華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Train Train もしくはなぜ2回言う (1986. Billy Bragg)



ビリー・ブラッグの特集を組んでサードアルバムの全訳に挑戦したいということを前回宣言したところ、いつも星を2つつけて行ってくれる複数の読者の方から思いがけなく3つ星をもらえたので、がぜん意を強くしている。ちなみにブログ書きにとってこういう風に「毎回基本的に2つの星をくれる読者の方」というのは、一番「怖いお客さん」なのである。

私が人のブログに星をつける時は、「基本的に1つから」にしている。「読みましたよ」とか「今日も元気ですね」みたいなあいさつ代わりの星というものは、1つで充分だと思う。その上で記事の内容が面白かったり興味深いものだった場合には、2つつける。星が3つになるのはよっぽど面白かった時かよっぽど感動した時か、とにかく「よっぽどの時」である。まあ、実際に星をつける際にはこの3つ星がもうちょっと「安売り」されているキライがあるのだけれど、「ひとつから」を基準にしている以上、私が人のブログにつける星というものは全て「肯定的なメッセージ」だと思ってもらって間違いない。

ところが「2つから」を基準にしている人がつける「星ひとつ」には、これに反して「今回はつまらなかったぞ」というマイナスのメッセージが、明らかに込められているのである。だから私は星2つの読者の方からの「採点」というものには、いつも際限なく緊張している。けれどもそういう人からごくたまに星を3つもらえると、「がんばってよかった」みたいな気持ちがじわっと込み上げてきたりするので、結局のところこのブログを支えてもらっているのは、「星2つ」の読者の方の力によるところが一番大きいのかもしれない。

ちなみに月に何回か思い出したように訪問して下さって、10曲分ぐらいいっぺんに星をつけて行ってくれる方がひとりいるのだけれど、目を通した全部の記事に律儀に星をつけて下さったのかと思いきや、連続するその10曲ぐらいの真ん中の1曲だけに星がついていないケースというのが、時々ある。そんな時にはその方は、周辺10曲をいかに気に入ってくれたかということではなく、むしろその一曲がいかに気に入らなかったかを当方につたえようとしているのではないかと、気が気でなくなってしまう。願わくは、単に記事を読み飛ばしていただけとかそういうことであってくれたら、安心できるのだけれど。

何はともあれビリー·ブラッグ特集の、始まりである。つきあってやろうと言ってくださる奇特な方におかれましては、まず今回の特集アルバム「Talking With The Taxman About Poetry」の一曲目を飾る「Greetings to the New Brunette 」の記事を読んでいただいて、虚心坦懐に曲を聞いていただいて、その上で2曲目にあたる今回の記事に戻ってくることを、お勧めしたい。


Train Train

Train Train

英語原詞はこちら


Train took my baby away from me,
Tears in my eyes, I could not see.
Oh train train,
Hurry bring my baby back again.

列車はおいらのベイビーを
遠いところへ連れてった。
目には涙があふれだし
何にも見えなくなっちゃった。
ああ、トレイン·トレイン
早くおいらのベイビーを
連れて帰ってきておくれ。


I love that woman, you just don't know,
And now that she's gone I'll miss her so
Why train train,
Hurry bring my baby back again.

あのひとのことが好きだった。
言っても分かりゃしまいがね。
今じゃ彼女はもういない。
ただ恋しくてたまらない。
トレイン·トレインなぜなんだ。
早くおいらのベイビーを
連れて帰ってきておくれ。


Then I got this letter she wrote to me,
Says she's coming home, in my misery,
Why train train,
Hurry bring my baby back again.

そしておいらが受け取った
手紙で彼女が言うことにゃ
くにへ帰るときたもんだ。
おいらにとっちゃ悲劇だぜ。
トレイン·トレインなぜなんだ。
早くおいらのベイビーを
連れて帰ってきておくれ

=翻訳をめぐって=

単調で繰り返しの多い歌詞は七五調で翻訳するのが何となく定例化しつつあるが、そもそもこういう歌詞は原文からして「様式美」に頼っているようなところがあるのだから、翻訳する方の感覚としては、あながちふざけてばかりいるわけではない。ということはやはり、ふざけてもいるわけなのだけど。

純粋に翻訳をめぐって勘違いしそうになったのは「she's coming home」というところだろうか。一瞬「あれ、彼女、帰ってくるのか?」と私も思ってしまったのだが、辞書の説明では「go は出発点を中心に考えるが,come は第 1 に話し手のほうにだれかが移動してくる時に用い,第 2 に相手を中心にして相手の思う場所へ移動する時にも用いる; その時,日本語では「行く」になる」とのことだった。何か前にもこんな話、したな。

この曲は「Talking With The Taxman About Poetry」の中では唯一のカバー曲で、その選曲の仕方といい曲が出てくるタイミングといい、クラッシュの「Brand New Cadillac」を強く想起させる。2番バッターには強打者ではないけれどバントのうまい人が選ばれるのと同じように、アルバムにも「2曲目向きの曲」というのが、やっぱりあるのだろうな。原曲はイギリスのパブロックバンド「The Count Bishops」が、76年に出した曲。

ところで日本で「Train-Train」といえば、言わずと知れたブルーハーツの代表曲である。あと、それと比べたらそんなに知られていないけど、ジッタリンジンにも同名の曲がある。真島昌利と破矢ジンタといえば「日本人の感性をアメリカ人っぽく表現すること」にかけての東西の雄と言うべき存在なわけで、この2人が並んで取りあげている以上、「Train-Train」というのは元々はブルースのスタンダードナンバーだったりとか、アメリカの歴史の中に刻まれた「本家」がどこかに存在しているタイトルなのだろうなという風に、私は長いこと思っていた。


Train-Train (ブルーハーツ 1988年発表)

Train-Train (ジッタリンジン90年。2:40〜)

ところが意外なことに、検索してみると英語版のWikipediaでさえ、一番上に出てくるのはブルーハーツの「Train-Train」なのである。歌詞の中に出てくる「Train-Train」まで隈なく探そうと思うと難しいけれど、少なくとも曲名としての「Train-Train」は、スタンダードナンバーの中には存在しないらしい。他の「Train-Train」としてはアメリカのブラックフットというバンドが79年に出している曲が存在するが、ここでビリーブラッグがカバーしているカウント·ビショップスの曲は76年のものだから、ブラックフットより3年早い。してみると、何だよ。「Train-Train」はイギリス由来の曲名だったということになるのだろうか。「Train」という言葉には強烈にアメリカ的なイメージがあったんだけどな。鉄道はそもそもイギリスで発明されたものだと言われたら、それはそうなのだけど。とまれ私が今までに調べた限りでは、ビリーブラッグの歌ってるこの極めて地味な「Train-Train」が、世界中の「Train-Train」の「元祖」であるらしいのである。もしもそれより古い「Train-Train」をご存知の方がいらっしゃったら、指摘されたい。

ちなみに「train」という言葉の元々の意味は「つながって後ろについて行くもの」といったような感じで、「行列」や「取り巻き」のことを「train」と言うほか、「流星の尾」のことも英語では「train」と言うらしい。これは、何かいいことを覚えたような気がする。



ところで私の子どもの頃からの疑問として、ブルーハーツの「Train-Train」は英語だとどういう意味で、かつ「train」を二回言うことにはどういう意味があるのだろうか、ということがあった。ビリーブラッグのこの曲の歌詞を読む限り、その理由は大して難しいことではない。列車に向かって「呼びかけて」いるから、二回言ってる。「田中さーん、田中さーん」と言うのと同じ感覚で「トレーン、トレーン」と言ってるわけで、それだけの話に過ぎない。

ところがブルーハーツの歌詞は「Train-Train 走ってゆく」である。別に呼びかけてはいないのである。だから、分からなくなってしまう。

聞くところによると真島昌利が最初に書いた歌詞は「走ってゆけ」で、ちゃんと「呼びかけ」になっていたそうなのである。歌詞カードにもそう記載されているらしい。しかし恐らくは歌ってる甲本さんの好みと言うか判断でそれが「走ってゆく」に変わり、CDでもコンサートでも一貫して「ゆく」で歌われることになったのだという。「走ってゆけ」という原歌詞が呼び起こすイメージは、走る列車に熱い思いを重ねる主人公の姿だが、「走ってゆく」と言われると、何だか走る列車を客観的に見送ってるだけの感じに変わってしまう。どういう意図をもって、このマイナーチェンジはなされたのだろうか。

ひょっとすると、あれかもしれない。「走ってゆけ」とそれこそ客観的な立場から列車に「命令」するよりは、自らが列車に乗って、あるいは列車となって「走ってゆく」ことの方が大切だ、と甲本さんは考えたのかもしれない。全く勝手な憶測でしかないのだけれど、何だかすごくありそうな話に思える。しかしそうだとしたならば。憶測を土台に「したならば」も何もあった話ではないのは承知の上なのだけど、「Train-Train 走ってゆく」はやっぱり誤解を受ける歌詞なのではないだろうか。「train」を二回言っているおかげで、どうもこの歌詞では「自分が走ってる」ような感じに思えないのである。ブルーハーツというバンドがもう存在しない以上、もう二度と歌われる見込みはない歌なのだけど、せめて間をとって「走ってゆこう」にするとか、今からでも工夫の余地はないものなのだろうか。

…こんなことばかり気になってしまうから、結局ロックンローラーになれなかったのだろうな。私は。


チェインギャング

ブルーハーツといえば、何十年たっても気になって仕方ないのがこの曲である。

キリストを殺したものは
そんな僕の罪のせいだ

…この歌詞は日本語として絶対にムリがあるのだ。「言いたいこと」はハッキリ伝わってくるものの、何度聴いてもやっぱり「???」となる。とてつもない名曲だけに、それが本当に歯がゆくてたまらない。

キリストを殺したものが
キリストを殺したのは
そんな僕の罪のせいだ

キリストが殺されたのは
そんな僕の罪のせいだ

キリストを殺したものは
そんな僕の罪なーのーだ

キリストを殺したものは
そんな罪深いぼーくーだ

…いろいろ考えてみるのだが、どれをとっても詩にならない。そして考えてみると「キリストを殺したものはそんな僕の罪のせいだ」は、ほとんど意味をなさない文字列であるにも関わらず、なぜか「詩」としては成立している感じがする。何なのだ。「詩」って。いずれにせよ私は、やっぱりロックンローラーにはなれそうにない。

…ビリーブラッグと関係ないことばかり喋ってしまった気がするが、いずれ焦点は定まってくるはずです。ではまたいずれ。

==============================
はじめての方へ(総目次)
曲名索引(ABC順)
邦題索引(あいうえお順)
アーティスト名索引(ABC順)
アーティスト名索引(あいうえお順)

TRAIN-TRAIN

TRAIN-TRAIN