華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

水手 もしくは見返り美人 (1992. 鄭智化)



前回とりあげた鄭智化(チョン·チーホァ)さんの、最も有名な曲を紹介しておきたい。「水手」とは「船乗り」という意味。こちらの歌は普通話(北京方言を基礎とした「共通語」)で歌われている。私が初めて、そらで歌えるようになった中国語の歌でもある。

90年代といえば私にとってはいまだに先週か先月くらいの感覚でしかないのだけれど、中国のネット世代の若い人たちにとっては既に「大昔」の曲である。しかし80年代に小学生だった私たちの世代が、学校の教科書を通して60年代のフォークソングに触れたのと同様に、今の中国でこの曲は世代と(「両岸」における)体制の違いをこえた、「古典」としての地位を獲得している観がある。日本人にとってもとても親しみやすいメロディで、サビが聞こえてきたら思わず誰もが口ずさんでしまわずにはいられないはずだ。

♪ だかーら私のこぉいはいーつも、めーぐりめぐって振り出しよ…

…パクリだとかそういうことが言いたいわけではない。真心をこめて誠実に作った曲が「結果として」誰かの曲に似通ってしまうというのは、往々にして起こることだ。それに聞いた時のせつなさからしても歌詞の持っているメッセージ性からしても、若干マッチョな内容になっているのは気になるにせよ、巡恋歌よりこっちの方が私はずっと好きである。

だってぇさーみーしーくて見っ返りーのー美人」という中島みゆきの曲とも、ちょっとと言うか、かなり似ている。けったくその悪いことに、この3曲の中で一番最初に発売されたのは、やっぱり巡恋歌 (79年) だった。


郑智化 水手

水手

中国語原詞はこちら


kǔsè de shā
苦澀的沙
chuī tòng liǎnpáng de gǎnjué
吹痛臉龐的感覺
xiàng fùqīn de zémà
父親的責罵
mǔqīn de kūqì
母親的哭泣
yǒngyuǎn nán wàngjì
永遠難忘記
niánshào de wǒ
年少的我
xǐhuān yīgè rén zài hǎibiān
喜歡一個人在海邊
juǎn qǐ kùguǎn guāngzhe jiǎo yā
捲起褲管 光著腳丫
cǎi zài shātān shàng
踩在沙灘上

砂混じりの風が頬に吹きつけるあの感覚。
それは父親の叱り声のようで
母親の泣き声のようで
終生忘れることができない。
幼かった僕は
1人で海辺にいるのが好きだった。
ズボンの裾をまくりあげて
裸足になって
砂浜に立っていた。


zǒng shì huànxiǎng hǎiyáng de jìntóu
總是幻想海洋的盡頭
yǒu lìng yīgè shìjiè
有另一個世界
zǒng shì yǐwéi yǒnggǎn de shuǐshǒu
總是以為勇敢的水手
shì zhēnzhèng de nán'ér
是真正的男兒
zǒng shì yī fù ruòbùjīnfēng
總是一副 弱不禁風
nāozhǒng de yàngzi
孬種的樣子
zài shòu rén qīfù de shíhòu
在受人欺負的時候
zǒng shì tīngjiàn shuǐshǒu shuō
總是聽見水手說

あの海の彼方には違った別の世界が
あるのだろうといつも夢見ていた。
勇敢な船乗りこそは男の中の男だと
いつも思っていた。
いつもひ弱な臆病者だったぼくの耳には
人からいじめられるたびに
いつも船乗りの声が聞こえていた。


tā shuō fēngyǔ zhōng
他說 風雨中
zhè diǎn tòng suàn shénme
這點痛算什麼
cā gān lèi bùyào pà
擦乾淚 不要怕
zhìshǎo wǒmen hái yǒu mèng
至少我們還有夢
tā shuō fēngyǔ zhōng
他說 風雨中
zhè diǎn tòng suàn shénme
這點痛算什麼
cā gān lèi bùyào wèn wèishéme
擦乾淚 不要問 為什麼

彼は言うのだった。
嵐の中で
これくらいの痛みが何だってんだ。
涙をふけ。恐れることはない。
少なくともおれたちには
まだ夢がある。
彼は言うのだった。
嵐の中で
これくらいの痛みが何だってんだ。
涙をふけ。
訊くんじゃない。
「どうして」なんて。


zhǎng dà yǐhòu
長大以後
wèile lǐxiǎng ér nǔlì
為了理想而努力
jiànjiàn de hūlüèle fùqīn mǔqīn
漸漸的忽略了父親母親
hé gùxiāng de xiāoxī
和故鄉的消息
rújīn de wǒ
如今的我
shēnghuó jiù xiàng zài yǎnxì
生活就像在演戲
shuōzhe yánbùyóuzhōng dehuà
說著言不由衷的話
dàizhe wèishàn de miànjù
戴著偽善的面具

おとなになり
理想のために努力する中で
故郷の父母や懐かしい人たちとは
だんだん疎遠になってしまった。
今のぼくの生活は
演技をしてるのと変わらない。
心にもないいいかげんなことを言って。
偽善のマスクをかぶって。


zǒng shì názhe wēibùzúdào de
總是拿著微不足道的
chéngjiù lái piàn zìjǐ
成就來騙自己
zǒng shì mòmíng qímiào gǎndào
總是莫名奇妙感到
yīzhèn de kōngxū
一陣的空虛
zǒng shì kào yīdiǎn jiǔjīng de mázuì
總是靠一點酒精的麻醉
cáinénggòu shuì qù
才能夠睡去
zài bàn shuì bàn xǐng zhī jiān fǎngfú
在半睡半醒之間彷佛
yòu tīngjiàn shuǐshǒu shuō
又聽見水手說

取るに足らない成功にしがみつき
いつも自分をあざむいている。
名前をつけることもできない
奇妙な空虚さをいつも感じている。
アルコールの麻酔にたよって
やっと眠りにつけるのが
いつものことになっている。
眠っているのか起きているのかも
わからないぼくの耳に
あの船乗りの声が聞こえてくるようだ。


tā shuō fēngyǔ zhōng
他說 風雨中
zhè diǎn tòng suàn shénme
這點痛算什麼
cā gān lèi bùyào pà
擦乾淚 不要怕
zhìshǎo wǒmen hái yǒu mèng
至少我們還有夢
tā shuō fēngyǔ zhōng
他說 風雨中
zhè diǎn tòng suàn shénme
這點痛算什麼
cā gān lèi bùyào wèn wèishéme
擦乾淚 不要問 為什麼

彼は言うのだ。
嵐の中で
これくらいの痛みが何だってんだ。
涙をふけ。恐れることはない。
少なくともおれたちには
まだ夢がある。
彼は言うのだ。
嵐の中で
これくらいの痛みが何だってんだ。
涙をふけ。
訊くんじゃない。
「どうして」なんて。


xún xúnmì mì xún bù dào
尋尋覓覓尋不到
huózhe de zhèngjù
活著的證據
dūshì de bóyóu lù tài yìng
都市的柏油路太硬
cǎi bù chū zújì
踩不出足跡
jiāo'ào wúzhī de xiàndài rén
驕傲無知的現代人
bù zhīdào zhēnxī
不知道珍惜
nà yīpiàn bèi wénmíng zāotàguò dì
那一片被文明糟踏過的
hǎiyáng hé tiāndì
海洋和天地

どれだけ探し求めても
自分が生きている証を見つけられない。
都会のアスファルトは硬すぎて
足跡さえも残せない。
傲慢で無知な現代人は
大切にすることを知らないのだ。
文明によって踏みにじられた
大海原とあの天地を。


zhǐyǒu yuǎnlí rénqún cái néng
只有遠離人群才能
zhǎo huí wǒ zìjǐ
找回我自己
zài dàizhe xián wèi de kōngqì zhòng
在帶著咸味的空氣中
zìyóu de hūxī
自由的呼吸
ěr pàn yòu chuán lái qìdí shēng
耳畔又傳來汽笛聲
hé shuǐshǒu de xiàoyǔ
和水手的笑語
yǒngyuǎn zài nèixīn de zuìshēn chù
永遠在內心的最深處
tīngjiàn shuǐshǒu shuō
聽見水手說

人波から遠く離れることで
初めて自分は取り戻せる。
塩分を含んだ空気の中で
思いきり自由に呼吸ができる。
耳もとには汽笛の音と
船乗りの笑い声が聞こえる。
ぼくの心の一番深いところには
永遠にあの船乗りの声が響き続けている。


tā shuō fēngyǔ zhōng
他說 風雨中
zhè diǎn tòng suàn shénme
這點痛算什麼
cā gān lèi bùyào pà
擦乾淚 不要怕
zhìshǎo wǒmen hái yǒu mèng
至少我們還有夢
tā shuō fēngyǔ zhōng
他說 風雨中
zhè diǎn tòng suàn shénme
這點痛算什麼
cā gān lèi bùyào wèn wèishéme
擦乾淚 不要問 為什麼

彼は言うのだ。
嵐の中で
これくらいの痛みが何だってんだ。
涙をふけ。恐れることはない。
少なくともおれたちには
まだ夢がある。
彼は言うのだ。
嵐の中で
これくらいの痛みが何だってんだ。
涙をふけ。
訊くんじゃない。
「どうして」なんて。

…しかし、考えてみると、英語の曲でこういう内容の歌詞って、ほとんど見たことがない気がする。日本の歌謡曲はある意味「こんな歌詞ばっかり」な気もするのだけれど。具体的には「夢のためにがんばるカテゴリー」に分類される歌である。少なくとも今まで訳してきた歌の中にはひとつもなかったから、こういう日本語の訳詞をつづることは妙に「新鮮」に感じられた。しかし私の好みからすれば、「夢のためにがんばるタイプの歌」というのは基本的にあまり好きではない。

エゴイスティックだからね。

だから、そういう歌の一つも出てこないブルースブラザーズの映画が私にとってはすごく気持ちよく感じられたのかもしれないといったようなことを、今回の翻訳を終えてみて、思った。ではまたいずれ。