華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Frederic もしくは幕間 (1979. Patti Smith Group)



ブルースブラザーズの二人が眠りについたところで、ちょっと幕間を挟みたいと思います。

昨日、このブログを始めて以来、初めて読者の方から「翻訳のリクエスト」というものを頂きました。うれしいことです。1人のリクエストに応えたからといって、次の日から10人も20人もの人がリクエストを送ってきて収集がつかなくなるような事態は今のところ起こるとも思えませんし、私としては少なくとも当面はそういうのは全然オッケーです。どんどん応えて行きたいと思います。

ただし私は割と、と言うかかなり好き嫌いの激しい人間なので、リクエストされた曲を聞いてみた上で「こんな曲、訳したくないです」となる場合は、往々にしてありえます。これまでに「好きな曲ではありません」マークをつけてきたいくつかの楽曲のように思い切り悪口を書いてもいいというなら訳しても全然かまいませんが、やはり私も機械ではありませんので、多少なりとも共感できる要素のある曲でなければ、心の込もった訳詞を書ける自信はありません。その点、これまでに取りあげてきた曲の傾向をチェックするなどして頂いた上で、リクエストして頂ければ幸いに存じます。

今回リクエスト頂いた曲は極めてラッキーなことに、そんな私が一回聞いただけで「好きになれた」曲でした。パティ・スミス・グループの「フレデリック」という曲です。

以前「Gloria」を取りあげた時に触れたように、パティ・スミスという人から私は強い衝撃を受けた経験を持っているのですが、アルバムは「ホーセス」と「イースター」の二枚しか聞いたことがありませんでした。「フレデリック」は彼女とそのグループの4枚目のアルバム「Wave」の冒頭を飾る曲で、当時彼女がつきあっていたデトロイトのバンド「MC5」のギタリスト、フレッド "ソニック" スミスに捧げられた曲なのだそうです。このアルバムを出した後、パティ・スミスは彼と結婚し、9年間の活動休止に入ったとWikipediaにはありました。以下、今回は「翻訳をめぐって」も含め、全部をこのですます体のラジオ口調でお送りします。いつもと勝手が違う条件に、多少とまどっております。


Patti Smith - Frederick (1979)

Frederick

Hi, hello, wake from thy sleep
God has given your soul to keep
All of the power that burns in the flame
Ignites the light in a single name

おはよ。
なんじの眠りより目覚むるべし。
かみさまはあなたのたましいに
炎となって燃える力を与えております。
たったひとつの名前が
その力に火をつけるのであります。


Frederick, name of care
Fast asleep in a room somewhere
Guardian angels line a bed
Shed their light on my sleepy head

フレデリック
その名前で頭をいっぱいにして
私はどこかの部屋で眠りこけてる。
守護天使がベッドのそばに並んで
眠たい私の頭に
光を投げかけてくれる。


I am a threshold yearning to sing
Down with the the dancers having one last fling
Here's to the moment when you said hello
Come on my spirit, are you ready? Let's go

私の中には
歌がいっぱいにたまっていて
もう臨界点。
最後のアバンチュールを
楽しんでいるダンサー達と一緒に
思い切り歌いはじめたい。
あなたがハローって言った
そのときが合図。
おいで私のスピリット
準備はいい?
行くよ。


Hi, hi, hey, hey
Maybe I will come back some day now
But tonight on the wings of a dove
Up above to the land of love

やあやあ
ねえねえ
そのうち戻ると思うけど
でも今夜は
ハトの羽根に乗って
いと高き
愛の国


Now I lay me down to sleep
Pray the Lord, my soul to keep
Kiss to kiss, breath to breath
My soul surrenders astonished to death

そして私は
寝ることにします。
わたしのたましいの平安を
かみさまに祈ります。
キスにはキスで
息には息で
わたしの魂はびびってます。
びっくりしちゃって死にそうです。


Night of wonder for us to keep
Set our sails, channel out deep
After the rapture two hearts meet
Mine entwined in a single beat

私たちのための
ワンダーな夜
大切にしたいものです。
舟を出しましょう。
深きに導かれんことを。
空での儀式の後で
ふたつのこころは出会う。
絡まり合った地底の道が
同じビートでひとつになる。


Frederick, you're the one
As we journey from sun to sun
All the dreams I waited so long for
Fly tonight so long, so long

フレデリック
あなたがその人。
太陽から太陽へ
続く二人の旅のなか
私が待ちつづけていた
すべての夢たちよ
今夜とびたて。
さようなら。
さようなら。


Bye, bye, hey, hey
Maybe we will come back some day now
But tonight on the wings of a dove
Up above to the land of love

ばいばい
ねえねえ
そのうち戻ると思うけど
でも今夜は
ハトの羽根に乗って
いと高き
愛の国


Frederick, name of care
High above in sky that's clear
All the things I've been dreamin' of
Are expressed in this name of love

私の頭をいっぱいにしている名前
それはフレデリック
フレデリックは愛の名前。
くっきりと天空に浮かぶ。
私が夢見てきたすべてのことの
答えはフレデリック
その名前の中。


Bye, bye, hey, hey
Maybe we will come back some day now
But tonight on the wings of a dove
Up above

ばいばい
ねえねえ
そのうち戻ると思うけど
でも今夜は
ハトの羽根に乗って
いと高き
愛の国

…それでは「翻訳をめぐって」の時間です。

私が最初に聞いて思ったのは、デビュー曲の「Gloria」と比べるとずいぶんこの人は変わったものだな、ということでした。とりわけあの歌では「イエスは私のために死んだわけじゃない」と歌い、「神との訣別」を宣言していたのに対し、この歌では「神との和解」がなされているように思われる、というのが私の興味を引いた点です。神というものを一度も信じた経験を持たない私にはそれが「いいこと」だとも「悪いこと」だとも言えませんし、「前進」だとも「後退」だとも断ずることはできません。少なくとも「Gloria」の彼女よりこの曲の彼女の方が「幸せそうだ」ということは言えると思いますが、それだって「いいこと」だとも「悪いこと」だとも私には言えない気がします。「誰かが幸せになれば誰かが不幸せになる仕組み」というものが今の社会には存在していると思うからで、そういう社会で「幸せになること」が「いいこと」なのか「悪いこと」なのか、どうしても私には答えが出せずにいるからです。

とはいえこの曲が「聞く人を幸せな気持ちにする力を持った曲」であることだけは、誰しも否定できないところだと言えましょう。「幸せな人」が歌ってるわけですからね。

あと、名前を聞かずに聞いていたら私は最初この歌をシンディ・ローパーの歌だと思ったかもしれない。これは蛇足です。

そして具体的な歌詞の内容に入って行くわけですが、まず冒頭の Hi, hello 。中学の英語の教科書の一番初めに出てきた、一番くだけた英語のあいさつです。ええ。ニューホライズンでマイクとユミが交わしてた言葉です。ところがその直後に出てくる thy。辞書を引いてみたら「なんじ」や「そなた」に相当するものすごい文語なんです。つまりこの歌は一番初めから

文体がグチャグチャ

な歌なんです。せやから私も

グチャグチャな文体

で訳さなしゃーない思たわけなんです。私のラジオ口調のデフォルトはABC朝日放送の関西弁です。

へてから(そして)この曲に使われてる単語ちゅーのんがまたいちいち独特なんです。まず Guardian angel。辞書には「守護天使」とありましたが、「守り神」みたいなニュアンスでも間違いやないと思います。ヒートウェイヴの山口さんも曲名にしてはりましたね。

せやけど私はこの言葉、実はあんまり好きやないんです。と言いますのも、辞書にも載ってますが、ガーディアンエンジェルというのは「1979年にニューヨーク市で発足した治安維持を目的とする非営利民間組」の名前でもある。「制服着用の若者たちが数人一組で犯罪多発地域をパトロールする」とかいう話だけど、これは絶対ロクな組織じゃないですよ。公園から野宿の人を追い出したり、外国人の人に言いがかりをつけて身分証明書を見せろとスゴんだり、そういうのが「正義」だと思い込んでるような連中の団体です。私、そういうの、大嫌いなんです。

関東大震災の時に何千人もの朝鮮人の方が民間の「自警団」によって殺されたという話を子どもの頃に聞いて以来、「いい自警団」というものは存在しないと私は思っています。リクエストを下さった方は被災地の方でもあるので、とても微妙な話になるかとは思いますが、そんな風に他者を排撃することを通して「団結」するのではなく、厳しい状況の中だからこそ誰も排除されたりすることがないように「団結」することはできないものなのかと、いつも感じられてなりません。歯がゆいことに社会の動きはそれと完全に逆行していると思わざるを得ないからです。

そしてその「ガーディアンエンジェル」がニューヨークで結成されたのと、パティ・スミスがこの曲を発表したのが「同じ1979年」であることが、どうも私には引っかかってなりません。互いに影響を与えあった結果とかでなければいいのだけど。少なくとも私の第一印象からして、パティ・スミスという人はそういう「制服を着た人間」から仲間はずれにされているような人たちの「味方」であったはずだと思うんです。

…私がこの歌に「引っかかり」を感じるのはそこだけで、それさえなければ本当に素直に好きになれる曲だと思うんですけどね。歌詞に戻ります。

Fast asleep in a room somewhere…これは主語がパティであるとして翻訳していますが、フレデリックである可能性もあり得ます。むしろ普通はそう読むのが自然ではないかとも思えます。しかしそれだと全体の意味が通らなくなると思うんです。

I am a threshold…「私はひとつの限界である」「閾値である」ものすごい言葉の使い方です。どういう風に「限界」なのかということを考えるなら、「歌い出したくてたまらないその限界」と解釈する他にない。だからああした訳詞になっています。

one last fling…flingは「(軽い気持ちの)試み、短期間の浮気、情事、軽いロマンス、あまり長続きしない付き合い、したい放題のことをすること」。こんないろんな意味の詰まった言葉を一言に直そうと思ったら、「英語を日本語に翻訳するためにフランス語を使う」という離れ業を使うしかありませんでした。

そしてAfter the rapture。これが一番途方に暮れました。raptureには「歓喜」という簡単な訳語もあるようですが、辞書に載っていたのはこんな内容。

raptureキリスト教》携挙{けいきょ}
キリストが天から再臨するときに、地上のキリスト教徒が不死の体になり空中に持ち上げられてキリストに会うという出来事を指す。1830年代および1970年代に前千年王国論者と天啓史観論者の間で人気があった。

…この意味で使われてる言葉だと解釈する以外にありえないわけです。パティスミスの歌だから。しかし丸写しで「携挙」なんて訳しても、分かる日本人は本当に限られたごく一部になってしまいます。それで、あんな風に「意訳」するしかありませんでした。

その他、文章の順番が入れ替わったり、原文に使われていない単語を補ったりしている部分は多々ありますが、日本語として成立するような訳詞をつくるためには、私の技量ではこんな風にするしかありませんでした。とりあえず「意味」そのものを大きく取り違えているところはないはずだと思っていますが、もし間違いを見つけた方がいらっしゃったらお知らせ願えれば幸いです。人から頼まれた仕事でいいかげんなことはでけんのです。

…何とか日付が変わる前に終わらせることができました。初回ということでできる限り丁寧にやったけど、二回三回と回数を重ねてゆくうちにどんどん「手を抜かなきゃやって行けない」ことになるだろうなということを、やり終えてみてありありと感じます。もしもリクエストのある方は、早目の方が絶対「得」です。それではどなたさまも、素敵な明日をお過ごしください。華氏65度の冬リクエスト特集、次回をお楽しみに。