華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Lost In The Supermarket もしくは保障つきの俺なのに (1979. The Clash)



不安にとりつかれた少年の歌と来れば、次はこれだ。気持ちいいぐらいびしばしとつながってゆく。ステージフライトの歌に続くのは、スーパーマーケットで迷子になってしまった男の子の歌である。


Like a Rolling Stone

Lost In The Supermarket

英語原詞はこちら


I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

スーパーマーケットで迷子になってしまった。
もうハッピーに買い物できない。
特売になってたあの
人から認められる人格ってやつが
ほしかったんだけど。


I wasn't born so much as I fell out
Nobody seemed to notice me
We had a hedge back home in the suburbs
Over which I never could see

誰もぼくのことに気づいてないみたいな
そんなことになってしまうために
ぼくは生まれたんじゃないと思う。
郊外にあったぼくのうちには
高い垣根があって
ぼくはその向こうを1度も見たことがなかった。


I heard the people who lived on the ceiling
Scream and fight most scarily
Hearing that noise was my first ever feeling
That's how it's been all around me

天井裏で暮らしてる人たちが
ものすごくこわい声で
叫んだりけんかしてるのが聞こえてきた。
それが生まれてから最初に感じたことだったから
今でもその音が耳に焼きついて離れない。


I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

スーパーマーケットで迷子になってしまった。
もうハッピーに買い物できない。
特売になってたあの
人から認められる人格ってやつが
ほしかったんだけど。


I'm all tuned in, I see all the programmes
I save coupons from packets of tea
I've got my giant hit discoteque album
I empty a bottle and I feel a bit free

今の時代には
すっかり溶け込んでると思う
テレビの番組は全部見てるし
紅茶の袋のサービス券も集めてる。
ディスコのメガヒットのアルバムも買った。
酒ビンを空にして
それでちょっとだけ自由を感じる。


The kids in the halls and the pipes in the walls
Make me noises for company
Long distance callers make long distance calls
And the silence makes me lonely

団地の入口で騒いでいる子どもたちや
壁の中を伝うパイプが
やかましい音をたてて
さびしいおれにつきあってくれる。
長距離電話をかけている人たちは
本当に遠いところに向かって叫んでいて
その静寂が
おれを孤独にさせる。


I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

スーパーマーケットで迷子になってしまった。
もうハッピーに買い物できない。
特売になってたあの
人から認められる人格ってやつが
ほしかったんだけど。


And it's not here
It disappeared
I'm all lost

ここにはもうない。
見えなくなってしまった。
おれは迷子だ。

=翻訳をめぐって=

Wikipediaの英語版に書かれていたこの歌の成り立ちに関する記事は、とても興味深かったので、併せて翻訳しておきたい。

The song's lyrics describe someone struggling to deal with an increasingly commercialised world and rampant consumerism. The song opens with Strummer's autobiographical memories of his parents' home in suburban Warlingham, with a hedge "over which I never could see." With lines such as "I came in here for that special offer - guaranteed personality", the protagonist bemoans the depersonalisation of the world around him. The song speaks of numbers about suburban alienation and the feelings of disillusionment that come through youth in modern society.
この歌の歌詞は、ますます商業化されてゆく世界と、隆盛を極める大量消費主義とに、折り合いをつけられず格闘している人間の姿を描いている。歌は、ストラマーの両親が住んでいたサリー州ワーリングハムの家にまつわる、自伝的回想回想から始まる。そこには彼が「その向こうを見たことがなかった」垣根があった。「I came in here for that special offer - guaranteed personality」といった歌詞では、歌の主人公が彼を取り巻く世界の非人格化を嘆いている。この歌は近代社会の若者たちが感じている都市生活における疎外や、幻滅感について、多くのことを語っている。

In the Making of 'London Calling': The Last Testament DVD, released with the 25th anniversary edition of London Calling in 2004, Strummer said he wrote the lyrics imagining Jones' life growing up in a basement with his mother and grandmother.
2004年に「ロンドンコーリング」の25周年エディションと同時にリリースされた「Making of 'London Calling': The Last Testament」のDVDの中で、ストラマーはこの歌の歌詞を、地下室で母親と祖母に育てられたジョーンズの気持ちを思い描きながら書いたのだと述べている。

…以上のことを踏まえた上で、以下は訳詞の検証である。

I'm all lost in the supermarket
I can no longer shop happily
I came in here for that special offer
A guaranteed personality

難しいのは下の二行である。「あの特売品のために私は来た」で、その特売品が「A guaranteed personality」なのである。どんな顔をして生きて行けばいいかも分からないようなこの世の中にあって、「人から認めてもらえるような人格」が特売で売りに出されているという話を聞きつけ、スーパーに来てはみたもののそこでまた迷子になってしまったという、なかなかにシュールな情景がうたわれた歌詞なのだと思われる。
CDの歌詞カードの訳詞では、この四行目が「保障つきの俺なのに」というわけのわからない言葉で訳されていた。意味が分からなかったのなら、誰も笑ったりしないのだから正直に分かりませんでしたと書いてほしいと思う。読むのが子どもだった場合、その「わけのわからない言葉」のために本当に何十年単位で悩まされることになってしまうのである。

I heard the people who lived on the ceiling
Scream and fight most scarily
Hearing that noise was my first ever feeling
That's how it's been all around me

海外サイトの説明によると、この部分の歌詞は非常に「ぎこちない英語」で書かれているのだという。例えば「most scarily」という言葉の使い方などを通して、ジョーは意識的に「子どもが書いた作文」のような印象を聞き手に与えようとしているらしい。
「天井裏の人たち」という表現にしても、イギリスでは天井裏を借家に出すようなことはまずないという話で、「子どもの想像力が生んだ言葉」という印象を、英語話者は感じるらしい。もっとも、ミックが育った家が「地下室」だったという上記の情報を考え合わせるなら、子どもの言葉としては極めて自然な表現だとも思える。
ちなみに日本で「地下室」と言うと、どうしても割と金持ちの人が住んでる一戸建ての家に造られた禍々しいイメージの漂う密室という感じを伴うが、イギリスでは貧乏な人向けに、公営の集合住宅でもひときわ安い「地下の部屋」が造られ、貸しに出されているのが普通なのだという。だから「天井裏の人々」は「上の階の住人」のことだと考えるのが一番自然だと思われるが、海外サイトでは「両親」のことだと解釈している人もいたし、「上流階級」のメタファーであると解釈している人もいた。

The kids in the halls and the pipes in the walls
Make me noises for company

この部分の解釈が一番難しかった。「The kids in the halls」というのは「コンサートホールにつめかけたガキども」とも訳せるのである。だがそれでは、いくら韻を踏むための言葉だとはいえ、後に続く「the pipes in the walls」という言葉と、釣り合いが取れていないと思う。
「壁のパイプが立てる音」というのは、たぶん周りの部屋の住人が台所を使う時やトイレを流す時の、ジャーッという音だ。歌の主人公はおそらく、集合住宅的な部屋の中にいるのだと思う。コンサートホールのステージの上で孤独を感じることもあるだろうが、「パイプの音」から感じる孤独とは、明らかに異質なものであるはずだ。
だから「集合住宅的な風景」の中で子どもたちがいるような「halls」を思い描く必要があると思われる。「廊下」と訳すと一番ピッタリ来る気がするが、「hall」が「廊下」になるのはアメリカ英語で、イギリスでは廊下をhallとは呼ばないらしい。
だとすると考えられるのは「玄関ホール」だが、歌詞は複数形の「halls」なのである。普通、玄関は建物にひとつしかない。だからまた頭を悩まされることになってしまったのだが、日本の団地でイメージした場合、集合住宅にはいくつも「棟」があるはずだ。その「棟」ごとに、子どもたちが入口に固まって騒いでいる風景というのは、イメージとして不自然ではない。
そういう風に考えて上記のように訳したのだが
誤訳かもしれない。なお、青い文字で翻訳してある部分は例によって「原詞にはないけど私が勝手に付け足した言葉」です。あと、前半部分は上記のような理由から「ぼく」で翻訳する必然性があったのだけど、この部分では主人公が既に大人になっており、「ぼく」で訳するのがあまりに不自然に思われた。だから一人称が「おれ」に変わっています。

Long distance callers make long distance calls
And the silence makes me lonely

ここもなかなか、難しい。他サイトでは「長距離電話をしている人間は本当に長距離電話をしてるって感じがする」という訳し方がされていて、それはそれで味わい深いと思ったのだけど、2つめの「long distance call」は「長距離電話」とは違う意味を持っていると解釈した方がいいのではないだろうか。だから「言葉遊び」として成立する歌詞になっているのではないだろうか。long distance callを慣用句としてでなく文字通りに直訳するなら、「遠くまで届く叫び」である。長距離電話をかけている人たちの心は本当に遠いところに飛んでいってしまっているから、その声は目の前にいる人間の上を通り過ぎてゆく。静寂と変わらない。私はいっそう孤独を感じる。そういう歌詞なのだと思う。スマホの時代になった現在ではこれが本当に「静寂」になっているから、私は街に出るのも電車に乗るのも、正直こわい。そう感じ始めてから、何年にもなる。


Osheen theme song

80年代、私の母親は世の中のご多分に漏れず「おしん」に夢中になっていたのだけれど、子どもだった私にはさっぱり分からなかった。それである日「おしんって誰なん? 何か、えらい人なん?」と訊いてみたら、「日本で最初にスーパーマーケットを作らはった人や」というのが母親の答えだった。それはエジソンなみにどえらい人だと当時の私は思ったものだったが、今にして思うと、ずいぶんいいかげんな説明だったのではないかと思う。全部を見たわけではないけれど、そういうドラマだったわけでは、たぶん、ない。というわけでまたいずれ。