華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

The Moon Struck One もしくは月が誰かを打った時 (1971. The Band)



中秋の名月に合わせて取りあげようと思っていた曲だったのだが、200曲目の企画が入ったりトム·ペティ氏の訃報が入ったりで、いろいろとズレ込んでしまった。でもやはり、今のうちに取りあげておこうと思う。

うしおととら」「からくりサーカス」というとんでもない名作大長編を描きついできた藤田和日郎さんの3本目の長編が「月光条例」というタイトルで、「ムーンストラック」がキーワードとなったマンガであるらしいということを知った時には、かなりドキッとしたものだった。それまで、そんな言葉を知っているのはこの曲のことを知っている人間だけだと思っていたからである。

ドアーズの「Moonlight Drive」の時に書いたことを、ちょっとだけ再掲しておきたい。

洋の東西を問わず、昔の人は月の光というものに、人の心を妖しくさせる何らかの力が存在していることを、いろいろな形で感じとっていた。歴史的に「精神病者」を迫害するために使われてきた許し難い差別語として"lunatic"という言葉があるのだけれど岡田あーみんの「ルナティック雑技団」というマンガをむかし私は好きだったのだが、それが差別の言葉だということに気づかされて以来、今では読んでいない)この言葉はもともと「月の光を浴びた人」のことをさす言葉だったということである。「心の病気」にかかった人を差別や迫害の対象にすることは絶対に許せないとした上で、月の光にはそうした不思議な力が確かに「ある」ように、私自身にも感じられる。

…そしてこの「lunatic」と同じような意味を持つ言葉として、英語には「moonstruck」という言葉が存在する。直訳するなら形容詞としては「月に打たれた状態」を意味し、名詞として使われるなら「月に打たれた人」という意味になる。名詞としての使われ方を調べてみると、やはり嘲りや迫害のニュアンスを強く含む、差別的な言葉である。このことをまず、押さえておかねばならない。何となく語感が幻想的だからといって、軽い気持ちで使っていいような言葉ではないと思う。

その上で月の光が人間の心を普段と違う状態にしてしまうということは、あたかも酒というものが人を酔わせる力を持っているのと同じ次元のこととして、「ある」話である。過度に神秘的な意味をくっつけるのは、間違いだと思う。偶然か必然か、月という巨大な衛星を持ったこの地球という惑星の、「自然」の一部として生まれてきた我々人間が、人間という名前で呼ばれるようになる前の時代から身体の中に保持してきた、それはひとつの「仕組み」なのだろう。

そして人間が「自然」の一部である以上、時としてどんなに「理不尽」に思えるような「自然」の仕打ちをも、黙って受け入れるしかないような局面というものが、人生には必然的に訪れる。

それを「不条理」だと思ってしまう心が、「moonstruck」という現象をも、「不条理」なことだと決めつけてしまうのではないだろうか。

そういうことを歌った歌なのではないかと、昔から何となく思っている。


The Moon Struck One

The Moon Struck One

英語原詞はこちら


Julie and little John Tyler lived in the house next door
We would be the great triangle and to this we swore
Julie was my sweetheart, little John was my cohort
And all the wild horses in the world couldn't keep us apart
Once we went for a swim in the noonday sun
And promised to return before the moon struck one

ジュリーとちっちゃなジョン·タイラー。
隣の家に住んでいた。
おれたちは最強の三人組になれるはずだった。
それは請け合ってもいい。
ジュリーはおれの恋人で
リトル·ジョンはおれの相棒だった。
そして世界中の暴れ馬が襲いかかってきたって
おれたちをバラバラにするなんて
できやしなかったろう。
ある日おれたちは真昼の太陽の下
泳ぎに出かけた。
そして月が一時を打つまでに
あるいは月に誰かがやられる前に
帰ろうって約束した。


Julie came running through the pasture - she was screaming at the sky
She fell down to her knees and the tears did fly
Little John was stung by a snake over by the lake
And it looked like he s really, really hurt - he was lying in the dirt
Who, we went it as fast as we could run
But we lost little John as the moon struck one

ジュリーが牧草地を走ってきた。
空に向かって叫んでいた。
彼女は倒れ込み
涙が飛び散った。
リトル·ジョンが湖のところで
蛇に噛まれたというのだった。
ジョンは本当に本当に苦しそうで
よごれた地面に転がっているというのだった。
おれたちは急げる限り急いで走った。
けれども月が一時を打った時
それとも月が誰かを照らした時
おれたちはリトル·ジョンを
失ってしまった。


I was vacant, Julie was a bird with a broken wing
We were always afraid of what tomorrow might bring
We'll drive down to Durango - up and leave this place
And maybe forget the triangle with a change of pace
The car broke down when we had just begun
And we walked back to the house while the moon struck one

おれは空っぽで
ジュリーは翼をもがれた小鳥だった。
おれたちはいつも
明日が何を連れてくるのかを
恐れるようになった。
車でドゥランゴに行こう。
とにかくこの場所は
離れよう。
暮らしのペースが変われば
三人組の思い出も
忘れることができるかもしれない。
走り出したところで
車は壊れてしまった。
それでおれたちは歩いて家に帰った。
月が一時を打つ頃に。
あるいは月が
誰かの心をあやしくした時に。

=翻訳をめぐって=

とにかく、謎めいた歌である。「寓話的」という言葉がピッタリ来る感じがするのは、どこかに倫理的なメッセージが込められている気配が漂っているからかもしれない。とりわけ3番の、何の脈絡もなく車が壊れてしまうあたりの歌詞に、我々(などという言葉を簡単に使うべきではないのかもしれないが)はそれが何らかの「罰」であるというイメージを強く感じとる。しかし一見、自然の不条理さの犠牲者に過ぎないように見えるこの歌の主人公たちが、その上さらに誰からどういう理由で「罰」を受けねばならないというのだろう。

…そこまで考えたところで私の中に浮かんだ疑問は、「リトル·ジョン·タイラーは本当に蛇に噛まれて死んだのだろうか?」ということだったのだが、怖いのでそれ以上は考えないことにする。以下、歌詞の具体的な内容に即した検討に移りたい。

まず第一に、私はこの歌を初めて聞いた時からかなり長いこと、リチャード·マニュエルが「子どもの頃の思い出」を歌った歌なのだと思っていた。この歌の3人の登場人物は、12歳ぐらいの主人公とその彼女、そしてその弟のジョン·タイラー、というイメージだったのである。しかし歌詞をよく読んでみると、3番で車に乗って街を離れようとしているのは、どう考えても主人公とジュリーによる主体的な行動である。それぞれの両親の車に乗って街を離れるというような話ではない。このことから主人公とジュリーは成人の男女であり、ジョン·タイラーはジュリーの「連れ子」なのだという推測が成立する。このことがまず、前提として押さえておかねばならない「歌の風景」であると思う。

次に、いちばん重要だと思われる「Moon struck one」という歌詞の意味である。昔はいくら調べても分からなかったのだけど、これは「The clock strikes one (時計が1時を打つ) 」という言い方の「時計」を「月」に置き換えて考えればいいというだけの話らしい。空に浮かんだ月の位置によって大まかな時間を知る時の言い方で、「月が1時の場所に来た時」とか「月が1時を教えてくれる時」とかいった風な訳語にすれば、やや分かりやすくなると思う。普通だと現在形の「strikes」が使われそうに思われる1番の歌詞でも「struck」と過去分詞が使われているのは、この歌詞がダブルミーニングであることを示している。すなわち「月が一時を知らせる時」という意味に、「one (誰か) を月が打った時」という意味を同時に含ませるため、この部分には1番から3番まで、過去分詞が使われているのである。ここまでは言語交換サイトでネイティブの人に実際に確かめたから、間違いない。

ただし、腑に落ちないのはここからである。

初めて聞いた時から私はこの歌に対し、強烈な「夜」のイメージを感じてきた。どっぷりと深い闇。何かでかき混ぜたらねるねるねるねの如く固まって来るのではないかと思われるぐらいに「濃い闇」のイメージである。ところが1番の歌詞をよく読むと、3人は「真昼の太陽の下で泳ぎに出かけた」と書いてあるのだ。それで「Moon struck one」までには帰ろうと言うのだけれど、だとしたら、午前1時?いくら何でも、泳ぎ続けるには非常識な時間帯なのではないだろうか。

言語交換サイトで「Moon struck one」の意味を教えてくれたニュージーランドの男性にその質問をぶつけてみると、以下のような答えが返ってきた。

Haha… good point. それには気づかなかったよ。多分、午後1時ってことじゃないかな。昼間でも月が出てることって、あるだろ?歌ってのは時々、意味が通らなくなることがあるもんな。もっとも午前1時のスキニー·ディッピングってのも、素敵なものかもしれないけどね。Haha…何にせよそこは、ハッキリしない。きみが言うように、午前1時の可能性だってあるかもしれない。

…スキニー·ディッピングってどおゆうことなのだと思って辞書を引いてみると、「素っ裸で泳ぐこと」とあった。よくまあこんなヒワイなイメージの内容のことを、英語話者の人たちというのはかくもオシャレな言葉で表現できるものだと思う。ちきしょお。絶対どっかで使ってやるからな。とにかく明らかになった重要なことは、この歌の中に流れている時間の感覚というものは英語話者の人たちの耳を通してみても、やっぱり「あいまいでハッキリしないもの」だったということである。それだったら別に翻訳する方も、あえてハッキリさせなければならない必要はないのである。確かに昼間でも月は出ているかもしれないが、昼間の月ではいかんせん「魔力」に欠ける感じがするではないか。この「one」が午前か午後かということについては、あえて結論を出さないことにしておきたい。

以下、各フレーズについて。

  • Julie and little John Tyler…「little」はもちろん「小さな」「幼い」という意味だが、「リトル・ジョン」というのは英語圏では、イギリスの伝説的なヒーローであるロビン・フッドの相棒の名前でもある。このリトルジョンは余りに図体がでかかったから、それを皮肉って逆の意味の「リトル」がアダ名に付けられたとのことで、下のアニメのイラストでは、でっかいクマの方が「リトルジョン」である。直接関係はないかもしれないけれど、「リトルジョン」という言葉のイメージについては、押さえておいた方がいいような気がする。


  • all the wild horses in the world couldn't keep us apart…あえて直訳にしたけれど、"wild horses couldn't〜"というのは、「〜することは誰にもできない」という意味の慣用句なのだそうである。"wild horses couldn't drag me away"は「誰にも僕を引っぱって行くことはできない」とだけ訳せばいいのだそうで、別に「野生の馬」を登場させねばならない必然性はないらしい。「鬼のように忙しい」みたいな日本語表現に「鬼」を出す必然性が必ずしも存在しないのと、ある意味では同じことなのかもしれない。
  • Julie came running through the pasture…夜では走れないだろうし走ってきても見えないだろうから、この時点では昼なのだろうな。やっぱり。
  • Little John was stung by a snake…後で明らかになるが、この歌の舞台はコロラド州である。コロラド州といえばグランドキャニオンで、グランドキャニオンのあるところで毒蛇といえば、ガラガラヘビなのだろうな。やっぱり。

ガラガラヘビのすべて|ガラガラヘビの毒と毒性、咬まれた事例

  • We'll drive down to Durango…デュランゴというのはスペインやメキシコの地名(そちらはドゥランゴ)でない限りは、コロラド州の南西部にある鉱山の街の名前である。栄えていたのは19世紀のことらしいから、20世紀後半には既に相当さびれていたはずだと思う。そのさびれた街にわざわざ出ていかなければならないほど、主人公たちが住んでいた場所は田舎だったということになる。なお、ザ・バンドのメンバーは大半がカナダ人で、唯一アメリカ人だったリヴォン・ヘルムもアーカンソー州の人だったから、コロラド州などという場所には誰も縁がないはずである。それだけに、この「場所の設定」には、かえって何らかの意味があるのだと考えざるをえない。


  • And we walked back to the house while the moon struck one…この部分だけはいくら何でも、午前1時でなければ絵にならない気がする。


月の爆撃機

…何だか私もすっかり月にアテられてしまった感じがするので、そういう気持ちを吹き飛ばしてくれるような月の歌で今回は締めくくることにしたいと思います。ではまたいずれ。

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The Moon Struck One

The Moon Struck One