華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

I'm So Bored With The U.S.A. もしくは反アメリカと言うほどでもない歌 (1977. The Clash)



特集記事にかまけている間に、気がつけば200曲目が目前に迫ってきてしまっているのだが、考えてみると100曲台に突入してからというもの、ドアーズの曲はともかく、ザ・バンドの曲とクラッシュの曲を一度も取りあげていない。この3つのバンドの曲を中心に翻訳してゆくと宣言して始めたブログであるにも関わらず、こんなことでは全訳を完成させるまでに何千曲翻訳しなければならないことになるか、分かったものではない。このあたりで意識的に、固め打ちをしておかねばならないと思う。

というわけで、American Pie特集の続きという流れからするならば、クラッシュのこの曲が一番ピッタリ来るのではないかと思った。ザ・バンドはアメリカを象徴するバンドだとか言われるけど、「アメリカそのもの」をテーマにしたような歌は、意外と歌っていない。あと、そういう風に呼ばれることについて本人たちがどう思ってたのか私は知らないのだけど、あのバンドの人たちはほとんどカナダ人もしくはカナダ生まれなので、あんまりアメリカのバンド扱いするとカナダの人たちが気を悪くしたりとか、するのではないかという気がする。

「I'm So Bored With the U.S.A.」の邦題は「反アメリカ」だが、boredは「うんざりする」「飽き飽きする」という意味である。「反アメリカ」と言うほどの歌ではない。「反アメリカ」ならアメリカに立ち向かってゆかねばならないはずだが、この歌はむしろアメリカから距離を置きたいという歌なので、エネルギーが向かっている方向は正反対なのだ。巷にあふれるクラッシュの訳詞の薄っぺらさに私がずっとむかついてきたことは何度も書いたが、薄っぺらな人間ほど大げさな言葉で自分の表現を飾り立てたがるもので、この「反アメリカ」というのも実に薄っぺらな邦題だと思う。とはいえそれは例によって、クラッシュが悪いのではない。


I'm So Bored With the U.S.A.

I'm So Bored With the U.S.A.

英語原詞はこちら


Yankee soldier
He wanna shoot some skag
He met it in Cambodia
But now he can't afford a bag

ヤンキーの兵隊。
ヘロインを打ちたい。
カンボジアで覚えたんだけど
くにに戻ったら高くて買えない。


Yankee dollar talk
To the dictators of the world
In fact it's giving orders
An' they can't afford to miss a word

ヤンキーのドル札は物を言う。
世界中の独裁者たちに物を言う。
実際のところそれは命令と同じで
独裁者たちは一言も無視できない。


I'm so bored with the U...S...A...
I'm so bored with the U...S...A...
But what can I do?

もううんざりだ。
お前にはって言うかアメリカには。
もう飽き飽きだ。
お前にはって言うかアメリカには。
でもどうしたらいいんだろう?


Yankee detectives
Are always on the TV
'Cos killers in America
Work seven days a week

ヤンキーの探偵。
いつもテレビに出てる。
アメリカの人殺したちは
週7で仕事をしてるから。


Never mind the stars and stripes
Let's print the Watergate Tapes
I'll salute the New Wave
And I hope nobody escapes

星条旗なんかどうでもいい。
ウォーターゲート事件のテープの柄でも
プリントしといてやれ。
ニューウェーブには敬意を表するよ。
みんなそこから抜け出せなくなっちゃえばいいんだ。


I'm so bored with the U...S...A...
I'm so bored with the U...S...A...
But what can I do?

もううんざりだ。
お前にはって言うかアメリカには。
もう飽き飽きだ。
お前にはって言うかアメリカには。
でも何ができるって言うんだろう?


Move up Starsky
For the C.I.A.
Suck on Kojak
For the USA

現場に急げ、スタスキー!
CIAのために!
しゃぶれ、コジャック
USAのために!

=翻訳をめぐって=

Yankee soldier…
この曲ができる数年前まで、アメリカはアジアの共産主義化を阻止するためと称し、約10年間にわたりベトナムラオスカンボジアに軍隊を送り込んで、残虐な人殺しを続けていた。(「トンキン湾事件」を口実としたアメリカのベトナム戦争への本格介入の開始が1964年。ベトナムの人々の戦いに追いつめられてアメリカが撤退するのが1973年。サイゴン陥落によるベトナム戦争終結と南北ベトナムの統一が1975年。クラッシュ結成は1976年)。当時米軍が拠点を置いていた主要な場所が南ベトナムサイゴン(現ホーチミン)、タイのバンコク、および沖縄と日本「本土」の米軍基地だったのだが、これらの場所に送り込まれた米軍兵士たちは、戦場に向かう前にほぼ例外なく「ドラッグの洗礼」を受けたのだという。「普通の若者」を殺人マシーンに変えるために言わば組織ぐるみで行われた「政策」だったのだが、ベトナムからアメリカに帰還した兵士たちはそれでドラッグと手を切れるわけでもなく、ドラッグ産業の「カモ」にされて悲惨な人生を歩むケースが少なくなかったとのことで、長い説明になったけど、この一番の歌詞は当時アメリカで「社会問題」となっていたそうした事情を歌っている。

Yankee dollar talk
第二次大戦後の世界でアメリカが支援してきた「独裁者」たちの名前を思いつくままに列挙するなら、韓国の李承晩、朴正熙、大陸中国から台湾に逃亡した蒋介石南ベトナムのゴ·ジンジェム、インドネシアスハルトキューバのバチスタ、チリのピノチェトパナマのノリエガ、ニカラグアのソモサ、イランのパフラヴィー国王、イラクのサダム·フセイン、そしてイスラエルの歴代政権等々、枚挙にいとまがない。大ざっぱなコメントになるけれど、こうした「独裁政権」の支援を通じて世界各国における民衆運動や革命運動を圧殺し、場合によってはテロやクーデターの黒幕となって、アメリカの「国益」のために現代も活動し続けているのが、この歌にも名前の出てくるCIA(アメリカ中央情報局)という組織であり、世界のそうした実情は、クラッシュがこの歌を書いて40年たった現在でもほとんど変わってないと、率直に言って私は思う。なお、順番的に言ってこの「独裁者たち」の筆頭には日本の天皇の名前が挙げられるのが、世界的には常識となっている。

I'm so bored with the U...S...A...
最初、この歌はミック・ジョーンズが作った「I'm So Bored With You (お前にはうんざりだ)」というタイトルのラブソングだったのだけど (資料にラブソングと書いてある以上「絶交の歌」ではなかったのだと思う)、それを聞いたジョー・ストラマーが「ユー」の後に「エス·エー」をアドリブで付け足したのが面白かったことから、全面的に書き換えられて、結果こうした歌になったのだという。「ユー」で言葉を切ったら「お前にはうんざりだ」のままになるわけだから、その元歌のニュアンスを残すために上記のような訳し方にしたわけだけど、Youと違ってU.S.A.にはtheがついているから、文法的には「不正確」な翻訳になっている。なお、ジョーの発音をよく聞くと「ユー·エス·エー」ではなく「ユー·エス·アイ」と聞こえるが、これが有名なロンドンの下町訛り (コックニー) というやつである。

Yankee detectives
日本でもそうだったと聞いているけれど、当時のイギリスではアメリカのドラマがテレビ番組の主要な部分を独占していたのだそうで、その多くが「探偵もの」と「刑事もの」だったのだという。「アメリカの人殺したちは週7で仕事をしてる」という後半部分の歌詞には二通りの解釈があり、ひとつは「あんなに探偵がいるんなら、アメリカにはそれだけたくさん人殺しがいるってことだろ」という皮肉。もうひとつは「こういうドラマを作って人に夢を見せているその裏では、アメリカは世界中で人殺しを続けているじゃないか」という告発である。

Never mind the stars and stripes
Never mindはパンクロックの合言葉のようなフレーズだが、この言葉は「気にするな」「ドンマイ」だけではなく、「~ではない」「~どころか」「~はもちろんだが」「~はどうでもいい」等々、いろいろな意味で使われる。この歌詞においては「星条旗というのがどんなデザインであろうと知ったことではない」という風に解釈するのが、文脈から考えて一番正確なのではないかと思う。

Let's print the Watergate Tapes
ウォーターゲート事件というのは(…説明しなくちゃけないことが多いなあ。私だって当時はまだ生まれてないわけだから、実は何も知らないんだよなあ。ここに書いていることは私自身、翻訳のためにいろいろ調べて初めて知ったことがほとんどです。て言っかこのブログは、全部そうです)、1972年に発生したアメリカ民主党本部の盗聴事件に、当時の大統領だったニクソンが主導的に関わっていたことが発覚し、2年がかりでニクソンが辞任に追い込まれるに至った一連の事件をさす。とのこと。ニクソン自身が盗聴に関与した証拠の録音テープが存在することが早い段階で明らかになったのだが、ニクソンがその提出を拒み続けたことから、このテープのことは逆に世界的に有名になってしまった。世論の高まりを受けてついに提出されたそのテープには、大統領のニクソンがヤクザ言葉を使いながら側近とえげつない悪だくみを繰り広げているさまが赤裸々に録音されており、当時の英語圏の人たちは大変なショックを受けたのだという。(そんな風に言われるとどんなことが録音されていたのか私も気になって仕方なくなったのだが、探して見た限り日本語に翻訳されている資料はネット上には存在しない。ただし「現物」の音声ファイルやテープ内容の書き起こしは山のように出回っている)。この歌詞は「アメリカ国旗にはそのウォーターゲートのテープの図柄でも使っとけよ」ということを言っているのである。それがカセットテープのアイコン的なイメージなのか、それとも星条旗シマシマ部分をそのテープに貼り替えたイメージに変更しろと言っているのか、そういう細かいデザイン的なことまでは歌詞からは読み取れない。て言っか21世紀になってから生まれた読者のみなさんはカセットテープというもの自体を知らないかもしれない。一応画像を貼りつけておくと、こんなんである。おっちゃんら、昔はこおゆうのんに好きな音楽録音して聞いとったんや。

…トランプが大統領に就任した途端に「ロシアゲート事件」というのが起こって、第2のウォーターゲート事件になるかと注目を集めたのは周知の事実だけど、問題は70年代と違い、トランプというのがいつでもヤクザ言葉を使って側近と悪だくみを繰り広げているような人間であることを今日のアメリカ人は「知った上で」大統領に選んだのだということである。だから、そういうのが発覚したところで「それがどうした」と言える「強み」を、今のところトランプは保持している。むかつくなあ。But what can I do? だなあ。それにしてもこんなに長い記事を書くつもりは全然なかったのだけどなあ。

I'll salute the New Wave
…他サイトでは「軟弱なニューウェーブ系の音楽へのアンチが歌われている」と解説しているところもあるけれど、海外サイトでは「アメリカも悪いところばかりではない」として、ニューヨーク・ドールズラモーンズなどの当時のアメリカの「ニューウェーブの旗手」たちにエールを送っている歌詞なのだという解釈がほとんどである。「ニューウェーブ」とは何かを、私に説明しろとおっしゃるのですか? それこそ私の手に余ることで、80年代の子どもだった私にはエルビス・コステロYMOと喜太郎を一緒くたにしたような極めていいかげんなイメージしかない。好きか嫌いかで言ったら、好きだ。でも「ニューウェーブとは何か」という問いにも答えられないのに、好きだもへったくれもあっていいものなのだろうか。しかしそれを言い出したらブルースとは何なのだ。パンクとは何なのだ。音楽って何なのだ。宇宙って何なのだ。私、何かもう、旅に出たいような気持ちになってます。

And I hope nobody escapes
私自身にとってはこの歌の中で一番難解な部分だったのだけど、海外サイトの解説では、当時ニューヨークを拠点に活動していた、クラッシュと志を同じくするパンク/ニューウェーブ系のミュージシャン達に対し、その音楽でアメリカのすべてを呑み込んで、誰もそこから抜け出せないようにしてしまえ、とハッパをかけている内容なのだというコメントがあった。今回の記事の一番上に貼りつけた写真は、ジョー・ストラマーが亡くなった時、この歌に対するニューヨークからの回答として街角に描かれた壁画なのだという。何回も消されたけれど、そのたびに描き直されているらしい。
The Clash – I'm So Bored With The U.S.A. Lyrics | Genius Lyrics

Move up Starsky
…やっと終わりに近づいてきたぞ。スタスキーというのは70年代に日本でも放映されていた「刑事スタスキー&ハッチ」というアメリカのテレビドラマの主人公の名前なのだそうで、主要な登場人物は赤いボディに白い稲妻カラーの1976年型フォード・グラン・トリノを乗り回すスタスキー刑事 (愛称スタさん) とその相棒のハッチ、「オヤジさん」ことハロルド・ドビー主任、そして情報屋の「ヒョロ松」…す、スタさん? ヒョロ松?

刑事スタスキー&ハッチ - Wikipedia

Suck on Kojak
刑事コジャック」も同じく、70年代に放映されていたアメリカのテレビドラマ。私は見たことがなかったけど、このコジャック刑事というのは禁煙のためとかでいつもロリポップ(チュッパチャプス的な棒付きキャンディ)をくわえている姿がトレードマークになっていたらしい。「Suck up (しゃぶれ!)」というのは、そういう意味だったのだ。ジョー·ストラマーはあの最後のシャウトに、「今だ出すんだブレストファイヤー」的な気持ちを込めていたのである。正直言いまして私、今回の翻訳作業の中で意味が分かって一番感動したのは、この部分でした。

刑事コジャック - Wikipedia


家族の構造 桐島かれん

遠い昔、NHKで「不思議の海のナディア」というアニメがやっていた頃、一時期番組終了後に流れていた本当に不思議な曲なのだけど、数年たってクラッシュの「I'm So Bored With the U.S.A.」を初めて聞いた時、私の脳裏に同時に回り出したのはなぜかこの曲だった。その思い出についても書こうと思っていたのだけど、今回の記事では予想外なくらいエネルギーを使い果たしてしまったので、翻訳を完成させただけでよしとします。気になる人はぜひ聞いてみてください。そして私と同じ気持ちになるかどうか試してみてください。ではまたいずれ。