポーズ」「101匹わんちゃん大行進」「〇〇をXXする101の方法」…いずれも100ではなく101であるところに積極的な意味が存在している。私が小学生の時に図書室にあった図鑑には「こんちゅう101」「のりもの101」などの名前がついていて、その「101」には「いっぱい」とルビが振られていた。だったら181になるはずではないかと小学生だった私は悩んだという方面の事情に話を持って行くと脱線してしまうので、なにしろ101という数字にはそんな風に「100を超える何か」があるというだけの話に、ここではとどめておきたい。「100を超える何か」って要するにそれは「1」なわけだけど、その「1」ゆえに世の中では「100」にひとつの到達点として、そして「101」には新たなひとつの出発点としての位置づけが、一般的には、与えられているようである。

そんな「大事な」101回目ということで、今回は思い切りキラびやかな曲で再出発とシャレ込んでみることにしたい。21世紀になってから出された曲でも既に10年前や15年前の曲になってしまうような時代に住んでいる我々なわけだけど(…どうも今回はさっきから、「ごく当たり前のこと」を思い切り回りくどくしか表現できないサイクルにはまりこんでしまっている。3日休むと文章の書き方を忘れてしまうのだろうか。私。)、いつも取りあげている1960年代や70年代の曲に比べるなら「極めて新しい曲」と言っても許されるのではあるまいか。香港の歌手、何韻詩(広東語読み:ホー・ワンス。北京語読み:ヘァ・ユィンシ。国際的な通り名は「デニス・ホー」)さんが2005年に発表した「艷光四射」、日本語的に表現するなら「セクシービームの乱れ撃ち」という歌である。


何韻詩- 艷光四射

jim6 gwong1 sei3 se6
艷光四射

sap6 maan6 coeng4 jat6 je6 coeng4
十萬場 日夜場
10万回も 昼も夜も
zoi6 dei6 kau4 daai6 mou5 teng1
在地球大舞廳
この地球という大劇場で
din6 si6 coeng4 lin4 waan4 bo3
電視墻 連環播
壁かけテレビが次々と映し出す
geoi6 sing1 dik1 sik1 soeng1
巨星的色相
大スターの美貌。
zyu1 pin3 sim2 sim2 faat3 gwong1
珠片閃閃發光
スパンコールはキラキラと輝き
hon6 seoi2 ci5 geoi6 kim4 jat1 joeng6
汗水似巨鉆一樣
流れる汗は大粒のダイヤモンドのよう。
ngo5 gai3 zuk6 coeng3 gai3 zuk6 coeng3
我繼續唱 繼續唱
私は歌い続ける。歌い続ける。
tyut3 haa6 pei4 cou2 gai3 zuk6 coeng3
脫下皮草繼續唱
毛皮のコートを脱ぎ捨てて歌い続ける。
ngo5 mei6 ngaan5 bun3 zoeng1 bun3
我媚眼半張
色っぽい目をしてアンニュイな顔して
aa2 dou1 gai3 zuk6 coeng3
亞 都繼續唱。
ああ ずっと歌い続ける
mut6 waa4 lai6 mou5 toi4
沒華麗舞臺
華麗なステージがなくても
guk1 dai2 ziu3 hoi1 zoeng1
穀底照開張
谷底だって明々と照らし出す

ngai4 hung4 jan4 saang1
霓虹人生
ネオンのような人生が
gwong1 ziu3 maan6 man4
光照萬民
すべての人を照らし出す
jyu1 zoi1 naan4 lei5
於災難裏
苦しみの中でこそ
paai3 ceot1 fei1 man5
派出飛吻
投げキスを飛ばそう
ze5 go3 si4 doi6 jau5 zyu3 ngo5
這個時代有著我
私さえこの時代にいれば
bin6 nang4 jat1 sai2 fui1 ngam3
便能一洗灰暗
すべての重苦しさを洗い流してしまうことができる。
caan3 laan6 dou3 bat1 hang4
燦爛到不行
キラキラがまだ足りない。
tou4 ngan4 tou4 gam1
塗銀塗金
金と銀でもっと飾りつけよう。
jung6 go1 mou5 zi6 fan4
用歌舞自焚
歌と踊りで自分を燃やしつくすんだ。
saang1 jyu1 lyun6 sai3
生於亂世
乱世に生きる私が
jau5 zung2 zaak3 jam6
有種責任
引き受けなければならないある種の責任。
siu1 gwan2 hei3 fan1
燒滾氣氛
燃えたぎる空気で
ngon1 fu2 sai3 jan4
安撫世人
人々をなぐさめよう。
joeng6 ngo5 dik1 bat1 nau2 fung1 wan5
讓我的 不朽風韻
私の歌が永遠に美しさを失わず
gaau3 jan4 ngaai4 haa6 heoi3
教人捱下去
人々に愛され続けますように。
jing4 gok3 wut6 dak1 han2 hing1 fan5 nang4
仍覺活得很興奮
やむことのない興奮が
joeng5 mong6 ngau5 zoeng6 daan3 saang1
能仰望偶像誕生
新しいアイドルの誕生を求めている。

maan6 maan6 coeng4 zam3 zam3 loeng4
漫漫長 浸浸涼
ひたすら長く ひたすら冷たく
joek6 dei6 lou4 mut6 jau5 coeng1
若地牢沒有窗
まるで窓のない地下牢の中にいるようなあなたよ。
soeng2 soeng2 ngo5 jing4 nang4 gau3
想想我 仍能夠
私のことを想ってほしい。
gung6 gu1 daan1 daa2 zoeng6
共孤單打仗
一緒に孤独を打ち破ろう。
can1 bat1 cim1 ming4 leng3 soeng1
親筆簽名靚相
きらびやかな自筆のサインを
soeng6 ho2 tip3 zoi6 tit3 bik1 soeng5
尚可貼在鐵壁上
鉄の壁の上に飾ろう。
ngo5 gai3 zuk6 coeng3 ping1 ming6 coeng3
我繼續唱 拼命唱
私は歌い続ける。命がけで歌う。
jiu3 si6 waan4 ho2 gai3 zuk6 coeng3
要是還可繼續唱
もしまだ歌い続けることができるなら
syut3 soeng5 jau6 jau5 soeng1
雪上又有霜
雪の上にさらに霜が降りていても
tai2 wan1 gai3 zuk6 soeng5
體溫繼續上
私の体温は上がり続ける。
joek6 jung4 diu6 ngo5 nang4
若溶掉我能
凍りついたものを溶かしつくして
kap1 gun1 zung3 fan1 hoeng2
給觀眾分享
聞いているみんなにわけてあげたい。

ngai4 hung4 jan4 saang1
霓虹人生
ネオンのような人生が
gwong1 ziu3 maan6 man4
光照萬民
すべての人を照らし出す
jyu1 zoi1 naan4 lei5
於災難裏
苦しみの中でこそ
paai3 ceot1 fei1 man5
派出飛吻
投げキスを飛ばそう
ze5 go3 si4 doi6 jau5 zyu3 ngo5
這個時代有著我
私さえこの時代にいれば
bin6 nang4 jat1 sai2 fui1 ngam3
便能一洗灰暗
すべての重苦しさを洗い流してしまうことができる。
caan3 laan6 dou3 bat1 hang4
燦爛到不行
キラキラがまだ足りない。
tou4 ngan4 tou4 gam1
塗銀塗金
金と銀でもっと飾りつけよう。
jung6 go1 mou5 zi6 fan4
用歌舞自焚
歌と踊りで自分を燃やしつくすんだ。
saang1 jyu1 lyun6 sai3
生於亂世
乱世に生きる私が
jau5 zung2 zaak3 jam6
有種責任
引き受けなければならないある種の責任。
siu1 gwan2 hei3 fan1
燒滾氣氛
燃えたぎる熱気で
ngon1 fu2 sai3 jan4
安撫世人
人々をなぐさめよう。
joeng6 ngo5 dik1 bat1 nau2 fung1 wan5
讓我的 不朽風韻
私の歌が永遠に美しさを失わず
gaau3 jan4 ngaai4 haa6 heoi3
教人捱下去
人々に愛され続けますように。
jan4 man4 tim4 sam1
人民甜心
ひとびとよ 思い切り
sik1 fong3 jit6 nang4
釋放熱能
jyu1 zoi1 naan4 lei5
於災難裏
苦しみの中でこそ
paai3 ceot1 fei1 man5
派出飛吻
投げキスを飛ばそう
zeon2 ngo5 hung4 haa6 heoi3
準我紅下去
私はもっともっと赤く燃えて
wai4 nei5 zaam6 si4 siu1 zoi1 gaai2 kwan3
為你暫時消災解困
少しの間でもあなたの苦しみをなくしてあげたい。
mei5 jim6 dou3 bat1 hang4
美艷到不行
美しさがまだ足りない。
tou4 ngan4 tou4 gam1
塗銀塗金
金と銀でもっと飾りつけよう。
jung6 go1 mou5 zi6 fan4
用歌舞自焚
歌と踊りで自分を燃やしつくすんだ。
saang1 jyu1 lyun6 sai3
生於亂世
乱世に生きる私が
jau5 zung2 zaak3 jam6
有種責任
引き受けなければならないある種の責任。
gaau2 hou2 hei3 fan1
搞好氣氛
時代の空気を変えるのに
bat1 bit1 jau5 jan4
不必有人
大勢の人は必要じゃない。
si6 gwo3 ging2 cin1 gam2 gik1 ngo5
事過境遷感激我
ものごとは境界を越えて私を感激させる。
gong3 lam4 nai4 dei6 lei5
降臨泥地裏
降臨した泥沼の真ん中に
jan3 haa6 geoi6 sing1 sau2 zoeng2 jan3
印下巨星手掌印
大スターがいま手形を押すんだ。

…投げキスのことを中国語では「飛吻」と言うのだということをこの歌で初めて覚えたのだけど、面白い字面だと思う。キスが接吻なのだから「飛吻」でも何もおかしくはないわけなのだけど、「吻」というのは日本語的には(あまり一般的な言葉ではないかもしれないが)犬をからかう時に「へむっ」とやってウーウー言わせるあの部分のことである。という説明では全然わからないので画像検索したら、極めてわかりやすい写真が出てきた。

「飛吻」と言うとこの「へむっ」とやる部分だけがロケットパンチのように分離して大空を飛んで行くみたいなイメージが私にはあるのだけれど、そういう感覚って私だけのものなのだろうか。て言っかそれだけのことが言いたいために文字やら写真やら時間やらをこんなに駆使している私は一体なにをやっているのだろうか。ちなみに犬のあの「へむっ」とやる部分は英語では「マズル」と言うのだということを、今回調べてみて初めて知った。何ごとも勉強と言えば、勉強である。

それにつけても、鮮烈な歌だと思う。強烈な自我。というのは国語の教科書に載っていた斎藤茂吉の「あかあかと一本の道とほりたり たまきはるわが命なりけり」という短歌の解釈部分のコメントで使われていた言葉なのだけれど、同じ「強烈な自我」を歌った歌でも、中国のものはやっぱりスケールがでかい。大陸的である。と言うと香港の皆さんにとっては違和感のある表現になるのかもしれないけれど、海東の島国でせせこましく育った人間の目から見るならやっぱり「大陸的」そのものに思える。這個時代有著我 便能一洗灰暗…時代と共にどんどん大げさな歌詞が多くなる日本のアイドルの歌でも、これだけ大胆なことを大胆に言い放つことのできるような歌手や作品は、やっぱり日本語で表現されたものである限り、なかなか出てくるものではないのではないかと思う。どっちがいいとか悪いとか、そういう話ではないのだけどね。

生於乱世 有種責任というのは、そんなこの曲の中でもとりわけインパクトに溢れる歌詞だと思う。いろんな意味がギュッと凝縮された中国語独特の表現で、ぴったり来る日本語訳を見つけるのは難しい。「乱世に生きることにはある種の責任が伴う」といったところだろうか。この「ある種の」という響きに、各人がさまざまな自らのイメージを重ねることができるのがステキである。この歌の中での意味づけとしては、人の心を明るくしようと努めるスターの心意気みたいなものが「生於乱世 有種責任」という言葉で表現されていると思うのだけど、未完に終わった2014年の「雨傘革命」の際には、この二連の四字熟語がそのまま中国政府に立ち向かう香港の若者たちのスローガンになったらしい。デニス・ホーさん自身が黄色い雨傘を持って集会に参加し、ハンドマイクでこの歌を歌っていた動画も、ちょっと前まで見ることができた。「生於乱世 有種責任」。日本語読みにすると「せいゆらんせ ゆうしゅせきにん」。いい言葉だと思う。少しも悲壮でないのがまたステキに思える。

この歌はしかしデニス・ホーさんが自分自身のことを歌った曲というわけではなく、デニス・ホーさんの心の師匠であり、2003年に亡くなったアニタ・ムイ(梅艷芳。広東語読み:ムイ・ジムフォン。北京語読み:メイ・イェンファン)さんに捧げられた記念曲なのだそうである。ジャッキー・チェンの映画に何本か出ていた人だから、私の心の片隅にも何となく引っかかっていた名前ではあった。調べてみると同じ2003年に亡くなったレスリー・チャン張國榮。広東語読み:チャン・グォックィン。北京語読み:チャン・グォロン)さんと一緒に「氷山大火」という曲を歌っている動画が出てきたのだが、聞いてみると驚いたことに、山口百恵の「ロックンロール・ウィドー」の広東語版だった。子どもだった私の全然知らないところで、あの頃の日本の文化と香港の文化はいろいろ影響を与えあっていたのだな。


梅艷芳+張國榮 1986.白金巨星耀保良之冰山大火

デニス・ホーのアルバム「艷光四射」は、総体がアニタ・ムイレスリー・チャンをはじめとした広東ポップの黄金時代の「巨星」たちに捧げられており、「你是八十年代(あなたは80年代そのものだった)」というそのものズバリのタイトルの曲もある。聞いてみて私自身の実感として思うのは、香港の人にとっても日本の人間にとってもあの頃が一番「いい時代」だったのだろうな、ということである。「艷光四射」はその時代の音楽を子守唄のように聞きながら育ったデニス・ホーが、その世代の「責任」にかけて新たな時代を切り開くという決意を込めて送り出した、ひとつの出発点的な曲なのだと思う。同世代の日本人として、私も見習いたいものだ。という個人的な思い入れから、「華氏65度の冬」の101回目はこんな曲になりました。ではまたいずれ。

(追記1:中国語の歌詞のルビの振り方についてはいろいろ試行錯誤を重ねているところなのだけど、今回のローマ字の後ろについている「数字」については、説明が必要だと思う。中国語には「声調」と呼ばれるものがあり、同じ発音の言葉でもどんな「メロディ」をつけて読むかで、その意味が変わるのである。北京語にはこの「声調」が4種類あり、それぞれ ā á ǎ à などの記号をつけて表記するのだけれど、広東語の場合はこれが6種類もあり、一般的には数字で表記されるようになっている。大まかな「メロディライン」としては「1: ソー/ 2: ミソ/ 3: ミー/ 4: レド/ 5: レミ/ 6: レー」という「音階」にほぼ対応しているのだけれど、歌の歌詞には既に「別のメロディ」がついているわけだから、こうした声調を気にしなければならない必要はない。しかし「漢字の読み方」としてルビを振る場合には、数字まで含めて表記しなければウソとまでは言わないにしても、やはり「不充分」になるのである。細かくはいずれ、放ったらかしになっているこのブログで取りあげたいと思うけど、いつのことになるかは分からない)。

(追記その2:100曲目の記事にはてなブックマークで多くのコメントを頂いたことで、はてなブックマークというものの存在を初めて意識させられ、またそれまでにも自分の知らなかったところでいろんなコメントを頂いていたのだということにも、気づかされました。せっかくコメントを頂いたのに放ったらかしにしていたことになるわけで、各位の皆さんには大変申し訳ないことを致しました。お詫びした上でコメントに返事を書こうと思ったのですが、どう書けばいいのか分かりません。またはてなブックマークというもの自体、仕組みやら便利さやら楽しさやら使い方やら、そういったことが全然よく分かりません。誰か親切でかつ時間のある方がいらっしゃったら、そのあたりのことについて教えて下さるか、あるいはブログに書くかして頂いてご教示願えれば幸いです。では、改めまして、またいずれ)。