華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Wild Thing もしくはワイルドなモノ (1989.X)



「ワイルド·シング」とは、映画「メジャーリーグ」の中でチャーリー·シーンが演じていた刑務所上がりの近眼投手、リッキー·ボーンのアダ名である。鳴かず飛ばずだったシーズン前半には、たった3人のファンがやけっぱちで歌っていただけだったこのテーマソングを、優勝決定戦で球場全体が大合唱するシーンは、あの映画の中でも一番盛り上がる場面だった。


Wild Thing (Major League)

もともとは1965年にニューヨークのナイトクラブで作られ、翌年にイギリスのトロッグスというバンドがヒットさせて有名になったとても古い曲なのだけど、誰もが聞いたことがあるのは、やはりこの映画に使われていたロサンゼルスのXというバンドのカバーバージョンなのではないかと思う。この映画以来、この曲は本当に至る所で使われており、個人的に思い入れが深いのは「キャットルーキー」というマンガの初代の主人公だった雄根小太郎という人がオールスター戦での入場曲にしていた場面なのだが、たぶん知っている人の方が少ないと思われるので、そこは読み飛ばして頂いて構わない。


キャットルーキー 6 (少年サンデーコミックス)

キャットルーキー 6 (少年サンデーコミックス)



で、この歌を翻訳するにあたっての最大の問題は、その「ワイルド·シング」って何やねん、という一点に尽きている。

素直に直訳するなら「ワイルド」な「もの」ということになる。

しかしこれでは何にも分からない。「ワイルド」と「もの」の両方にカギカッコをつけたのは、どちらもそれだけではあまりに抽象的な言葉だからである。

とりわけ「もの」という日本語は、難しい。「もの」と書くのと「物」と書くのと「モノ」と書くのでは、それぞれ全然違った何かを指しているような感じがする。(「者」は英語だと「one」とか「soul」とかになるので、ここでは取りあげない)。ひらがなで書くと、平安時代の怨霊みたいなマガマガしさが漂ってくる感じがあるし、漢字で書けば学術的かつ非生物的な冷たい硬さを放つ言葉になるし、カタカナで書くとこれはもう、ひたすらえろいイメージの言葉になる。もっといろんなことが書けるのかもしれないが、とりあえずそれを第一印象ということにしておく。

えろいということは、キャッチーだということである。歌の名前や人のアダ名になる言葉である以上、さしあたりの訳語として一番ふさわしいのは「ワイルドなモノ」というカタカナ表記であるような気がする。

実際、ネットで調べてみると、「Wild Thing」はそれ自体がえろい行為やえろい身体の部位やえろい魅力を放つ人のことをさすスラングになっているのだそうで、その影響を受けてか、他サイトで目にするこの歌の翻訳はひたすら「えろい歌」として解説されている例が多い。確かに、えろい情景を連想させる歌詞ではあるのである。しかし、もっとよく調べてみると、「Wild Thing」というのはどうも「それだけの言葉」ではないらしい。

私がそう思うようになったきっかけは、子どもの頃に読んだモーリス·センダックの「かいじゅうたちのいるところ」という絵本の原題の「かいじゅうたち」にあたる部分が、英語では「Wild Thing」になっていたことを知った時だった。確かに日本語的に表現するなら「かいじゅう」としか言いようのないいろんなモノ、と言うかキャラクターがあの絵本にはたくさん登場するのだが、英語を話す人たちの感性にとってはあれが「Wild Thing」という「モノ」のイメージなのである。これはなかなか、この歌に対するイメージを塗り替えてくれるような発見だった。



かいじゅうたちのいるところ

かいじゅうたちのいるところ



そもそもこの絵本は、主人公のマックスという少年が狼のぬいぐるみをかぶって暴れていて、母親に「Wild Thing!」と怒鳴られる場面から始まる。そして夕食抜きで放り込まれた寝室の中で見た夢で、彼は「Wild Thing」がうじゃうじゃいる世界に旅立ってゆくのである。つまり「Wild Thing」は「モノノケ」的なイメージを伴った言葉であると同時に、「やんちゃ坊主」「いたずらっ子」みたいな意味で使われる日常的な言葉でもあることが分かる。

基本的に「Wild」とは「荒々しい」とか「野生の」という意味の言葉であり、「Thing」とはそれこそ「お前は人間でなくて、モノだ」という風に、相手のことをおとしめる目的で使われる言葉である。相手の「人間性」を否定する言葉が、「Wild Thing」という言葉では2回も繰り返されている。ここから察するに「Wild Thing」というのは、「人間社会になじめないような暴れ者」であると同時に「人間離れしたすごいやつ」でもあるといったような、蔑称にも尊称にも愛称にもなりうるかなり幅の広い概念なのではないかと思われる。日本で言うならば出雲神話に出てくる「スサノオ」みたいな「人」をイメージすれば、まず間違いないところなのではないだろうか。


ぼおるぺん古事記 (一)天の巻

ぼおるぺん古事記 (一)天の巻



これで大体「Wild Thing」のイメージは固まったとした上で、もうひとつの問題は「どういう文体で訳すのがふさわしいか」ということである。何か、このブログもパターンが決まってきたので、次から次へと事務的に話が進んでゆく。

上述のようにこの歌は「女性に向けられたえろい男言葉」で翻訳されることが多いのだが、決して密室の男女間でささやくように歌われる歌ではない。男も女もオトナも子どもも、野球場で大合唱できるような歌なのである。Xというバンドは調べた限り男性バンドなはずなのだが、この人たちのバージョンでも聞こえてくるのは女性ボーカルの声ばかりだ。だとしたら、その声で歌われても不自然にならないような訳詞の文体を考えることがどうしても必要になる。

それで、どんな風になったかというと、こんな風になった。


Wild Thing (The Troggs)

Wild Thing

英語原詞はこちら


Wild thing
You make my heart sing
You make everything groovy
Wild thing

荒らぶるものよ。
をまへはわたしの心に
歌を歌はせる。
をまへはすべてのものを
型どほりに仕上げてくれる。
荒らぶるものよ。


Wild thing, I think I love you
But I wanna know for sure
So come on and hold me tight
I love you

荒らぶるものよ。
わたしはをまへを
愛してゐると思ふ。
然しわたしは
確かに知りたひ。
いざ来てこの身を
かき抱けよかし。
うむ。
確かに愛してゐる。


Wild thing
You make my heart sing
You make everything groovy
Wild thing

荒らぶるものよ。
をまへはわたしの心に
歌を歌はせる。
をまへはすべてのものを
型どほりに仕上げてくれる。
荒らぶるものよ。


Wild thing, I think you move me
But I wanna know for sure
So come on and hold me tight
You move me

荒らぶるものよ。
をまへはわたしを
突き動かしてゐると思ふ。
然しわたしは
確かに知りたひ。
いざ来てこの身を
かき抱けよかし。
うむ。
確かに突き動かされてゐる。


Wild thing
You make my heart sing
You make everything groovy
Wild thing

荒らぶるものよ。
をまへはわたしの心に
歌を歌はせる。
をまへはすべてのものを
型どほりに仕上げてくれる。
荒らぶるものよ。


Come on, come on, wild thing
Shake it, shake it, wild thing

いざいざ
荒らぶるものよ。
揺さぶれよかし。
荒らぶるものよ。


Wild Thing (Original Version)

=翻訳をめぐって=

自画自賛を、今から私はするのだけれど、この翻訳の「いいところ」は、「デタラメなところ」である。男の歌なのかも女の歌なのかも、いつの時代をイメージした歌なのかも、これではさっぱり分からない。これぐらいわけの分からない歌にすることで初めて、日本語世界では「誰にでも歌うことのできる歌」というものが成立しうるのだ。私は決して乱調に陥っているわけではないのである。はずなのである。

いいじゃないか。野球の応援歌の中身なんて。テキトーで。

…あれ、今あなた、暴論だと思いました?

じゃあ、逆に訊くのだけれど、例えば近畿二府四県の人間なら誰でも知っている「六甲おろし」という歌。あれがどういうことを歌っている歌なのかを「ちゃんと」知っている人なんて、いますか?

六甲颪に颯爽と
蒼天翔ける日輪の
青春の覇気美しく
輝く我が名ぞ阪神タイガース
オウオウオウオウ
阪神タイガース
フレフレフレフレ

というのが一番の歌詞なわけだけど、まず、言葉が難しい。子どもの頃の私は「ろっこーろーし」というのは赤穂浪士の親戚かと思っていたし、「颯爽と」は「誘うと」だと思っていたし、「青春ノハキ」に至っては何かこう掃除機の先にくっつける的な器具みたいなイメージしか持っていなかったものだった。

さらにこの歌詞の中には、主語というものが見当たらない。よく読むと「青春の覇気」と「うるわしく」の間にかろうじて「が」を入れることのできる余地があるように思えるが、それ以外の場所にはどこを探しても「が」も「は」も入らない。

つまりこの一番の歌詞は、内容を要約するなら

阪神タイガースという名前には
青春の覇気が輝いている

ということ以外には何も歌っていないのである。最初の2行はすべてその「青春の覇気」を修飾するための言葉であるにすぎない。

「覇気」とは「物事に積極的に取り組もうとする意気込み」のことである。それが阪神タイガースという名前の中には、美しく輝いているのだ。

その覇気がどういう覇気かと言うと、「青春の覇気」。すなわち子どもとオトナの境目の感じやすい年頃の人たちが持つような覇気であると同時に、「日輪の」ごとき覇気。つまり太陽のように物事に積極的に取り組もうとする意気込みが、阪神タイガースという名前の中には輝いている。

それもただの「日輪」=太陽ではない。「六甲颪に颯爽と蒼天翔ける日輪」なのである。六甲山から吹き降ろす強い風の中、それをものともせず、見る人にさわやかな印象を与えるキリッとした感じで、青い空を飛行する太陽である。阪神タイガースという名前に輝く、子どもとオトナの境目の感じやすい年頃の人たちが持つような物事に積極的に取り組もうとする意気込みは、その太陽のようにうるわしい輝き方をしているというのが、この歌に込められた心であるわけなのだ。

知るか。

最初はもうちょっといろんなことを書こうと思っていたのだけれど、何だか書けば書くほど私の中から物事に積極的に取り組もうとする意気込みが失われてゆくような感じがしてきたので、今回の記事はここで終わりにすることにする。「ワイルド·シング」は「ワイルド·シング」でいい。書き始める前はそうは思っていなかったのだが、今の私は心からそう思っている。


Wild Thing (Guitar Sacrifice)

今回の記事を書いたおかげで、私は期せずして今まで一度も聞いたことのなかったいろんな人たちの「Wild Thing」を聞くことができたのだったが、やっぱり一番迫力があるのは、「ギター燃やし」で有名なジミヘンのこのバージョンだと思う。というわけでまたいずれ。



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=楽曲データ=
Songwriter: Chip Taylor
The song was originally recorded and released by the American rock band the Wild Ones in 1965 but it did not chart.
The Troggs' single reached number one on the Billboard Hot 100 and number two on the UK Singles Chart in 1966.
Released: 22 April 1966
Key:E♭

Wild Thing (Long Version)

Wild Thing (Long Version)

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