華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

In A Station もしくはホールにて (1968. The Band)


In A Station

In A Station

英語原詞はこちら


Once I walked through the halls of a station
Someone called your name
In the streets I heard children laughing
They all sound the same

いつだったか
駅のホールを歩いていたとき
だれかがきみの名前を
呼ぶのをきいた。
通りでは
子どもたちが笑っていて
どの声もぼくには
同じ声みたいに聞こえた。


Wonder, could you ever know me
Know the reason why I live
Is there nothing you can show me
Life seems so little to give

きみがいつかぼくのことを
わかってくれる時は来るんだろうか。
ぼくが生きている理由を
わかってくれる時が来るんだろうか。
きみがぼくに
示してくれことのできるものは
ない
のかな。
ひとの命っていうのは
誰かに何かを与えるには
あまりにちっぽけに
つくられているみたいだ。


Once I climbed up the face of a mountain
And ate the wild fruit there
Fell asleep until the moonlight woke me
And I could taste your hair

いつだったか
ぼくは山肌を登り
そこで見つけた果物で
お腹を満たした。
月の光に起こされるまで
ぐっすりと眠りこけ
そしてきみの体毛の
味わいを知った。


Isn't everybody dreaming
Then the voice I hear is real
Out of all the idle scheming
Can't we have something to feel

みんな夢でも見てるんじゃないのか。
だとしたら
ぼくに聞こえる声こそが
本当の声だということになる。
くだらない悪だくみで
埋めつくされた毎日の中から
何かぼくらが
感じるに値するものを
見つけ出すことは
できないものなのだろうか。


Once upon a time leaves me empty
Tomorrow never came
I could sing the sound of your laughter
Still I don't know your name

昔々の日々は
ぼくを空っぽにしたまま取り残し
明日という日は
二度と訪れることがなかった。
ぼくはきみの笑い声をそのまま
自分の歌にすることだってできる。
それなのに今でも
きみの名前さえ
知らずにいる。


Must be some way to repay you
Out of all the good you gave
If a rumor should delay you
Love seems so little to say

きみがしてくれた
すべてのいいことに
何とかしてお返しを
しなくちゃならないと思う。
もしもつまらない噂が
きみをぼくから遠ざけてしまうような
ことがあるとしたら
愛なんてのは
言葉にするほどのことも
ないってことなんだろうな。


Richard Manuel (1943-1986)

The Band had always had a pact that if one of us died on the road of a heart attack or an overdose or a jealous boyfriend, or whatever might kill a traveling musician, the others would put him on ice underneath the bus with the instruments and haul him back to Woodstock before the police started asking questions.
もしも我々のうちの1人が心臓麻痺で、あるいはドラッグのオーバードーズで、あるいは恋敵のジェラシーのせいで、その他、旅のミュージシャンを殺す可能性のあるあらゆる理由によって、路上で死ぬことになったならば、他のメンバーはそいつをそいつの楽器と一緒にバスの下に隠し、警察が嗅ぎつける前にウッドストックまで引きずって帰ること。おれたち-ザ·バンド-のあいだには、いつもそんな取り決めがあった。

ザ·バンドのドラマーにしてボーカリスト、リヴォン·ヘルム(1940-2012)の自伝「This Wheels On Fire」は、上のような文章で始まっている。

「ラスト·ワルツ」の7年後にあたる1983年、ザ·バンドはロビー·ロバートソンを除いた4人のメンバーで再結成を果たし、カナダ、アメリカ、そして日本と、デビュー当時に戻ったような「旅の毎日」を再開させた。もっとも連日数百マイルも移動した上でかれらが演奏するのは、「ラスト·ワルツ」の頃を思うなら冗談みたいな小規模な会場ばかりで、メンバーはそのツアーを「死のツアー」と呼び、笑いあっていたのだという。

ザ·バンドの活動停止によって最も心の痛手を受け、再びツアーに出ることを誰よりも強く望んでいたのは、メンバーの誰からも最高のボーカリストだと認められていた、リチャード·マニュエルだった。そのリチャードが、1986年3月4日、待ち望んでいたはずのツアー先のフロリダ州ウィンターランドのモーテルのバスルームで、首を吊って自ら命を絶つ。リヴォン·ヘルムがリチャード夫人の悲鳴を聞いて廊下に飛び出した時、頭をよぎったのが、上に引用した「古い約束」だった。そのエピソードから書き起こされたリヴォンの自伝は、内容上、リチャードの思い出に捧げられたものとなっている。

リチャードの首に巻かれていた黒い革ベルトを外し、身体を降ろしてベッドに横たえたのは、最初に駆けつけたリック·ダンコとリヴォンの2人が自ら果たした「役目」だった。それはどんな気持ちのすることだっただろうと、私はいつも思う。

リチャード·マニュエルについて書かれたあらゆる文章が口をそろえているのは、彼がザ·バンドのメンバーの中で最も「自堕落」で、酒やドラッグや女性や無謀運転の誘惑に一度も勝てたためしのなかった人間だったということと同時に、誰よりもやさしくて傷つきやすい心を持った人間だったということである。そのことは、あれこれのエピソードを挙げなくても、彼がつくった歌と彼の歌声を聞けば、じゅうぶん伝わってくるような気がする。

リチャード·マニュエルは、アメリカ国境に近いカナダのオンタリオ州ストラトフォードで生まれ、何百マイルも南のWLACラジオの電波に乗って送られてくる、リズム&ブルースのとりこになって育った。ワシのように尖った目立つ鼻の形から、「ビーク(くちばし)」というあだ名で呼ばれていた。「ミュージック·フロム·ビッグ·ピンク」の3曲目に収録されている「In A Station」は、リチャードが作詞作曲を手がけたザ·バンドの曲として、世に出た最初の作品である。リヴォンの自伝の最初のページには、その一節が引用されている。


=翻訳をめぐって=

生前、リチャードはこの歌のことを「ジョージ·ハリソン·ソング」だと言って、笑っていたらしい。「スピリチュアルな歌」という意味だとのこと。リヴォン·ヘルムは自伝の中でこの歌を「visionary」であると評しており、どういう意味かと思って調べてみたら「明確なビジョンがある/洞察力がある」という意味と「空想にふける/非現実的な」という意味の「両方」を併せ持った言葉であるらしい。それってほとんど正反対の意味ではないかと思うわけで、ちょっと、簡単には日本語に移せない気がする。リヴォンの自伝にはレコードになっているザ·バンドの楽曲のほとんどすべてについて、一言ずつ何らかのコメントがつけられているのだけれど、「In A Station」ほど多くの文字数を使って語られている曲は他にない。自分が歌っている曲でもないのに、リヴォンはよほどこの曲が好きだったのだろうと思う。



この歌の「風景」をなしているのは、ザ·バンドの面々がロニー·ホーキンスのもとでホークスを結成して以来、6年間にわたる「ドサ回り」の日々を経て初めて手に入れた、ウッドストックにおける「静かな生活」の中での心のイメージなのだという。歌詞の中に出てくる「山」は、ウッドストックの北側にそびえるオーバールックマウンテンを指しているとのことであり、上の写真のような景色の中で、当時のリチャードは実際に野生の果物をかじったり岩棚の上で恋人と夜を過ごしたりしながら日々を送っていたのだと思う。

なお、「I could taste your hair」という歌詞について、今まで私が見てきた全ての和訳は「君の髪の味を知った」となっているのだけれど、英語では上の毛から下の毛まで全ての「毛」が「hair」という言葉で表現される。「髪の毛」でも間違いではないのだろうけれど、髪に限定してしまうと訳詞の中から「大事な意味」が抜け落ちてしまうような気がする。それで、上のような翻訳になった。全然ロマンチックではないのだけれど。

ところで、リヴォンの自伝にも引用されているこの歌の最重要フレーズ

Isn't everybody dreaming
Then the voice I hear is real
Out of all the idle scheming
Can't we have something to feel

についてなのだけれど、菅野彰子氏の翻訳によって「ザ·バンド/軌跡」というタイトルで1994年に発行されたその自伝の日本語版では、これが以下のように翻訳されている。

みんなが夢を見ているかもしれない
しかし、ぼくにはリアルな声が聞こえる
あたりののどかな景色のなかから聞こえる
ほんとうのもの、どうかそれを感じさせてください。

…今回ひさしぶりに日本語版を読み直してみて、私は「えー!?」と思った。自分の翻訳とあまりに違っていたからである。もとより菅野彰子氏はプロの翻訳家であり、こちらは日本語世界から一度も離れて暮らした経験を持たないブログ書きにすぎないわけだから、それを「誤訳」だと決めつけるようなことは、おいそれとは私にはできない。しかし文法的に見てもあまりに疑問な部分が多いし、意訳をしすぎなのではないのかという感が否めない。

=後日付記=
当初私はこの部分の最初の2行を

みんな夢を見てるわけでは
ないのだろうか。
だとしたら
ぼくが聞いてる声は
本当の声だということになる。


と訳していたのですが、その後、読者の方の意見を踏まえて、試訳を上記のように訂正しました。以下の文章は訂正する前に書いたものですが、訂正に至った経過についてはコメント欄をごらんください。

一行目の「Isn't everybody dreaming」という部分、これは「否定疑問文」ってやつですよね。私は「みんな夢を見てるわけでは、ないのだろうか」という訳し方をしたわけだけど、ネットの英和辞典には

Isn't Shinji a pain? He is, isn't he.
シンジってうざくねぇ?うぜーよね。

という例文が載っていた。このニュアンスで行くなら「Isn't everybody dreaming」は「みんな夢でも見てんじゃねーの?」という感じでも訳せるわけで、私の訳し方とは大分ちがう。そして意味的には菅野彰子氏の「みんなが夢を見ているかもしれない」という訳し方に近くなると思う。

しかし2行目は「Then the voice I hear is real」なのである。この「then」を「しかし」と訳せる理由が分からない。プロの翻訳家からそれがネイティブの感覚なのだと言われてしまったならそれまでだけど、どんな辞書を引いてみても「then」は「それなら」「そしたら」を意味する言葉であり、「しかし」と訳せる余地があるとは思えないのである。つまりリチャードは、自分が聞いている声が「夢でない」ことを確認するために「みんな、夢を見てるわけじゃないよな?」という問いを一行目で発しているように思われるのだが、その辺、どうなのだろうか。

さらに3行目、「idle scheming」を私は「くだらない悪だくみ」と訳したわけだけど、菅野彰子氏は「のどかな景色」と訳している。辞書に依拠する限り、私の解釈が間違っていないことは歴然としている。しかし「ネイティブの感覚からするとこういう読み方もアリ」なのだとか言われたら、私はもはや歌の翻訳に辞書など丸っきり役に立たないのだということを受け入れなければならないことになるだろう。皮肉とかでなく、マジで分からないから言っているのである。私は日本語世界から一歩も外に出たことのない人間だから。

そして4行目、「Can't we have something to feel」はやはり「否定疑問文」なわけだけど、私の訳し方と菅野氏の訳し方はここでも大きく違っている。ただし、この4行目に関してだけは菅野氏の訳し方の方がふさわしいのかもしれないという気が、何となくしている。「Can't we〜」という言い方に「どうか〜させてください」というニュアンスが込められるのは、私は知らなかったけど、「ありそうなこと」に思われるからである。ただし、どちらが「正しい」のかを判断できる材料は、私の中にはない。

…結局、日本語世界と英語世界の両方の「生きた現実」に精通している人の意見を聞かないことには、私には何とも言えない気がする。高岡ヨシさんとか、直感&フィーリングでもし分かるなら、教えてもらえません?同様に一番最後の歌詞

If a rumor should delay you
Love seems so little to say

についても、私は今のところ自分の訳し方に、全く確信が持てずにいるのです。


竹内まりや 駅

中島みゆきを踏まえるならば「In A Station」は何としても「ホームにて」と訳したいものだという気持ちを当初は持っていたのだけれど、歌詞をよく読むとこの歌の舞台は「ホーム」ではなく「ホール」である。改札を出たところの、屋根のある通路というイメージなのだと思う。他にこの歌に対抗できそうな日本の「駅歌」はといえば、私が最初に思いつくのはエコーズの「駅」という曲なのだけど、動画が全く見つからなかった。仕方がないので、と言うと竹内まりやさんに失礼なのは承知の上ですが、今回はこの曲でお別れしたいと思います。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Richard Manuel: Lead Vocal & Piano
Rick Danko: Back Vocal & Bass
Robbie Robertson: Electric Guitar & Acoustic Guitar
Garth Hudson: Clavinette & Electric Piano
Levon Helm: Drums
Key: C

In A Station

In A Station

あ・り・が・と・う

あ・り・が・と・う

Dear Friend

Dear Friend