華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Horse Latitudes もしくはウマノイド (1967. The Doors)




アルバム"Strange Days"で、"Moonlight Drive"の前のトラックに収録されている、ジムモリソンによる詩の朗読。「水にまつわる死」のイメージは、この曲(と呼ばせてもらうけど)において一層強烈に表象されている。初めて聞いた時、私はこの曲がものすごく怖かった。それでいつも飛ばして聞いていたし、この曲だけはカセットテープに録音しなかったことを覚えている。けれどもその一方で、ものすごく「引き込まれる何か」を感じても、いたのだと思う。その「引き込まれる感じ」が文字通り「水中に引き込まれる感じ」で、それが怖かったのである。

"Horse Latitudes"は、直訳すると「馬の緯度」という意味。辞書には「亜熱帯高圧帯」と記載されている。それがどうして「馬の緯度」になるのかについては、若干の説明を要する。



地球における大気の循環は、自転の影響により、大まかに見るなら上図のような「風向き」を形成している。日本あたりの緯度の地域では地球をぐるっと一周するように「偏西風」が東に向かって吹いているし、フィリピンあたりの緯度の地域では逆に「貿易風」と呼ばれる東風が一年中吹き続けている。南半球でも同様である。

そしてこの二つの地域の中間に位置している北緯および南緯30~35度の地帯では、一年を通じて基本的に「風が止まった状態」が続いている。それが"Horse Latitudes"である。

なぜ"Horse Latitudes"と呼ばれるようになったのか。昔の船は風に頼ってしか航海することができなかったから、何かの間違いやあるいはやむにやまれぬ事情からこの緯度帯に入り込んでしまった場合、「動けなくなってしまう」ことがしばしば起こったらしいのである。その状態は時として何日も何週間も続き、水や食料を節約するため、あるいは船の重量を軽くするために、積荷の馬を生きたまま海に放り込むということが行われた。主にスペインの船乗りたちのあいだに伝わっていた話らしいのだけど、そこからこの緯度帯のことが「馬の緯度 (Horse Latitudes)」と呼ばれるようになったと言われている。



"Horse Latitudes"は、子どもの頃に本屋で目にしたその話のブックカバーの印象にもとづいて、ジムモリソンが高校生の時に書いた詩なのだそうである。詩の言葉だから難しい言い回しや奇妙な文法が随所で使われており、翻訳はしてみたものの、正確さには自信が持てない。ただ言えるのは、それが海に放り込まれた馬たちが必死であがき、やがて水中に消えてゆくまでの「苦しみ」に焦点をあてた詩だということである。その「情景」が、完全に風の止まった、ということは静寂に包まれた明るい世界で、残酷に展開される。(green gallopという言葉はとりわけ分かりにくいが、これは無風地帯に広く繁茂している海藻の茂みに、沈められた馬が足を取られている様子の描写なのだろうということが、海外サイトには書かれていた。「船の墓場」として有名なサルガッソー海も、"Horse Latitudes"に位置しているのだそうである)。ジムモリソンはそうやって死んでゆく馬たちの何に彼自身を重ねていたのだろうと思うと、今でもやっぱり、少し怖い。



志摩半島の麦崎というところの沖合には「竜宮の井戸」と呼ばれる「海中の穴」があって、地元の海女さんたちはその周辺では現在でも決して漁をしないのだという。誰にも分からないぐらい遠い昔、その「竜宮の井戸」の上の海面に「桶」だけを残して、9人もの海女さんが消えてしまった事件が、実際にあったらしい。以前にその場所に行ってその話を聞いた時、私の脳裏にはなぜか"Horse Latitudes"を朗読するジムモリソンの恐ろしい声が流れ出し、海を眺めているのが怖くなった。そして「竜宮の井戸」のイドと「馬の緯度」のイドが頭の中でシンクロするのを感じ、海中の深い穴の中から何頭もの馬が恨めしげな顔をしてこちらを眺めているような映像がチラついて、その晩は眠れなかった。今でも時々、そういう夢を見ることがある。ウマノイド。日本語の響きとしても、非常に不気味な言葉である。カタカナで表記すると、何だかサイバーパンク的な怖さまで加わってくる。



…「水にまつわる死」のイメージに、これだけ得体の知れない恐怖を感じてしまうのは、私自身の側に何らかの原因があるのかもしれない。最初はこんな話をするつもりは全然なかったのにどんどん歌の話から離れて行ってしまう。そういえば私が今までに聞いてきた「怪談」の中で一番怖かった話は、むかし北野誠がラジオで紹介していた、同じ三重県で起こったこの事件をめぐる話だった。夏も終わりだし、本当はそういうブログではないのだけど、貼りつけておくことにしたいと思います。そしてこの事件ならびに72年前の津市大空襲で命を落とされた皆さんのご冥福を、私自身も心からお祈り申し上げます。
橋北中学校水難事件とは? 女子生徒36人が溺死 生還者「モンペ姿の女に海に引きずり込まれた」

それにつけても「放牧地帯」というこの曲の邦題は、いったい誰がどういう根拠でつけたものなのだろう。さっぱり分からない。それと、ネットのなかった時代に私が"Horse Latitudes"というタイトルと詩の意味を知るには相当の苦労をしなければならなかったはずなのに、それをどんな風にして「初めて知った」のかを、全然思い出すことができない。何か、気持ちの悪い感じばかりが後から後からこみあげてくるなあ。今夜は早く寝ることにします。ではまたいずれ。


Like a Rolling Stone

Horse Latitudes

When the still sea conspires an armor
And her sullen and aborted
Currents breed tiny monsters
True sailing is dead
Awkward instant
And the first animal is jettisoned
Legs furiously pumping
Their stiff green gallop
And heads bob up
Poise
Delicate
Pause
Consent
In mute nostril agony
Carefully refined
And sealed over

静かな海が鎧の心をまとう時
そして彼女の陰鬱な
中断された潮の流れが
小さな怪物たちを産み落とす時
真の航海と呼べるものは
その命脈を絶たれている。
ぎこちない一瞬。
そして最初のけものが投げ落とされる。
脚を猛烈にばたつかせ
海藻をまさぐる硬直したそのギャロップ
そして不意に突き出された首。
止まる時間。
デリケートな
ためらい。
あきらめ。
沈黙の鼻腔の中に
閉じ込められた苦悶が
入念に磨き直された
海面の下に
封じ込められてゆく。