華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

笨小孩 もしくはダメダメボーイの藍調歌曲 (1998. 劉德華)


笨小孩

笨小孩

北京語原詞はこちら


ó ó ó
哦哦哦
níngjìng de xiǎocūn wài yǒu yīgè bèn xiǎohái
寧靜的小村外有一個笨小孩
chūshēng zài liù líng niándài
出生在60年代
shí lái suì dào chéngshì bùpà nà tàiyáng shài
十來歲到城市不怕那太陽曬
nǔlì de qī líng niándài
努力的70年代
fāxiàn ya
發現呀
chéngshì lǐ péngyǒumen bùyào qù guàngài
城市裡朋友們不要去灌溉
huā zìrán huì kāi
花自然會開

うぉうぉうぉ
のんびりした村外れで
ダメダメボーイは生まれた。
1960年代のこと。
十何歳かで都会に出てきて
照りつける日差しにも負けず
がんばった70年代。
知らなかったよ。
都会ではみんな
苦労して水なんかやらなくても
花は自然に開くものなんだな。


ó ó ó
哦哦哦
Zhuǎnyǎn jiān nàme kuài zhè yīgè bèn xiǎohái
轉眼間那麼快這一個笨小孩
yòu dàole bālíng niándài
又到了80年代
sān shì suì dàotóulái bu suàn hǎo yě bù huài
30歲到頭來不算好也不壞
jīngguòle jiǔ líng niándài
經過了90年代
zuì wúnài tā zìjǐ zǒng shì huì màn rénjiā yì pāi
最無奈他自己總是會慢人家一拍
méiyǒu qián zài nà kǒudài
沒有錢在那口袋

うぉうぉうぉ
またたく間に時は過ぎ
ダメダメボーイはさらにまた
80年代を迎えた。
30になったけど
特にいいことも悪いこともなく
90年代は過ぎ去った。
いかんともしがたいのは
いつも人よりワンテンポ遅くて
財布の中にカネが入っていないこと。


Āiyō
哎喲
wǎngzhe xiōngkǒu pāi yī pāi ya yǒnggǎn zhàn qǐlái
徃著胸口拍一拍呀勇敢站起來
bùyào xīnqíng tài huài
不要心情太壞
āiyō
哎喲
xiàngzhe tiānkōng bài yī bài ya
向著天空拜一拜呀
bié xiǎngbùkāi
別想不開
lǎo tiān zì yǒu ānpái
老天自有安排

アイヨー!
胸を叩いて勇敢に立ちあがれ。
悪いように考えることはないさ。
アイヨー!
空を見上げてみようじゃないか。
落ち込んでちゃいけないよ。
お天道さまが
いいようにやってくれるさ。


ó ó ó
哦哦哦
Tāmen shuō chéngshì lǐ nán bù huài nǚ bù ài
他們說城市裡男不壞女不愛
zěnme xiǎng yě bù míngbái
怎麼想也不明白
māmā shuō zhēnxīn ài huì ài dé hěn jīngcǎi
媽媽說真心愛會愛得很精彩
jiéguǒ wǒ méiyǒu nǚhái
結果我沒有女孩
bèn xiǎohái yīrán shì jiānqiáng dé xiàng shítou yīkuài
笨小孩依然是堅強得像石頭一塊
zhǐshì wǎnshàng jìmò nánnài
只是晚上寂寞難耐

うぉうぉうぉ
みんな都会では
男はワルくなきゃ
モテないって言うんだけど
どうしても納得が行かない。
母さんは真心で人を愛してこそ
愛というのは素晴らしいものなのだと
教えてくれたのだけどその結果として
おれには彼女がいない。
硬派なダメダメボーイは
今でも石の塊まりみたいにタフだ。
けれども夜のさみしさだけは
どうしても耐えられない。


Āiyō
哎喲
wǎngzhe xiōngkǒu pāi yī pāi ya yǒnggǎn zhàn qǐlái
徃著胸口拍一拍呀勇敢站起來
guǎn tā shàng shānxià hǎi
管他上山下海
āiyō
哎喲
xiàngzhe tiānkōng bài yī bài ya
向著天空拜一拜呀
bié xiǎngbùkāi
別想不開
lǎo tiān zì yǒu ānpái
老天自有安排
Lǎo tiān ài bèn xiǎohái
老天愛笨小孩

アイヨー!
胸を叩いて勇敢に立ちあがれ。
海にでも山にでも
どうにでもなれってんだ。
アイヨー!
空を見上げてみようじゃないか。
落ち込んでちゃいけないよ。
お天道さまが
いいようにやってくれるさ。
お天道さまは
ダメダメボーイのことを
愛してくれてるはずさ。



このブログを始めた時からの懸案だった「Hoochie Coochie Man」の翻訳記事をどうにかこうにか書き終え、肩の荷が下りたような気がしている。同時に「新しい何か」を肩の上に乗っけてしまったような気もしているのだけど、何はともあれ険しい峠をひとつ越えたような気分である。記念の気持ちを込めて、このかんのブルース特集の締めくくりに、私の大好きな「中国語のブルース」を一曲、紹介しておきたい。

中国語では「ブルース」のことを「藍調歌曲」と呼ぶらしいのだけど、初めてこの曲に出会った時の衝撃は、鮮烈なものだった。中国語がこんなにも「ブルースにピッタリの響き」を持った言語だったとは全然思っていなかったし、またこんなにも「明るくて前向きなブルース」というものにも、それまで全く出会ったことがなかった。日本の関西地方で育った私にとって「ブルースといえば憂歌団」だったわけで、あのバンドも決して「陰気なバンド」ではなかったし、むしろいつも陽気で笑いにあふれたステージを魅せてくれるバンドだったのだが、この曲の「突き抜け方」と比べてみると、やっぱり日本の風土の「湿度の高さ」みたいなものを思い知らされてしまう。さんざんオリエンタリズムがどうのみたいな話をした後で、「風土の違い」を云々するような話をするのもアレなのだけど、何しろ自分が生きてきたのがひたすら「ジメジメした世界」だったものだから、この「大陸的なカラッとした明るさ」みたいなものには、無条件に「憧れ」を感じてしまう。

「芸術」を気取ったりすることなくしっかり「歌謡曲」になっているのも、エラいと思う。PVもまた素晴らしい。劉德華=アンディ·ラウといえば香港で一二を争う映画スターな人なのに、その人がこんなズンダレたスラックス姿でカッコよくも何ともない歌を歌っている姿が、この上なくカッコいい。ひとつの歌のPVをこんなに夢中になって何度も繰り返し見たのは、ウルフルズのデビュー曲のPVを見た時以来だったかもしれない。

sp.nicovideo.jp
一緒に歌っているのは台湾のアクションスターだった柯受良(ブラッキー·コー)さんと、同じく台湾の人気司会者の呉宗憲(ジャッキー·ウー)さんの2人。コーさんは喘息のために2003年に故人になっている人なのだが、今回Wikipediaで初めて知ったその経歴は、ものすごかった。

  • 1987年7月26日、台湾桃園市の海湖峡谷を自動車で飛び越える。
  • 1992年11月15日、北京郊外金山嶺にて万里の長城(幅38m)をバイクで飛び越える。
  • 1997年6月1日、山西省臨汾市にて、黄河の壺口瀑布(幅55m)を自動車で飛び越える。
  • 1999年、シンガポール仁善医院への募金のため、シンガポール体育館(幅42m)を飛び越える。
  • 2002年、チベットラサ市にて、ポタラ宮広場(幅28m)を自動車で飛び越える。

...私もその何十分の一かぐらいで構わないから、この人みたいに「飛び越える」という言葉で彩られた人生を送ってみたいものだと思う。

「笨小孩」の「笨」は「愚かな.ドジな.間抜けな.気の利かない,不器用な.下手だ」等々と訳される言葉で、差別的な意味合いで使われることもある言葉なのかもしれないが、この歌の中では明らかに「愛」を込めて使われている言葉だと感じたので、そんな感じで意訳した。「笨小孩」を直訳するなら「ドジな子ども」「不器用な子ども」等々の意味になると思うけど、あえて造語的なニュアンスで訳した方が、雰囲気が再現できるのではないかと思う。最後の「老天」は辞書には「神様」とあるのだが、確かにキリスト教的な「神」のことも「天」という言葉で言い表されているらしくはあるものの、日本語としては「お天道さま」の方が、より近い雰囲気の訳語になるのではないかと思う。ちなみに「老天」の「老」は、「親しみのニュアンス」を表すために付け加えられている。関西弁的である。

日本語の「ブルース」でこの歌に対抗できる曲はといえば、結局この人たちの歌うこの曲以外にはありえないのではないかな。というわけで「Caldonia」以来5回に渡ってお送りしてきたブルース特集は、今回に関しては以上です。次回からは再びザ·バンドの「Music From Big Pink」の、B面曲に移って行きたいと思います。ではまたいずれ。


憂歌団 君といつまでも


=楽曲データ=
發行時間: 1998年11月1日
歌曲原唱: 劉德華,柯受良,吳宗憲
Key: C