華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Broken Hearted Woman もしくは御色直しで改めてルージュ (1993. Jessica Jay)



容易受傷的女人 (ゆんい さうそぇんでぃっ ろいやん)」という曲に生まれ変わり、国境を越えるヒット曲となった中島みゆきの「ルージュ」のその後について。私が知っている範囲で触れておきたい。この流れの中で書いておかなければ、たぶん次に書く機会は訪れないと思う。

フェイ·ウォンがカバーしたこの曲が、華人社会のネットワークを通じてアジア全域でブレイクしたのは1992年のことだったのだけど、翌年の93年にはシンガポールジェシカ·ジェイという「謎の歌手」がそれに英語の歌詞をつけ、「Broken Hearted Woman」というダンス曲に作り変えて売り出した。ここで「ルージュ」は2度目の変身をとげるのだ。

「謎の歌手」などというゴシップ週刊誌みたいな言葉を使うのは私も気が引けるのだが、この「Broken Hearted Woman」がシャレにならないぐらい売れまくったにも関わらず、ジェシカ·ジェイという人は今日に至るまで、国籍やら出身地やらといったプライベートなことを一切公表していないらしいのである。本人歌唱の動画も見つからなかったし、Wikipediaにも名前は載っていない。辛うじて見つかったのは上の写真ぐらいだったのだが、完璧に「個性を消すメイク」をしているから、どんな人なのかは全く想像もつかない。

シンガポールという「英語社会」ではそういう生き方も可能になるのかと思うと、世界の広さを思い知らされる気がする。日本語社会で「そういう生き方」が可能になる日は果たしていつ訪れるのだろうか。とまれ、そんな風にして「ダンスナンバーに生まれ変わったルージュ」は、こんな曲である。


Broken Hearted Woman Jessica Jay

Broken Hearted Woman

英語原詞はこちら


In the morning when I wake
I can almost hear the whisper
On one late November night
When I was still young
How I found him in the trees
With his face so warm and tender
That strange lover in the dark
Cut deep in my heart

朝起きると今でもあの
ささやきが聞こえるような気がする。
とある11月の終わりの夜。
私がまだ若かったあのとき
木立の中で見つけた彼の姿。
とてもやさしくて
親切そうだったその顔。
あの闇の中の不思議な恋人が
私の心を深く切り裂いたのだ。


Now or never stay with me with forever
Tell me that we'll never ever part
But his eyes betrayed the lie
That pierced like a dart
Fly together into never never
Locked inside the beauty of a song
But tomorrow's light will find him gone
In the morning when I wake
How I wonder if I'm dreaming
That strange lover in the dark
Cut deep in my heart

私と一緒にいたいなら今しかない。
そして一生そばにいてくれないといけない。
絶対に離れ離れにならないって私に約束して。
でも彼の瞳は私を裏切り
その嘘はダーツのように私を突き刺した。
2人で永遠の中に飛び立とう。
美しい歌の中にいつまでもいよう。
でも明日の光は彼が
いなくなったことを私に教えるのだろう。
朝起きると私はいつも
まだ夢を見てるんだろうかと思ってしまう。


In the night I hear his sighs
In the morning hour I see him
That smooth silver of his skin
And soft lifting grin
Was it you or just the wind
When I try I almost kissed him
That strange lover in the dark
Cut deep in my heart

夜になると彼のため息が聞こえる。
朝になると彼の姿が見える気がする。
彼のなめらかな銀の肌。
そしてやさしく陽気な笑顔。
それはあなただったのだろうか。
それとも風だったのだろうか。
私がもう少しでキスできるところだったその時
あの闇の中の不思議な恋人が
私の心を深く切り裂いたのだ。

シンガポールの英語だからだろうか。何かいつもと勝手が違う感じがして、翻訳の正確さが保証できない箇所がいくつかあるのだが、とりあえず大まかな意味だけを訳出しておいたということで、了承ねがいたい。

それにつけても、ダンスナンバーとは言い条、日本でダンス曲を銘打った楽曲につきものの攻撃性や落ち着きのなさはみじんも感じられず、ずいぶんと気持ちのいい聞き心地である。リズムがレゲエになってはいるものの、全体としては「分類不能の音楽」であるという印象が強い。

私が連想したのは、90年代に電気グルーヴが面白がって紹介していた、韓国の「ポンチャック」という大衆音楽だった。彼らはそれを笑い物にしていた感じで、その取り上げ方にはすごくイヤな気持ちがしたのだけれど、その時に初めて聞いた「ポンチャック」の衝撃は、今でも忘れがたい。探すと動画がいっぱいあったので、聞いたことのない人はこの機会にぜひ一度聞いてみてほしい。


李博士 ポンチャックディスコ

…スゴいでしょ?私も久しぶりに思い出したのだったが、こういう風に海外でアレンジされた楽曲を聞いてみて「発見」させられた気持ちになるのは、日本の歌謡曲というものはそもそもこんな風に「踊れるように作られた歌」だったのだということだ。それにも関わらず日本人だけが、「踊らない」のである。そして作った本人たちも「踊らない」のである。これはすごく不思議なことだし、モッタイないことでもあると思う。

フェイ·ウォンがカバーした時点での「ルージュ」はいまだ「しみじみ歌いあげる曲」だったのだけど、この曲が本当に「大衆的な曲」になるためには、こんな風に「踊れる曲になる」というステップがどこかで必ず必要だったのだろう。「Broken Hearted Woman」が一番爆発的に売れた国はタイで、いろいろなアレンジのタイ語バージョンも発売されて、90年代の一時期は本当にどこに行ってもこの曲しか流れていないような状態が数年間にわたって続いていたのだという。(個人的に気になっていることを書くなら、この時期は平沢進という人がタイという国にハマり出した時期とピッタリ重なっているのだけど、あの人はあの人で何らかの影響を受けたのだろうか)タイ語になると私は全く勉強していないので訳詞を掲載することはできないが、「Broken Hearted Woman」で検索するとタイ語のタイトルがついた動画が本当に山ほど見つかる。下に紹介するのはタイの「素人名人会」的な番組とおぼしき動画である。


Broken Hearted Woman

…しょくんは、かしのいみがわかってうたっているのか!と言いたくなってしまう気もするのだが、タイでこの曲が今日でもいかに世代を越えたスタンダードとして愛されているかということは、ここからも想像がつく。さらに探せば、この曲をバックにこんなに洗練されたダンスを見せてくれる人たちも現れる。日本ではハッキリ言ってちあきなおみ中島みゆきのファンしか知らない「ルージュ」ではあるけれど、アジアの圧倒的な地域においては「踊り出さずにいられない」のがこの曲なのである。


Broken Hearted Woman

この他「ルージュ」は、私が確認できた限りでもベトナムカンボジアミャンマー、トルコなどの各国において、それぞれの土地の言葉で歌われている。このうちベトナム語バージョンのものだけは、大づかみながらも私にも歌詞の内容がわかるものだったので、心もとない翻訳ではあるけれど、併せて掲載しておきたい。


Người tình mùa đông

Người tình mùa đông
冬の恋人

Đường vào tim em ôi băng giá
Trời mùa đông mây vẫn hay đi về,
私の心に続く凍てついた道よ。
重たい冬の雲がずっと立ち込めている。

Vẫn mưa, mưa rơi trên đường thầm thì
Vì đâu mưa em không đến.
雨は降り続いている。道の上に。
低い声で歌っている。


Đường vào tim em mây giăng kín 
bàn chân anh trên lối đi không thành
私の心に続く道。雨雲が立ち込める。
あなたの足ではたどり着けない。

Những đêm khuya mưa buồn một mình
khi cho ta quên cuộc tình.
夜の雨は悲しく
私は時々恋の仕方を忘れてしまう。


Từng cơn mưa hắt hiu bên ngoài song thưa lắm khi mưa làm hồn ta nhớ mãi ngày qua
降りしきる雨の1粒1粒。
私たちの心がおぼえているのはその歌声だけ。

Nhớ con phố xưa vẫn âm thầm đợi chờ,
古い街角が静かに待っていた。
Nhớ đôi vai ngoan em sợ trời mưa gió.私はさよならを言った。
嵐が怖かった。


Từng ngày ta vẫn đưa em về qua phố
Vẫn chim cao trời mưa lũ, vẫn tiếng buồn xưa,
私たちは毎日街を歩いた。
雨の中でも鳥は高く飛んでいた。
悲しい過去の記憶。

Ôi bàn tay ai đã dắt em chiều nay ?ああ、この昼下がり
誰の手が私を捕まえてくれるのだろう。


Đường vào tim em bao cơn sóng
Để tình anh sắp đến xuân hoa mộng
Trái tim em muôn đời lạnh lùng
Hỡi ơi, trái tim mùa đông.
私の心に波が立つ。
春になったらまた愛せるのだろうか。
私の命は冷えきっている。
慣れてしまった真冬の心。

…ニュ·クインさんという人が歌っているこのベトナム語バージョンは、「Broken Hearted Woman」と比べると「ムード歌謡路線」を色濃く残している感じもするのだけれど、それでも下の動画のような歌われ方をした日には、「冬の恋人」も「凍てついた心」もへったくれもなくなってしまう。ここまで書いてきてようやく気づいたが、「踊るための曲」に歌詞の翻訳なんて、そもそもどうだっていいことだったのかもしれない。


Người tình mùa đông

最後に「ルージュ」の原曲を聞いたことのない皆さんにおかれましては、そのベトナム経由で藤あや子さんが歌っているバージョンが見つかりましたので、謹んで掲載させて頂くことにいたします。


藤あや子 ルージュ

そして私はと言えばもう、踊ることしか考えられなくなってしまったので、日本の音楽の歴史の中で最高の「踊れるバンド」だっこの人たちの奇跡のライブの動画を貼りつけて、もう夜も遅いけど、その辺で踊ってくることにします。みなさん。踊れる間に踊っておきましょう。ではまたいずれ。


ボ・ガンボス 宇宙サウンド