華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

The Home front もしくは家庭という名の戦線 (1986. Billy Bragg)

The Home front

英語原詞はこちら


Father mows the lawn and Mother peels the potatoes
Grandma lays the table alone
And adjusts a photograph of the unknown soldier
In this Holy of Holies, the Home
And from the TV an unwatched voice
Suggests the answer is to plant more trees
The scrawl on the wall says what about the workers
And the voice of the people says more salt please

父親は芝生を手入れし
母親はジャガイモの皮をむいている。
おばあさんはひとりで
テーブルを支度し
無名兵士の写真の向きを整える。
あまたの聖なるもののうちの
最も聖なるこの家庭という場所において。
誰も見ていないテレビから流れる声が
「答えはもっと多くの木を植えることにある」と
提案している。
壁の落書きの言葉は
「労働者のことはどうなるんだ」
ひとびとの声は
「もっと刺激をください」


Mother shakes her head and reads aloud from the newspaper
As Father puts another lock on the door
And reflects upon the violent times that we are living in
While chatting with the wife beater next door
If paradise to you is cheap beer and overtime
Home truths are easily missed
Something that every football fan knows
It only takes five fingers to form a fist

母親は頭を振り
ドアに新しい鍵をとりつけている
父親の背中越しに
新聞の記事を音読する。
そして隣家のDV夫と
言葉を交わす心の中で
自分たちの生きる
暴力に満ちた時代というものについて
考えをめぐらせている。
あなたにとってのパラダイスが
安いビールと超過勤務の中にあるのなら
家庭の人が従うべき真実なんて
簡単に見失われてしまう。
フットボールのファンなら
誰でも知っていること。
5本の指がこぶしをつくるだけで
すべてのルールは打ち砕かれる。


And when it rains here it rains so hard
But never hard enough to wash away the sorrow
I'll trade my love today for a greater love tomorrow
The lonely child looks out and dreams of independence
From this family life sentence

ここの雨は
いつもひどい。
でも悲しみを押し流すぐらい
降ってくれたことはない。
今日の愛を明日のもっと強い愛と
取り替えなくては。
孤独な子どもは窓の外を眺め
独立を夢見る。
家族生活という名の
この刑罰からの。


Mother sees but does not read the peeling posters
And can't believe that there's a world to be won
But in the public schools and in the public houses
The Battle of Britain goes on
The constant promise of jam tomorrow
Is the New Breed's litany and verse
If it takes another war to fill the churches of England
Then the world the meek inherit, what will it be worth

母親は破れかけたポスターを見るが
読んではいない。
そしてこの世に
かちとるべき世界などというものが
とてもあるとは思えないと思う。
それなのに
中高一貫の私立学校や
男ばっかりの酒場では
ドイツ空軍との空中戦が
今でも続いている。
「楽しみは明日にとっておこう」という
使い古された変わらない約束が
新人類の口から出てくる
お経みたいな言葉の中身だ。
イギリス中の教会を満たすのに
新しい戦争が必要なのだとしたら
世界やそのひ弱な後継者たちにとって
それはどういう値打ちを持つことになるというのだろう。


Mother fights the tears and Father, his sense of outrage
And attempts to justify the sacrifice
To pass their creed down to another generation
'Anything for the quiet life'
In the Land of a Thousand Doses
Where nostalgia is the opium of the age
Our place in History is as
clock watchers, old timers, window shoppers

母親は自分の涙と戦い
父親と戦い
その発作的な暴力と戦って
自らの犠牲を
意味あるものにしようとしている。
「すべては静かな暮らしのために」という
自分たちの信条を
新たな世代に引き継がせるための
聖なる犠牲として。
ノスタルジアが時代のアヘンになってるような
「1000のドーズ(イヤなこと、もしくは薬の服用回数)の国」では
歴史の中でわれわれの時代は
時計ウォッチャーと
古狸みたいな老人たちと
ウインドウショッパーの時代として
位置づけられることになっているのだろう。


The Home Front

=翻訳をめぐって=

  • The Home front…直訳は「家庭の戦線」。もともとは世界大戦当時に戦時意識を高揚させるために作られた言葉で、日本語では「銃後」と訳されている。「銃後」の市民は軍隊によって「安全な生活」を保証されているわけだが、戦時下にあっては家庭もひとつの「戦場」なのだと考えなければならない。生活の場でも戦場で戦う軍隊の存在と愛国の意識を忘れないようにしよう、という要約するのもおぞましいペテンだらけの理屈にもとづいて成立している言葉なのだけど、ビリー・ブラッグは文字列をそのままにしてまるっきり違う意味をこの言葉に与えた。すなわち家族制度の「犠牲者」である女性や子どもが、自分の存在をかけて24時間戦い続けなければならない場所を形容する言葉として、この歌では「家庭の戦線」という言葉が使われているわけである。
  • the voice of the people says more salt please…「voice of the people」は「人々の声」だが、「テレビの街頭インタビュー」を指す言い方としても使われているとのこと。salt(塩)という言葉には何となく宗教的な雰囲気も感じるが、ここでは「刺激」という意味で使われているらしい。
  • It only takes five fingers to form a fist…「こぶしを作るだけで」どうなるのかということが書かれていない。女性や子どもには暴力で「家庭のルール」に従うことが強要されるのに、男はそれを暴力で簡単に破る。といった意味だと思う。
  • I'll trade my love today for a greater love tomorrow…母親の心の中の誓いである。「明日はもっと素晴らしい愛を見つけに行こう」=「家を出て行こう」という意味でも読める気がするが、続きの歌詞を見ると、たぶん違うと思う。「耐えるために」もっと強い愛を私は持たねばならない、と自分に言い聞かせている感じのようである。
  • in the public schools and in the public houses…どちらにも「public (公共の)」という同じ言葉が使われているが、前者は中高一貫の私立男子校、後者は店員も含めて「男ばっかりの酒場」のことで、全然中身が違う。共通しているのは「男ばっかりの世界」だということで、つまるところ「public」は「男社会」を意味する言葉なのである。
  • jam tomorrow…「不思議の国のアリス」に出てくるフレーズ。「ジャムは明日!」と言われて「楽しいこと」が明日までお預けにされるのだけど、明日になったらやっぱり「ジャムは明日!」と言われるから、結局「楽しいこと」はいつまで経ってもやって来ない。
  • New Breed…訳語の「新人類」という言葉自体、21世紀ではほぼ死語だけど、80年代には確かにこういう言葉が使われていた。覚えている。そういう名前のファミコンソフトもあった。ただ、子供心にも「自分に理解できない世代の人たち」に対する排撃のニュアンスを含んだ、差別的な言葉だったと思う。とまれ80年代の歌だということもあり、ここでは辞書通りに翻訳した。
  • Land of a Thousand Doses…Land of 1000 Dances という60年代R&Bのヒット曲のタイトルを踏まえた造語。doseという言葉には「薬の一服」という意味と同時に「1回分の不愉快な経験」という意味もある。クスリ漬けにされた未来、不愉快なことばかりの未来といったような意味が込められた言葉なのだと思う。
  • clock watchers…「時計ウォッチャー」という訳語だけでは伝わりにくいかもしれないが、例えば職場などで「早く5時にならないか」と時計ばかりを気にしているような人をさす言葉。

…以上をもってビリー・ブラッグの3rdアルバム「Talking With The Taxman About Poetry」の翻訳は完了です。最後のこの曲はいろんな意味で、私の心に残り続けていた曲でした。この特集を通じてビリーブラッグと出会えたという人が日本に1人でも増えてくれたら、私にとって最大の喜びです。今まで知らなかったという方も、ぜひ気軽にコメントを残して行ってください。ではまたいずれ。頭の中は既に「次の特集」でいっぱいになっています。

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