華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

All You Need Is Love もしくは幕間その4 (1967. The Beatles)



ブルースブラザーズ特集は、ジェイクとエルウッドの2人がやっと決まったコンサートの会場に向かう途中でガス欠という緊迫した場面を迎えているわけですが(完全に自業自得という気もするわけですが)ここでまた幕間を挟ませて頂きたいと思います。

IDコールというやつで、本日ふたたび「翻訳のリクエスト」を受けてしまいました。このブログが始まってから2回目なのですが、今回の依頼はよりによってビートルズの「All You Need Is Love」です。初めてのお客さんからコハダを注文された新米の寿司屋のような気分になっております。

aremocoremo.hatenablog.com

ビートルズの歌詞を翻訳することにともなう独特の「緊張感」については、このブログの初期に書いた以下の記事で触れた通りです。

Strawberry Fields Forever もしくは誰か1人がみんなの見本 (1967. The Beatles) - 華氏65度の冬

また、頼まれたわけでも何でもないけれど、ビートルズについて書く時にはこの方に「おうかがい」を立てておかないと自分自身が落ちつかないという理由から、「恒例」としてリンクを貼らせて頂くことにします。
abbeyroad0310.hatenadiary.jp

さて…以下、ですます体は省略しますのでご了承ください。

この曲はビートルズの曲の中でも特に「難解」で有名な曲なのである。タイトルの「All You Need Is Love」というフレーズについて、誤解の余地はないし、邦題の「愛こそはすべて」もまあ「合ってる」と言えるものなのではないかと思う。しかし歌詞カードの和訳に頼らずに英語の歌詞をまともに聞こうとする人間は、ジョンの歌い出しの最初の歌詞で絶対に混乱してしまうのだ。

There's nothing you can do that can't be done

…この「何重否定」なのかも定かでないような不思議な構文をどのように解釈するかが、ちょうど50年前にこの曲が発表されて以来、半世紀にわたって数え切れないほどの人を悩ませ続けてきた難問なのである。

内田久美子さんという人が1990年に発行した「ビートルズ全詩集」での冒頭部分の訳詞は、以下のようになっていた。私がこの歌を母親の持っていた「赤盤」で初めて聞いた時に歌詞カードに載っていた訳詞も、多分こんな感じだったと思う。

There's nothing you can do that can't be done
Nothing you can sing that can't be sung
Nothing you can say but you can learn how to play the game
It's easy

不可能なことをやろうったって無理だ
歌にならないものを歌おうったって無理だ
君はひとことも返せない
が、公明正大なやり方を学ぶことはできる
簡単さ

しかし2008年に「ビートルズ英語読解ガイド」という労作を上梓された秋山直樹さんという人は、この「無理だ」説に真っ向から反論を唱えておられる。

There's nothing you can do だけなら、確かに訳語は「きみにできることは何もない」=「無理だ」ということになる。しかしその後に続くthat can't be done という歌詞も、There's nothingを修飾していると考えるなら、There's nothing that can't be done =「できないことは何もない」=「何でもできる」という、全く逆の意味を持った歌詞が成立してしまう。

この矛盾を解決するため(?)に、秋山氏は you can do というフレーズを「カッコに入れる読み方」を提唱されている。

There's nothing (you can do) that can't be done
…つまり、you can do という言葉は There's nothing that can't be done(できないことなんて何もない)という言葉の間に挟まれた「君ならできるよ」というメッセージなのだ、という解釈である。

これを「普通の英文」に直すなら、There's nothing that can't be done, you can do (anything) という文になる。その語順があえて複雑に入れ替えられているのは、秋山氏によるならば「肯定を強調するため」と「脚韻およびリズムを整えるため」であろうと考察されている。確かに、説得力のある意見である。

しかし、長年にわたって「無理だ」という歌だと思われてきたこの歌が実は「何でもできる」という歌だったというのは、本当ならばどえらい話である。秋山氏はこのことをめぐって、2012年に発行された同書の増補版の中で絶叫しておられる。

この歌の適切な解釈について、私は2008年1月から本書において解説している。2010年1月には"ウィークエンドサンシャイン"というNHKのラジオ番組にゲスト出演した際にも話した。それにも拘らず、多くの人の思い込みを解消できていないようだ。今回の増補版ではこの曲の解説に原版の1.7倍の文字数を使っている。功を奏することを願うものである。

…これでは「無理だ」説がこの世にはびこっている限り秋山さんという人は死んでも死にきれないだろうなと思い、このブログでは「何でもできる」説を採用させてもらうことにしようと一時は私も考えた。

が。

スティーヴ・ターナーというイギリス人が書いた「ビートルズ全曲歌詞集」(初版は1995年。参考にしたのは2015年改訂版) という本の日本語訳をその後に読んだところ、そこにはこの歌をめぐって、こんなことが書かれてあった。

コーラス部分は覚えやすく理解しやすいが、それ以外は不思議なほど不明瞭だ。心の内側に目を向ければあらゆる可能性は開かれる、というメッセージともとれるが、はっきりした意味を導き出すには文法があまりに不正確なのだ。これは「ストロベリーフィール・フォーエバー」と同じく、ジョンの心の迷いの表れかもしれないし、あるいは、整合性を欠いたとしても、初めに浮かんだアイデアが最良という信念からきたものかもしれない。1996年にポールは、「たしかに複雑な歌詞だね。僕にもよくわからない」と語っている。

…この歌はイギリス人が聞いてもやっぱり「複雑な歌」だったのである。だとしたら秋山氏の言うような「何でもできる」という解釈は、あまりに「スッキリしすぎている」と言わねばならない。それならば英語圏の人たちはこの歌をどのように聞いているのだろうかということについて、海外サイトなどをいろいろ調べてみたところ、最終的に得られた結論は「この歌はダブルミーニングの歌なのだ」というのが現在の主流の解釈であるらしいということだった。

以前にも紹介したことがあるけれど、「日和ちがい」という古典落語がある。易者から「今日は雨が降る天気ではない」と言われて安心して出かけた男が、出かけた先で雨に降られ、怒って易者のところに怒鳴り込んだところ、

今日は雨が降るような天気ではない」などと誰が言ったのだ。私は「今日は雨が降るから天気ではない」と言ったのだ。

と言われ、うやむやにされてしまったというお話である。


■桂枝雀 日和ちがい*

英語と日本語では当然文章の構造が違うわけだけど、There's nothing you can do that can't be done というのも要はこの 今日は雨が降る天気ではない と同じように「どっちともとれる歌詞」なのではないか、というのが「ダブルミーニング説」のあらましである。そして私は、これは大いにありうることなのではないかと思う。

何せ「Revolution」という曲では、「革命というものに破壊がつきものなら、僕のことは巻き込まないでほしい」という歌詞のバージョンと「でもやっぱり参加したい」というバージョンの「両方」を発表しなければ気がすまなかったのがジョン・レノンという人である。「I Am the Walrus」という曲では "I am he as you are he as you are me and we are all together.(きみがぼくであるようにきみは彼でぼくも彼なんだからぼくらはみんな一緒さははは)" というフレーズを歌詞の冒頭に持ってきたのがジョン・レノンという人である。私には決してホメられたことだとは思えないけど、多分この人は「矛盾したことを矛盾したまま口にすること」が大好きな人だったのだ。だからそれがいいことか悪いことかはともかく、「正確に」歌詞の意味を翻訳しようと思うなら、この人の歌の場合は「矛盾を解決しようと考えてはいけない」ということを心がけなければならないのだと思う。

…長い前振りになったけど、以上のことを踏まえた上で作ってみたのが以下の試訳である。はてさてその筋の皆さんからはどんな反応が返ってきますやら。


Love Is All You Need - Beatles

All You Need Is Love

Love, love, love
Love, love, love
Love, love, love

愛、愛、愛。
愛です。愛です。愛です。
愛しなさい。愛しなさい。愛しなさい。


There's nothing you can do that can't be done
Nothing you can sing that can't be sung
Nothing you can say but you can learn how to play the game
It's easy

やれないことをやろうとしてもやれることなんてない
というのと
やれないことなんて何もないから何だってやれる
というのは同じことで
歌えないことを歌おうとしても歌えることなんてない
というのと
歌えないことなんて何もないから何だって歌える
というのも同じことだ。
きみには何も言えないかもしれない。
でもゲームに参加する方法なら覚えられるはずだ。
難しいことじゃないよ。


Nothing you can make that can't be made
No one you can save that can't be saved
Nothing you can do but you can learn how to be you in time
It's easy

つくろうとしてもつくれないものはつくれない
というのと
つくれないものなんて何もないから何だってつくれる
というのは同じことで
救おうとしても救えない人は救いようがない
というのと
救えない人なんて誰もいないから誰だって救える
というのも同じことだ。
きみには何もできないかもしれない。
でもきみ自身でいることもそのうちできるようになるさ。
難しいことじゃないよ。


All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need

必要なのは愛だけだ。
必要なのは愛だけだ。
必要なのは愛だよ。愛。
愛があれば何だってやれるはずさ。


Love, love, love
Love, love, love
Love, love, love


All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need


Nothing you can know that isn't known
Nothing you can see that isn't shown
Nowhere you can be that isn't where you're meant to be
It's easy

知られていないことを知ろうとしても何も知ることはできないということと
知られることのないことなんて何もないから何だって知ることができるというのは同じことで
明らかにされていないことを見ようとしても何も見ることはできないというのと
明らかにされることのないものなんて何もないから何だって見ることができるというのも同じことだ。
いるように運命づけられていないところにいようとしてもどこにもいられないということと
いるように運命づけられていないところなんてどこにもないんだからどこにだっていられるというのも同じことだ。
難しいことじゃないんだよ。


All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need

必要なのは愛だけだ。
必要なのは愛だけだ。
必要なのは愛だよ。愛さなきゃ。
愛があれば何だってやれるはずさ。


All you need is love (All together, now!)
All you need is love (Everybody!)
All you need is love, love
Love is all you need
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Yee-hai! (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)

必要なのは愛だけだ。(ご一緒に!)
必要なのは愛だけだ。(みんなで歌おう!)
必要なのは愛だよ。愛。
愛があれば何だってやれるはずさ。

ヤーハー!
愛があれば何だってやれるはずさ。


Yesterday (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Love is all you need (Love is all you need)
Oh yeah! (Love is all you need)
She loves you, yeah yeah yeah (Love is all you need)
She loves you, yeah yeah yeah (Love is all you need)

エスタデイってあれ、いい曲だよね。
必要なのは愛だけだ。
必要なのは愛だけだ。
ヤー!
必要なのは愛だけだ。
あの子はきみが好きなんだってよ。
ひゅーひゅーひゅー。
シー・ラブス・ユーって、あれもいい曲だよね。
必要なのは愛だけだ。


The Beatles- All You Need Is Love Original Video 1967

=翻訳をめぐって=

  • 下の方に貼り付けた動画は、1967年に史上初の世界同時中継でこの歌が放送された時のオリジナル映像だそうなのだけど、絶対すぐに消されちゃうので、早めに見といた方が得ですよ。私も今回、初めて見ました。
  • Love, love, love…Loveという単語だけでは、それが名詞なのか動詞なのかは誰にも決めつけられない。そういう場合には「可能な解釈を全部書く」というのが、このブログのポリシーです。
  • Nothing you can say but you can learn how to play the game…内田氏訳は「君はひとことも返せないが、公明正大なやり方を学ぶことはできる」。秋山氏訳は「今は何も言えないとしても、努力すれば、正々堂々と行動できるようになるよ」。ここでは、直訳に近い訳し方をしています。
  • All you need is love…「必要なのは愛だけ」。このneedは前の歌詞、つまり do, sing, play the game, という3つのことに対するneedです。うまくやったり、歌ったり、ゲームに参加することに「必要なのは愛だけ」ということなので、かなり具体的な話です。だから「愛こそはすべて」という邦題は、この部分だけ切り取れば間違いだとは言えないにしても、やや抽象的にすぎる感じが私にはします。
  • Nothing you can do but you can learn how to be you in time…in timeは「時間に間に合う」という意味と「そのうちに」という意味の複数の解釈が可能。
  • you're meant to be…直訳は「きみは存在することになっている」。意訳になっています。
  • yesterday...この部分をジョンは「Yes, you can」と歌っているというのが秋山氏の主張で、「何でもできる」説の裏づけにされている。しかし海外のどの歌詞サイトを見てもこの部分は「yesterday」と歌っているという聞き取りがなされており、遺憾ながら私にもそう聞こえる。何で突然「yesterday」が出てくるのかといえば、試訳に書いたような文脈なのだろうとしか解釈できない。多分、ジョンの口から何も考えずにフッと出てきた言葉なのだろうと思う。

…さて。

頑張って訳してはみたものの、皆さんは何だかキツネにつままれたような気がしているのではないでしょうか。私もしています。ジョン・レノンという人から、完全に煙に巻かれたような気がしています。しかしジョンという人がどんな人だったのかということを考えてみれば、手前ミソですがこういう解釈が一番「それらしい」ようにも思えます。

て言っか、ジョン・レノンという人が「愛」を語ることについて、そもそも昔から私は反発を感じています。この人は私にとって非常に「親近感」を感じられる相手ではあるのですが、絶対に「マネ」しちゃいけない人だと思う。むしろ「反面教師」にしなければならない人だというのが、私の実感です。私は、この人だけには「愛」を語ってもらいたくないと思う。むしろこの人には「愛」を語る資格なんてないのだということが、世界中の共通認識にならなければならないと思う。それというのも、この人が最初の結婚相手のシンシアさんに対してやらかした仕打ちというのが、あまりにひどすぎるからです。

だって、この人、シンシアさんを旅行に行かせておいて、シンシアさんが「自分の家」に帰ってきたら、そこにヨーコさんと一緒にいたというのですよ。現実を受け止めきれないシンシアさんが「じゃあ、みんなで一緒に食事に行きましょうか」と精一杯の笑顔で言ったら、あの人、「て言っか、きみ、何でそこにいるの?」って言ったらしいんですよ。

…そういうことを平気でやれる人間に、「愛」について語れる資格があるとは私には思えない。

この歌に歌われている「愛」は、「男女間の愛」にとどまることのない「もっと大きな意味の愛」なのだという批評をあちこちで目にするのだけれど、その「もっと大きな愛」のためになら1人の生きた人間にそんな思いをさせても構わないというのであれば、そんなものを受け入れていい気持ちには到底なれない。それを「愛」だと飽くまで強弁するのであれば、その「大きな愛」などというものも、1人の人間を傷つけることを正当化するための最も邪悪なペテンであるとしか、私には思えない。

…そんなわけでこの「All You Need Is Love」というのも、「真面目に聞くだけ損な歌」であるというのが、私の率直な感想です。リクエストを送って下さったmonecoさんの意に添える記事になったかどうか、自信は持てませんが、そういうことについては「言わずに済ませること」ができないのがこのブログなのです。

ジョンには「反省」してから死んでほしかったといつも思う。自分の前半生をマッチョで暴力的な男性として生きてきたということについて、この人は人生のある時期で本当に誠実な「反省」をなしとげることができた人なのだ。そこにおいてヨーコさんという人の存在はやはり大きかったのだと思うし、同じ男性としてそこは本当に「学ぶ」べきことなのだと私自身も思っている。けれどもそれと同じ誠実さを持ってシンシアさんという人と向き合うことが、どうしてあの人にはできなかったのだろうと思う。それこそ「愛さえあれば何でもやれた」はずの人なのに。というわけでブルースブラザーズ特集に戻ります。こちらもこの後、もっとひどいシーンが待っているのですが、粛々とやりたいと思います。幕間でした。ではまたいずれ。

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今週のお題「カバンの中身」
Briefcase Full of Blues

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