華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

般若心経もしくはハート·スートラ (649. 玄奘がサンスクリットから漢訳)

仏説摩訶般若波羅蜜多心経
(日本語読み)

かん じ ざい ぼ さつ
観自在菩薩
ぎょう じん はん にゃ は ら みっ た じ
行深般若波羅蜜多時
しょう けん ご うん かい くう
照見五蘊皆空
ど いっ さい くやく
度一切苦厄

しゃ り し
舎利子
しき ふ い くう
色不異空
くう ふ い しき
空不異色
しき そく ぜ くう
色即是空
くう そく ぜ しき
空即是色
じゅ そう ぎょう しき やく ぶ にょ ぜ
受想行識亦復如是

しゃ り し
舎利子
ぜ しょう ほう くう そう
是諸法空相
ふ しょう ふ めつ
不生不滅
ふ く ふ じょう
不垢不浄
ふ ぞう ふ げん
不増不減

ぜ こ くう ちゅう
是故空中
む しき む じゅ そう ぎょう しき
無色無受想行識
む げん に び ぜっ しん に
無眼耳鼻舌身意
む しき しょう こう み そく ほう
無色声香味触法
む げん かい
無眼界
ない し む い しき かい
乃至無意識界
む む みょう
無無明
やく む む みょう じん
亦無無明尽
ない し む ろう し
乃至無老死
やく む ろう し じん
亦無老死尽
む く しゅう めつ どう
無苦集滅道

む ち やく む とく
無智亦無得
い む しょ とく こ
以無所得故
ぼ だい さっ た
菩提薩埵
え はん にゃ は ら みっ た こ
依般若波羅蜜多故
しん む け げ
心無罣礙
む け げ こ
無罣礙故
む う く ふ
無有恐怖
おん り いっ さい てん どう む そう
遠離一切顛倒夢想
く ぎょう ね はん
究竟涅槃

さん ぜ しょ ぶつ
三世諸仏
え はん にゃ は ら みっ た こ
依般若波羅蜜多故
とく あ のく た ら さん みゃく さん ぼ だい
得阿耨多羅三藐三菩提

こ ち
故知
はん にゃ は ら みっ た
般若波羅蜜多
ぜ だい じん しゅ
是大神呪
ぜ だい みょう しゅ
是大明呪
ぜ む じょう しゅ
是無上呪
ぜ むとう どう しゅ
是無等等呪
のう じょ いっ さい く
能除一切苦
しん じつ ふ こ こ
真実不虚故
せつ はん にゃ は ら みっ た しゅ
説般若波羅蜜多呪

そく せつ しゅ わつ
即説呪曰
ぎゃ てい ぎゃ てい は ら ぎゃ てい
羯諦羯諦波羅羯諦
は ら そう ぎゃ てい
波羅僧羯諦
ぼ ぢ そ わ か
菩提薩婆訶
はん にゃ しん ぎょう
般若心経



1994年の5月に奈良の大仏の前で開催されたユネスコ主催のコンサート、「GME'94 "AONIYOSHI"」は、ステージに並んだ東大寺の坊さんたちによる「般若心経の読経」で幕を開けた。正確にはお経にメロディのついた「声明(しょうみょう)」から始まり、その後に東京ニューフィルハーモニック管弦楽団のオーケストラが派手な音をドーンと鳴らし、それからおもむろに般若心経、という順番だったかもしれない。いずれにしてもそのコンサートが「般若心経から始まる」ということには、東大寺側からもユネスコ側からも、何かとっても重要な位置づけが与えられていたような感じだった。

会場からは失笑が湧いたのを覚えている。黒ずくめの格好をしたXファンのお姉さんたちの間からは、あからさまに「何よこれ!」という声があがっていた。そりゃそうだろうと私も思った。地元のコネを使ってタダで会場に潜り込んでいた私たちではあったけれど、高いチケットを買って遠いところからわざわざやって来た人たちの身になってみれば、そのチケット代で何で「お経」なんか聞かされなければならないのだという気持ちになるのは当然だと思った。

そして私自身、あんまり「いい感じ」はしていなかった。まだそういう言葉は知らなかった時代ではあったけれど、その手の演出にユネスコの「オリエンタリズム指向」みたいなものを、その時なりに感じとっていたのかもしれないと今では思う。確かに欧米からはるばるやって来たと思しき観客の皆さんは、私たちのように笑ったりアキれたりすることもなく、神妙な顔で舞台を見つめていた。しかしじゃあ何オレら地元民は置き去り?みたいな気持ちにも正直なった。

大体こっちが失笑しているのにそんな真剣な顔で鑑賞されてしまうと、失笑している自分たちはまるでその人たちから軽蔑されてでもいるかのような居心地の悪さを感じてしまう。ことによると無教養な地元民である我々に対し、あの人たちはあたかもヱトランゼである自分らの方が日本文化の値打ちを深く理解しているのだ的な優越感みたいなものでも感じておらっしゃるのではないだろうか。しかし我々とて般若心経が正しいシチュエーションで正しく読誦されている分には失笑したりはしないのであり、それが明らかに場違いな形で読誦せられているから失笑しているのであって、その辺の呼吸も分からずに有難がっているあなたがたの方が、むしろ異文化商法に手もなく引っかかっている自分たちの姿を直視した方がいいのではないかと私は思うよ。とはいえ「般若心経が正しく読誦される正しいシチュエーション」というのは、それならどういう時のことを言うのだろう。

どうやらここには「正解」はないらしい、という「正解」らしき答えにさえ、落ち着く気持ちになれない妙な気分だった。



私の実家は、天理教の家だった。けれども子どもの頃の私は、般若心経もキライではなかった。「わけのわからない呪文」みたいな言葉には、「わけのわからない言葉」であればあるほど、魅力を感じてしまう傾向が昔からあった。そのことの上で、神や仏の存在を心から信じた経験というのは、今に至るまで一度もないのだけれど。

そんな風に「呪文めいた言葉」に惹かれるようになったキッカケの出来事は、今でもハッキリと覚えている。子どもの頃、自転車で少し遠出して、見つけた山道に踏み込んでみると、しばらく歩いたところで突然視界が開け、滝行場のようなところに出た。滝の入口には不動明王の石像が置かれ、その横に立っていた看板にはこんなことが書かれていた。

不動明王御真言
のうまくさんまんだ ばさら だん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

...今にして思えばそこにあった寺の寺域に裏山から迷い込んだだけの話ではあったのだけど、当時の私はそのシュールな出会いに対し、オトナの言葉で言うならば我が宿願を報ぜんが為に不動明王が顕現し給うたというぐらいの神秘的·宗教的興奮をおぼえた。もっとも落ち着いて考えてみると、オトナが口にする言葉としてはいっそう常軌を逸した内容の文面ではあるのだが、何しろそのインパクトは、強烈だった。

「御真言」というものが「何」であり、そこにどういう意味があるのかということなど、もとより分かりはしないのだが、その得体の知れない文字列を口にしてみると、あたかも自分自身と不動明王が一体化したかのような高揚感があった。「せんだまかろしゃだ」というところのスピード感と、「うんたらた」というところの力強さ、それにちょっぴり尾籠な感じが、とりわけお気に入りだった。以来私は自転車でそこら中の寺院を巡っては、仏像の前に書かれている「御真言」を書き写して回るという新しい遊びに夢中になった。当時の私がことにシビれていた「真言」を列挙するなら

薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
十一面観音
おん まか きゃろにきゃ そわか
文殊菩薩
おん あらはしゃのう
孔雀明王
おん まやらぎらん でい そわか
閻魔大王
おん えんまや そわか

...最後の閻魔大王に至っては奈良に1ヶ所しか祀られているところがなく、しかも市内の一番端っこの極めて行きにくいところにあるものだから、対面して「御真言」を手に入れた時の喜びはとりわけヒトシオものだった。興味のある人は行ってみられるといいと思うけど、新薬師寺のさらに南にある白毫寺という寺である。一方、上に挙げたような「真言」が「ころころ」とか「きゃろにきゃ」とかいった魅惑的なフレーズで溢れている一方で、いわゆる「有名どころ」の如来や菩薩の「真言」は「何だかいまいち」なのが多いことが、私には気になっていた。

釈迦如来
のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
阿弥陀如来
おん あみりたてい ぜいから うん
地蔵菩薩
おん かかかび さんまえい そわか

...お地蔵さんなんてあんなにメジャーなのに、何だか客の来ない和菓子屋みたいな感じだし、釈迦なんて「一番エラい」はずなのに、脳膜が散漫でボーッとしていて僕の体はもうボロボロで後は雑巾として働くだけって感じですこぶるパッとしない。何であれ、自転車で一日かけて走り回った分だけこうした謎のフレーズで自分のノートが満たされていくことに、当時の私は無上の喜びを感じていたのだったが、今ではこういうのは全部Wikipediaで分かってしまう。今の子どもたちは何を楽しみに自転車で冒険に出かけたらいいのだろうかと思うと、気の毒になってくる。「ポケモンGO」があるから、いいのかな。


BAKU ぞうきん

そしてそんな風に「呪文的なフレーズ」にハマった小学生の嗜好性が、「より長く」「より複雑な」ものを求めてゆくのはほとんど必然的な傾向であり、同世代からの驚嘆とオトナたちからの賞賛-とりわけ回った先の寺々における-を求めて私が「般若心経」を丸暗記してしまうに至るまでには、大した時間はかからなかった。けれどもつまらないことにと言うか無情なことにと言うか、それが「言葉」である以上、「御真言」にも「般若心経」にも、やっぱり「意味」は存在しているのである。そして分かってしまえば極めて散文的な、面白くも何ともない「意味」である。

「般若心経」の意味するところについて、解説してくれているサイトは枚挙にいとまが無いが、へそ曲がりな私は敢えて英語に翻訳された「般若心経」をさらに日本語に翻訳し直すという形を、ここではとってみることにしたい。「五蘊皆空」とか「阿耨多羅三藐三菩提」とかいった「漢字の文字列」を目にしてしまうと、意味も分からないのに「馴染み」だけはあるものだから、頭がそれ以上考えるのを拒否してしまうのを感じるからである。もっとも、1960年代にアレン·ギンズバーグなどのビート詩人たちに受け入れられることを通してアメリカでも広く知られるようになった「心経=Heart Sutra」を、最初に英語に翻訳して彼らに紹介したのは、主として日本人の僧侶たちであったらしい。


ALLEN GINSBERG Heart Sutra Live

Heart Sutra

Avalokiteshvara, the Bodhisattva of Compassion, was deep through the Perfection of Wisdom, saw clearly that the five aggregates of human existence are empty, and so released himself from suffering.
慈悲の心を持ったボーディ·サットヴァ(菩薩)であるアヴァロキテシュヴァラ(「観音さま」の本名)は、智慧の完成を深くなしとげ、人間の存在における5つの集合体は「空っぽ」であることをハッキリと見出し、自らを苦しみから解放した。

"Sariputra! Form is nothing more than emptiness, emptiness is nothing more than Form. Form is exactly emptiness, and emptiness is exactly Form. The other four aggregates of human existence -- feeling, thought, will, and consciousness -- are also nothing more than emptiness."
“シャーリプトラ(釈迦の十大弟子のひとり)よ!「かたち」とは「空っぽであること」にすぎず、「空っぽであること」がすなわち「かたち」なのだ。「かたち」とはまさに「空っぽさ」のことであり、「空っぽさ」こそが「かたち」に他ならない。人間存在における他の4つの集合体…感覚、思考、意志、そして意識も、やはり同じように「空っぽ」でしかない。”

"Sariputra! All things are empty: Nothing is born, nothing dies, nothing is pure, nothing is stained, nothing increases and nothing decreases. So, in emptiness, there is no form, no feeling, no thought, no will, no consciousness. There are no eyes, no ears, no nose, no tongue, no body, no mind. There is no seeing, no hearing, no smelling, no tasting, no touching, no imagining. No plane of sight, no plane of thought. There is no ignorance, and no end to ignorance. There is no old age and death, and no end to old age and death. There is no suffering, no cause of suffering, no end to suffering, no path to suffering. There is no attainment of wisdom, and no wisdom to attain."
“シャーリプトラよ!すべてのものは「空っぽ」である。生まれるものは何もない。死ぬものも何もない。純粋なものはないし、よごれたものもない。増えてゆくものもなければ、減ってゆくものもない。だから「空っぽさ」の中には、かたちはなく、感覚もなく、思考もなく、意志も意識もない。眼も耳も、鼻も舌も、身体も心も、この世界には存在しない。見えるもの、聞こえること、匂い、味わい、触った感じ、頭で想像すること、すべては存在しないのだ。目に見える世界は存在しないし、意識の中の世界も存在しない。無知というものはないし、無知が終わることもまたない。年をとることや死ぬこともないし、年をとったり死んだりすることの終わりというものもまたない。この世に苦しみはないし、苦しみの原因も存在しないし、苦しみの終わりも存在しないし、苦しみへと至る道もまたない。真理を獲得できることなどありえないし、獲得できる真理というものもまたない。

The Bodhisattvas rely on the Perfection of Wisdom, their hearts without delusions; they have no reason for delusion, no fear within, abandoning their confused thoughts, finally experiencing Nirvana.
この「智慧の完成」に依拠するのがボーディ·サットヴァだ。かれらの心に誤った思い込みは存在しない。誤った思い込みを持つ理由もない。恐怖にとらわれることもなく、混乱した思考を打ち捨て、ついにはニルヴァーナ(涅槃)を経験しつつある。

The Buddhas, past, present, and future, rely on the Perfection of Wisdom, and live in full enlightenment. The Perfection of Wisdom is the greatest mantra. It is the wisest mantra, the highest mantra, the mantra of the rest. Remove all suffering. This is truth that cannot be falsity. The reason of the Perfection of Wisdom Mantra, The Mantra is thus: Gaté, gaté, paragaté, parasamgaté. Bodhi! Svaha! (Gone, Gone, gone beyond, Gone Completely Beyond. Praise to Awakening!)
ブッダ(仏の悟りを得た者)たちは、過去において、現在において、未来において、この「智慧の完成」に依拠し、悟りに満ちた生を送る。「智慧の完成は」最も優れたマントラ(呪文)であり、最も賢明なマントラであり、最高のマントラであり、マントラの中のマントラである。すべての苦しみを取り除け。これは過ちとなることがありえない真理である。それが「智慧の完成」のマントラを唱える理由だ。そのマントラとはこうである。「ガーティ、ガーティ、パーラーガーティ、パラサムガーティー。ボーディ!スヴァーハ!(行った、行った、遠くまで行った。完璧に遠いところまで行ってしまった。覚醒をたたえよ!)



仏教の出発点には、「生きることは苦しいことだ」という「思想」が横たわっている。「幸せに生きている人」なんて、どこにもいない。生きてゆく中で何か楽しいことやうれしいことに出会ったとしても、それらは必ず「終わって」しまい、より大きな苦しみや悲しみの原因に変わってしまう。人間以外の他の生き物たちの姿を見ても、それは分かる。他の虫をおいしそうに食べている虫が、次の瞬間には鳥に捕まっておいしそうに食べられ、その鳥を我々がまたおいしく食べている。「生まれ変わり」というものがもしあったとしても、「幸せに生きる」ことのできる生き方などというものは、およそありそうに思えない。どうすればこの苦しみから逃れることができるのか。それは仏教にとどまらず、あらゆる宗教が成立する前の大昔から人間のあいだに存在した、根源的な「問い」である。と言えると思う。

そこで仏教は、問題を整理するためと言うべきか、生きることについて回る様々な「苦しみ」を、「分類」することから始めてみせる。まず人間の力ではどうすることもできない根本的な苦しみとして、「この世に生まれてくることの苦しみ」「年をとってゆく苦しみ」「病にとりつかれる苦しみ」「死ぬ苦しみ」が存在し、これをまとめて「生老病死」の「四苦」と呼ぶ。これは私が小学校1年の時に担任だった北浦先生が教えてくれた、と言うか紹介してくれた思想で、その時には「生まれてくること」を「苦しみ」に含めるのは正しいのかどうなのかということをめぐって大変な議論になり、一時間が丸々それでつぶれてしまったことを覚えている。まあ、そういうのを「平和な時代」と呼ぶのだと今では思う。

さらに仏教ではその「下位分類」として「愛別離苦 (あいべつりく...愛するものと別れる苦しみ)」「怨憎会苦 (おんぞうえく...イヤなやつと出会ってしまう苦しみ)」「求不得苦 (ぐふとっく...ほしいものが手に入らない苦しみ)」「五蘊盛苦 (ごうんじょうく...色·受·想·行·識-身体·感覚·概念·心で決めたこと·記憶-の5つの要素に執着してしまう苦しみ)」という4つのカテゴリーを設けており、上の「四苦」と併せて「四苦八苦」と総称する。この「四苦八苦」からいかに「脱出」するかということが、問題である。

...こうしたアプローチは、何もないところからいきなり「神」が現れて「光あれ」と言ったとか何とかいうことを「信じろ」とか「受け入れろ」とか言われるのとは区別され、なかなかに「科学的」ではあると思う。その仏教の中に自分たちのルーツがあることを公言している「幸福の科学」の人たちが「科学」を自称しているのは、あながち理由のないことではないのかもしれない。とはいえナチスの例を見ても明らかな如く、「科学」を自称することと人間を差別すること、残虐であったり攻撃的であったり自分のエゴのために何でもしてみせたりすることとは時として全く矛盾しないので、私があの集団を大嫌いであることには何の変わりもない。

大づかみに言うならば、生きることについて回る「苦しみ」をそんな風に分類定義した上で、そこから「抜け出す」ための方法論をまとめあげたのが、約2500年前のインドに実在した、釈迦と呼ばれる人である。ということになるのだと思う。仏教用語ではこの「苦しみの連鎖から抜け出すこと」を「解脱 (げだつ)」と呼ぶのだが、細かいことは知らない。釈迦は飽くまでその「解脱」を「実践」した人であり、その方法論を体系化したのは弟子たちのやったことで、仏教用語に出てくる言葉を何でもかんでも釈迦と結びつけて論ずるのは誤りである、という反論があるかもしれない。けれどもそんな風に「批判を受けそうな要素」をあらかじめ全て「弟子たちの責任」にしてしまうことは、「教祖の絶対化」のためにあらゆる宗教において行われている情報操作なので、まずはその教祖と呼ばれる「人」と「人間として」向き合うところから始める以外にないと私は思う。その相手のことを素直に「神」や「仏」として認めることのできない心こそが「煩悩」や「執着」のあらわれなのだ、と言われるならば、さしあたりそれでも構わない。私は「凡夫」であり、今のところはそのことをイヤだと感じていない。だから他の「凡夫」な人たちのことを、「同じ人間」として愛することができる。その「幸せ」を取られたいとは思わない。

釈迦の教えるところによるならば、要するに人間は「悟り」を開けば苦しみの連鎖から「解脱」することができるのである。この「悟り」というのが分からない。ただ単に「悟る」ではなく「悟りを開く」という形で日本語化されるようになった経緯も、よく分からない。つまるところ「迷いの世界を超え、真理を体得すること」が「悟り」であるとWikipediaは教えているが、インドの仏教用語ではこの「悟り」の種類だけでも20以上の言葉が使い分けられていたのだそうで、それらを「悟り」という一般名詞で総称するようになったのは、仏教伝来地域の中では日本にだけ根づいている「文化」であるらしい。ただしその日本の仏教界においても、歴史上で本当に「悟りを開いた人物」は釈迦の他にはいないということになっているはずなので、「悟り」という日本語だけは存在するものの、それが「何」であるかを知っていた日本人は、昔から一人もいなかったことになる。つくづく、不思議な言葉である。

思うに、「苦しみ」というものは、誰もがそれぞれに経験しているものだから、それについて仏教が語る言葉が説得力を持つのは当然なのである。しかし「悟り」というのは「悟った人」にしか分からないものだから、それについていろいろ言われても、言われる方は検証のしようがない。結局「信じる」か「信じない」かという丁半バクチと何も変わらないような二者択一に、己の運命を託すしかないことになる。それはともかくとして、仏教の教えるところによるならば、人間は悟りを開けば苦しみから解脱して「仏 (ブッダ)」になることができる。そして宗派によって教えるところは違うらしいけど、基本的に人間は誰でも「仏」になれる素質を備えている。ただし、上述したように今までの人間史において「仏」になったことが広く認められているのは、釈迦という人ただ一人である。弥勒菩薩という人(?)が「次の仏」になるべく現在修行中で、56億7千万年たったら彼の力で全ての人々が救われることになっているといったような話もあるようだが、ここまで来ると「科学」とはもはや全く関係のない、ファンタジーの領域の世界だと思う。

オウム真理教の施設で育ったという自分と同世代の少年が、「将来の夢は何ですか?」とマスコミにインタビューを受け、「やっぱり、今生で最終解脱ですかね」と答える姿に私が衝撃を受けたのは、東大寺での「AONIYOSHI」コンサートからちょうど一年を経た、1995年のことだった。私はその少年のことを「不幸」だと思い「同情」したが、そんな風に他人の人生を「評価」したり決めつけたりしていい資格など誰にもないのだということは、今ではよく身につまされている。ただ言えるのは、それから20年以上たった現在に至るまで、私がその少年のことを忘れたことは一度もないという事実である。どこでどんな風にして暮らしているのだろうと、今でも時々思う。

...ずいぶん話を広げてしまったが、「般若心経」という経典には、そんな風に人間が悟りを開くために必要な「体得すべき真理」の内容が書かれている。とされている。仏教にはいろんな宗派があるけれど、このことについてはほとんど異論はないらしく、そのために「般若心経」は現在でも仏教的な伝統を持つ地球上の全ての地域において、誰もが聞いたことのある非常にポピュラーな「共通言語」となっている。

その内容を思いきって要約するならば、普通の人間が「ある」と思っている世の中のすべてのものごとは「ない」のだ、ということになるのだと思う。そのことに早く気づけ、という趣旨のことが、日本では「観音さま」と呼ばれているアヴァロキテシュヴァラという人の言葉によって、かなり高圧的な調子で語られている。そのことにも気づけないような人間は、文字通り「救いようがない」のだとでも言われているような感じである。

知るか、と思う。

世の中のすべてが「無」であり「空」であるのが「般若心経」の教えであるとした上で、それが1994年の「AONIYOSHI」コンサートの冒頭で大勢の坊さんによって読みあげられたことには、それならどういう「意味」があったのだろうか。これから繰り広げられる世界各国のミュージシャンたちの競演によって、観客であるあなたがたの眼耳鼻舌身意はさまざまな色声香味触法をあじわい、感動と興奮で我を忘れることになるかもしれないが、そんなものはもとより「無」であり「空」なのであって、幻想にすぎない。そうした転倒した夢想から遠く離れて涅槃を経験しつつある、菩薩たちこそ讃えられるべきだ。はらそーぎゃーていぼじそわか。的な意図でも込められた演出だったのだろうか。だったら我々は、ケンカを売られていたことになる。言っちゃあ何だけどあの時あのコンサートを見るために東大寺に詰めかけた我々は、みんな「心を動かされるため」にそこにいたのである。

ユネスコと東大寺は、あの時いったい何がしたかったのか。お経の意味が分かったら分かったで、今でもやっぱりよく分からない。



「般若心経」が成立したのは、釈迦の死後7〜800年が経過した紀元4世紀頃のことだと言われており、邪馬台国の時代よりも100年ぐらい後だったことになるが、正確なところは誰にも分からない。文献にもとづいて確かなことが言えるのは、数百年前に中国に伝来していた仏教の「本当の内容」を求めて単身インドに旅立ち、多くの経典を持ち帰った三蔵法師こと玄奘が、「般若心経」の漢訳(中国語訳)を完成させたのが、「大化の改新」の数年後にあたる649年のことだったらしい、ということである。日本はもとより朝鮮、ベトナムを含めた全ての「漢字圏」において、現在も普及している「般若心経」はこの玄奘訳のテキストである。

してみると、昔テレビでやっていた「西遊記」で夏目雅子の玄奘が堺正章の孫悟空をこらしめるために般若心経を唱えていたのは、時代考証的には誤りだったということになり、インドから帰った後ならともかく行く前から般若心経を知っていたのであればそもそも行く必要がなかったじゃないかという話になるわけだが、ちょっと思っただけなのでこれ以上は深入りしない。



玄奘が翻訳した「般若心経」には、古代インドの言葉であるサンスクリット(「梵語」)で書かれた「原本」が存在しているはずなのだが、現在地球上に現存するサンスクリット版の「般若心経」の中で一番古いのはなぜか日本の法隆寺に伝わっている「貝葉本」であり、漢訳より新しい時代に書かれたものであるらしい。つまり我々の知っている中国語化された「般若心経」の以前からインドで同様の教えが説かれていたことを示す直接的な証拠はどこにも存在しないわけであり、このことからサンスクリット版の「般若心経」は玄奘が自分でデッチあげた「偽経」ではないかという説まであるらしいのだが、まあ普通に考えて、「般若心経」はやはりインドで生まれてシルクロード経由で東方に伝わったものだと理解しておくのが「自然」なのではないかと、とりあえず私は思う。

その「一番最初の般若心経」は、インドの人たちの間でどのように唱えられていたのか。あるいは歌われていたのか。マレーシアの現代音楽家のImee Ooi (イミー·ウーイ) という人が、サンスクリットの仏典にメロディをつけて「歌える」ようにするプロジェクトを展開しており、「般若心経」もその中に含まれているので、ふりがな付きで紹介したい。「神々の詩」みたいな前例があるもので、これをそのまま古代インドの人たちが口にしていた言葉の響きだと信じ込んでしまうことには危険が伴う気もするが、あの「縄文語」とは区別されてサンスクリットは現在でも使われている言葉であり、それほど大きな「捏造」は行われていないはずだと思う。


Imee Ooi "Prajna paramita hrdaya sutram"

Prajñāpāramita-hṛdayam sūtra

ありゃー あわーろー きーてぃーしゅわーらー
ārya-avalokiteśvaro
聖なる 観る能力のある
ぼーでぃさとわー がんびら
bodhisattvo gambhīrāṃ
求道者が 深遠な
ぷらしゅにゃー ぱらみた ちゃーりゃむ
prajñāpāramitā caryāṃ
智慧の完成(において) 修行を
ちゃーらーまーのー
caramāṇo
おこないつつ
うぃやーあわーろー きってぃー すまーぁ
vyavalokayati sma:
見極め た
ぱんちゃー すかんだー あっさだす ちゃー
Panca-skandhās tāṃś ca
5つの集まり そしてそれらの
すわーばわ しゅんにや
svābhava śūnyān
本来の性質を 実体がない(空である)
ぱっしゅやてぃ すまーぁ
paśyati sma
と見た
いーはー しゃりぷとら
Iha śāriputra:
この世において シャーリプトラよ
るーぱむ しゅんにゃん
rūpaṃ śūnyatā
物質性とは 空性であり
しゅにやたいーわ るーぱーむ
śūnyataiva rūpaṃ;
空性がまさに 物質性である
るーぱーなー ぷりた しゅんにやたー
rūpān na pṛthak śūnyatā
物質性と 異なることがないのが 空性である
しゅんにゃーたや なー ぷりた さーるーぱむ
śunyatāyā na pṛthag rūpaṃ;
空性と 異なることがないのが 物質性である
やぁ るーぱむ さー しゅにやた
yad rūpaṃ sā śūnyatā;
物質性であるもの それが空性である
やーしゅんにやた さぁ るーぱむ
ya śūnyatā tad rūpaṃ.
空性であるもの それが物質性である
いーわん いーわー うぃーだーな
evam eva vedanā
まさに このように 感覚や
さむぎゃー さむすかーらー うぃーにゃーなむ
saṃjñā saṃskāra vijñānaṃ
認識や 意志や 理解はある
いーはー しゃりぷとら
Iha śāriputra:
この世において シャーリプトラよ
さるわーだるまー
sarva-dharmāḥ
すべての 存在するものは
しゅにやた らくちゃーなー
śūnyatā-lakṣaṇā,
空性という 特徴を持つ
あぬとぱんなー あにるーだー
anutpannā aniruddhā,
生じることがなく 滅することがない
あまら あうぃまら
amalā avimalā,
汚れがなく 汚れがないこともない
あぬーな あーぱりぷるなー
anūnā aparipūrṇāḥ
不足することもなく 満たされることもない
たすまー ちゃりぷとら しゅんにやたーやむ
Tasmāc chāriputra śūnyatayāṃ
だから シャーリプトラよ 空性においては
なー るーぱむ なー うぃーだーな
na rūpaṃ na vedanā
物質性がなく 感覚もなく
なー さむぎゃー なー さむすかーらー
na saṃjñā na saṃskārāḥ
認識もなく 意志もなく
なー うぃーぎゃーなむ
na vijñānam.
理解もない
なー ちゃくそー すろーとらー がらーなー じーわー
na cakṣuḥ-śrotra-ghrāna-jihvā-
眼も耳も鼻も舌も
かやー まなーさー
kāya-manāṃsi.
身体も 心もない
な るーぱぁ しゃっぶだ がだ
na rūpa-śabda-gandha-
物質性や 音や 香りや
らさ すぷらすたぁうぃやーだーるまー
rasa-spraṣṭavaya-dharmāh.
味や 触れる対象や 存在するものは ない
なー ちゃくそーだーどー やわーなーあ
Na cakṣūr-dhātur. yāvan na
見える領域はなく ついには
まのうぃにゃなーあー だーとー
manovijñāna-dhātuḥ.
意識の領域も存在しない
なー あうぃでぃやー なー あうぃでぃやー くしゃーよー
na-avidyā na-avidyā-kṣayo.
迷いはなく 迷いがなくなることもない
やーわん なー じゃら まーらな
yāvan na jarā-maraṇam
ついには 老いることも 死ぬこともなく
な じゃらまーらな くしゃーよー
na jarā-maraṇa-kṣayo.
老いや死が なくなることもない
な どか さもだや にろだー まるがー
na duhkha-samudaya-nirodha-margā.
苦しみも 原因も 消滅も 道もない
な ぎゃなむ な ぷらってぃー なぁてぃさまやー
Na jñānam, na prāptir na-aprāptiḥ
知ることもなく 得ることもなく
たすまな ぷらぷてぃとわぁ
Tasmād aprāptitvād
それゆえに 得るということがないから
ぼーでぃさとわーな
bodhisattvasya
求道者は
ぷらしゅにゃーぱらみた あしゅりや
prajñāpāramitām āśritya
智慧の完成に 安んじて
うぃはらりゃ ちったーあわらなー
viharatya cittāvaraṇaḥ.
遊行している 心を覆うもの
ちったーあわらなー なすてぃーとわど
cittāvaraṇa-nāstitvād
心を覆うものが ないから
あとらすとろ うぃぱりやー さーあてぃりくらんた
atrastro viparyāsa-atikrānto
恐れがなく 妄想を 超越し
にしゅたー にるうぁーな
niṣṭhā-nirvāṇa
専念している 涅槃に
とりーやうぁ うぃやわすてぃたーす
Tryadhva-vyavasthitāḥ
3つの時空に 安住している
さるわー ぶっだー ぷらしゅなーぱらみた
sarva-buddhāḥ prajñāpāramitām
すべての仏は 智慧の完成に
あしゅりてぃやー あぬったら
āśrityā-anuttarāṃ
安んじて 無上の
さんみゃっさんぼーでぃむ
samyaksambodhim
完全な悟りに
あーびさむぼーだー
abhisambuddhāḥ
到達した
たすまーにゃ たうぃーやむ
Tasmāj jñātavyam:
それゆえに 知られるべきである
ぷらしゅにゃーぱらみた
prajñāpāramitā
智慧の完成の
まーはー まんとら
mahā-mantro
大いなる 呪文
まは うぃどやー まんとら
mahā-vidyā mantro
大いなる 悟りの 呪文
あぬったら まんとら
anuttara-mantro
無上の 呪文
あさまさま まんとら
samasama-mantraḥ,
等しいもののない 呪文が
さるわ どぅっか ぷらっしゃーまーな
sarva duḥkha praśamanaḥ,
すべての 苦しみを 鎮めるものであり
さっやむ あーみてゃーとぁー
satyam amithyatāt.
真実であるのは 偽りがないからで
ぷらしゅにゃーぱらみたや むった まんとら
prajñāpāramitāyām ukto mantraḥ
智慧の完成を意味して 説かれた 呪文なのだ
たでぃやたー がてぃがてぃ ぱらがてぃ
Tadyathā: gate gate pāragate
すなわち 到達者よ 到達者よ 彼岸到達者よ
ぱらさむがてぃ ぼでぃ すわーはー
pārasaṃgate bodhi svāhā
完全な彼岸到達者よ 悟りよ 幸あれ
(いてぃ ぷらしゅにゃーぱらみた ふりだやん さまーぷたむ)
Iti prajñāpāramitā-hṛdayam samāptam
(と 智慧の完成の 心が 完結される)



=参考文献=
サンスクリット入門 般若心経を梵語原典で読んでみる   アスカカルチャー

サンスクリット入門 般若心経を梵語原典で読んでみる アスカカルチャー

...説教されるのは好きではないが、「歌」として聞いたり口ずさんだりする分には悪くない、というのが私の感想である。

サンスクリット語圏の人たちにとって、こうしたフレーズがどの程度まで「日常的な言葉」で書かれているのかということは、私には分からない。けれども中国語圏や日本語圏において、「般若心経」は最初から「非日常的な言葉」で書かれた経典であり、「わけがわからないこと」にこそ、その「値打ち」があった。その意味では、民衆と呼ばれる人たちの間では、子どもの頃の私がそうであったのと同じく、もっぱら「響きの不可思議さ」に対して興味を持ったり感動を覚えたりするのが、「般若心経」に対する一般的な態度であったに違いない。江州音頭が本格的に踊られる際には、冒頭近くでリズムに合わせて「般若心経」が語られるのが今でも定番になっており、少なくとも近畿地方の人間にとって、「般若心経」はずっと昔の時代から「ダンスミュージック」だったのだと言っても、あながち間違いではないと思う。


桜川唯丸 江州音頭 (般若心経は1:45より)

「般若心経」が大衆文化の一部としてひとつの「スタンダードナンバー」になっている事情は中国でも同じであるらしく、YouTubeで見つけたこの80年代の動画では、あたかも紅白歌合戦の最後に合唱される「蛍の光」のような位置づけでもって、香港スターの皆さんによる「般若心経」の大合唱が繰り広げられている。大陸、香港、台湾の各地における政治体制の違いを問わず、「心経」は様々な有名歌手によってカバーされており、ひとつひとつを紹介しようと思うとキリがない。こうした動画を見ている限り、中国語圏の人たちにとって「心経」は仏教界の占有物ではなく、完全に「歌謡曲」として受け入れられている感じである。ただし「決まったメロディ」は、今のところ存在していないらしい。


香港群星 合唱心經

この他、朝鮮語やベトナム語の動画でも、同様に「般若心経」を題材とした作品は、探せばいくらでも見つかる。漢字圏のそれぞれの地域における「般若心経」の読み方を整理してまとめておけば、自分の勉強になるだけでなくいろんな人にいろんな形で役立つことになるのではないかと思い、まとめてみたが、それについてはせっかく下のようなブログも作ってあることだし、そちらで公開しておくことにしたい。

nagi1995.hatenadiary.jp
「うたを翻訳すること」というこのブログの趣旨からすれば、決してズレたことはしていないつもりではあるものの、相手が「般若心経」になるとどうしても取りとめなく話が広がってしまうのは、やはりその歴史が一筋縄で行かないからなのだと思う。そしてここまで膨大な文字数を使ってその意味するところや成立史を概括してきたことの上で、私自身はやっぱり「般若心経」というものをそれほど素晴らしいものだとも有難いものだとも思わないし、尊重されるべきものだとも思わない。西洋音楽の歴史と切っても切り離せないキリスト教という宗教に対しての自分の思うところは、以前にまとまった形で書いたことがあるけれど、同様に仏教という宗教が歴史において果たしてきた役割、とりわけ日本の歴史において果たしてきた役割というものも、決してホメられたものではないと私は感じているからである。そして「般若心経」というものをそうした歴史の文脈から切り離して単なる「音」や「言葉」としてのみ「鑑賞」の対象にすることは、できない相談であるからだ。

歴史上多くの人たちが、仏教によって「救われた」ことであろうことは、否定しない。また自分以外の人々の「苦しみを除く」ために、自分の身を投げ打って誠実に生き抜いた多くの仏教者がいたことも、否定しない。しかし司馬遼太郎もどこかに書いていたごとく、仏教というのは出発点において「自分さえ救われればそれでいい」というエゴイスティックな動機を内包しているのではないかという印象を、私はぬぐえない。そして「悟りを開く能力を持たない者」「自ら仏となる能力を持たない者」に対して仏教者が歴史的に向けてきた「見下し」のまなざしには、すさまじいものがある。仏教において最も価値のあることと見なされている「慈悲」という感覚自体が、他者に対する強烈な見下しの上に成立している概念である。

釈迦やキリストといった大宗教の創設者たちは、もともと根本的なところでは「人間は誰でも平等だ」ということを説いた人たちだったのだと思う。だからこそそれらはその成立当初において革命的な思想だったし、国や言葉の違いを越えて多くの人に受け入れられることのできる普遍性を持っていたのだと言いうる。けれどもそれらがひとたび「権力者」と結びつくと、仏教もキリスト教もその瞬間から「人間に等級をつけること」を肯定する思想に変わってしまったし、以降の全ての時代において、あらゆる差別は「宗教の名のもとに」正当化されることになった。

「この世のすべては空である」という「思想」が、人間を幸せにできる思想だと言いうるだろうか。日本の仏教の歴史においては、自分たちを捨てないでくれと泣いて足元にすがる妻や子どもたちを暴力で叩きのめして「出家」した男たちの「武勇伝」が今だに「求道者の鑑」であるとしてホメそやされたりしているのだが、「お前たちの存在そのものが煩悩となって、俺は悟りが開けない」などという完全に身勝手な理由で捨てられた女性や子どもの立場になってみれば、たまったものではないと思う。東日本大震災の津波を「天罰だ」と言い放った元東京都知事も、そういえば男性で、法華経の信奉者だった。ちなみに釈迦は自分に子どもができた際、「悟りを開くための妨げができてしまった」として、その子に「ラーフラ(障害)」という名前をつけたと伝えられている。釈迦を讃える人たちはそんなことにまでいろんな理屈をこね回して称賛の理由にしているのだけれど、私にしてみれば本当に自分のことしか考えていない最低の父親だとしか思えない。

「無常観」というのは本質的に、「一生懸命生きている」他の生命のことを見下した傲慢な思想であり、世界観であると思う。我が身を振り返ってみるならば、私は自分自身が「一生懸命生きている」人間であるなどとは全然思えないし、他の人や生命に対して誠実に向き合うことができているとも思えない。けれどもそこから「解脱したい」などという欲望を持つことは、同じ世界で生きている全ての人や生命に対し、最低に失礼な振る舞いなのではないかと感じる。

だから私は、人間が生きることにつきまとう「苦しさ」というものを、否定しようとは思わない。それを抱えたまま「一生懸命」生きてゆくことが、他のすべての生命に対する「礼儀」というものだろうと思う。

...「うたを翻訳すること」が私にとっては「自分の青春に決着をつけること」と同義の作業である以上、自分の中に長い年月をかけて刷り込まれてきた仏教思想というものに対しても、どこかで決着をつけておく以外にはなかった。いい機会なのでいろんなことを書かせてもらったが、たぶん同じことをやることはもう二度とないだろうと思う。ではまたいずれ。


伊藤比呂美訳 般若心経