華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

This Wheel's On Fire もしくは あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ (1968. The Band)



「燃える電話ボックス」と「燃える車」。

元々は「ロック史上初の海賊盤」として市場に出回ったというディラン&ザ·バンドのプライベートな録音が、1975年に「地下室」というタイトルで公式発売された際、この2曲がそういう順番で収録されていたことにはやはりそれなりの「意味」があったのだということを、前回「長距離電話交換手」を自分の手で翻訳してみて、改めて感じずにいられなかった。それで今回は、この曲になった。

この曲を初めて聞いたのが、上にジャケットを貼りつけた「Rock of Ages」というザ・バンドのライブアルバムのバージョンを通じてだったことは、とてもラッキーだったと私は思っている。最初に聞いたのが彼らのデビューアルバムのバージョンだったら、10代だった私にはきっとその良さが分からなかったと思うし、ディランが歌っている「地下室」のバージョンだったなら、この曲に対する印象は全然違ったものになっていたと思う。もしも今まで聞いたことのない人が読んでいたら、ぜひとも参考にされたい。

それにつけても上のアルバムジャケット、初めて見た時から絶対「近所で見たことがある顔」だと私は思っていた。大阪ナンバの古レコード屋で偶然見つけた時には「どうしてアメリカのLPに奈良の仏像が?」と、頭の中に無数の?マークが駆け巡ったものだ。それがザ·バンドというバンドを知って間もない時期のことだったから、中学生だった私はいっそうこの人たちの音楽との出会いに運命的なものを感じたことを、よく覚えている。

それで私は今までずっとあの仏像のことを、興福寺国宝館で昔よく見た「山田寺仏頭」であると何となく思い込んでいたのだけれど、今回改めて写真を見直してみるとちょっと違う顔をしていたので、あれっという気持ちになった。




…おかしい。こんなはずはない。この二つが「同じ顔でない」ことは否定できないにしても、下の顔は下の顔で「絶対どこかで見たことがある顔」なのだ。それも間違いなく「白鳳時代の顔」である。いくら奈良でも、他にいくつもあるような顔ではない。

それで改めて、覚えている限りの仏像の名前で画像検索をかけてみて、やはり「近所で見た顔」という記憶に間違いはなかったことが分かった。アメリカの美術史家フェノロサが明治政府の権力をバックに開扉させるまで何百年にわたってその姿を見た人がいなかったという絶対秘仏法隆寺夢殿の救世観音だったのだ。




これはもう、完全に同じ顔だろうと安心したのも束の間、不気味なことに気がついた。完全に同じ顔に見えるにも関わらず、下の写真には白毫 (びゃくごう。仏像の額についてる丸いやつ。1本の長い毛がぐるぐる巻きになっている状態の表象だとのことで、あそこには「智慧」が詰まっているらしい)が無いのである。

してみるとやっぱり「違う仏像」だったことになる。しかしこれだけ似ていて「無関係な仏像」というのが、果たしてあるものなのだろうか。そしてそれがアメリカのロックバンドのアルバムジャケットに使われるというようなことが、どうして起こり得るのだろうか。

Rock of Ages」のジャケットを作った人は一体誰で、あの仏像は一体どこで撮影されたものなのか。いろいろ調べて見たけれど、残念ながらそこまでは分からなかった。しかし確実に言えることとして、夢殿の救世観音と全く「同じ顔」で白毫だけがない仏像というものが、この地球の上にはもう一体、どこかにあるのである。

…土産品のバッタ物の写真だったとか、そういうオチでだけはないことを祈りたい。それにしても、今ではガースとロビーの2人しか生き残ってはいないわけだけど、ザ·バンドのメンバーを法隆寺に連れていったら果たしてどんな感想が出てくることか。聞いてみたい気がする。

あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ
ー夢殿の救世観音に (会津八一 1924年)




This wheels on fire

This Wheel's On Fire

英語原詞はこちら


If your memory serves you well
We're going to meet again and wait
So I'm going to unpack all my things
And sit before it gets too late
No man alive will come to you
With another tale to tell
And you know that we shall meet again
If your memory serves you well

もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば
われわれはもう一度会って
待つことになるはずだった。
だからわたしは自分のものを全部荷解きして
手遅れにならないうちに
その前に座り込むことにする。
誰も生きてはあなたのところを訪れない。
違う話をたずさえては来ない。
そしていいだろうか。
われわれはもう一度会うことになるのだ。
もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば。


This wheel's on fire, rolling down the road
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!

この車は火に包まれて
道を転がり落ちてゆく。
最良の方式で私の最近親者に通告されたい。
この車は爆発するのです!


If your memory serves you well,
I was going to confiscate your lace
And wrap it up in a sailor's knot
and hide it in your case
If I knew for sure that it was yours,
but it was oh so hard to tell
And you know that we shall meet again
if your memory serves you well

もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば
わたしはあなたのレース編みを押収するはずだった。
そしてそれを船乗りの結び方で包装して
あなたのケースの中に隠すはずだった。
それがあなたのものだということを
もしもわたしがちゃんと知っていたならば。
だがしかしそれは、ああ
とても見分けにくいものであったのだ。
そして、いいだろうか。
われわれはもう一度会うことになるのだ。
もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば。


This wheel's on fire, rolling down the road
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!

この車は火に包まれて
道を転がり落ちてゆく。
最良の方式で私の最近親者に通告されたい。
この車は爆発するのです!


If your memory serves you well,
you'll remember that you're the one
Who called on them to call on me
to get you your favours done
And after every plan had failed
and there was nothing more to tell
And you know that we shall meet again
if your memory serves you well

もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば
あなたは自分があなたの望みを叶えるために私を
呼ぶために彼らを訪れた
その人だったことを思い出すはずだ。
そしてすべての計画が失敗した後に
そしてそれ以上言うべきことは何も残されていなかった。
そしていいだろうか。
われわれはもう一度会うことになるのだ。
もしもあなたの記憶が
あなたのためにしっかり仕事をしているならば。


This wheel's on fire, rolling down the road
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!

この車は火に包まれて
道を転がり落ちてゆく。
最良の方式で私の最近親者に通告されたい。
この車は爆発するのです!


This wheels on fire (Dylan)

=翻訳をめぐって=

ザ・バンドのベーシストのリック・ダンコが、ボブ・ディランと共作した曲。歌詞はほとんどディランが書いたらしく、解釈をめぐってはいろいろな説がある。英語圏のサイトを見てみると、ある人は神が人間に向かって語りかけているような印象を感じるそうだし、ある人は「レース編み」という2番の歌詞から、単純に(?)男女関係をめぐる歌だとも解説している。ただ、言えることは、全体を通してこの歌の中に貫かれている「絶対に逃がさない」もしくは「絶対に許さない」という迫力がとにかく尋常ではないことで、無理やり日本語化した訳詞からも、そのことだけはハッキリと伝わってくると思う。

また、音楽的な構成をめぐっても非常に独特なものをこの曲は持っていて、最後から2行目の「Best notify my next of kin」という部分を初めて聞いた時には、まるでナイアガラの滝みたいだと感じたものだった。この曲と似た曲というものには、いまだにひとつも出会ったことがない。なお、私が「Rock of Ages」のバージョンを一番好きなのは、メロディをコーラスメンバーに任せて「next of」という言葉だけを飛び跳ねさせている、リック·ダンコの歌い方がたまらないからである。

If your memory serves you well片桐ユズルさんの有名な翻訳では「もしもきみの記憶がたしかなら」となっている箇所だが、この出だしの歌詞からしてかなりヒネった言葉が使われているので、直訳に近い形で訳した。なお、ifで始まる一行目に現在形が使われていて、二行目では過去形が使われているというのは、「仮定法」では極めて珍しいケースなので、本当に上の訳詞で間違いないのか何度も確かめたが、たぶん合っているはずである。

This wheel's on fire, rolling down the road …「自動車」を意味する場合、普通は「wheels」と複数形になるのだが、口語では単に「wheel」ということもあるらしい。ただし単数形の場合、元々の意味は飽くまで「車輪」なので、英語圏の人には燃える自動車のイメージと同時に下の画像のようなイメージも浮かんで来るらしい。シェイクスピアの戯曲に出てくる中世の拷問具だそうである。また「wheel」は「回るもの」や「転がるもの」に対する一般的な表現でもあるから、この言葉から連想されるものは「人生」「魂」「時代」「地球」等々、本当に多岐に渡っているのだとのこと。


Best notify my next of kin …役所や軍隊から送られてくる公式文書で使われている、非常にフォーマルな言い方らしいので、そのように訳した。

This wheel shall explode!…この部分だけは片桐ユズルさんの翻訳と完全に同じになってしまったが、オマージュとして受け止めて頂ければ幸いに思う。

you'll remember that you're the one
Who called on them to call on me
to get you your favours done

…極めてややこしい言い回しなのだが、ディランのバージョンではここを「Who called on me to call on them」と、順番を入れ替えて歌っている。ザ·バンドのバージョンでは「やつらを介して俺に近づこうとしたのはお前じゃないか (それなのに裏切りやがって)」ということへの怒りが歌われているのに対し、ディランのバージョンでは「やつらに近づくために俺のことをダシにしやがって」という怒りが歌われていることになる。と思う。

And you know that we shall meet again …ディランのバージョンでは3番のこの部分のknowだけがknewになっている。「あなたはわれわれがもう一度会うことになるのを知っていたはずだ」という意味になる。



この歌の邦題は「火の車」と言う。小さい頃に家にあった水木しげるの妖怪図鑑に「火車」という妖怪の項目があって、こんな格好に描かれていた。だから私の中でこの歌のイメージとこの妖怪のイメージとは、今でも切り離せないものになっている。「葬式の現場や墓場に現れて悪行を積み重ねた末に死んだ者の亡骸を奪ってゆく妖怪」なのだそうである。ではまたいずれ。