華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Brand New Cadillac もしくは新車のキャデラック (1979. The Clash



車が出てくるクラッシュの歌と言えば、これしかない。一時期、日産自動車のCMに「I fought the law」が使われていたことがあるけれど、あんなのは本当に、笑えない冗談だと思う。湾岸戦争の時、米軍の兵士がイラクを爆撃する飛行機の中で「Rock the Casbah」を流していたという話を聞いて、ジョー・ストラマーが痛恨と屈辱で泣き崩れたという有名なエピソードがあるけれど、それと同じレベルで、笑えない話だ。つまり、冗談ではない。

原曲はヴィンス・テイラーというイギリスのロックンローラーが、1959年にヒットさせた古いナンバー。小気味よいまでに、ロカビリーである。


Brand New Cadillac

Brand New Cadillac

英語原詞はこちら


Driiiiiiiive!!!
Driiiiiiiive!!!

どらぁぁぁぁいぶ!
どらぁぁぁぁいぶ!


My baby drove up in a brand new Cadillac
Yes she did!
My baby drove up in a brand new Cadillac
She said, "Hey, come here, Daddy!"
"I ain't never comin' back!"

おれのベイビーが新車のキャデラックに乗って
こっちにやって来た。
いや、まじな話。
おれのベイビーが新車のキャデラックに乗って
こっちにやって来た。
「ねえ、こっち来てよダディ」
「あたしもう戻んないから」だって。


Baby, baby, won't you hear my plea?
C'mon, sugar, just come on back to me
She said, "Balls to you, Big Daddy."
She ain't never coming back!

ベイビー、ベイビー
おれの言い分は聞いてくれないのかい?
なあシュガー、
おれのところに戻ってきてくれよ。
うっせーよ、タマなしのビッグダディ
と言われた。
彼女はもう戻ってこないんだ!


Baby, baby, won't you hear my plea?
Oh c'mon, just hear my plea
She said, "Balls to you, Daddy."
She ain't coming back to me

ベイビー、ベイビー
おれの話は聞いてくれないのかい?
なあこっち来いよ。
頼むから聞いてくれよ。
うっせーよ、タマなしのダディ」
と言われた。
彼女はもう
おれのところには戻ってこないんだ。


Baby, baby drove up in a Cadillac
I said, "Jesus Christ! Where'd you get that cadillac?"
She said, "Balls to you, Daddy."
She ain't never coming back! ×4

ベイビー、ベイビー
キャデラックに乗ってこっちにやって来た。
「ジーザス·クライスト、おまえ
そのキャデラックどうしたんだよう」
とおれは言って
うっせーよ、タマなしのダディ」
と言われた。
彼女はもう戻ってこないんだ!×4


Brand New Cadillac

=翻訳をめぐって=

…ヴィンス・テイラーのバージョンは今回初めて見たのだけれど、50年代とは思えないほどザラザラした感じで、かっこいい。個人的には、「ガムを噛みながら歌う人」と「くわえタバコでギターを弾く人」というのはどうも「頑張るところを間違ってる」感じがして、好きにはなれないのだけど。それにしても原曲を確認してみると、クラッシュのバージョンがいかに「思い切ったアレンジ」のカバーだったのかということに、改めてウナらされる思いがする。

また、新旧のバージョンに共通しているこの印象的なイントロ。よく聞いてみたらブルースブラザース特集の時に翻訳した「ピーターガンのテーマ」を早弾きにしたものだった。いろいろ翻訳していると、思わぬところでいろんな曲のつながりが見えてくるものだということを、改めて実感している。

さて、今回は極めてシンプルな曲であるにも関わらず、書いておかねばならないと思われることがやたらと多い。

まず第一に、歌の中に出てくる「彼女」が歌い手の男性のことを「ダディ」と呼んでいることから、私はマジな話、この歌を「娘に家出されて途方に暮れている父親の歌」なのだと、かなり長いあいだ思い込んでいた。ところが改めて調べてみると、英語の「ダディ」は父親のことだけでなく、「恋人」のことをさすスラングとしても極めて普通に使われている言葉らしいのである。

日本でも若い女性が「恋愛関係」にある男性のことを「パパ」と呼ぶケースはありうるが、なまじっかありうるから却って話がややこしくなるのであって、日本の場合だとそういう「恋愛関係」には必ず「金銭関係」が介在している。そして「パパ」と呼ばれる側の男性はこの場合確実に「ヒヒジジイ」であり、彼女と同世代の若者であるようなことは基本的にありえない。

しかしながら英語の「ダディ」は、「頼りがいのありそうな男性」や「セクシーな男性」に対し女性の側から一般的に使われる言葉で、別に相手が年上である必要すら、ないのだという。こんなことは説明されなければ、なかなか分からない。

「ロンドン・コーリング」のCDの歌詞カードでは、この「ダディ」が「パパ」と翻訳されていた。これがそもそも、間違いの素なのだと思う。この歌詞における「ダディ」の概念は、日本語における「パパ」の概念とは全く違ったものなのだから、よしんば辞書にそう書いてあったとしても、「パパ」と訳してはいけないものなのだ。「ベイビー」という言葉を「赤ちゃん」と訳せないのと同じように、この「ダディ」もまたここでは音訳するにとどめるしかない言葉だと言えるだろう。

そして「歌の風景」を改めて確認しておくならば、この歌に出てくる彼氏と彼女は「同世代の恋人同士」と言うか「昨日まで恋人だった2人」なのである。そしてその「昨日まで恋人だったはずの彼女」が、ある日いきなり彼氏のもとにBrand New Cadillacdrive upしてくるところから、物語は始まる。

drive upとは、「(相手が)車を運転してこちらに近づいてくる」こと。さすがに自動車発祥の地の言語では、シンプルな言い回しでえらく複雑な情景が表現できるものだ。そして「Brand New Cadillac」は「新車のキャデラック」とも「新型キャデラック」とも訳しうる。ちなみにこの曲の邦題は「新型キャデラック」で、歌詞カードの訳詞にも「新型」という言葉が採用されている。

だが、考えてみよう。昨日まで自分の恋人だったはずの女性が、ある日突然見たこともないキャデラックに乗って目の前に現れた時、主人公の(おそらく貧乏な)男性がビックリするのは、そのキャデラックが「新型であること」に対してだろうか。それとも「新車でピカピカであること」に対してだろうか。絶対、後者だと私は思う。「型」に反応する人間がいるとすればそれは「旧型のキャデラックを所有している人間」か、そうでなくても「彼女より車のことに興味がある人間」だけである。

そんなわけで「パパ」と「新型キャデラック」。一見小さな訳し方の違いのように思えるけれど、訳詞にそうした言葉を使っている限り、この歌の「風景」は日本語話者の読み手には絶対に見えてこないのだ。逆に言うなら、この歌の「風景」が見えている限り、出てくる訳語はおのずと「ダディ」「新車のキャデラック」になるのが筋だと思う。

以上が一番大事なことで、後は細かいこと。

Baby, baby, won't you hear my plea?…pleaは結構、固い言葉で、「嘆願」「弁解」「懇願」などの意味。他に「言い訳」という意味もある。やや大胆に意訳するなら「俺の話を聞け」(Tiger & Dragon) でも、決して間違いではないと思う。

Balls to you…直訳すれば「複数のボールを貴方にあげます」。イコール「その複数のボールを貴方は持つてゐないのでせう?」という意味で、どういうことかと言えば、つまり、あざけっているのである。英語圏では想像を絶するくらい「汚い言葉」であるらしく、「ワイルドさを売りにしていたヴィンス·テイラーでさえ、59年の段階では決してこんな言葉を歌詞に織り込むことはできなかった」という講評がなされているのを、海外サイトで見つけた。

Big Daddy…「ダディ」が「ビッグダディ」になるのは、海外サイトの説明によると、「熱いトタン屋根の猫 」(Cat on a Hot Tin Roof)という1959年のアメリカ映画に出てくる登場人物のイメージが投影された言葉であるらしい。(下の写真の右の人)。「頼れる男性」としての「ダディ」ではなく、「ヒヒジジイ」としての「ダディ」なのだという点に重心を置いた強調表現であると思われる。なお、参考として「ビッグダディ」には「大きな持ち物を持った男性」という意味もあるらしく、それが「ボールを持っていない」わけだから、「役立たず」という罵り言葉の最大級の表現であるとも、考えられる。どっちにしろ、えぐい言い方である。


"Jesus Christ! Where'd you get that cadillac?"…イエス·キリストを英語読みにするとジーザス·クライストになるのだということを実は私は10代後半まで知らなかったのだけど、海外サイトの説明によるとこの「ジーザス」には、歌の主人公の「アンビバレントな感情」が表現されているのだという。すなわちこの主人公は、どこの誰とも知れない男から新車のキャデラックをポンと買い与えられ、喜んで自分のもとを去って行こうとしている彼女に対し、憤りを感じている一方、そのキャデラックのゴージャスさに自分も心を惹かれてしまい、羨望を隠せない気持ちが「ジーザス」という言葉になって吐露されているのだということが、英語圏の人の感覚からすると、分かるのだそうである。て言っかこの主人公、完全にあかんやつやん。

"I ain't never comin' back!"…この歌が収録されているのは、それまでのシンプルなパンクバンドとしてのクラッシュのイメージを完全に打ち破る作品となった、「ロンドン・コーリング」という歴史的なアルバムの2曲目である。冒頭のタイトル曲のインパクトでリスナーが度肝を抜かれた直後に叫ばれる「私はもう2度と戻ってこない」というこの彼女の台詞は、そのまま「自分たちはもう従来のパンクの枠の内側にはとどまらない」という、クラッシュからのメッセージになっている。と言うか、そのように受け取ったリスナーが当時は大勢いたらしい。しびれる話である。


石井明美 cha-cha-cha

「そういえば」というレベルでしかない話ではあるけれど、この歌にもキャデラックが出てくるのだった。次回は必然的に「行ったまま帰ってこない彼女」の歌。あの曲を出すしか、ないのだろうな。ではまたいずれ。