華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Let It Be もしくはカンカンカンカン晩餐館 (1969. The Beatles)



Now we'd like to do "Hark The Angels Come"という、この曲を紹介するためのジョンの台詞を前回取り上げてしまったもので、結局「Let It Be」まで取り上げないことには収まりがつかなくなってしまった。こんな有名曲をめぐって、歌の背景や何かについて私ごときがグダグダ書いても仕方がないので、歌の言葉の解釈に話を絞って、できるだけシンプルに記事をまとめたいと思う。もっとも、気になっていたことをひとつひとつ書いてゆけば、結局長ったらしい記事になってしまいそうな予感が、書く前から早くもしている。

https://youtu.be/

The Beatles: Let It Be

Let It Be

英語原詞はこちら


When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

困った時にはぼくのところに
マザー·メアリーが来てくれる。
ありがたい言葉をたずさえて。
「そのままでいいんだよ」って。


And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom
Let it be

そして気持ちが真っ暗な時にも
彼女はぼくの真正面に立っている。
ありがたい言葉をたずさえて。
「そのままでいいんだよ」って。


Let it be, let it be, let it be, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be

あるがままにしておきなさい。
なすがままにさせておきなさい。
身をゆだねればいい。
自然にまかせておけばいい。
そんないい言葉をささやいてくれる。
「そのままでいいんだよ」って。


And when the broken-hearted people
Living in the world agree
There will be an answer
Let it be

世界中の傷ついた人々が
その言葉を受け入れたなら
答えはきっと見つかるはずだ。
「あるがまま」で構わないんだよ。


For though they may be parted there is
Still a chance that they will see
There will be an answer
Let it be

みんな今はバラバラかもしれないけど
ひとつになれるチャンスはある。
答えはきっと見つかるはずだ。
「あるがまま」で構わないんだよ。


Let it be, let it be, let it be, let it be
Yeah, there will be an answer
Let it be

あるがままで構わない。
なすがままで構わない。
身をゆだねればいい。
自然にまかせておけばいい。
答えはきっと見つかるはずだ。
そのままで構わないんだよ。


Let it be, let it be, let it be, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be

あるがままにしておきなさい。
なすがままにさせておきなさい。
身をゆだねればいい。
自然にまかせておけばいい。
いい言葉だろう。
ささやいてほしい。
「そのままでいいんだよ」って。


Let it be, let it be, let it be, yeah, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be


And when the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine until tomorrow
Let it be

夜空は雲に覆われていても
希望の光がぼくを照らしている。
明日までは消えないでほしい。
「あるがまま」を受け入れよう。


I wake up to the sound of music
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

聞こえてくる音楽に目をさませば
マザー·メアリーが来てくれる。
ありがたい言葉をたずさえて。
「そのままでいいんだよ」って。


Let it be, let it be, let it be, yeah, let it be
There will be an answer
Let it be
Let it be, let it be, let it be, let it be
Yeah, there will be an answer
Let it be

あるがままで構わない。
なすがままで構わない。
身をゆだねればいい。
自然にまかせておけばいい。
答えはきっと見つかるはずだ。
そのままで構わないんだよ。


Let it be, let it be, let it be, yeah, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be

あるがままにしておきなさい。
なすがままにさせておきなさい。
身をゆだねればいい。
自然にまかせておけばいい。
いい言葉だろう。
ささやいてほしい。
「そのままでいいんだよ」って。

=翻訳をめぐって=

久々に強調するのだけどこのブログは対象年齢が中学生以上なので、それにふさわしい解説を心がけたいと思う。私が中学生だった時には、この歌のタイトルに出てくるletという言葉の概念が全く理解できなかったことを覚えている。「レッツ·ゴー」が「さあ行こう」という意味だというぐらいのことはもちろん知っているのだけど、文字通りの丸暗記で文法的な意味を分かっていないものだから、「Let me see(私に見させてください→検討する機会を下さい→ちょっと待ってください)みたいな表現になると、もうお手上げだった。日本語だとそんな言い方は、絶対しないからである。「さあ行こう」を「私たちを行かせて下さい」という「別の日本語」にまず「翻訳」しなければならないという理屈が、どうしても分からなかった。「別の日本語」に翻訳することができるなら、「さあ行こう」という言葉だって「そのまま」翻訳できる英語表現がありそうに思われるのに、なぜそっちを教えてくれないのだろうと思ったりしたものだった。

beという単語の概念も、これまたさっぱり分からなかったことを覚えている。amやisやareはbe動詞と呼ばれる特別な動詞で、「です」の代わりに使われる。というあたりのことまでは理解できても、「Be quiet(静かにしなさい)みたいな表現が出てくると、たちまちチンプンカンプンになった。「です」という言葉に「命令形」が存在するという概念を、これまたどう受け入れていいのかさっぱり分からなかったからである。

そんな風に苦手中の苦手であるletbeが両方出てきて、あまつさえ具体的な内容を持たない形式的な目的語であるitが間に挟まったこの曲のタイトルというものは、どう理解していいのか本当に分からなかった。歌詞カードには確かに「あるがままに」という訳詞が書いてあるのだけれど、「あるがままに」という言葉と「さあ行こう」みたいな言葉にどういった文法的な共通性を見出せばいいのだろう。そんな意訳をされてみても、英語の歌詞とは全然結びつかない気がする。さらに言うならこの曲のタイトルは「レット·イット·ビー」なはずなのに、歌を聞いてみると完全に「れりぴー」と聞こえる。どうしてTがラ行の言葉になり、Bがパ行の言葉に変わるのか。曲自体は母親の胎内にいた時からずっと身の回りで流れ続けていたにも関わらず、あの頃の自分にとってこれほど「分からないことづくめ」の歌は他になかったように思う。

そんな昔の自分にも分かるようなやり方でどう説明するか、という問題だと思うのだけど、結局letは「させる」という意味の動詞、beは「ある状態のもとにある」という動詞であり、特別な言葉ではなく他の動詞と全く同じように使えばいいのだということを覚えておくことだと思う。そして英語における「命令形」の使い方に慣れることである。「Let it be」が「命令形」の文章になっているということが、当時の私には分からなかったのだ。

命令形の文章が往々にして分かりにくいのは、そこに「主語」が存在しないからだと思う。もっとも主語が不要なのは、命令形というのが必ず「具体的な相手」を前にして発せられる言葉であり、誰が誰に対して言っている言葉であるかは自明だからに他ならない。その点では、自明な関係性の内側では基本的に主語が出てこない日本語の話し方と、むしろよく似た表現なのである。

さらに、日本語では「行け」「行こう」といった形で動詞の活用形を変化させることを通して「命令形」と「勧誘形」を区別するのだけど、その区別が英語には存在しない。このことは別に「不便」ではなく、むしろ「覚えることがひとつですむ」とポジティブに受け止めるべき事実なのである。だから「Let it be」は「そのままにしておきなさい」という命令形で解釈しても、「そのままにしておこう」という勧誘(もしくは自分の意志=自分に対する命令)の意味で解釈しても、どちらでも「間違い」ではない。どちらを訳語として採用するかは結局「文脈次第」ということになる。「あるがままに」はそのどちらにも対応できる、ある意味では「上手な意訳」なのだが、その訳し方のおかげで私は長い間「Let it be」が「命令形」になっていることに気づくことができなかったのだから、ずいぶんと罪なことをしてくれたものだという気が、今はしている。

鈴木大拙という人は「禅の精神は Let という言葉に要約される」みたいなことを言って欧米人を感心させたとか聞いたことがあるのだけれど、どうもインチキ臭い話だと思う。それならそれにふさわしい日本語が存在していそうなものだ。もともと日本語に存在しないようなそうした概念を日本人が欧米人に先がけて「発明」し、文化を通して「実践」してきたのだと言われても、それならその日本人である自分が「Let」をずっと理解できずに来たのはどういうことなのだろうとしか、私には思えない。

もっとも「禅」というものは周知のごとく、インド人のダルマさんが中国で完成させたものが日本に輸入されて今に至っているわけだから、そこで「輸入された概念」の中には何らかの形で「Let」も含まれているのかもしれない。しかし「そういう日本語」がそこから発生しなかったということは、やはりそれが概念としては「定着しなかった」ことを示しているのだと思う。ちなみに中国語で「Let it be」は、「順其自然」と翻訳されている。

…一番ややこしい「Let it be」の解説はとりあえず以上とした上で、以下は細かい点。

  • When I find myself in times of trouble…直訳は「自分が困難の中にいることを発見した時」。
  • Mother Mary…この言葉を「聖母マリア」のことだと理解している人は英語話者の中にも多いし、歌詞カードの日本語訳もそうなっているのだけれど、メアリーというのはこの曲ができる10年ほど前に亡くなったポールのお母さんの名前らしい。もっとも歌だけを「作品」として受け取る聞き手の側は、そんなアーティストのプライベートな事情にまで精通していることを求められているはずがないのだから、ここは「聞こえている通り」に聞けばいいのだと思う。
  • words of wisdom…直訳すれば「知恵の言葉」。「名言/格言」といった意味で使われるイディオム。「It's words of wisdom」だと「いいこと言うね」ぐらいの意味なので、あまり固い言葉で訳すのもどうかと思った。それを「speaking」=喋りながらマザー·メアリーはやってくるわけだけど、「喋りながら」などという日本語を使うと、マザー·メアリーがこちらの言うことも聞かずに一方的に喋っているような印象になってしまう。それで、上記のような意訳になった。
  • And when the broken-hearted people Living in the world agree…the broken-hearted people Living in the world が全部「主語」で、それがagreeする時、という副詞節。agreeとは「一致する」「同意する」だが、「何に同意するのか」がここでは省略されていると思う。「Let it beという言葉」に同意すれば「答えが見えてくる」という意味なのだろうと、ここでは解釈した。
  • Whisper words of wisdom…私は最初、Whisper(ささやく)の主語はマザー·メアリーだと思ったのだけど、それならWhispersとsがつくはずなのである。「原形」が使われているということは、このWhisperは命令形なのだ。だから「ささやいてほしい」と訳すか「そっとつぶやこう」という意志の表現として訳すのが、正しいことになる。
  • Shine until tomorrow…このShineも命令形なのである。つくづく命令形の多い歌だと思う。その割にあまり命令されているように聞こえないのは、何なのだろう。ポールの人徳だろうか。まあ、「自分に言い聞かせる」文脈や「自然に呼びかける」文脈で使われているからだということなのだろうと思う。



ドラムセットのシンバルというものは、画像のように「笠」みたいな形をしているのだけど、この「へり」の部分を叩くと基本的に「シャーン」という音がする。しかし笠の頂点に近い部分を叩くと「シャーン」というノイズが消えて、「カンカンカン」という澄んだ短い音に変わる。

私がドラムセットというものを生まれて初めて見た時、それを叩いてみせてくれたお兄さんは、「Let it be」でポールが繰り返し部分を歌っている時に後ろで流れている音はこうやって出すのだと言って、あの「カンカンカンカン」を実演してみせてくれた。私は目の前の楽器から母親のレコードと「同じ音」が流れてくることにひたすら感動し、そのお兄さんがまるで神の如き存在に見えた。

「やってみ。カンカンカンカン晩餐館、や」と言ってそのお兄さんはスティックを私に手渡してくれた。恐る恐る叩いてみると、自分の手の先からも「リンゴと同じ音」が流れ始めた。私はすっかりうれしくなって、「カンカンカンカン晩餐館!れりぴー!れりぴー!」と絶叫しながら、小一時間ぐらいそのお兄さんの部屋で遊ばせてもらっていたのを覚えている。

「カンカンカンカン晩餐館」というのは、当時テレビで流れていた焼肉のタレのCMである。だからそれ以来「Let it be」を聞くたびに、私の脳裏にはあの日本食研のCMが欠かさず一緒に回り出すことになっている。以上今回のサブタイトルの由来でした。ではまたいずれ。


日本食研「晩餐館」cm
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