華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

The Sign もしくは気がつくきっかけ (1993. Ace Of Base)



協賛ブログ「https://michiko-ono-diary.hatenablog.com/entry/index=ミチコオノ日記」を通じて知り合い、このブログの心強い読者の1人にもなって下さっている id:kao-kao-nさんが、Ace of Baseの「The Sign」の翻訳リクエストを寄せてくださいました。謹んでお受けさせて頂きます。

kao-kao.hatenablog.jp

実を言うとこの曲を聞くのは初めてで、Ace of BaseがABBAと同じスウェーデンの4人組であるということも、グループ名が「スタジオの王様」という意味であることも、今回調べてみるまで全然知らなかった私でありました。曲が出た1993年と言えば私にとっても青春ど真ん中の時代だったのですが、当時から偏屈だった私はオアシスとかミスタービッグとかマライヤキャリーとかいった同時代の「洋楽」アーティストからは完全に背を向けて、これまでこのブログで紹介してきたような大昔の偏屈な曲ばかりを、古レコード屋で探し歩いている少年であったからです。

とはいえ上に飾ったジャケットのCDが、当時の教室でいろんな同級生の手を行ったり来たりしていたことは、鮮明に覚えていました。そして聞いてみると、以前に紹介した「ポンチャックディスコ」を彷彿とさせる懐かしいリズムに、「あの時代の世界」が凝縮されていることをしみじみと感じました。元々はジャマイカ生まれのレゲエのリズムなはずなのですが、寒いスウェーデンでもモンスーンのアジアでもそれが同時的に「時代のリズム」になっていたことに、不思議な感覚をおぼえます。

それにつけてもAce of Baseというグループ名がアルファベットの最初の二文字を頭文字にしているのは、やっぱりABBAに対するリスペクトとかあるいは対抗心とか、あったんでしょうかね。ちなみに日本語の「あいうえお」は「愛」という言葉から始まるのだみたいなことを言いたがる人が時々いますが、何回か書いてきたように私は「愛」という言葉をあんまり「日本語」だと思っていないので、こじつけにしか思えません。もっとも英語圏の人から「日本人は自分のことしか考えてないから、言葉も"I"から始まるんですね」とか言われたら、「ごめんなさい」って言いたい気持ちになります。

そんでもって聞いてみて訳してみたら、こんな日本語になりました。


The Sign

The Sign

英語原詞はこちら


I got a new life
You would hardly recognize me I'm so glad
How could a person like me care for you
Why do I bother
When you're not the one for me
Oooo, is enough, enough

私、新しい人生を始めることにします。
あんたには何で私がこんなにうれしいか
絶対に分からないと思う。
何で私みたいなステキな人間が
あんたなんかの世話を
焼いてやらなくちゃいけないのだ。
あんたが私にとっての
特別な人じゃなくなってしまったのは
いつだったのかなんてことを
何で私が
気にしてあげなくちゃいけないのだ。
ん。ん。ん。
充分です。
もうたくさんなのです。


I saw the sign and it opened up my eyes I saw the sign
Life is demanding without understanding
I saw the sign and it opened up my eyes I saw the sign
No one's gonna drag you up to get into the light where you belong
But where do you belong

私、サインを見ちゃったんだな。
それで、目が覚めちゃったんだな。
サインを見てしまったのだ。
人の気持ちも考えず
好きな注文ばかりをつけてくるのが
人生というものだ。
サインを見ちゃったんだな。
それで、目が覚めちゃったんだな。
サインを見てしまったのだ。
あんたがいるべき光の世界に
あんたのことを無理やり
引っ張って行こうとするような人間は
もうどこにもいないよ。
でもこれからのあんたに
居場所なんてあるんだろうかね。


Under the pale moon
For so many years I've wondered who you are
How can a person like you bring me joy
Under the pale moon
Where I see a lot of stars
Is enough, enough

蒼ざめた月の下で
あんたって人は一体
どういう人間なんだろうかと
私は何年も何年も
考え続けてきたものでした。
あんたみたいな人間が私にどうして
幸せを運んできたりできるものか。
蒼ざめた月の下で
私は空にはいっぱい
星が輝いていることに
気がついたのでした。
ん。ん。ん。
充分です。
もうたくさんなのです。


I saw the sign and it opened up my eyes I saw the sign
Life is demanding without understanding
I saw the sign and it opened up my eyes I saw the sign
No one's gonna drag you up to get into the light where you belong
But where do you belong

私、サインを見ちゃったんだな。
それで、目が覚めちゃったんだな。
サインを見てしまったのだ。
人の気持ちも考えず
好きな注文ばかりをつけてくるのが
人生というものだ。
サインを見ちゃったんだな。
それで、目が覚めちゃったんだな。
サインを見てしまったのだ。
あんたがいるべき光の世界に
あんたのことを無理やり
引っ張って行こうとするような人間は
もうどこにもいないよ。
でもこれからのあんたに
居場所なんてあるんだろうかね。


Oh, oh, oh, oh.
ん。ん。ん。ん。

I saw the sign and it opened up my mind
And I am happy now living without you
I've left you, ooohhh
I saw the sign and it opened up my eyes I saw the sign
No one's gonna drag you up to get into the light where you belong

私、サインを見ちゃったんだな。
それで心のドアが開いちゃったんだな。
そして今や私は
あんたなしで暮らすことに
とても幸せを感じているのだ。
私はあんたを捨てました。
んむ。
サインを見ちゃったんだな。
それで、目が覚めちゃったんだな。
サインを見てしまったのだ。
あんたがいるべき光の世界に
あんたのことを無理やり
引っ張って行こうとするような人間は
もうどこにもいないよ。


I saw the sign - I saw the sign - I saw the sign
I saw the sign - I saw the sign
I saw the sign - I saw the sign - I saw the sign
And it opened up my eyes I saw the sign

=翻訳をめぐって=

私は基本的に男性なので、女性の目線で書かれた歌を訳すのは得意ではありません。(と書いた後で「基本的に」という言葉は「訳すのは」の後ろに持ってきた方が誤解が少ないかとも思ったのですが、何となく、そのままにします)。と言うか「得意である」と言うような男がもしいたらそいつは絶対に信用できない人間である気がします。この手の歌は「〜だわ」とか「〜なのよ」みたいな感じで訳されることが非常に多いのですが、自分で使ったことはおろか聞いたことさえないようなそうした「架空の女言葉」で翻訳をでっち上げるのは、罪深いことであるようにさえ思われるのです。(私が関西人であることにもよるのでしょうが、「だぜ」はともかく「だわ」を本当に使う人というのには、いまだ出会ったことがありません)。なので、こういう歌の翻訳に際してはなるたけ「中性的な言葉遣い」を心がけるようにしています。

…もっともそんな風に気を使って選んだはずの言葉が、読み返してみるとしっかり「中島みゆき口調」になっていることに気づき、うなだれております。やはり人間、一番多感な時期に影響を受けたものからは、容易に逃れられないものであるようです。

以下は内容をめぐって

  • I saw the sign…「sign」という言葉は「気がつくきっかけ」みたいな日本語に直すのが一番正確かとも思ったのですが、結局音訳にとどめました。(「気がつく」という言葉についてもずいぶん掘り下げた経緯がありましたね)。問題はそれが「どういうサイン」だったかということで、他サイトでは「浮気の証拠」だと決めつけている翻訳もありましたが、私は「相手の男の本性」と言うか「その男が歌い手の彼女をどんなに軽く見ているか」みたいなことが垣間見えてしまった瞬間のことを言っているのではないかという感じがします。「冷酷に男を捨てる歌」みたいな解説も他所で読みましたが、私としては相手の男から不当な束縛を受け続けてきたのは彼女の方で、そこから自由になるのだ、という宣言の歌であるというイメージを受けました。
  • How could a person like me care for you…直訳は「私みたいな人間が」としか言っていないのですが、日本語にすると卑下しているような字面に見えるので、「ステキな」という言葉を補いました。ここは明らかに、自己肯定の言葉だと思います。でもってこの彼女は、それまでずっと「自己否定」を強いられてきたのだと感じます。
  • Life is demanding without understanding…翻訳は上の通りで間違いないはずですが、解釈が難しいですね。それまで相手の男が自分に対してとってきた態度を、これからは自分の方から相手に投げ返してやる、というような意味の言葉だという印象を受けました。しかしそういう文脈の上に発せられた言葉ではないのだとしたら、本当にひたすら冷酷なだけの言葉ではあります。
  • No one's gonna drag you up to get into the light where you belong…ここも「彼女と彼氏の歴史」に思いを馳せないと、どういうことを言っているのかが想像しにくい部分です。思うに今まで彼女は彼女で、自分の考える「光にあふれた世界」に彼氏のことを引っ張って行こうと、自分なりに努力を続けてきたのでしょう。しかし彼氏はそれをひたすら「うざったい」としか感じていなかったことが明らかになったため、決別宣言として打ち出されたのがこの歌なのだと思われます。
  • But where do you belong…この台詞は彼氏に向けられた最後の「憐憫」であるとも読める一方、彼氏に対する「挑発」であるとも読めます。「挑発」であるとすれば、彼氏に「改心」のチャンスを与えている言葉だとも読めるわけですが、とりあえず「今」の彼女は、「やり直し」にそれほど希望を感じているようでは、ないみたいですね。やっぱり、基本的にはクールな歌だと思います。


ボ·ガンボス「助けて!フラワーマン」

最後に、この曲と合わせて紹介するにはあまりに関係のない曲ではありますが、上記リンクでkaorinさんに紹介しそこなった「日本史上一番踊れるバンド」の曲を貼りつけて、締めくくらせて頂きます。リクエストありがとうございました。ではまたいずれ。



  はじめての方へ(総目次)
  曲名索引(ABC順)
  邦題索引(あいうえお順)
  アーティスト名索引(ABC順)
  アーティスト名索引(あいうえお順)
  年代順インデックス
  ジャンル別インデックス


=楽曲データ=
Released: 29 October 1993
Key: G

The Sign

The Sign

  • エイス・オブ・ベイス
  • ポップ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes