華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Venus In Furs もしくは毛皮のヴィーナス (1967. The Velvet Underground and Nico)

Venus In Furs

英語原詞はこちら


Shiny, shiny, shiny boots of leather
Whiplash girlchild in the dark
Comes in bells, your servant, don't forsake him
Strike, dear mistress, and cure his heart


Downy sins of streetlight fancies
Chase the costumes she shall wear
Ermine furs adorn the imperious
Severin, Severin awaits you there


I am tired, I am weary
I could sleep for a thousand years
A thousand dreams that would awake me
Different colors made of tears


Kiss the boot of shiny, shiny leather
Shiny leather in the dark
Tongue of thongs, the belt that does await you
Strike, dear mistress, and cure his heart


Severin, Severin, speak so slightly
Severin, down on your bended knee
Taste the whip, in love not given lightly
Taste the whip, now plead for me


I am tired, I am weary
I could sleep for a thousand years
A thousand dreams that would awake me
Different colors made of tears


Shiny, shiny, shiny boots of leather
Whiplash girlchild in the dark
Severin, your servant comes in bells, please don't forsake him
Strike, dear mistress, and cure his heart


Venus In Furs

=翻訳をめぐって=

whiplashは「ムチで打つ(こと)」。girlchildは「女の子」。

Whiplash girlchildは、読み方によっては「girlchildをムチで打て」とも読めるし、girlchildに対して「ムチで打て」と命令しているようにも読めるし、「ムチで打つ音」と「girlchild」という名詞の羅列であるようにも読める。

子どもをムチで叩くなんて最悪の虐待だし、子どもにそんなことをさせるのも虐待だし、子どもにそんな光景を見せつけること自体も虐待だと私は思う。こんな歌詞を「自分の言葉」で翻訳することは、私にはとてもできない。

私が10代の頃に最初に読んだ歌詞カードでは、girlchildの部分が「godchild(神の子)」という神秘めかした言葉になっていたから、虐待の影は感じなかった。だから今回調べてみて、ネットで見つかる全ての歌詞がgirlchildの表記になっていることを知った時には、「うそだ」と言いたい気持ちになった。そして改めて調べてみて、girlchildは愛称や呼びかけとしても成人女性に対して使われることがほぼありえないような、文字通り「女児」を意味する固い響きの名詞であることが分かった。

不思議な響きを持った外国語の歌を聞いて、その意味を知りたいと思うことは、罪でも何でもない。そして自分でその意味を調べてみることも、罪でも何でもない。しかし知った以上は、それに対する態度が問われることになるのである。自分で調べてみてその内容が罪深いものであることを「知った(あるいは感じた)」にも関わらず、そのことのうえで訳詞を書いたりネットで拡散したり自分でも歌ってみたりといったような行為に踏み込んだならば、自分もそれと同じ罪に手を染めることになると私は思う。

訳詞を書いたりその歌を歌ったりという行為は、多かれ少なかれその歌を書いた人間に「なりきる」ことを必要とする作業なのである。人を差別する人間の気持ちに「なりきる」ということは自分もまた人を差別する人間になるということだし、子どもを虐待したいと思っている人間の気持ちに「なりきる」ことは自分もまた子どもを虐待したいと思っている人間の「気持ち」が分かる人間になってしまうということ以外の何をも意味しないではないか。そんな「気持ち」はたとえ他人の口から表明されることがあったにしても、それを「分かっ」たりしては絶対にいけないはずなのだ。

けれども、共感できない内容だったことが明らかになったからと言って、無視したり目を背けたりするのが「正しい態度」であるとも私には思えない。ルー·リード本人はこの歌の歌詞を罪深いことを承知で書いたのかそれとも全然罪だと思わずに書いたのか。私には本当に分からない。ただルー·リードという人は彼自身、子どもの頃に親から激しい虐待を受けた経験を持っているサバイバーなのである。そういう人がこういう歌詞を書くことには、意味がある。彼に成り代わって説明したり評論したりすることは他の誰にもできないし許されないような、そういう「意味」である。彼は彼が彼自身として「生きる」ために「必要」だと思ったからこそ、こうした歌を書いたに違いないのだ。それは「聞かなければならないこと」だし「知らなければならないこと」だと私は思う。

そんなわけで私は今後、ルー·リードの歌に限らずそうした歌詞を翻訳する必要に迫られた際には、歌を作った人間の気持ちになりきって「訳詞」を書くのではなく、ひとつひとつのフレーズを一旦バラバラにした上でそこに歌われている「内容」だけを訳出するような翻訳の仕方を試みてゆくことにしたい。以下はそんな風にして「訳出」してみた、”Venus In Furs”の「内容の再現」である。言うまでもなく、最も重要なことは「正確に翻訳すること」と「誤訳をしないこと」であり、そこにおける批判や指摘は他のいろいろな曲の訳詞に関するのと同様、真摯に受けとめてゆきたいと思う。

==============================

Shiny, shiny, shiny boots of leather
「ピカピカの、ピカピカの、ピカピカの革のブーツ」

Whiplash girlchild in the dark
…前半部分については上述。その光景が「in the dark」=「暗闇の中で」展開される。

Comes in bells, your servant, don't forsake him
…Comesになっているから命令形ではなく、倒置法の表現なのだと思われる。「ベルに合わせてやってくる。あなたの奴隷。彼を見捨ててはならない」

Strike, dear mistress, and cure his heart
「叩け。親愛なる女王様。そして彼の心を癒してやれ」…mistressは「女主人」「女王」。このmistressが上述のgirlchildのことを指しているのか、それとも他の女性のことを指しているのかを特定できる情報は、歌詞の中にはない。上段のyour servantの you が誰を指しているのかに関しても同様。

Downy sins of streetlight fancies
「街灯の幻想によって形づくられたフワフワの罪(が)」downyは「綿毛のような」という意味。

Chase the costumes she shall wear
「彼女のまとうコスチュームを追いかける」

Ermine furs adorn the imperious
「オコジョの毛皮が専制者を飾りつける」…ermineは「オコジョ」。岡田あーみんって、そういう名前だったんだな。

Severin, Severin awaits you there
「ゼヴェリーンが、ゼヴェリーンがあそこであなたを待っている」…Severinは、ウクライナの作家であるマゾッホ1871年に書いた「毛皮のヴィーナス」というこの歌と同名の小説の主人公の名前。「マゾヒズム」という言葉はこの小説から生まれたと言われている。
毛皮を着たヴィーナス - Wikipedia

I am tired, I am weary
この部分に関しては、「訳詞」にしても問題ないと思う。

ぼくは疲れた。
いやになった。
1000年だって眠れそうに思える。
ぼくを起こすのは
1000の夢。
涙から作られた
この世のものとも思えない色彩。

…Different colors made of tears という歌詞に関しては、「瞳が涙でにじむことによって、周囲の光景がくっきりした輪郭を失い、ぼやけた色彩の集合となって目の中に飛び込んでくるイメージ」の表現なのだろうという解釈が他サイトでなされていた。「Different colors (違った色彩)」が「それぞれ違った色彩」なのか「普段と違った色彩」なのかは判然としないが、ここでは後者の意味で訳している。なお、ここで唐突に「I am...」というこの歌の「主語」が登場するが、この「ぼく」が何者でありどういう経緯でそこにいるのかを特定できる情報は、やはり歌詞の中には存在してしない。

Kiss the boot of shiny, shiny leather
「ピカピカのピカピカの革のブーツにキスをしろ」

Shiny leather in the dark
「闇の中で光を反射する革」

Tongue of thongs, the belt that does await you
「あなたを待っているのは革のムチの舌。そのベルト」。…このyouがmistressなのかSeverinなのかも、私には判然としない。

Strike, dear mistress…同上。

Severin, Severin, speak so slightly
「ゼヴェリーン、ゼヴェリーン、か細い声で喋るじゃないか」…slightlyは「わずかに」「ほっそりと」「もろく」といった内容の副詞。意味から考えてこの「speak」は命令形ではない。「you speak」のyouが省略された形であり、ゼヴェリーンの「喋り方」を形容している言葉なのだと思う。

Severin, down on your bended knee
「ゼヴェリーン、脚を折り曲げてひざまづけ」

Taste the whip, in love not given lightly
「ムチを味わえ。簡単には与えられない愛の中で」…lightlyには「陽気に」「軽快に」という意味もあるが、ここでは「容易に」という意味だと思う。

Taste the whip, now plead for me
「ムチを味わえ。さあ、わたしに許しを乞え」…いつの間にか「ムチで叩く人」が「mistress」から「I」になっている。この歌の登場人物たちの「役割」を特定するのは本当に難しい。なお、ルー·リードはレコードの中でこの部分を歌う際に、自分の歌詞に対して自分で「笑って」いる。それは聞く者を何かしらホッとさせるような笑いでもあるし、時としてはゾッとさせるような笑いでもある。

I am tired, I am weary…上述。

Shiny, shiny, shiny boots of leather
Whiplash girlchild in the dark
Severin, your servant comes in bells, please don't forsake him
Strike, dear mistress, and cure his heart

…一番の歌詞と違うのは、3行目の倒置法がひっくり返されて「あなたの奴隷のゼヴェリーンがベルに合わせてやってくる」となっている点のみ。

以上。