華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Smells Like Teen Spirit もしくはランダーザー (1991. Nirvana)



現在の特集を始めるまでニルヴァーナというバンドのことをほとんど知らなかった私ではあるけれど、この曲のことは、さすがに知っていた。中学の時に、洋楽好きのイキリな同級生が、何かあるごとに「♪ランダ〜ザ〜」「♪ランダ〜ザ〜」と歌いながら飛び回っていたのが、耳に残っていた。

「ランダーザー」とは、文字で書いたらどういう言葉になっている歌詞だったのか。実はそれを確かめるのは、いずれこの曲を翻訳する時にと思い、今日の今日まで私が「とっておいた楽しみ」だった。ところが、いざ実際に調べてみたら、歌詞の中に「ランダーザー」と聞こえそうな言葉は、ひとつも書かれていなかったことが分かった。

イキリな彼氏が歌っていた曲の最後の部分の繰り返しの歌詞は、「a denial (拒絶)」である。(ちなみに「イキリ」とは、「カッコつけなやつ」をからかう時に使われていた関西方言です)。「ランダーザー」と「ア·ディナイアル」。あでぃないあー、あじなーやー、あいなーやー…文字から入ろうとする限り、いつまでたっても「バンザーイ」とはなりそうにない。子音を母音に「溶かす」ことは可能でも、「ア」を「ラ」に変えるにはかなり大胆な決意が必要になる。残念ながら今回は、「バンザイなしよ」で終わりだな。

だからといって、その同級生のことを笑い者にしようというような気持ちは、今の私には全くない。どこの学校のどこのクラスにだって、自分が洋楽好きであることを事あるごとにアピールしたがり、そのくせ「ボン・ジョヴィ」のことを堂々と「ボンジョリ」と呼んでみせるようなお調子者が、必ず何人かはいたものだ。私だってその1人にすぎなかったかもしれないと、率直に言って今では思う。けれどもそれを「カッコつけの手段」にするのはいかがなものかという気持ちこそあれ、かれらや私が本当に「好きで」洋楽を聞いていたという事実だけは、誰にも否定できないはずなのだ。

その同級生は、彼氏が同じく好きだったユニコーン奥田民生が「あやかりたい'65」で「歌詞カード見るのは邪道さ」と歌っていた教えを忠実に守り、自分の感性だけを信じてニルヴァーナに耳を傾け、それで聞こえた「言葉」が「ランダーザー」だったに違いないのである。それはむしろ「簡単にマネのできないこと」として賞賛されるべき勘違いなのであり、赤の他人が気安く「それ、間違ってるよ」などと「訂正」に入ってきたなら、彼は怒っていい。とすら今では思う。それを「改める権利」を持っているのは彼氏自身と、その彼氏の影響でずっとこの曲を「ランダーザー」で覚えてきたこの私。そしてその周辺にいた人間たち「だけ」なのである。

とはいえ「華氏65度の冬」は「華氏65度の冬」なのだ。「自分がどう聞いていたか」ではなく「歌っている人は何を言っているのか」ということを大切にして音楽というものと向き合い直そうと思ったのが、このブログを始めた理由であった以上、「ランダーザー」にも自分自身の手で、決着をつけるしかない。その時期が今めぐってきたということも、後々になって振り返るなら、きっと意味のあることだったと思えるに違いないのだ。そんなわけでこの曲の翻訳は、今までやってきたどの翻訳にもまして、このブログの歴史の中で大きな位置を持つことになると思う。

私が「親代わり」にしてきた60〜70年代の楽曲とは区別され、この曲には私自身が10代の大半の時期を過ごした90年代という時代が、凝縮されているのを感じるからである。


Smells like teen spirit

…この曲のこのPVはとても有名なものらしいのだけど、今こうして初めて見てみると、確かにとても印象的である。とりわけ心に残るのは、誰に聞いてもおそらく「チアリーダーの皆さん」の姿だろう。チアリーディングというのはこんな曲をバックにしてこんな人たちを応援するために存在するものでは、たぶん絶対にない。そんな「ありえない光景」が実際に形になってしまっていることが、見る人の心に強烈なインパクトを与えるのだと思う。

モダンチョキチョキズに在籍していた天才ソングライターの長谷部信子さんという人が、「ふられ節」という歌の中で「外向きの車座」という言葉を使っているのだけれど、私がこのPVから受け取ったのはその歌詞に初めて出会った時と通じるような、衝撃だった。

それにつけても、こんなにミスマッチでこんなに不器用でこんなにやる気のないチアリーダーの皆さんの動きのひとつひとつが、この曲をバックにするとどうしてこんなに美しく見えるのだろう。不穏な響きのギターに合わせてくるくると回転するポンポンの残像は「春は3月落花の形」そのものであり、はらはら舞い散る夜桜に例えられるような日本的叙情を、なぜか私は感じてしまう。「終末を舞い続ける水瓶の娘たち」という頭脳警察のこの歌の中に繰り広げられているのは、あるいはこんな光景なのかもしれないというのが、このビデオに対する私の第一印象だった。もっとも、見ている人間に「別の曲」を連想させてしまうのは、果たしてPVとしては成功なのか失敗なのか。その辺のことまでは、私にはよく分からない。


頭脳警察 万物流転 1990年

…いずれにしてもこんな有名曲のPVを26年も経ってから初めて見ているような私が、イチからその翻訳に臨むというのは、なかなかに緊張感の伴うことだ。こんなに緊張しているのは、「London Calling」を翻訳したとき以来かもしれない。いきなり歌詞カードと向き合うよりは、もうちょっとこの曲について「勉強」しておいた方がいいようにも思う。検索でこのページにたどり着いた皆さんも、本当に読みたいと思っているのは、私ごときのダラダラした感想などではなく、英語の一次資料から翻訳したこの曲に関する「直接の情報」であるに決まっている。

そんなわけで、前回の「Lithium」の際には「Genius」という歌詞読解サイトの記事を翻訳して紹介したけれど、今回はそれと同じくらい頻繁に参照させてもらっている、「Songfacts」というサイトのこの曲に関する記事を抜粋して紹介することで、予習に代えたいと思う。
www.songfacts.com

Kurt Cobain wrote this song for Nirvana; it came together in a jam session when he played it for the band. He said: "I was trying to write the ultimate pop song. I was basically trying to rip off The Pixies."
この曲をニルヴァーナのために書いたのはカート·コベインだったが、それが形になったのはジャムセッションの中でのことだった。「おれは完璧なポップソングを作ってやろうと思ったんだ。基本的にはピクシーズからパクろうと思っていた」とカートは発言している。


The Pixies "Debaser"
…「Smells Like Teen Spirit」の「元ネタ」になったと言われている、ピクシーズの「ディベイサー」

Kathleen Hanna, the lead singer of the group Bikini Kill, gave Cobain the idea for the title when she spray painted "Kurt Smells Like Teen Spirit" on his bedroom wall after a night of drinking and spraying graffiti around the Seattle area. In his pre-Courtney Love days, Cobain went out with Bikini Kill lead singer Tobi Vail, but she dumped him. Vail wore Teen Spirit deodorant, and Hanna was implying that Cobain was marked with her scent.
ビキニ·キルというバンドのリードボーカルだったキャスリーン·ハンナが、シアトルの街で酔っ払ってそこら中にスプレーで絵を描いていたその翌朝、コベインの寝室の壁に「カートはティーン·スピリットの匂いがする」と落書きしたことが、この曲のタイトルのアイデアをもたらした。コートニー·ラブと一緒になる前、コベインはビキニ·キルのドラマーだったトビ·ヴェイル( 文中には「リードシンガー」とあるが、誤植であろう)と付き合っていたのだが、後にフラれている。ヴェイルはティーン·スピリットという名前のデオドラントを使っており、ハンナはコベインの体にその匂いがくっついていることを、おちょくったのである。


Hanna explained that early in the night, she was Cobain's lookout as he spray pained "God Is Gay" on the wall of a religious center that they believed was posing as an abortion clinic and telling women they would go to hell if they aborted their child. They got quite inebriated that night, and Hanna said, "We ended up in Kurt's apartment and I smashed up a bunch of s--t. I took out a Sharpie marker and I wrote all over his bedroom wall - it was a rental so it was really kind of lame that I did that. I passed out with the marker in my hand, and woke up hung over." Six months later she got a call from Cobain, asking her if he could use what she wrote on the wall for a lyric. Said Hanna, "I thought, how is he going to use 'Kurt Smells Like Teen Spirit as a lyric?"
ハンナの語るところによれば、中絶医を装いながら女性に対して「子どもを中絶すると地獄に行くことになる」と教える宗教施設 つまりは、そういう産婦人科医のことだろう)であるとかれらが信じているところの建物の壁に「神はゲイである」とコベインがスプレーで落書きした時、彼女はその見張り役をつとめていたのだという。かれらはその夜、めちゃめちゃに酔っ払っており、「最後はカートのアパートに転がり込んで、あたしはbunch of s--t (直訳は「ひとかたまりのう〇ち」。落書き作品のことを言っているのか本当に失禁したのかは、私の読解力では分からなかった) をぶちまかしちゃったのよね。そんでシャーピーのマーカーを取り出して、ベッドルームの壁にでかでかと書いたわけ。あのアパートはレンタルだったから、あたしのやったことはまあメチャメチャだったわね。それでマーカーを持ったまま部屋から出て行って、次の日は二日酔いで目を覚ましたの」とハンナは語っている。6ヶ月後、彼女はコベインから電話で、壁に書いてあったことを歌詞に使わせてもらっても構わないだろうかという確認を受ける。「カートはティーンスピリットの匂いがするっていうのが、どうしたら歌詞になるわけ?」とハンナは思ったという。


Bikini Kill "Rebel Girl"


Tobi Vail

Cobain didn't know it when he wrote the song, but Teen Spirit is a brand of deodorant marketed to young girls. Kurt thought Hanna was complimenting him on his rebellious spirit, as someone who could inspire youth. Sales of Teen Spirit deodorant shot up when this became a hit, even though it is never mentioned in the lyrics.
「ティーン·スピリット (10代の精神)」とは若い女の子をターゲットに発売されていたデオドラントの商品名だったのだが、曲を書いた時、カートはそれを知らなかったのだ。カートはハンナが自分の反逆精神を讃える言葉を壁に書いてくれたのだと思い込んだのである。歌詞の中には一度も出てこないものの、この曲がヒットした時、デオドラントの「ティーンスピリット」の売り上げは、めちゃめちゃに跳ね上がったということだ。

Teen Spirit deodorant

This was the first "Alternative" song to become a huge hit, and in many ways it redefined the term, as "alternative" implies lack of popularity and the song was embraced by the mainstream. In an effort to save the label for acts like Porno For Pyros and Catherine Wheel, some industry folk referred to the genre as "Modern Rock," which became a common radio format. "Alternative" became more of a catchall for music played by white people that didn't fit the pop or country formats, and Nirvana quickly became a "Classic Alternative" band.
この歌は大ヒットを記録した最初の「オルタナティブ (≒次世代的)」作品であり、それ自体が「大衆性に欠ける」という意味を含む「オルタナティブ」がメインストリームに受容されたことを通し、多くの面で「オルタナティブ」という言葉自体の再定義をもたらした。ポルノ·フォー·ファイロスやキャサリン·ホイールといったバンドの活動に名前をつけようという試みから、業界の一部で使われていた「モダン·ロック」という言葉が、当時は一般的にラジオで使われるようになっていたのだが、「オルタナティブ」という言葉は、ポップスやカントリーの枠に収まりきらない白人音楽をより包括的に形容する用語となり、ニルヴァーナはすぐさま「クラシック·オルタナティブ」バンドとしての地位を獲得した。


Porno For Pyros "Pets"


Catherine Wheel "Sparks are gonna fly"

With this track, Nirvana helped ignite the "grunge" craze, which was characterized by loud guitars, angst-ridden lyrics, and flannel. Grunge was a look and sound that was distorted and emotive, led by bands coming out of the Northwest. Pearl Jam and Soundgarden were other top grunge bands of the era. Cobain would often dismiss the term as a meaningless label when asked about it in early interviews, but their bass player Krist Novoselic explained that it was a growling, organic guitar sound that defined it.
絶叫するギターと苦悩に満ちた歌詞、そしてフランネルの衣服で特徴づけられたこの曲で、ニルヴァーナは「グランジ (≒不潔)」の興奮に火をつけた ( 「craze」は辞書には「熱狂」とありますが、差別的な言葉だと思います)グランジはアメリカ北西部のバンドによって形づくられた、いびつで感情に訴えるタイプのルックスであり、サウンドだった。当時のトップ·グランジ·バンドとしては、他にパール·ジャムやサウンドガーデンが挙げられる。コベインは初期のインタビューでは、この分類を無意味なレッテル貼りであるとして、はねつけていた。だがベースのクリス·ノヴォセリックは、グランジを特徴づけるのはゴロゴロうなるような有機的なギターサウンドであるとコメントしている。


Pearl Jam "Jeremy"


Soundgarden "Black Hole Sun"

Cobain said he wrote this song because he was feeling "disgusted with my generation's apathy, and with my own apathy and spinelessness." This feeling of detachment is what led to lyrics like "Oh well, whatever, nevermind." Krist Novoselic added: "Kurt really despised the mainstream. That's what 'Smells Like Teen Spirit' was all about: The mass mentality of conformity."
コベインはこの曲を書いた理由について、「自分の世代の無気力無感動無関心、そして自分自身の無気力無感動無関心とヘタレさ加減への嫌悪感」があったからだと語っている。この無関心もしくは孤立した感覚から導かれているのが "Oh well, whatever, nevermind.(≒あーもー何でもいいや。勝手にしてくれ)"といったような歌詞であると言えよう。「カートは本当にメインストリームにむかついてたんだ。型にはまった多数派の順応性ってやつ。それが 'Smells Like Teen Spirit' のすべてだよ」とクリス·ノヴォセリックは付け加えている。

The video was a huge hit on MTV. The concept was "Pep Rally from Hell," and it was shot at Culver City Studios in California on August 17, 1991, directed by Samuel Bayer, who was a 1987 graduate of the New York City School of Visual Arts. The kids were recruited at a show the band played two days earlier at The Roxy Theater in Los Angeles, where flyers were handed out saying, "Nirvana needs you to appear in their upcoming music video. You should be 18-25 year old and adopt a high school persona, i.e. preppy, punk, nerd, jock. Be prepared to stay for several hours. Come support Nirvana and have a great time."
この曲のビデオはMTVで大ヒットを記録した。そのコンセプトは「地獄のペップラリー」 (pep rallyは「試合前に行われる激励会」のこと。日本語には「応援合戦」という言葉があるが「合戦」ではないので、音訳しました) で、91年8月17日にカリフォルニアのカルヴァー·シティ·スタジオで撮影された。監督のサミュエル·ベイヤーは、ニューヨーク視覚芸術学院の87年の卒業生である。登場する少年少女は、撮影の二日前にロサンゼルスのロキシーシアターで行われたバンドのショーの現場で、集められた。「ニルヴァーナは今度発売されるミュージックビデオに君たちが出演してくれることを必要としている。18歳から25歳までで、高校生に見えることが条件。言い換えるなら、preppy (名門私立校の生徒に対する軽蔑的表現)、punk (パンクス)nerd (おたく)、jock (体育だけが得意な人)を募集中ということだ。撮影には数時間かかるので、そのつもりでいてほしい。ニルヴァーナをサポートして、素敵な時間を過ごしにおいでよ!」というのが、そのとき配られたチラシの文面だった。

The shoot took more like 12 hours, with the extras ordered to sit in the bleachers and look bored while the song played over and over. Said Bayer: "Nobody wanted to be there for more than a half hour, and I needed them for 12 hours. By the 11th hour when the band had had it with me and the kids were so angry with me, they said, 'Can we destroy the set?'"
撮影には12時間前後かかり、そのあいだイスに座らされて同じ歌が何度も何度も演奏されるのに付き合わされたエキストラは、極めて退屈していた。「誰も30分以上そこにいたいと思ってたやつは、いなかったんだ。それが12時間もかかってしまった。11時間目にバンドメンバーが怒って帰るって言いだした時には、エキストラの子たちも僕に対してめちゃめちゃ怒って、『このセット、壊してもいいか?』と言いだした」とベイヤーは語っている。

Bayer let the kids come down and form a mosh pit, and with all that pent-up energy they proceeded to smash up the set. This impromptu and genuine destruction provided a nice finale for the clip.
ベイヤーは少年少女が席を飛び出してモッシュピットを作り出すのにまかせ(mosh pit=ライブ会場で「おしくらまんじゅう」が発生する客席最前列あたりを形容する言葉)、かれらの押さえつけられた怒りがセットをめちゃめちゃにしても、なすがままだった。この台本にない本物の破壊が、ビデオにナイスなフィナーレをもたらしたのだ。

The video was inspired by the movie and song Rock And Roll High School by the Ramones, and was also influenced by a 1979 movie called Over the Edge, which was a favorite of Cobain and showed rebellious kids destroying a high school.
このビデオは、ラモーンズの「ロックンロール·ハイスクール」に影響を受けたものであり、79年の「オーバー·ザ·エッジ」という映画にも影響を受けている。「オーバー·ザ·エッジ」は高校を破壊する反逆的なキッズを描いた作品であり、カートのお気に入りでもあった。

According to Bayer, Cobain was getting very frustrated with the shoot, but Bayer needed another take. Cobain channeled his frustration into the performance that you see near the end of the video, where he is screaming and mashing his face near the camera. It was great acting trigger by his real anger.
ベイヤーによれば、コベインは撮影に対して非常にイライラし始めていたとのことだが、ベイヤーはさらに別テイクを必要としていた。コベインはそのイライラを、ビデオのラスト近くの演奏にぶつけており、顔面をカメラにぶつけるようにしながら絶叫している。ベイヤーの「撮り直し」が、彼の本物の怒りを引き出す格好の引き金になったわけである。

Bayer did the first edit of the video, which Cobain didn't like - he used a principal character in a lot of shots and cut it too literal, with the music synching up to the playing. Cobain worked with him to recut the video and make it much more surreal, inserting his crazy look as the second to last shot, and making sure that for his guitar solo, his hands were in the wrong place on the guitar.
ベイヤーはビデオの最初の編集版を完成させたが、コベインはそれが気に入らなかった。ベイヤーは無数のショットの中から主要なものだけを選び取り、曲の進行を演奏の映像と同期させるため、あまりに教条的なやり方で多くをカットしていた。コベインは彼と共にビデオを再編集し、より非現実的なものに仕上げると同時に、最後のショットによりcrazyな自分の姿を挿入した。また自分のギターソロの部分も、修正した。手の位置が曲と合っていなかったのだ。
( 「crazy」は「精神病者」に対する差別語です。ここでは原文をそのまま転載しました)


Smells like teen spirit (director's cut)


Smells like teen spirit (完成版)

The girls who played the cheerleaders in the video were originally supposed to be very fat and unattractive (Cobain's idea). The Director Samuel Bayer did not like this idea, but still allowed the cheerleaders to have "sleeve" tattoos and the symbol for anarchy on their shirts. He says he recruited them from a local strip club, which helps explain their unorthodox cheers.
ビデオでチアリーダーを演じている少女たちは、当初は「とても太っていて魅力的でないルックス」であることが想定されていた。(コベインのアイデア)。監督のサミュエル·ベイヤーはこの考えを好まなかったが、彼女らが腕にタトゥーを入れていることと、シャツの胸にアナーキズムのシンボルマークをつけることについては、同意した。彼によればチアリーダー役は地元のストリップクラブで募集したとのことであり、彼女らの振り付けが「正統派」でないのはそれが理由になっている。

Weird Al Yankovic did a parody of this called "Smells Like Nirvana." He shot his video in the same gym with the same janitor, but in his video, the janitor was wearing a tutu. Cobain said he was flattered by the parody: "I loved, it, it was really amusing."
アル·ヤンコビックは「スメルス·ライク·ニルヴァーナ」と称するこの曲のパロディを演奏している。そのビデオの中でアルは同じ体育館と同じ用務員役の俳優を使っているが、用務員役の人はバレリーナの衣装を着ている。コベインはこのパロディで非常に気持ちよくさせられたとのことであり、「大好きだ。本当に面白いよ」と語っている。


Smells like Nirvana
ニコニコ動画では日本語字幕つきのものが見られますが、そのうち自分でも翻訳してみたいと思います。牛と羊が出てくるところが大好きです。

The distinctive bridge was originally at the end of the song. Producer Butch Vig had them move it to the middle.
特徴的な間奏は、当初は曲の終わりに位置づけられていた。それを真ん中に持ってこさせたのは、プロデューサーのバッチ·ビグである。

A lot was made of Cobain being a spokesperson for Generation X when this song became a hit. Cobain responded by saying, "I don't have the answers for anything. I don't want to be a f--king spokesperson."
この曲がヒットした際には、コベインが「ジェネレーションX」を代表する存在であると位置づけられ、多くの評論の対象となった。これに対しコベインは「何も答える気になれない。おれはファッキン·スポークスパーソンになんかなりたくない」とコメントしている。

Producer Butch Vig explained, "That ambiguity or confusion, that's the whole thing. What the kids are attracted to in the music is that he's not necessarily a spokesman for a generation. He doesn't necessarily know what he wants but he's pissed. It's all these things working at different levels at once. I don't exactly know what 'Teen Spirit' means, but you know it means something and it's intense as hell."
プロデューサーのバッチ·ビグは、「あの両義性、もしくは混乱。それがすべてだ。若い子たちがあの曲に惹きつけられたのは、彼が必ずしもその世代を代表する人物でなくても構わなかったからだ。彼は自分の求めるものを必ずしも自覚していなかったが、それを形にしてみせた。それですべてが、たちまち違ったレベルで動き始めたんだ。"Teen Spirit”がどういうことを歌っている歌なのか、私にも正確なところはよく分からない。でも、確かに何かを表現していて、地獄のように情熱的だってことは、分かるだろ」と語っている。

The line "Here we are now, entertain us" was something Cobain used to say when he entered a party.
"Here we are now, entertain us"というラインは、コベインがパーティに顔を出した時によく口にしていた台詞だった。

The album cover shows a baby swimming toward a dollar bill. Cobain and Nirvana bass player Krist Novoselic had seen a documentary on underwater birth and wanted to use that image on the cover. Pictures of babies being born underwater were too gross, so they hired a photographer to take some underwater shots during a water babies class. The baby they chose was Spencer Elden, who was 4 months old at the time.
アルバムカバーには、1ドル札に向かって泳いでいる赤ん坊の写真が使われている。コベインとクリスは水中出産のドキュメンタリーを見て、その画像をジャケット写真に使いたいと考えたのである。実際の水中出産の写真は相当に「グロい」ものだったので、かれらはカメラマンを雇い、赤ちゃん向けのスイミングスクールで泳いでいる子どもの水中画像を撮影した。選ばれたのはスペンサー·エルデンちゃんで、当時生後4ヶ月だった。

The band's producer, Butch Vig, heard this song for the first time on a low quality cassette recording the band made. He couldn't make out much of the song because it was so distorted. When the band started rehearsing it in the studio, however, Vig heard the potential in the song. He made sure it was the first track on the album, since it made a statement. Vig told NPR: "Even though we're not really sure what Kurt is singing about, there's something in there that you understand; the sense of frustration and alienation. To me, 'Smells Like Teen Spirit' reminds me a little bit of how Bob Dylan's songs affected people in the '60s. In a way, I feel the song affected a generation of kids in the '90s. They could relate to it."
バンドのプロデューサーだったバッチ·ビグがこの曲を初めて聞いたのは、バンドが作った、クオリティの低いカセットテープの録音を通じてだった。あまりに音がゆがんでいたので、彼は当初、歌の内容がほとんど分からなかった。しかしながら、バンドがスタジオでリハーサルを始めた時、ビグはこの曲の可能性を感じ取った。この曲はひとつの「宣言」であると考え、この曲がアルバムの一曲目に来なければならないとバンドメンバーに確認した。ビグはナショナル·パブリック·ラジオにこう語っている。「カートが何を歌っているのか、我々には実際よく分からないが、誰にでも分かる何かがある。欲求不満と疎外感だ。私にとって 'Smells Like Teen Spirit' は、ボブ·ディランの歌が60年代の人々にどんな影響を与えたかを、少しだけ思い出させる曲だった。ある意味で、私はこの曲は90年代の一世代の少年少女に大きな影響を与えた曲だったと感じている。かれらは、自分たちの感覚をこの曲に結びつけることができる」

…長い引用になったけれど、訳していて全然イヤにならなかったのは、私自身がこの曲のことをどんどん好きになりつつあるからなのだと思う。以上のことを踏まえた上で、以下が今回私の作った、「Smells Like Teen Spirit」の試訳である。

Smells Like Teen Spirit

英語原詞はこちら


Load up on guns, bring your friends
It's fun to lose and to pretend
She's over bored and self assured
Oh no, I know a dirty word

銃をかきあつめて
友だちを連れてこいよ。
負けたり失ったり
ごまかしたり強がったりするのは
楽しいもんだぜ。
彼女は退屈しすぎてる。
そんでもって
しっかりしてる。
あーあ。
おれ
とっても汚い言葉を知ってるぜ。


Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello!

ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー!


With the lights out, it's less dangerous
Here we are now, entertain us
I feel stupid and contagious
Here we are now, entertain us
A mulatto
An albino
A mosquito
My libido
Yeah, hey, yay

ライトは消して行こう。
その方が危なくない。
おれたちはここだぜ。
楽しませてくれよな。
おれはstupidみたいな気がするし
自分が病原菌みたいな気がする。
ここにそろってるぜ。
楽しませてくれよな。
ムラートがひとり。
アルビノがひとり。
蚊が1匹
そしておれのリビドー。
いぇい、いぇい、いぇい!


I'm worse at what I do best
And for this gift I feel blessed
Our little group has always been
And always will until the end

一番がんばって自分がやってることで
おれはいつもうまく行かないんだ。
でもそのことをおれは
めぐまれた才能なんだと思ってる。
おれたちのちっちゃなグループは
今までずっと続いてきたし
これからも最後まで
ずっと続くんだ。


Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello!

ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー!


With the lights out, it's less dangerous
Here we are now, entertain us
I feel stupid and contagious
Here we are now, entertain us
A mulatto
An albino
A mosquito
My libido
Yeah, hey, yay

ライトは消して行こう。
その方が危なくない。
おれたちはここだぜ。
楽しませてくれよな。
おれはstupidみたいな気がするし
自分が病原菌みたいな気がする。
ここにそろってるぜ。
楽しませてくれよな。
ムラートがひとり。
アルビノがひとり。
蚊が1匹
そしておれのリビドー。
いぇい、いぇい、いぇい!


And I forget just why I taste
Oh yeah, I guess it makes me smile
I found it hard, it's hard to find
Oh well, whatever, never mind

そして何で興味を持ったのか
おれは忘れちまったよ。
いえい、多分それで
笑顔になれると思ったんだと思う。
難しいってことが分かったし
見つからないもんだってことも
分かった。
あーもー何でもいーや。
勝手にしやがれだ。


Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello, how low?
Hello, hello, hello!

ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー、
どんだけlowなんだよ。
ハロー、ハロー、ハロー!


With the lights out, it's less dangerous
Here we are now, entertain us
I feel stupid and contagious
Here we are now, entertain us
A mulatto
An albino
A mosquito
My libido

ライトは消して行こう。
その方が危なくない。
おれたちはここだぜ。
楽しませてくれよな。
おれはstupidみたいな気がするし
自分が病原菌みたいな気がする。
ここにそろってるぜ。
楽しませてくれよな。
ムラートがひとり。
アルビノがひとり。
蚊が1匹
そしておれのリビドー。


A denial! A denial! A denial!
A denial! A denial! A denial!
A denial! A denial! A denial!

ひとつの拒絶!ひとつの拒絶!
ひとつの拒絶!ひとつの拒絶!
ひとつの拒絶!ひとつの拒絶!
ひとつの拒絶!ひとつの拒絶!
ひとつの拒絶!

=翻訳をめぐって=

この曲の歌詞は、三番まである。サビの繰り返しは変わらないので、今回の「翻訳をめぐって」では一番から三番の前半の訳詞をまず検討し、最後に「難解」で有名なサビの歌詞の検討に移るという、変則的な形をとることにしたい。

=1番=

Load up on guns, bring your friends

辞書で「load up on」を引くと「~を大量に詰め込む[飲む・飲食する]」とある。多くの訳詞が「銃に弾丸を込めろ」となっているが、「load up on」は「〜に詰め込む」ではなく「〜を詰め込む」なのである。さらに英英辞典を引くと「何かを大量に集めたり買ったりすること」とあり、例文としては「The tourists started loading up on perfume and cosmetics.(旅行者たちは香水や化粧品を大量に買い込み始めた)」というのが載っていた。これはいわゆる「爆買い」のイメージであり、旅行者たちは別に香水や化粧品に何かを装填しているわけではない。
だから「Load up on guns」は「銃をかき集めろ」と翻訳するのが正確であると判断した。

It's fun to lose and to pretend

「lose」は日本語に直した場合「失う」と「負ける」の二通りに解釈できる意味を持っており、ここではどちらで訳すのが的確なのか、判断できる材料がない。「pretend」に関しては、過去記事を参照されたし。
The Great Pretender もしくは「ふりをする」ことにかけての偉大な人 (1955. The Platters) - 華氏65度の冬

She's over bored and self assured

ここに出てくる「she」は、上の引用文の中で出てきたトビ·ヴェイルさんのことだと言われている。心がしっかりしている人ほどいつも退屈そうな顔をしている印象って確かに強いから、妙にリアルに響く歌詞だと思う。ただ「over bored」の部分が「overboard」と記載されている歌詞サイトも存在しており、これだと「彼女は詰め込みすぎ」という意味になる。重要なのは英語圏の人には「どっちにも聞こえる」という事実だと思う。

Oh no, I know a dirty word

「dirty word (汚い言葉)」とは、後に続く「Hello, hello, hello, how low?」のことを指しているのかとも一瞬思ったが、「a word」ということは「一単語」なのである。従って「汚い言葉」が何であるかということは、ここでは明らかにされていないと見るのが自然だが、「hello」がその「汚い言葉」であるという風にも、聞こえないことはない。

=2番=

I'm worse at what I do best
And for this gift I feel blessed
Our little group has always been
And always will until the end

…試訳ではかなり意訳しているが、それほど外した訳にはなっていないはずだと思う。それにしてもこの2番の歌詞から私が感じたのは、この歌は思ったよりかなり「ポジティブで前向きな歌」だったのだなということだった。「ちっちゃいグループ」が「ちっちゃいまま終わる」という意味の歌詞であるならやっぱり幾分ネガティブだけど、それでも「最後まで続く」と言いきってるのはポジティブに受け止めるべき言葉だと思う。

=3番=

And I forget just why I taste
Oh yeah, I guess it makes me smile
I found it hard, it's hard to find
Oh well, whatever, never mind

この歌詞の中の「it」はドラッグのことを指している、という解釈をあちこちの和訳サイトで見かけるが、「音楽」だって「愛」だって何でもこの「it」になりうる。ドラッグというものに過剰な意味付与をするのは、間違いだと私は思う。ドラッグは、みんなやってたわけだし、カートは自分の病気の治療のためにも「ドラッグ」を必要としていたわけだが、酒やタバコをやっているミュージシャンはそのことをいちいち歌にするだろうか。あるいは、毎日食べてる食事のメニューをいちいち歌にするだろうか。することもあるかもしれないが、それは飽くまで特別なケースであり、ドラッグ関連でそういう「特別な曲」があるとすれば、このブログで取りあげてきた曲で言うならベルベッツの「ヘロイン」ぐらいなものだと思う。その他のケースでドラッグが取りあげられることはあっても、それは「日常生活の一部として」歌詞に登場しているにすぎないのである。そのくらいの感覚でこちらも聞くのが「正しい態度」なのではないかと思う。ドラッグを思わせるような言葉にいちいち「大騒ぎ」するような人には、たぶんドラッグをやっているミュージシャンの気持ちなんて一生わからないことだろう。

なお「taste」という言葉を私は「興味を持つ」という文脈で訳したが、本来の意味としてはそういう「心の問題」ではなく「試す」「味わう」という具体的な行為として解釈する方が「正しい」のだと思う。しかしその対象としての「it」は「見つかりにくい」と言ってるわけだから、やはり具体的な言葉で翻訳するとイメージがチグハグになってしまう気がする。

=ブリッジ=

Hello, hello, hello, how low?

「ハロー」がいつの間にか「how low」に変わってしまうこの「言葉のマジック」は、英語圏で絶賛されている。さらに「low」を言う時に空気を鼻からちょっとぬくだけで、この「how low」は「how long (どれだけの時間がかかるんだ)」という言葉にも容易に変化し、言葉と言葉の境目はどんどん曖昧になってゆく。そんな風に「言葉から意味が失われてゆく」ゲシュタルト崩壊という現象そのものが、ここでは「歌詞」の形をとって歌われているのかもしれない。

ちなみに90年代には日本でも「high」だとか「low」だとかいう言い方が、ずいぶん流行っていた記憶がある。「ハイロウズ」が結成されたのも、あの頃だった。「うち、ちょっと今日はlowやねん」みたいな言葉を口ぐせにしていた女の子と私はつきあっていたのだが、その「low」は「ウツ」という言葉に置き換えられることもあった。だからといってその人は「双極性障害」を持っていたわけではない。むしろそういう言葉を使うのが「おしゃれ」なことででもあるかのような感覚で、彼女も私も使っていた。今ではそのことを反省しなければならないと思っているが、「躁」や「鬱」という言葉は、あの当時は今よりもずっと「軽い」語感で使われていたように思う。

2017年の現在、「鬱」という言葉は遥かに「重い言葉」になっている。「鬱」に苦しんでいる人の苦しみに変化があるわけではないのだから、このことはむしろその苦しさがそれだけ広く社会的に共有されるようになったことを示しており、「正しい変化」なのだと思う。だから90年代当時の私なら「how low」を「どれだけウツなんだ」と訳していたかもしれないが、今はちょっと、そういう言葉を訳詞に使っていいような気持ちにはなれない。カート自身は、「双極性障害」で当時から間違いなく「苦しんで」いた。でもその苦しみの中から出てきた言葉を、その苦しみを「軽い意味」でしか理解していない人間が、辞書通りの言葉を使って「簡単に」翻訳してしまうような行為は、許されないと私は思うのである。

「low」という形容詞には、「低い」という本来の意味をはじめとして、「弱い」「乏しい」「劣悪な」といったさまざまなネガティブなイメージが付け加えられている。結局、訳詞ではその「low」という言葉をそのまま使うのが、誤解を招いたり意味を削り落としたりすることのない一番「誠実」な訳し方だろうと私は判断した。

=サビ=

With the lights out, it's less dangerous

「明かりを消した方が危なくない」というのは、「明かりを消せば危険そのものを見なくて済むから、むしろ安心できる」という、それこそ危険な歌詞であるというのが、海外サイトの解釈だった。フラワーカンパニーズがそんな歌を歌っていたっけ。

Here we are now, entertain us

この歌詞は、とっても不敵だと思う。私は、大好きだ。音楽をやる人というのは昔から他人を「entertain (楽しませる)」することが仕事であると認識されており、そのために「エンターテイナー(楽しませる人)」という言葉があったりするわけだが、その「エンターテイナー」自身がステージから客席に向かって「おれたちを楽しませろ」と言ってのけたようなケースって、果たしてニルヴァーナ以前には存在したのだろうか。この歌詞は、かなり「事件」だったのではないかと思う。そして実際問題、ニルヴァーナが活動していた時期を境にして、世の中の情報システムというものはテレビやラジオを通じた「一方通行」から、ネットを通じた「双方向的」なものへと、根本的な変化をとげてゆくのである。この歌が時代に対するひとつの「宣言」として受け止められたのは、それなりに理由のあることだったのだと思わせられる。

I feel stupid and contagious
Here we are now, entertain us
A mulatto
An albino
A mosquito
My libido

…語句の意味を確認することから始めたいと思うが、第一に「stupid」は「精神病者」をさげすんで排撃するために存在している差別語である。ここでは原詞をそのまま転載した。

ただし、カートは自らが「病気」に苦しんでいた人であり、かつ「自分が病気であるという意識」にも絶えず苦しめられていた人だったということが、彼の残した言葉の端々には綴られている。そうした「病識」を持つ人が、世間が彼をさげすむのと同じ言葉を自分に向けることは、ものすごい痛みの伴うことだったと思うし、かつその時の彼にはそうやって自分を傷つけることを通してしか本当に表現したいことを表現できないという、彼にとっての必然性が存在していたはずなのである。その気持ちは、病気になった経験を持たない私のような人間が、軽々しく評論の対象にしていいものではないと思う。

けれどもその「同じ痛み」を引き受けようという決意も覚悟も持たない人間が、軽々しく「同じ歌詞」を口にしたり、辞書に載ってる差別的な日本語表現を機械的に当てはめて「翻訳」したりすることは、断じて許されていいことではないと私は思う。このことについては、後でまた触れたい。

「contagious」は「感染しやすい」という意味。だが「私は感染しやすい」と翻訳すると、「人から病気(的なもの)を感染させられやすい」という意味で読むのが普通だと思うし、私も最初はそういう意味なのだと思った。だがよく読むとカートは自分自身が「人に病気(的なもの)を感染させやすい」人間であると感じていた節があるように思われ、そのことへの「不安と居直り」を同時に吐き出しているのがこの歌詞なのではないかと考えた方が自然であるように感じられた。それで、そのことをハッキリさせるために「自分が病原菌みたいな気がする」と思い切った意訳をしてみたのだが、文法的にどちらの解釈が正しいのかについては、確信が持てない。分かる人がいたら、教えてほしい。

mulattoは、広義には黒人とそれ以外の肌の色を持つ人の両方の血を受け継いでいる人のことをさす言葉で、有名な人ではバラク·オバマやボブ·マーリィ、ビヨンセといった人たちの名前が挙げられる。ただしこの言葉はその語源からして「雑種のロバ」という強いさげすみのニュアンスを持っており、特に合州国では黒人と先住民の間に生まれた人に対してのみ、侮蔑的に使われてきた言葉だと辞書にはある。

albinoは先天的にメラニン色素が不足する「アルビ二ズム」という病気を持って生まれてきた生物の個体に対する呼び名であり、体や体毛が真っ白で、眼球は赤くなるのが特徴である。シロウサギやシロヘビは有名だが、それ以外の生き物にも「アルビノ」はしばしば生まれてくるし、人間にもそういう人は、いる。(ただし人間に対する言い方としては、「アルビノ」などという学者が他の生物を観察対象とするような言い方ではなく、「アルビ二ズムの人」という呼び方がされるべきだという主張が、英語圏では高まっているという)。アニメで言うなら「新世紀エヴァンゲリオン」に出てくる綾波レイさんには、このアルビ二ズムを持って生まれてきたという設定が施されている。

先の「stupid」も含め、こうした言葉が連続して出てくることから、他の和訳サイトでは「この歌は差別用語だらけ」みたいな説明がなされた上で、翻訳者自身が選択した差別的な日本語表現をこれでもかとばかりに使った「訳詞」が散見され、ハッキリ言って、見るに堪えない。「差別用語だらけ」と言うけれど、そういう翻訳者たちは果たしてこうした言葉の「何」を差別だと思っているのだろうか。かつ、それを差別だと思っているのならどうして「同じ差別」を自分自身も繰り返すことができるのだろうか。差別とは「人殺し」と同じ行為なのである。

かつmulattoやalbinoと呼ばれる人たちは、黒人や女性や「障害者」と呼ばれる人たちが「いる」のと同じように、当たり前にこの世界に「いる」人たちなのだ。「いる」人たちのことを「その名前」で呼ぶこと自体が差別になることが起こりうるのは、飽くまでも「その言葉を使う人間」の側の問題なのである。女性に対する差別が存在する社会では、「女」という一般名詞さえ、場合によっては差別語となる。「この言い方はダメ」「あの言い方ならOK」といったような話ではなく、言葉を使う人間の中に「相手を差別する気持ち」がある限り、どんな言い方をしようがそれは口を開くたびに隠しようもなく噴き出してくるものなのだ。問題にされねばならないのは「その意識」なのである。

歌の話に戻るなら、カートがこの歌詞の中で「stupid」「mulatto」「albino」という言葉を連続して使っているのは、その名前で呼ばれている人たちを「差別するため」だったのだろうか。私はそうは思わない。カートは自分自身が人から「stupid」と呼ばれて、苦しむ立場の人だった。それをこの歌の中では「おれがそのstupidだ」と自分の側から宣言して、逆にstupidをさげすむ人間たちの態度を問うているのである。この歌詞はそういう歌詞だと私は思う。

そしてそんな風に自分自身を「差別される側」に位置づけていたカートにとって、「mulatto」や「albino」といった言葉で呼ばれる人々は、きっと「仲間」に見えていた存在だったに違いないと思う。だからこの「単数形名詞の連発」は、「entertainment us」という言葉の「後」に出てくるのである。「我々を楽しませろ」というその「我々」を構成しているのが、この歌詞においては「1人のムラート」と「1人のアルビノ」と「1匹の蚊」と「カートのリビドー(性衝動)」なのだ。あるいはその「全構成員」に、カートは「自分自身」を重ねていたのではないかと、私は思う。(ちなみに「蚊」に関しては、「われ関せず」を象徴しているキーワードなのではないかという解釈が、海外サイトにはあった。もっとも、単に最後の文字をoでそろえて韻を踏みたかっただけではないかという説明の方が、しっくり来る感じもする。しかしだとしても「蚊」という言葉を選択することには、やはりそれなりの意味が存在しているはずなのである)。

私はこの歌を、そういう歌であると受け止めた。違う聞き方をしてこられた方がいらっしゃったら、ぜひ聞かせてもらいたいと思う。

でも「mulatto」の人に会ったこともないくせに「mulatto」の人を差別することだけは知っていて、辞書の中から一番侮蔑的な言葉を選んで「訳詞」を作ってみせるような人間とは、私は本当に一言も言葉を交わしたいとは思わない。カートがこの歌に「mulatto」を登場させたのは、繰り返しになるけれどその人たちと「仲間」になりたかったからだと私は信じている。でも差別的な日本語の「訳詞」を平気で作れる人間がそういう「訳詞」を作るのは、本当に「mulatto」の人たちを「差別するため」でしかないのである。

そしてそういう人間たちは、自分らでその日本語を選択しておきながら、「カートの書いた歌詞だから」と平気で他人にその責任を押しつけるのだ。

あんたらにこそ、消えてなくなってほしいと私は思う。


ピーズ 脳ミソ


フラカン ライトを消して走れ

…翻訳しながら頭の中をずっと回っていたのが、この二曲だった。やっぱり何かしら「通じる精神」があるのだと思う。最後は悪口雑言みたいになってしまいましたが、ずっと懸案だったこの曲の翻訳を終わらせたことで、肩の荷が降りたような気がしています。同時に、ドッと疲れた感じがします。しばらく充電期間に入りたいと思いますので、思い出した頃にお会いしましょう。ではまたいずれ。お元気で。

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