華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Working Class Hero もしくは労働者階級の英雄 (1970. John Lennon)



American Pie」の3番の歌詞には、「while Lenin read a book on Marx / the quartet practiced in the park(レーニンがマルクスの本を読んでいた時、4人組は公園で練習していた) というフレーズがあり、これがまた私にとっては長い間、謎だった。レーニンと言えば言うまでもなく1917年のロシア革命の指導者だった人の名前だけど、彼が「マルクスの本を読んでいた」時代と言えば、どう考えても19世紀の話である。一方でquartet (4人組) とは、これまたどう考えてもビートルズを連想させる。19世紀の話とビートルズの話が、どこでどういう風に結びつくというのだろう。

「American Pie」についての記事にも書いたように、この「4人組」にはドン·マクリーンが自ら組んでいたバンドのことであるという解釈も存在するらしいが、一般的にはビートルズが大観衆の前で歌った最後のステージとなった、66年8月29日の、サンフランシスコのキャンドルスティック·パークでのコンサートのことを歌った歌詞だと解釈されている。



謎が解けたのは、やはりネットの力を借りてのことだった。私が持っている歌詞カードや、Apple Musicで出てくる「公式」と思しき歌詞には「Lenin」と書かれているその部分が、検索して出てくるいくつかの歌詞では「Lennon」に変わっていたのである。(ただし一方でそちらの歌詞では、「Lenin」という名前は消されている)。つまりこの部分の歌詞は、世界史で最も有名な左翼の指導者だったレーニンと、ジョン・レノンという人の名字が似ていることを引っかけた、一種の言葉遊びだったわけだ。分かってみれば実にこう、何と言うことのない話である。

というわけで今回は、ジョンレノンの「そういう曲」の中でも最も有名だと思われる、「Working Class Hero(邦題は「労働者階級の英雄」)を取りあげることにしてみたい。ビートルズの解散後に初めて出された彼のソロアルバム「John Lennon/Plastic Ono Band(邦題は「ジョンの魂」)の収録曲だ。


Working Class Hero

この曲の歌詞をどのように解釈すればいいのかということも、私にとっては長い間、謎だった。資本主義社会の価値観を押しつけられて生きることがどんなに苦しくてつまらなくて恐ろしいことか、という部分に関しては、分かるのである。身につまされて分かるのである。しかし問題は何度も繰り返されるサビのメッセージ

A working class hero is something to be

これをどういう風に解釈すればいいのかが、わからないのである。

素直に直訳するなら、「ワーキングクラスヒーローはサムシングだ」ということになる。サムシングとは「何か」である。どういう何かなのかといえば「something to be」つまり「なるべき何か」ということになる。

したがって「A working class hero is something to be」は、「労働者階級のヒーローとはなるに値する何ものかである」ということになる。

どういうことなのだ。

この歌に歌われているのが「君も一緒に労働者階級のヒーローをめざそう」といったような能天気なメッセージでないことは、曲を聞けば分かる。そういう歌ならば、こんなに陰気で辛気臭いメロディには、ならないはずだと思う。

だとしたら「A working class hero is something to be」という言葉で、ジョンは何を言いたかったのだろうか。「労働者階級のヒーロー」という言葉に対するジョンのイメージが果たしてポジティブなものだったのか、ネガティブなものだったのか、それすらもこの歌詞を聞いただけでは、分からないのである。案外、これまで翻訳してきたいろんな曲 (たとえば「All You Need Is Love」)と同んなじように、ジョン自身にもよく分からなかったというのが真相なのではないだろうか。だから一番大切なサビの歌詞が、あえてこうした人をケムに巻くような言葉で書かれているのではないだろうか。そんな気がする。

この歌の和訳を試みている他サイトは10を下らないと思うが、翻訳する人によってこれほど解釈が違う歌も珍しい。Wikipediaの日本語版では上記の歌詞が「労働者階級の英雄になるのは大変だ」と訳されているが、「労働者階級の英雄になんて、なるもんじゃない」と訳されているサイトもある。かと思えば「今こそ労働者階級の英雄になるべきだ」と訳されているサイトもあるし、「労働者階級の英雄も楽じゃない」と訳されているサイトもあるし、「労働者階級の英雄?そいつは立派なこったね」みたいな訳し方をしているサイトもある。私はネイティブではないから、この歌詞のsomethingが果たしてどれぐらいの解釈の「幅」を持っているのか、マジで分からない。あるいは上に紹介したどの解釈も、文法的には「間違いとは言えない」のかもしれない。しかしこういう歌をあえて翻訳しようという志を持った皆さんであるならば、「これが正解だ」と有無を言わさぬような形で訳詞だけを押しつけるのではなく、どうして自分がその訳語を選んだのかの根拠を示す一文くらいは、つけておいてほしいものだと思う。私みたいな年齢の人間にとってはどうってことのない話だけど、中学生ぐらいの年の人が読むことを考えたなら、人生の選択を誤ってしまうぐらいのことにつながるような、これは、話ではないか。

本当のところはどうなのかということを突き止めるには、どうやらこの歌が書かれた背景あたりにまで遡って、調べてみる以外になさそうである。

Wikipediaの日本語版には、

ジョンは本曲について「19世紀のイギリスの労働運動家タリク・アリについて歌ったもの」と語っている。

と書かれている。まずこのタリク·アリという人がどういう人だったのかを調べてみれば、何らかのヒントが見えてきそうな感じがする。

…ところがそう思って調べてみたら、19世紀にそういう名前の労働運動家が実在したということを示す資料は、ネットのどこにも見つけることができないのである。それどころかタリク·アリという人は、生前のジョン·レノンとも親交を持っていた「現代の労働運動家」で、21世紀に入ってからもネットを通じて活発に発言を続けている「現役の人」っぽいのである。
あれから40年 タリク・アリの「ストリート・ファイティング・イヤーズ」 | Democracy Now!

ジョンが「19世紀の労働運動家に触発されてこの曲を書いた」という記事は、日本語で書かれたウェブサイト以外にはどこにも見つけることができない。しかもそうやって見つかるサイトに書かれているのは、軒並みWikipediaからのコピペの文章である。Wikipediaはひょっとして、とんでもない間違いを掲載しているのではないだろうか。

何だか大変なことになってきたので、Wikipediaの記事に修正を申し立てるためにはどうしたらいいのかといったようなことを調べてみたりしたのだが、いろいろややこしそうなので、とりあえず後回しにする。まずはこの曲の翻訳を確定させることである。考えられる次の一手は、ジョンレノン自身がこの歌について語っているインタビュー記事なり何なりを、見つけることだ。

そう思って調べてみたら、あにはからんやWikipediaに名前の出てくるそのタリク·アリさん自身がジョンにインタビューを試みた、1971年1月21日付けの新聞記事が見つかった。アリ氏が自ら編集していた「レッド·モール (赤いモグラ)」という左翼系の日刊紙の特集記事である。
John Lennon Interview: Red Mole 1/21/1971 - Beatles Interviews Database

思うにWikipediaの記事を書いた人には、ジョンがそういうメディアでインタビューを受けていたという事実がいろいろねじ曲がった形で伝わって、その結果ああした根拠不明の記事が出来上がってしまったのではないだろうか。もっともどういう回路で伝われば、アリ氏が「19世紀のイギリスの労働運動家」だったというような不自然な情報が付け加わってしまうのかは、依然として理解不能ではあるのだけれど。とまれこのインタビューでジョンレノンは「Working Class Hero」という曲について、どういうことを語っているのか。さわりだけを抜き書きして、翻訳してみたい。

ALI: "What did you think was the reason for the success of your sort of music?"
アリ:きみの音楽が成功した理由は、何だったと思う?

JOHN: "Well, at the time it was thought that the workers had broken through, but I realise in retrospect that it's the same phoney deal they gave the blacks, it was just like they allowed blacks to be runners or boxers or entertainers. That's the choice they allow you - now the outlet is being a pop star, which is really what I'm saying on the album in 'Working class hero'. As I told Rolling Stone, it's the same people who have the power, the class system didn't change one little bit. Of course, there are a lot of people walking around with long hair now and some trendy middle class kids in pretty clothes. But nothing changed except that we all dressed up a bit, leaving the same bastards running everything."
ジョン:うん。あの頃、労働者というのは、苦境から抜け出したと思われてたんだよね。でも、ぼくは気づいたんだけど、それは黒人の人たちが押しつけられてきた、くだらない役回りと一緒なんじゃないかと。やつらは黒人がランナーやボクサーやエンターテイナーになることに関しては、「許して」きたわけだ。そんなのはやつらが「許して」くれる限りでの、選択肢でしかない…今はポップスターになることが「出口」になってるわけだけど、そのあたりのことが、ぼくが「Working class hero」という曲の中で言いたかったことなんだな。ローリングストーン誌のインタビューでも話したことだけど、権力を握ってる人間たちってのはずっと変わらないわけだよ。階級制度ってものは、何も変わりはしなかった。そりゃ、長髪で街を歩く人は増えたし、トレンディな中産階級のガキどもはいかした服を着てるさ。でも外見や服装を除けば、何も変わっていないんだ。bastardな連中が相変わらずすべてを支配していても、知らん顔さ。
…bastardは「いかがわしい」といったニュアンスで使われる形容詞ですが、もともとは人間を「生まれ」によって差別する目的を持って使われてきた、差別語としての名詞です。ここでは原文をそのまま掲載しました。

BLACKBURN: "Of course, class is something the American rock groups haven't tackled yet."
ブラックバーン:階級ってのは確かに、アメリカのロックグループが今まで取りあげていないテーマだよね。

JOHN: "Because they're all middle class and bourgeois and they don't want to show it. They're scared of the workers, actually, because the workers seem mainly right-wing in America, clinging on to their goods. But if these middle class groups realise what's happening, and what the class system has done, it's up to them to repatriate the people and to get out of all that bourgeois shit."
ジョン:それは連中がみんな中産階級ブルジョアの生まれで、そのことを隠したがっているからだよ。実際のところ、連中は労働者を怖がっているんだ。アメリカでは大部分の労働者が右翼的で、自分の財産にしがみついてるように見えるからね。でもそういう中産階級のグループが、時代の中で何が起こっているのかを理解し、階級制度というものが今まで何をやってきたのかということに気づいたなら、ブルジョアのクソ野郎たちを一掃して、ひとびとをいるべき場所に戻すのは、かれらの肩にかかっていることなんだよ。

…何だかすごく面白いのだけど、とりあえず翻訳は以上にとどめておく。ここで重要だと思われるのは、ジョンが今の社会において「ポップスター」になることは何も「出口 (outlet)」にならないと断言している点である。「ポップスター」の階段を登りつめてきた自らの実感として、それは権力者の側から「許された」選択肢の一つであるにすぎず、結局それでは何も変えることができなかった、と、自分のそれまでの歩みを反省的に振り返っているのである。

では「ポップスターをめざすなんてくだらない。めざすなら労働者階級のヒーローだ」といったようなことをジョンは言いたかったのかと言えば、そういう話だとも思えない。

このインタビューでも、他のいろんな場所でも、ジョンは自分が「ポップスター」であること、またはあったことを、率直に認めている。しかしジョンレノンが自らを「労働者階級のヒーロー」であると言明したことは、このインタビューを含め、私の知る限り、一度もない。

このことは、「ポップスター」という称号には何の価値もないということを彼が身をもって知りつくしていたことの上で、「労働者階級のヒーロー」という「称号」に対しては「距離感」を感じ続けていたことの証拠なのではないかと、私には思える。

それは「労働者階級」というものに果たして「ヒーロー」が必要なのだろうかといった根本的な問題にも関係してくる話だと思うし、また後年世界中の人から指摘されるようになり私自身も心の片隅でちょっぴり思っている「大金持ちのジョンレノンが労働者階級のヒーローだなんてちゃんちゃらおかしーや」という「矛盾」を、彼自身が自覚していたことのあらわれであるとも思われる。引用したインタビューの後段で彼は「アメリカのロックグループが果たすべき責任」みたいなことについて触れているけれど、彼が「アメリカのロックグループ」に対して「ヒーローになれ」と呼びかけているようにも、私にはあまり思えない。

その「距離感」が、「A working class hero is something to be」という「アンニュイな歌詞」に示されているのだと思われる。しかしその「距離の置き方」はどちらかといえば「謙虚」な性格のものであって、「労働者階級のヒーロー」という言葉に対するジョンのイメージは、少なくともネガティブなものではない。引用したインタビューからは、以上のようなことが読み取れると思う。翻訳に必要な情報としては、さしあたってはそれで充分である。

英語圏の人たちが「素直に」この歌を聞いた場合、どんな風に聞こえるのだろうと思って調べてみたところ、以下のような文章が見つかった。

Although John is stating that you can be proud to call yourself a Working Class Hero, this line comes across as a sarcastic comment. Despite one’s best efforts, one sometimes never reaches their dreams. Considering the negative imagery throughout each verse, it’s essentially saying “a working class hero is far from glamorous.”
ジョンは聞き手に対し、自らを労働者階級のヒーローと呼ぶことは誇っていいことだと言明しているわけだが、このラインは皮肉なコメントであるようにも受け取れる。どんなに努力しても、夢が叶わないことは往々にして起こる。他の部分の歌詞に貫かれているネガティブなイメージを考え合わせるなら、この歌詞は端的にこう言っているのだ。「労働者階級のヒーローというものは、きらびやかなイメージからは程遠い」
John Lennon – Working Class Hero Lyrics | Genius Lyrics

…以上のような情報を参考にした上で、私が作ったのが、以下の試訳である。

Working Class Hero

英語原詞はこちら


As soon as you're born they make you feel small
By giving you no time instead of it all
'Til the pain is so big you feel nothing at all

きみが生まれた瞬間からやつらはきみに
自分がちっぽけな存在だと思い込ませようとする。
痛みがあまりに大きくなって
何も感じなくなってしまうまでは
他の時間をひとつも与えないような
そういうやり方で。


A working class hero is something to be
A working class hero is something to be

労働者階級のヒーローになるってのは
ちょっとしたことだよ。


They hurt you at home and they hit you at school
They hate you if you're clever and they despise a fool
'Til you're so fucking crazy you can't follow their rules

やつらは家ではきみをいじめ
学校ではきみを殴り
きみがもしかしこければきみを憎み
一方でfoolな人間のことは軽蔑する。
きみがやつらのルールに従えなくなるくらい
fucking crazyになってしまうまで
やつらはそれをやめない。


A working class hero is something to be
A working class hero is something to be

労働者階級のヒーローになるってのは
ちょっとしたことだよ。


When they've tortured and scared you for 20 odd years
Then they expect you to pick a career
When you can't really function, you're so full of fear

20いくつになるまできみのことを
苦しめたり怖がらせたりして
今度はキャリアを身につけることを
やつらはきみに期待する。
きみがまともに働けなければ
きみの生活には恐怖が待っているだけだ。


A working class hero is something to be
A working class hero is something to be

労働者階級のヒーローになるってのは
ちょっとしたことだよ。


Keep you doped with religion, and sex, and T.V.
And you think you're so clever and classless and free
But you're still fucking peasants as far as I can see

やつらはきみを宗教漬けにして
セックス漬けにしてテレビ漬けにして
そしてきみは自分のことをとてもかしこくて
どの階級にも属していなくて
自由な存在だと思い込んでしまっているわけだけど
ぼくからすれば
きみはfucking peasantsのままで
何も変わってないように見える。


A working class hero is something to be
A working class hero is something to be

労働者階級のヒーローになるってのは
ちょっとしたことだよ。


There's room at the top they are telling you still
But first you must learn how to smile as you kill
If you want to be like the folks on the hill

階級制度の頂点にはまだ空きがあると
やつらはまだきみに説教してる。
でもきみがもし丘の上の住人になりたいと思うなら
最初にやらなくちゃいけないのは
笑いながら人を殺すことを覚えることだ。


A working class hero is something to be
A working class hero is something to be

労働者階級のヒーローになるってのは
ちょっとしたことだよ。


If you want to be a hero well just follow me
If you want to be a hero well just follow me

ヒーローになりたいんなら
ぼくのことを真似すればいいんじゃないか。

=翻訳をめぐって=

  • A working class hero is something to beの解釈については上でさんざ述べているので、ここでは繰り返さない。この「ちょっとしたこと」にたどり着くまでが、大変だったのだ。
  • foolcrazyも「精神病者」に対する差別語であり、ここでは原文をそのまま掲載している。こんな言葉を使い続けながら「世の中を変える」ことなんて、できるわけがない。
  • fucking peasants…peasantは「小作農」を意味する言葉。「田舎者」という意味もある。「きみは奴隷的な存在だということに気づくべきだ」みたいなことが言いたいのかもしれないが、この言い方はこの言い方で職業差別そのものではないかと思う。

…最後の部分の解釈をめぐっては、場合によっては論争になる余地があるかもしれない。ハッキリ言ってこの部分の私の翻訳は、ブルーハーツの「平成のブルース」という長い歌の終わりの歌詞に、思い切り引きずられた内容になっている。すぐに消されてしまいそうな気配が濃厚だけど、動画があったので一応貼りつけておく。


平成のブルース

ロックンロールスターになりてえな
ロックンロールスターになりてえな
ブルーハーツの真似すりゃいいんだろ

…というのがその「最後の歌詞」である。真島昌利という人は真島昌利という人で絶対「Working Class Hero」の内容に引きずられてこの歌詞を書いたのではないかと私は感じるし、それは解釈として「正しい」聞き方なのではないかと思う。英語の歌詞を「素直に」読むなら、「ヒーローになりたければぼくについて来い」と読むのが「正しい」のだ。しかし上述のようにジョンレノンという人は自分のことを一度も「労働者階級のヒーロー」であるとは言っていない。むしろ「ヒーロー」という言葉をそれだけ取って見るなら、醒めたイメージを持って使っているように感じられる。だからこの最後の部分の歌詞に関しては、「ついて来い」という内容ではなく「突き放す」内容であると私は解釈したい。ご意見お待ちしております。

…以上、ずいぶん長い記事になってしまったけれど、歌詞の意味をできるだけ正確に知りたいという目標に関しては、やれるだけのことをやりきったのではないかと思う。もとより私はこんな差別語だらけの歌を自分で歌いたいとは今さら全く思わないのだけど、何度も書いてきたように「自分の青春に決着をつけること」が、私がこのブログを続けている理由なのである。ハッキリさせることができずに来たことに関しては、何年がかりになってもハッキリさせる努力を続けてゆきたいと思う。ではまたいずれ。