華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Jumpin' Jack Flash もしくは うわっちゅ (1968. The Rolling Stones)



American Pie特集も、ようやく終わりが見えてきた気がする。5番の歌詞に出てくるジャック·フラッシュという人。モチーフとなっているのはモチ、ストーンズのこの曲である。バッチグー、なのである。

Jumpin' Jack Flashといえば、曲の冒頭に出てくる 「うわっちゅ!」 というミック・ジャガーの「かけ声」だ。あれをマネしている日本のミュージシャンは数知れないし、私も幼少のみぎりから、驚いた時、軽い失敗をした時、思わぬ発見をした時、ラッキーなことがあった時等々、どんな場面にでも応用できる便利な間投詞として、つねづね愛用させてもらってきた。ところが改めて歌詞カードを見つめてみると、あそこでミックジャガーが叫んでいるのは「Watch it!」という「言葉」であるらしいのだ。直訳すると「気をつけろ!」 という意味になるが、ああいう「うわっちゅ」に「意味」があるというのは、反則だと思う。

この曲で繰り返し出てくる「gas, gas, gas」というフレーズなのだが、日本語版Wikipediaによると

山本安見訳では「it's a gas」を「全部でたらめさ。嘘っぱちさ」としているが、正しくは「サイコーだぜ。ゴキゲンだぜ」の意味である。
ジャンピン・ジャック・フラッシュ - Wikipedia

…とのことらしい。なぜ「gas」が「サイコーだぜ」という意味になるのか。さらに調べてみると、この「gas」はもともと当時のイギリスでドラッグの代用品として使われていた「笑気ガス」のことをさす言葉であり、そこから転じて「it's a gas」といえば「サイコーだぜ。ゴキゲンだぜ」を意味するようになった。のだということが、別のサイトに書かれていた。笑気ガスって、実物は見たり嗅いだりしたことないけど、どういうものなのだろう。笑けてくるのだろうか。聞くところによると歯医者に置いてあるらしい。行ってみようか。

それはそれとして、だとしたら、たとえそういう意味なのだとしても、この部分を「サイコーだぜ」とだけ翻訳するのは、考えものだと思う。「gas」というのは、ものすごく広い意味で使われている言葉なのだ。その中に「サイコーだぜ」という意味はもちろん含まれているとしても、「他の意味」だって英語話者の耳には、聞こえているはずである。それを「サイコーだぜ」という言葉で塗りつぶしてしまったら、そうした「他の意味」が全部、消えてしまう。「意訳のしすぎ」というものである。

そう思って、うまい翻訳の仕方はないかと思いながら歌詞カードを眺めていたら、なぜか自分の中から出てくる言葉が、関西弁になっていた。これは多分私が生まれた時から身近に存在した「笑ける」という言葉に相当する語彙が、東京弁の世界には存在しないことによっているのだと思う。「笑える」という言葉からは、人間の意識作用の結果として「笑う」という現象が生じるニュアンスが受け取れるが、「笑ける」という現象は意識と無関係に発生するところにポイントが置かれているのである。「it's a gas」は「笑ける状態」であるとは解釈できても、「笑える状態」を意味する言葉だとは思えない。だとしたら、私が自分の生まれ育った環境の中で身につけてきた言葉でこの歌を翻訳しようとする限り、この部分に使える言葉は「笑ける」でしかありえない。そして訳詞の1ヶ所に関西弁を採用する以上は、少なくともその周辺部分の歌詞の全体を関西弁で翻訳しなければ、やはり表現として「不自然」なことになるのである。

なお、そうやって出来上がった自分の訳詞を読み返してみると、それが完全に「町田康の文章」になっていることに自分でも気づかざるをえないのだが、少なくとも訳している最中の私の中には、「真似している意識」は全くなかった。結局、関西人である私や町田康が自分の頭の中にあることを「正確に」言葉に移そうと試みたなら、必然的に「似た表現」ができあがってしまうということなのだと思う。文体というよりもあれはああした「ひとつの言語のかたち」としか、言いようがないものなのだ。もっともその表現技法を自分より「早く」確立した町田康という人に対し、私は10代の頃からずーっとジェラシィを感じ続けてきたのだということについては、正直に告白しておかねばならないと思う。


The Rolling Stones - Jumpin' Jack Flash (1968)

Jumping Jack Flash

英語原詞はこちら


I was born in a crossfire hurricane
And I howled at my ma in the driving rain

ハリケーンの十字砲火の中で
わたしは生まれた。
そしてしのつく大雨の中で
母親に向かって吠えた。


But it's all right now,
in fact it's a gas
But it's all right
I'm Jumpin' Jack Flash,
it's a gas, gas, gas

せやけど今んなったら
なんちゅことあれへん。
正味な話
空気と同んなしこっちゃねん。
ゆーたかて
なんちゅことあれへん。
おれ、ジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
気体。ガっしゃねん。
笑けてしゃーない。


I was raised by a toothless, bearded hag
I was schooled with a strap right across my back

わたしは歯が抜けてあごひげを生やした
鬼のような老婆に育てられた。
背中をまともにムチで叩かれ
そんな風にしてしつけを受けた。


But it's all right now,
in fact it's a gas
But it's all right
I'm Jumpin' Jack Flash,
it's a gas, gas, gas

けれども今では
何と言うこともない。
実際のところその事実は私にとって
ガソリンみたいなものなのだ。
けれどもそれは
大したことではない。
私はジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
ガスです。笑気ガスです。
おかしくなってくるでしょ。


I was drowned, I was washed up and left for dead
I fell down, to my feet and I saw they bled
Yeah, and I frowned at the crumbs of a crust of bread, yeah yeah
Yeah, I was crowned with a spike right through my head

わたしはおぼれ
岸辺に打ちあげられ
死ぬところにまで追いやられた。
わたしは転倒し
自分の両足からは
血が流れているのが見えた。
ああそして
わたしはパンの耳の
粉を前にして眉をひそめた。
ああああああ
わたしは
頭をスパイクが貫通している状態で
母親の子宮から顔を出した。

それはキリストのイバラの冠ならぬ
スパイクの冠をかぶせられたような姿でもあった。


But it's all right now,
in fact it's a gas
But it's all right
I'm Jumpin' Jack Flash,
it's a gas, gas, gas

でも今では平気。
実際それはお笑い草。
とはいえ平気。
私はジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
いい気持ち。笑いごと。もう最高。


Jumpin' Jack Flash, it's a gas
Jumpin' Jack Flash, it's a gas
Jumpin' Jack Flash, it's a gas
Jumpin' Jack Flash, it's a gas
Jumpin' Jack Flash, it's a gas
Jumpin' Jack Flash, it's a gas

おれ、ジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
空気と同んなしことです。
おれ、ジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
それは、ガスなのです。
おれ、ジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
抜けてゆくガスです。
おれ、ジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
人を笑わせるガスです。
おれ、ジャック·フラッシュ。
飛び跳ねてます。
あかん笑ける

=翻訳をめぐって=

  • I was born in a crossfire hurricane…ハリケーンというのはアメリカにやって来るものでイギリスには存在しない、みたいな指摘をしているサイトを某所で見たが、一説によるとこの部分はキース·リチャーズが第二次大戦中にナチスによる空襲のただ中で生まれた事実を下敷きにして書かれた歌詞なのだという。こういう話は、真面目に聞かねばならないと思う。
  • it's a gas…歌の主人公が生まれた時から重ねてきたいろいろな苦しい体験を打ち消すように、この言葉は使われている。「サイコーだぜ/ゴキゲンだぜ」とも訳せるのだろうが、そうした困難は「空気」のように常に身の回りにあったから、今では何とも思わない、というニュアンスのことが歌われているような気がしてならない。さらにgasという言葉を「ガソリン」という意味で解釈するなら、この部分は「逆境を原動力にしている」という読み方も、可能だと思う。単にポジティブな言葉ではないし、単にネガティブな言葉でもない。
  • Jack Flash…これは完全に「人名」らしい。ミックとキースが雨の中で歌を作っている時に、窓の外を通り過ぎたのが庭師のジャックという人だったことをきっかけにして、このフレーズが出来上がったのだとのこと。雷も鳴ってたから「フラッシュ」なのだろうが、「稲妻野郎」だとか「あやつり人形フラッシュ様」だとかいった、妙な訳し方をする必要はないと思う。新沼謙治という人のことをニュー·ポンド·ええと…とにかくそういう翻訳の仕方では、呼ばないはずである。
  • I was raised by a toothless, bearded hag…キースが自分の母親のことを言っているのかもしれないが、いくら何でも差別的な描写だと思う。
  • I frowned at the crumbs of a crust of bread…貧しい暮らしをしてきたことの表現だと思う。英語の歌詞ではこういう風にどういう文脈でそういう言葉が出てくるのか一見して理解に苦しむ表現に出くわすことが少なくないが、この場合は上でdrownという言葉を使ったからここではfrownという言葉を使ってみたかった、ぐらいのことが結局一番大きな「理由」なのだと思う。下の歌詞には「crown」が出てくる。
  • I was crowned with a spike right through my head…翻訳していて一番ビックリした箇所だったが、crownには「(出産時に)胎児の頭が出てくる」ことを表現した動詞としての意味があるのだとのこと。spikeは「尖ったもの」という意味で日本語化しているので音訳するにとどめたが、元々の意味は「犬釘=長ーい釘」である。「頭を釘が貫通している赤ちゃん」というこの強烈なイメージについて、「戦時下での出産」だとそういうことも実際にあったのかもしれないという考察が海外サイトではなされていたし、また本当にショッキングな言葉だが「間引き」と結びつけて考察している文章もあった。それでもジャック·フラッシュは「It's alright」と歌いながら、飛び跳ねて毎日を暮らしている。タフなのだ。すごいのだ。
  • 同時に上記の箇所は「頭を貫通するスパイクを冠にしていた」とも翻訳できる。「茨の冠」をかぶせられて十字架にかけられたキリストと重なるイメージである。このダブルミーニングについては、例によって「Dig A Pony方式」で、青い文字で別に翻訳した。

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このブログでのAmerican Pie特集の流れとシンクロするように、「JJF」の素晴らしい日本語歌詞を数日前にブログに掲載されていた方がいた。それと同時にこの記事をアップすることができていたなら、相乗効果も最高だったのだろうが、諸般の事情で遅くなってしまった。無念である。リンクを貼らせて頂いたので、ぜひ他の読者の皆さんにも、この記事と合わせて読んで見てほしいと思う。

natsubatesaurus.hatenablog.com

ではまたいずれ。