華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

We Shall Overcome もしくは勝利を我等に (20世紀初. American Folk Music)


世界を変えた歌 1


世界を変えた歌 2


世界を変えた歌 3

前回取りあげた「No More Auction Block」という曲のことを英語版のWikipediaで調べてみたら、この有名な曲のページに行き当たってしまったので、驚いた。元々はフィラデルフィアの牧師でゴスペルソングライターでもあったアルバート·ティンドレーという人の、1900年に発表した「I'll Overcome Some Day」という曲がこの歌の原型らしいのだが、Wikipediaにも書かれているとおり、この歌の冒頭部分と終わりの部分には「No More Auction Block」のメロディが、確かに「エコーして」いる。「風に吹かれて」と「勝利を我等に」がそんな形でつながっていたのだということには、調べてみるまで思いも至らなかった。

そしてなお調べてゆく中で出会ったのが上の三連続動画だったのだが、思わず、見入ってしまった。そしてこの歌はやっぱり「すごい歌」だったのだと思った。「風に吹かれて」とはわけが違う。私なんかに語れるようなことはひとつもない。

だから願わくはこのページを訪れた皆さんには、試訳と一緒に上の動画を見て帰ってほしいと思う。

この歌の生命力は、21世紀の今でもしっかりと息づいている。

We Shall Overcome

英語原詞はこちら


We shall overcome,
We shall overcome,
We shall overcome, some day.

われわれは必ず勝利する。
われわれは必ず勝利する。
われわれは必ず勝利する。
いつの日か。


Oh, deep in my heart,
I do believe
We shall overcome, some day.

ああ心の奥深くで
わたしは固く信じている。
いつの日かわれわれは必ず勝利する。


We'll walk hand in hand,
We'll walk hand in hand,
We'll walk hand in hand, some day.

われわれは手に手を取って歩む。
われわれは手に手を取って歩む。
われわれは手に手を取って歩む。
いつの日か。


Oh, deep in my heart,
I do believe
We shall overcome, some day.

ああ心の奥深くで
わたしは固く信じている。
いつの日かわれわれは必ず勝利する。


We shall live in peace,
We shall live in peace,
We shall live in peace, some day.

われわれは平和の中に生きる。
われわれは平和の中に生きる。
われわれは平和の中に生きる。
いつの日か。


Oh, deep in my heart,
I do believe
We shall overcome, some day.

ああ心の奥深くで
わたしは固く信じている。
いつの日かわれわれは必ず勝利する。


We are not afraid,
We are not afraid,
We are not afraid, TODAY

われわれはもうこわくない。
われわれはもうこわくない。
われわれはもうこわくない。
今は。


Oh, deep in my heart,
I do believe
We shall overcome, some day.

ああ心の奥深くで
わたしは固く信じている。
いつの日かわれわれは必ず勝利する。


The whole wide world around
The whole wide world around
The whole wide world around some day

世界のいたるところで
世界のいたるところで
世界のいたるところで
いつの日か


Oh, deep in my heart,
I do believe
We shall overcome, some day.

ああ心の奥深くで
わたしは固く信じている。
いつの日かわれわれは必ず勝利する。


We Shall Overcome

翻訳をめぐって

歌詞にはいろいろなバリエーションがあり、歌われる現場ごとに新しい歌詞が作られるようなタイプの歌なのだが、ここではピート·シーガーが歌っていた最もベーシックな歌詞を翻訳している。

We shall overcome

「overcome」は「打ち勝つ/負かす/征服する/圧倒する」等々、「力によって自分の意志を相手に受け入れさせる」ニュアンスが非常に強い動詞。「克服する」「乗り越える」といった言葉が選ばれている訳詞も多いが、私はそうした訳し方は欺瞞的だと感じるので、「勝利する」という言葉を選んだ。人によっていろいろ意見は違うだろうが、私はこの歌を基本的に「たたかいの歌」であると感じている。

「shall」という言葉のニュアンスを10代の頃の私はずっと分からずにいたのだけれど、同じ未来を表す助動詞でも「will」は話し手の意思や願望を示しているにすぎないのに対し、「shall」には「神が決めた未来」といったような動かしがたい印象を、英語圏の人は感じるらしい。古語における「shall」は「不可避的とみなす事態への予言を表わす言葉」として使われていたのだそうで、ディランの「I Shall Be Released」を片桐ユズルさんが「われ解放さるべし」と訳したのはけだし名訳だと思うし、私が訳するとしてもそう訳する以外にないと思う。

ただし「神の意志によって必ず勝利する」という風に言うと、「何もしなくても自動的に勝利できる」かのようなニュアンスが生まれてしまうが(←日本語話者の感覚なのだろうか)、この歌は常に自分たち自身の力で現実を変革するために行動を起こした人々の間で歌われてきた歌である。だから行動する人自身の意志や決意をもう少し鮮明に打ち出した訳語にした方がいいと思い、結局「われわれは必ず勝利する」という形になった。

…単純きわまるフレーズなのにえらく長々した説明になってしまった。単純きわまるフレーズだからか。

I do believe

…「do」は「believe」という「自分がとるべき行動」を強調するために使われている動詞。意訳して「固く信じている」とした。

なお、日本語で「信じる」と言うと「今は信じていない」ようなニュアンスが生じてしまう感じがしたので「信じている」にしたのだけど、どうなんだろう。これって私だけの感覚だろうか。



We Shall Overcome: Documentary of the March on Was

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We Shall Overcome: Complete Carnegie Hall Concert

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We Shall Overcome

We Shall Overcome