華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Polly もしくは おたけさん ※ (1991. Nirvana)


Polly

Polly

英語原詞はこちら


Polly wants a cracker
Think I should get off her first
Think she wants some water
To put out the blow torch

Isn't me, have a seed
Let me clip, dirty wings
Let me take a ride, cut yourself
Want some help, please myself
Got some rope, have been told
Promise you, have been true
Let me take a ride, cut yourself
Want some help, please myself

Polly wants a cracker
Maybe she would like some food
She asks me to untie her
Chase would be nice for a few

Isn't me, have a seed
Let me clip, dirty wings
Let me take a ride, cut yourself
Want some help, please myself
Got some rope, have been told
Promise you, have been true
Let me take a ride, cut yourself
Want some help, please myself

Polly said

Polly says her back hurts
She's just as bored as me
She caught me off my guard
Amazes me the will of instinct

Isn't me, have a seed
Let me clip, dirty wings
Let me take a ride, cut yourself
Want some help, please myself
Got some rope, have been told
Promise you, have been true
Let me take a ride, cut yourself
Want some help, please myself



この歌詞の冒頭に語られる「Polly wants a cracker (ポーリーは1枚のクラッカーがほしい)」は、英語圏の人がオウムに最初に言葉を教える時の定番フレーズなのだという。日本だとさしずめ「おたけさん」に相当する。

ちなみになぜ日本では「おたけさん」がオウムや九官鳥に覚えさせる言葉の定番になっているのかというと、幕末前夜の日本に初めて西洋医学を伝えたとされるシーボルトという人が、伊能忠敬の日本地図を持ち出そうとしたことがバレて国外追放になった際、日本でネンゴロになって子どもまでもうけたお滝さんという女性のことが忘れられず、飼っていたオウムにその名を覚えさせたのが始まりだ、という趣旨のことが、みなもと太郎という人のいつになっても完結しない大河マンガ「風雲児たち」のどこかに書いてあった。しかし、溢れる想いはありつつも、シーボルトという人は「おたきさん」という日本の名前を最後まで正確に発音できず、「おたけさん」になったのだという。何か、知ったこっちゃない気がする。その上でこのシーボルトという人は、お滝さんに対する溢れる想いをオウムにまで託しつつも、ヨーロッパに帰ったらさっさと別の女性と結婚してしまったのだという。さらに、知ったこっちゃない気がする。

それはそれとして、なぜ「オウムに覚えさせる言葉」が歌詞の冒頭に出てくるのだろう。新しい翻訳を書くたびに告白しているが、私は今までニルヴァーナの楽曲を一度もまともに聞いたことがなかったので、予備知識は皆無である。そして毎回、初めて聞いたその印象で翻訳するというスリリングなことをやっている。それでかれこれ8曲目を迎えるわけなのだが、今回に関しては歌詞を読んだだけでは本当に、どういうことを歌っているのか全然わけが分からなかった。それで調べてみた結果、この曲には以下のような「背景」があったことが分かった。

「ポーリー」を聴いた評論家はカートの女性的な側面を話題にした。だが実際には、背筋も凍るほどに男性の闇の部分を喚起した曲で、疎外感をたたえた語りはどちら側にもつこうとはしていない。

また「ポーリー」をカートの曲作りの技法がもっとも「成熟した」例としてことあるごとに持ち出す輩がいる。まるで成熟がよいものだとでもいいたげに。

この曲の元になったのは新聞記事で読んだ実際のレイプ事件で、被害者の少女は火炎トーチで拷問されていた。カートは歌詞を加害者の立場で描くという、文学では普通だがポップ·ソングではめったにない手法を使い、レイプの動機とおぞましさを探っている。デトロイトのラッパー、エミネムの驚愕の曲「スタン」もこの例だ。

歌詞の最後「びっくりしたよ。本能の力だ」の部分が、それまでの歌詞、それに曲を覆っているメロディアスなムードと際だった荒涼たる対比を見せる。

のちにカートはこれほど覚えやすいポップな曲に、こんな不穏な心情をのせて書いてしまったことを悔やむことになる。ニルヴァーナが2万人の観客の前でこの曲を演奏すると元気いっぱいの大合唱になってしまい、この歌詞の意味など吹き飛んでしまうのだ。

とはいえ美しいコードに不快な歌詞をのせるというのは、天の邪鬼コバーンがよく使う方法だ。

… エヴェレット·トゥルー
「ニルヴァーナ:ザ·トゥルー·ストーリー」 2006年

つまりカートは1987年に発生した現実の監禁·レイプ事件を題材に、そのレイプ犯に「なりきって」この曲を書き、歌っているということなのである。それを考えるとこの歌詞には、「Polly wants a cracker」という歌い出しからして、恐ろしい意味が込められているのだということが分かってくる。

ひとつにこの歌の「語り手」であるレイプ犯は、自分が拉致·監禁した(おそらく)ポーリーという名の少女をオウムに見立て、まるでオウムに言葉を覚えさせるように、自分の思い通りに「調教」しようとしている。

ふたつに「ポーリーはクラッカーをほしがっている」というのは文字通りの意味であり、監禁されている少女はろくに食べ物を与えられていないのである。レイプ犯はこのことを、少女を絶望させて自分の思い通りにコントロールするための手段として、意識的に行なっている。

書くのがイヤになってくる。

カートがこの歌を、レイプを肯定したりそそのかしたりする目的を持って書いたわけではないことは、明らかではある。彼はフェミニズムに共感していた。おそらくは、レイプという行為の恐ろしさやおぞましさを訴える曲を作ろうとしたのだと思う。それこそ、聞く人間を「不快」にさせることを通してである。

だが、そうした「目的」から考えてみると、上述の資料にも書かれているように、この歌の試みは完全に「失敗」している。「レイプ犯の言葉」で書かれたこの歌が、ライブ会場で大合唱されたり、街角で陽気に口ずさまれたり、場合によっては本物のレイプ犯が鼻歌として歌っていても何もおかしくないような状況を自ら作り出してしまったことに対し、カートが感じたであろう恐怖や絶望や罪悪感は、想像するに余りある。彼がのちに「自分は死ななければならない」という気持ちにさいなまれることになった理由さえ、決して軽々しく言えることではないけれど、「理解」できるような気がしてきてしまう。

だから私自身の気持ちとして、この歌の訳詞は作りたくない。

以前にも書いたが、訳詞を書いたりその歌を歌ったりという行為は、多かれ少なかれその歌の語り手の人間に「なりきる」ことを必要とする作業なのである。カートはその行為にあえて踏み込んだわけだけど、人を差別する人間の気持ちに「なりきる」ということは自分もまた人を差別する人間になるということだし、人をレイプしたいと思っている人間の気持ちに「なりきる」ことは自分もまた人をレイプしたいと思っている人間の「気持ち」が分かる人間になってしまうということ以外の何をも意味しないではないか。と私は思う。だから私はそれを、拒否したい。

そんなわけでこの曲の翻訳については、以前にベルベット·アンダーグラウンドの楽曲を取りあげた時に試みた「Venus In Furs方式」で、訳詞を作ることなくひとつひとつのフレーズの内容だけを再現するという形にとどめたいと思う。

以上を長い前置きとして、内容に移る。

Polly wants a cracker

意味は冒頭に書いた通りだが、歌の中のレイプ犯はオウムに覚えさせるこのフレーズを、実際に自分が監禁している少女に言わせようとしているわけでは、ないと思う。おそらくは「ひとりごと」のように口ずさんでいるだけであり、それが私の想像したこの歌の風景だった。

英語圏の人がこの歌い出しを聞いた時に受け取るのは、「オウムに言わせる言葉だ」ということと「ポーリーという人(?)はお腹を空かせているのだ」という「情報」だけである。だから我々同様にこの段階では、まだどういう歌なのか何も分からない仕組みになっている。

Think I should get off her first

直訳は「先に彼女をget off するべきだろうかと私は思う」。レイプ犯の心の中の独白である。そして「get off」という言葉には、他の意味もあるけれど、スラングとして「性交する」という意味が込められている。

レイプ犯は少女が空腹であることを理解しており、食事を「与え」なければならないと思っている。それが冒頭の「Polly wants a cracker」という「ひとりごと」としてあらわれる。

しかしその前に「get off」すれば、その後の食べ物は少女に対しては「ごほうび」としての意味を持つことになり、そういうやり方をとった方が自分が監禁している彼女のことをより効果的に支配しコントロール下に置くことができるのではないかということを、このレイプ犯は「計算」しているのである。

英語圏の人でも、ここまで聞いただけでそれほど具体的に歌の風景を思い描くことのできる人は、いないと思う。最後まで聞くことを通して「あれはああいう意味だったのか」ということが後から分かり、ゾッとするという仕組みになっている。と言うか、するべきだとカートは思っていたはずだと思う。

それを笑いながら聞ける人間も実在するという点で、この世の中はカートが考えていたよりもっとおぞましいものだったことが明らかになったわけである。

Think she wants some water
To put out the blow torch

直訳は「おそらく彼女は火炎トーチの火を消すための水を欲しがるだろうと思う」。上述の通り、「火炎トーチ(ガスバーナーの一種)」は、モデルとなった実在のレイプ犯が少女を拷問するために使っていた道具である。

Isn't me, have a seed

直訳は「おれじゃない。種を食え」。「Isn't me」というのは、理屈は分からないが「彼女をひどい目にあわせているのは自分ではない」というレイプ犯の自己弁護だろう。「seed (種)」には、海外サイトによれば二つの意味があると解釈されており、ひとつはオウムにエサとして与えられるヒマワリなどの種のことで、ここでは食事のこと。もう一つの意味は「精子」なのだという。

Let me clip, dirty wings

直訳は「切り取らせてくれ。きたならしい羽根」。オウムに見立てた少女に対し、自由を奪った上でもう逃がさないということを、冷酷に宣言している言葉。

Let me take a ride, cut yourself

直訳は「乗せてくれ。自分自身を切り刻め」。前半部分は「get off」と同じ意味。後半部分は絶望して自傷行為を試みる彼女を他人事のように眺めている描写だというのが、海外サイトの解説だった。

Want some help, please myself

直訳は「ヘルプがほしいのか。おれを楽しませろ」。少女はヘルプ(助け)を求めて叫んでいる。その言葉をレイプ犯は、性的快楽を得るためのヘルプ(手伝い)が必要なのかという意味に故意にねじまげ、さらに暴力を振るっている。上と同じく海外サイトの解説。

Got some rope, have been told
Promise you, have been true

直訳は「ロープを与えられ、おまえは言い聞かされているはずだ。おまえに約束しよう。おれはずっと誠実だった」。監禁した少女をロープで縛りつけた上での、レイプ犯の自己弁護。どういう理屈でそれが正当化されているのかは語られていないが、語られたところで意味はない。

Polly wants a cracker
Maybe she would like some food
She asks me to untie her
Chase would be nice for a few

ポーリーはクラッカーを求めている。
おそらく食べ物がほしいのだろう。
彼女はおれにロープをほどけと言っている。
ちょっとのあいだなら、追いかけっこをするのも楽しいだろう。

…特に解説は不要と思う。

Polly said

ポーリーは言った。」。この歌詞が浮いているのは、カートの歌い間違いだと言われている。

Polly says her back hurts
She's just as bored as me

ポーリーは腰が痛いと言う。
彼女もおれと同じくらい退屈しているのだな。

レイプされたことにより腰の痛み(直訳は「背中の痛み」だが、アメリカ人は日本人が「腰が痛い」と言うところを「背中が痛い」と表現するらしい)を訴える彼女に対し、レイプ犯は「うっかり」同情を感じている。そしておそらくは、彼女を外に連れ出したのだと思われる。モデルとなった事件では、監禁された少女は連れ出された際にレイプ犯が立ち寄ったガソリンスタンドで、脱走に成功している。

She caught me off my guard
Amazes me the will of instinct

彼女はおれの隙をついて行動した。
本能の力というものはおれを驚嘆させる。

…特に解説は不要と思う。

=以上=



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