華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

The Great Pretender もしくは「ふりをする」ことにかけての偉大な人 (1955. The Platters)



前回の曲で「Young Pretender」という歌詞が出てきたのを見た瞬間から、頭の中を回り出して止まらなくなったのがこの曲である。「pretender」=「ふりをする人」。ものすごく「使える」言葉なのに、直接それに対応する日本語が見つからないのは、どうしてなのだろう。ひょっとすると日本社会はあまりにも「ふりをしなければならない社会」だから、「ふりをしていること」を言葉にすること自体が、タブーであるかのように感じられてきたからなのかもしれない。そんなことを考えてしまう。

この歌を私は、上に貼りつけた味も素っ気もないジャケットのザ・バンドのアルバムを通じて知り、以来ずっとザ・バンドの曲として聞いてきたのだけれど、オリジナルは「オンリー・ユー」を歌っていたプラターズというコーラスグループが、1955年にヒットさせたかなり古い曲である。(また、他の曲に言及してしまった。訳すしかなくなってしまった。こうして私は、自分の仕事をどんどん増やしてしまう)


The Great Pretender

ただし、世の中のかなりの人にとってこの歌はザ・バンドの曲でもなくプラターズの曲でもなく「フレディ・マーキュリーの曲である」と認識されているらしく、YouTubeでの再生回数はプラターズのビデオが380万回なのに対し、フレディのビデオは実に1000万回である。フレディ・マーキュリーといえばライブ・エイドでのあのマリオみたいなヒゲを生やした顔しか知らなかったのだけど、このビデオで飛び出してくるフレディはツルツルの顔をしていて真っ白なスーツを着ていて、まるで宝塚みたいだ。と思ったら「大階段」まで出て来たから、これは本当に宝塚を「意識して」いたのかもしれない。フレディマーキュリーに意識されていたぐらいなら宝塚も大したものだと思うけど、「大階段」の演出は実はもっと古くから何らかの形で西洋世界に存在していて、逆に宝塚の方がそれをパクったのだということも考えられる。その辺の事情はよく知らない。知ってる方がいらっしゃったら、教えてほしい。


The Great Pretender (Freddie Mercury)

その他、この曲はサム・クックロイ・オービソン、ロッド・ステュアートなど、本当に数えきれないぐらいの人にカバーされていて、曲名で検索したらザ・バンドのバージョンなどいつまで経っても出てこない。YouTubeでようやく見つけたザ・バンドのバージョンは、LPの再生をケータイで録画&録音しただけと思われる極めてチープな代物だったが、私は割とこういうのが、キライではない。いろんな想像力をかき立ててくれるからである。というわけで歌詞の試訳は私がいちばん慣れ親しんだこのザ・バンドの演奏に合わせて、お送りすることにしたいと思います。


The Great Pretender (The Band)

The Great Pretender

英語原詞はこちら


Oh-oh, yes I'm the great pretender
Pretending that I'm doing well
My need is such I pretend too much
I'm lonely but no one can tell

そうぼくは
「ふりをすること」にかけては
偉大な人間だと言っていい。
うまくやってるような
ふりをしてる。
あまりにも
そうしなくちゃいけないもんだから
ふりをしすぎるぐらい
ふりをしている。
ぼくはさびしいのです。
でもそんなことは誰にもわからない。


Oh-oh, yes I'm the great pretender
Adrift in a world of my own
I've played the game but to my real shame
You've left me to grieve all alone

そうぼくは
自分自身の世界で漂流している
偉大なる大嘘つきだ。
ぼくはずっと
正々堂々と行動してきたつもりでいる。
でも極めて遺憾なことに
きみはぼくのことを
ひとりぼっちで悲しみの世界に
置き去りにしていった。


Too real is this feeling of make-believe
Too real when I feel what my heart can't conceal

本当にリアルなのは
ふりをしているこの感じだ。
自分の心に
隠しきれないものの存在を
自分自身が感じた時
それはあまりにもリアルになる。


Yes, I'm the great pretender
Just laughin' and gay like a clown
I seem to be what I'm not, you see
I'm wearing my heart like a crown
Pretending that you're still around

そうぼくは
偉大と言ってもいいくらい
ふりをすることに明け暮れている。
まるでピエロみたいに
笑ったり面白がったりしている。
ぼくはまるで本当のぼくじゃ
ないみたいに見えるだろう。
ピエロみたいに
心をすり減らしているんだよ。
今でもきみが
そばにいるみたいな
ふりをしているんだ。


Too real is this feeling of make-believe
Too real when I feel what my heart can't conceal

本当にリアルなのは
ふりをしているこの感じだ。
自分の心に
隠しきれないものの存在を
自分自身が感じた時
それはあまりにもリアルになる。


Yes, I'm the great pretender
Just laughin' and gay like a clown
I seem to be what I'm not, you see
I'm wearing my heart like a crown
Pretending that you're still around

そうぼくは
偉大と言ってもいいくらい
ふりをすることに明け暮れている。
まるでピエロみたいに
笑ったり面白がったりしている。
ぼくはまるで本当のぼくじゃ
ないみたいに見えるだろう。
ピエロみたいに
心をすり減らしているんだよ。
今でもきみが
そばにいるみたいな
ふりをしているんだ。

=翻訳をめぐって=

  • I'm the great pretender…「偉大な人間だと言っていい」などと歌の主人公に司馬遼太郎口調を使わせてしまったが、「ふりをする人」などという一般名詞が日本語に存在しない以上、多少説明的な翻訳になるのは致し方ないと思う。「嘘つき」「偽善者」みたいな意味で使われることもある言葉だが、もともとの意味が「ふりをする人」であることを踏まえなければ、同じ「嘘つき」でもどういう「嘘つき」かが伝わらないから、いきなりそう書くと「意訳のしすぎ」になるのではないかと思われる。
  • I've played the game…play the gameで「正々堂々と行動する」という意味の熟語になるのだとのこと。ただし直訳すれば文字通り「自分はずっとゲームをやってきた」という意味にもなる。「ゲームをする」というのは、あたかも参加者が特定のルールに従っているかのような「ふり」をし続けなくては、成立しない行為である。そしてその「ふりをする」という卑怯未練な行為が、「ゲーム」の中では「正々堂々と行動する」ことにつながるのだという、何重もの逆説がこの歌詞には含まれているような感じがする。たぶん「何がリアルな自分なのか」ということは、歌の主人公にも分からなくなっているに違いない。後の歌詞にも出てくる通り、「ふりをしている時に感じる気持ち」だけが、「リアルな感覚」なのである。
  • I'm wearing my heart like a crown…最初は「心に服を着せている」=「本当の心を隠している」みたいな意味かと思ったが、「wear」には「使い古してすり減らす」という意味もあるそうなので、そっちで訳した方が自然になる気がした。あるいは、ダブルミーニングなのかもしれない。


偉大なる大嘘つき

ミッシェル・ガン・エレファントのこの曲は絶対に「The Great Pretender」を念頭に置いているに違いないと昔々から思っているが、証拠があるわけではない。それにしても、演奏している映像と一緒に見たい。ではまたいずれ。

==============================
はじめての方へ(総目次)
曲名索引(ABC順)
邦題索引(あいうえお順)
アーティスト名索引(ABC順)
アーティスト名索引(あいうえお順)

グレート・プリテンダー

グレート・プリテンダー

The Great Pretender

The Great Pretender