華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Bette Davis Eyes もしくはビンタ (1981. Kim Carnes)



しょっちゅう中断していて全然「特集」になっていないビリーブラッグ特集なのだが、「Levi Stubbs' Tears」を翻訳してからというもの、全然関係のないこの歌が、と言うよりこの歌のPVが、頭の中を回り続けている。「リーヴァイ·スタッブの涙」と「ベティ·デイヴィスの瞳」。理由は「の」の字にありそうである。

「の」という助詞には、不思議な吸引力がある。ジブリのアニメ作品がタイトルのどこかに必ず「の」を入れるようにしているというのは有名な話だけど、それ以外にも「ふしぎの海のナディア」とか、「七つの海のティコ」とか、いろいろある。日本の作品だけかと思いきやそうでもないようで、例えばハリーポッターシリーズでも「賢者の石」「秘密の部屋」「アズカバンの囚人」と、すべてのタイトルに「の」が入っている。

…と書きかけて、「待てよ」と思った。確かに邦題は全部「〇〇の△△」になっているのだが、ハリーポッターシリーズの場合、やや事情が違う。参考までにシリーズ一巻から七巻までの原題と邦題を、すべて書き出してみよう。

Harry Potter and the Philosopher's Stone
ハリー·ポッターと賢者の石

Harry Potter and the Chamber of Secrets
ハリー·ポッターと秘密の部屋

Harry Potter and the Prisoner of Azkaban
ハリー·ポッターとアズカバンの囚人

Harry Potter and the Goblet of Fire
ハリー·ポッターと炎のゴブレット

Harry Potter and the Order of the Phoenix
ハリー·ポッターと不死鳥の騎士団

Harry Potter and the Half-Blood Prince
ハリー·ポッターと謎のプリンス

Harry Potter and the Deathly Hallows
ハリー·ポッターと死の秘宝

…確かに「〇〇of△△」というタイトルが4/7を占めてはいるものの、原題におけるタイトルのつけ方は必ずしも「統一」されているわけではないのである。にも関わらず日本語に翻訳すると、全てが「〇〇の△△」になる。「の」の字の吸引力は、やはり日本語独自のものだと考えた方がよさそうだ。

(ちなみに「Half-Blood Prince」は直訳すると「ハーフのプリンス」であり、「Deathly Hallows」は「死を思わせるような神聖な物々」となるわけだが、邦題はいずれも物語の内容を踏まえた意訳の仕方として適当なものであり、松岡佑子さんも別にデタラメを書いているわけではない。また「秘密の部屋」は日本語で書かれた時の第一印象として「その存在が秘密にされている部屋」という感じを受けるが、「Chamber of Secrets」は「そこに秘密が隠された部屋」という意味である。何かダマされたような気がするものの、これも決して、誤訳ではない)。

手元の文法書をひもとくと、日本語の「の」には「述語の省略」という独特な役割があり、英語の「of」とはイコールではない、という趣旨のことが書かれていた。例えば

父の会社の事務室のテーブルの上のラックの中の辞書の表紙の文字は面白い

…みたいな「名詞の連続」で意味を伝えることが日本語では可能だけど、この文字列はあくまで

が働いている 会社が所有する 事務室で使われる テーブルを覆う 表面に置かれた ラックに納められた 辞書を覆う 表紙に書かれた 文字は面白い。

という文章の太字で書かれた述語部分が「省略」された表現なのであり、英語に直訳しようとするなら、原文には存在しないこれらの動詞を「補って」翻訳しなければ、意味を伝えられないことになる。つまり〇〇と△△の間をつなぐ「の」の字には、〇〇と△△との関係が「示されて」いるわけではなく、むしろ「隠されて」いるのである。この「隠された感じ」が、日本語の助詞「の」の持つ「不思議な吸引力」の秘密なのかもしれない。

さらにそこから日本語の「の」と中国語の「的」との共通点および相違点みたいな話にまで進んで行くといっそう面白くなってくるのだが、キリがないのでやめる。このブログのテーマは飽くまで「歌詞の翻訳」である。

「ベティ·デイヴィスの瞳」といえば「ビンタ」なのだ。意味が分からない方は虚心坦懐にPVをご覧頂きたい。私にとってこの歌は長年「ビンタを鑑賞するための歌」でしかなく、歌詞の意味などはついぞ考えたこともなかったのだが、訳してみたら訳してみたで、なかなか味わい深い内容だった。

今このタイミングでこのPVを見た時に「自分がビンタされてるような感じ」がしてしまうのは、今回の衆院選があまりに恥ずべき結果に終わったことの責任を、世界中の人たちから問われているような気がしてならないからなのかもしれない。

その意味では、ありがたいビンタである。

シャキッとすることにしよう。


Bette Davis Eyes

Bette Davis Eyes

英語原詞はこちら


Her hair is Harlow gold
Her lips sweet surprise
Her hands are never cold
She's got Bette Davis eyes
She'll turn the music on you
You won't have to think twice
She's pure as New York snow
She got Bette Davis eyes

彼女の髪は
ジーン·ハーロウの金髪。
彼女の唇は
甘い衝撃。
彼女の両手は
いつもあたたかい。
その瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。
彼女はあなたに向けて
音楽を放つ。
あなたはもう二度と
考え直すことはない。
ニューヨークの雪のように
彼女はピュアで
その瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。


And she'll tease you
She'll unease you
All the better just to please you
She's precocious, and she knows just
What it takes to make a pro blush
She got Greta Garbo's standoff sighs
She's got Bette Davis eyes

そして彼女は
あなたをおもちゃにするだろう。
あなたをいっそう喜ばせるために
不安な気持ちにさせるだろう。
彼女は早熟で
玄人泣かせなやり方というものを
すべて心得ている。
人を寄せつけない
グレタ·ガルボのため息も
彼女の十八番。
そしてその瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。


She'll let you take her home
It whets her appetite
She'll lay you on the throne
She got Bette Davis eyes
She'll take a tumble on you
Roll you like you were dice
Until you come out blue
She's got Bette Davis eyes

あなたが彼女を
自分の家に連れて帰ろうとしても
彼女はきっと拒まない。
彼女はそういうやり方で
自分の欲望を研ぎ澄ます。
彼女はあなたを
その玉座に横たえてくれるだろう。
彼女の瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。
彼女はあなたにつまづいて
転んでみせる。
そしてあなたが真っ青になるまで
サイコロみたいに
あなたのことを転がすだろう。
その瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。


She'll expose you, when she snows you
Off your feet with the crumbs she throws you
She's ferocious, and she knows just
What it takes to make a pro blush
All the boys think she's a spy
She's got Bette Davis eyes

彼女はあなたをだまして
丸裸にする。
目印にバラまいたパンくずで
彼女はあなたの足元をすくう。
彼女は残忍で
玄人泣かせなやり方というものを
すべて心得ている。
この世の男子という男子は
彼女のことをスパイだと思うだろう。
その瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。


And she'll tease you
She'll unease you
All the better just to please you
She's precocious, and she knows just
What it takes to make a pro blush
All the boys think she's a spy
She's got Bette Davis eyes

そして彼女は
あなたをおもちゃにするだろう。
あなたをいっそう喜ばせるために
不安な気持ちにさせるだろう。
彼女は早熟で
玄人泣かせなやり方というものを
すべて心得ている。
この世の男子という男子は
彼女のことをスパイだと思うだろう。
その瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。


She'll tease you
She'll unease you
Just to please you
She's got Bette Davis eyes
She'll expose you
When she snows you
She knows you
She's got Bette Davis eyes

彼女はあなたを
おもちゃにするだろう。
喜ばせるために
不安にさせるだろう。
彼女の瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。
あなたをだまして
丸裸にする。
彼女はあなたを知っている。
その瞳は
ベティ·デイヴィスの瞳。

=翻訳をめぐって=

私は映画をあまり見ないので、「ベティ·デイヴィスの瞳」と言われてもそれがどういう瞳なのかあまりイメージが湧いてこない。画像検索してみると最初に出てきたのは、こんな瞳だった。



…確かにキレイだけど、本当にお人形さんみたいだよな。1930年代の映画スターが求められていたのは、まあこういう表情だったんだろうな、みたいなことを一瞬思い、いやいや人の顔を「評論」の対象にするなんてそもそもお前は何様のつもりなんだ、みたいなことをいろいろ考えさせられたのだけど、次の「瞳」には、割とドキッとさせられた。



…流し目になると、別人みたいだ。この「ギャップ」が、魅惑の秘密なのかもしれない。さらに次の「瞳」になると、じぶん男ではありますけれど、キャーって言いそうになった。



…この写真が一番好きだな。「パプリカ」というアニメ映画で、ナンパされた女主人公が露骨にイヤそうな顔をする時の絵がものすごく好きだったのだけど、ひょっとしてこの顔がモデルになってるのかもしれない。ちなみに私はパッチリした眼の人よりも、普段は細い目をした人が時々ギラっと瞳を光らせる瞬間みたいなところに惹かれる傾向がある。そんな私が世界で一番セクシィな瞳の持ち主だと思っているのは、男になってしまうのだけど、憂歌団木村充揮さんである。





…検索でこのページに来てくれた人が知りたいのは私の好みの傾向とかではなく、歌詞の内容なのだ。脱線はやめよう。その他にもこの歌にはジーン・ハーロウグレタ・ガルボという2人の女優さんが登場する。どちらも私は顔を知らなかったので、やはり画像検索した写真を貼らせてもらっておく。


Jean Harlow 1911〜1937.


Greta Garbo 1905〜1990

…それにつけても、「その髪型やないとアカンのか」と言いたくなるぐらい、似通った頭を強要されていたのだな。1930年代のスターの皆さんは。以下は、歌詞の中の表現をめぐって。

  • Her hands are never cold…日本では「冷たい手の人は心が暖かい」とか言うけど、アメリカでは「手があったかいとフツーに心もあったかいんだろうと感じる」ものなんですって。だからこの歌詞は別に彼女をけなしているわけではない。
  • She's pure as New York snow…雪といえば純白で汚れていなくてピュアなイメージがあるけれど、ニューヨークの雪というのは泥と煤煙まみれになって「汚れていること」で有名なんですって。だからこの歌詞は逆に「ピュアでない彼女」のことを皮肉っていることになる。
  • pro blush…韻を踏ませるためにいろいろなところで突飛な言葉が使われているのだけれど、「make a pro blush」は「プロのセックスワーカーをも赤面させる」という意味を持つスラングで、例えばステージで喋っているコメディアンが客の野次で思わず言葉を詰まらせてしまったりした場合に、「今の野次はpro blushだったな」みたいな使われ方をするらしい。「玄人泣かせ」はかなりの意訳。
  • she snows you…snowには「だます」という意味もあるんですって。理由は、雪の下にあるものは、誰の目にも見えないから。
  • Off your feet with the crumbs she throws you…一番ややこしい歌詞なのだけど、「ヘンゼルとグレーテル」の昔話で、2人の兄妹が森の中で道に迷わないように、来た道にパンくずをバラまいたエピソードが踏まえられているらしい。物語ではそのパンくずが鳥に食べられて2人は道に迷ってしまうのだけど、この歌詞では彼女がパンくずをエサにして彼氏をワナにかける、というニュアンスなのではないかと思う。もっとも、あまり確信は持てない。


Blue Water

…というわけで今回は、大好きだった「ふしぎの海のナディア」の主題歌で締めくくらせてもらいます。またいずれ。

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Bette Davis Eyes

Bette Davis Eyes

…分類、「カントリー」になるの?そうなの?ちなみに書き忘れていましたが、この曲のオリジナルバージョンは1974年にジャッキー・デルシャノンという人が発表しています。改めましてまたいずれ。