華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

I'm a Man もしくはディドリー·ボウ (1955. Bo Diddley)


I'm a Man

I'm a Man

英語原詞はこちら


Now when I was a little boy
At the age of five
I had somethin' in my pocket
Keep a lot of folks alive

いいかおれがまだ
5つのガキだった頃
おれはポケットの中に
あるものを持っていた。
たくさんの連中を
元気にさせてやれ。


Now I'm a man
Made twenty-one
You know baby
We can have a lot of fun

今じゃおれはオトコだ。
21になった。
いいかベイビー
おれたちはもういろんな
楽しいことをできるんだぜ。


I'm a man
Spelled M-A-N
Man

おれはマン(男/人間)だ。
M-A-Nと書く。
「マン」だ。


All you pretty women
Stand in line
I can make love to you baby
In an hour's time

素敵な女たちよ。
並んで立ちな。
1時間のあいだに
おれが愛してやるぜ。


I'm a man
Spelled M-A-N
Man

おれはマン(男/人間)だ。
M-A-Nと書く。
「マン」だ。


I goin' back down
To Kansas soon
Bring back the second cousin
Little Johnny Cocheroo

さっさとカンザスに戻って
又従兄弟を連れてこよう。
「征服者ジョニー」ってやつだ。


I'm a man
Spelled M-A-N
Man

おれはマン(男/人間)だ。
M-A-Nと書く。
「マン」だ。


The line I shoot
Will never miss
The way I make love to 'em
They can't resist

おれ投げるルアーに
絶対外れはない。
おれの愛し方に
逆らえる女はいない。


I'm a man
Spelled M-A-N
Man

おれはマン(男/人間)だ。
M-A-Nと書く。
「マン」だ。

=翻訳をめぐって=

Mannish Boy」の「元歌」だとのことで、初めて聞いてみたのだが、ほとんど同じ曲だった。従って、ほとんど書くことがない。唯一よく分からなかったのは出だしのところの

I had somethin' in my pocket
Keep a lot of folks alive

という部分で、前半が「私はポケットの中にあるものを持っていました」であることは、問題ない。ただしそれが「何」であるのかは、謎である。ある海外サイトでは「モージョーバッグに入った征服者ジョニーのことだ」という説明がなされていたが(何のことか分からない方は前回の記事を参照ください)、それが正しいという証拠もないように思われるので、ここでは結論を出せない。

本当に分からないのは「Keep a lot of folks alive」である。上の文に「had」という過去形の動詞が使われているので、「keep」の主語は「I」であるとも「something」であるとも考えにくい。(もしそうならこの「keep」は同じように過去形の「kept」になる)。従ってこの「keep」は「命令形」であると解釈するのが妥当なように思われるのだが、上3行で「5歳の頃の話」が展開されているのにいきなり「命令形の言葉」が出てくるのはいささか唐突な感じがする。

ともあれ、「keep」を命令形であると解釈した上で「Keep a lot of folks alive」を素直に直訳するなら「たくさんのfolksを活力のある状態にしておきなさい」という意味になる。「folks」は「文化や出自を共通にしている集団の成員」に対する呼び方なので、「みんな」とか「連中」というニュアンスで訳しておけば間違いないと思う。しかし、訳してみても意味はさっぱり分からない。5歳の頃のボのポケットの中に入っていたのは「人を元気にさせるもの」だったのだろうか。このブログを始める時に私が自分に課したルールとして、分からないところは分からないまま保留にしておく他にない。後の歌詞に関しては「Mannish Boy」の記事の中で、大体検証ずみになっています。

それにつけてもボ·ディドリーの迫力はすごい。2008年に79歳で亡くなるまで、ずっと「年齢不詳のおじさん」という印象の人だったけど、曲の途中で「Let me hear you say Yeah! (イェーッて声を聞かせてくれ)」と叫ぶところなど、あれほど私が好きだった忌野清志郎の「Yeahって言え!」さえ安っぽいパロディにしか思えなくなってしまうぐらいに、ホンモノの凄味をたたえている。

ベニヤ板か何かで適当にこしらえたようにしか思えないあの特徴的なギターから、どうしてあんな破壊的な音が出せていたのだろうともいつも思う。聞くところによるとあの人のギターの弾き方というのは本当にテキトーだったそうで、調弦も指一本で押さえられるように最初からオープンEチューニングに合わせてあったのだという。ギターは「リズム楽器」だという割り切り方があったのかもしれないが、その一方で心がキュンキュンするようなソロもしっかり弾いてみせてくれる。

今回調べてみて初めて知ったのだが、アメリカ南部にはアフリカ系の人たちが故郷の伝統楽器を模して作った「Diddley Bow (ディドリー·ボウ)」と呼ばれる楽器が昔からあるのだそうで、「ボ·ディドリー」という芸名はそこから来ているのではないかという説があるらしい。(本人がそう言っているわけでもないらしいのだが)。針金と長い木切れとガラス瓶で作った、弦が一本だけのスライドギターといった感じの楽器で、子どものおもちゃ以上のものではないのだけれど、ブルースと呼ばれる音楽を最初に世に広めた世代の人たちが生まれて初めて手に取った楽器は、例外なくこのディドリー·ボウだったのだという。20世紀にはそんな話を文字で読んでも想像することしかできなかったものだが、今は何でも動画がある。YouTubeで見てみると、これはとても「子どものおもちゃ」どころの楽器ではなく、使う人が使えば何だってできるような完成度の高い楽器であることが分かる。(アンプのおかげもあるのだろうが)。そしてボ·ディドリーのギターの弾き方は間違いなくこの「ディドリー·ボウ」の演奏法に、通じるものがあるように思われる。


Diddley Bow

それにつけても、「Mannish Boy」と比べてみた上でも、この歌がいっそう露骨にマッチョな歌だという印象は、ぬぐえない。「I'm a man」という繰り返しのフレーズには、manという言葉がmanという言葉である限り、「Mannish Boy」に込められていたような「人間宣言」的な意味合いもいくらかは含まれているのだろうが、やはり「オレはオトコだ」とひたすら連呼するだけの歌である側面の方が、どう考えたって強いと思う。真似したいとは思わないし、真似しようとするオトコのことを好きにもなれないな。


I'm a man (Yardbirds)

「Mannish Boy」の方が絶対有名だという印象を私は持っていたのだが、より多くのミュージシャンに広くカバーされているのは「I'm a man」であるらしく、中でもヤードバーズとザ·フーによるカバーはかなりのヒットになったらしい。それで、ヤードバーズのバージョンを見てみたのだが、どう思わはります?あまりの軽さとチャラさで、私はガックリ来てしまった。考えてみるとこのブログでヤードバーズの曲はいまだ1曲も取りあげていないのだが、こんなチャラい連中の曲などこれからだって1曲も取りあげてやるものかと思ってしまうくらいのレベルで、ガックリ来てしまった。同じようにガッカリさせられてしまうのがイヤだったもので、ザ·フーのバージョンについては、聞かないことにした。やっぱりボ·ディドリーは、偉大だったのだな。


酒と泪と男と女

別にオトコが涙見せたって何がいけないのだと、私は子どもの頃からずっと思っている。見せた時に被る社会的不利益があまりに大きいもので、私自身、おいそれとは見せられないのだけど。というわけで次回はいよいよ、この歌のさらなる「元歌」にあたる「Hoochie Coochie Man」を翻訳しなければならないことに相成ってしまった。果たして私に歯が立つのだろうか、ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: April 1955
Recorded: Chicago, March 2, 1955
Key: G

I'm A Man (Album Version)

I'm A Man (Album Version)