華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Need You Tonight もしくはセクシィな歌 (1987. INXS)



「GME'94 "AONIYOSHI"」の「完全版」の動画を来る日も来る日も眺めていると、途切れ途切れだった記憶が再構成されてくるのを感じる。オーケストラあり、千年前のシルクロードの音楽の再現あり、アイリッシュトラッドあり、般若心経ありのOverture(序曲)がかっきり15分にわたって繰り広げられ、拍手が湧いたところで、何だかとっても場違いな感じがする鳥人間コンテストの司会者みたいなお姉さんの声が、「オープニングに続いての登場は、INXSの皆さんです」と告げたのだ。けっこうな歓声が起こったが、私も連れの友人も、その人たちのことは名前さえ知らなかった。そして実はそれから四半世紀後の今に至るまで、一度も聞き直そうとしたことがなかった。


INXS '94 Todaiji

私はこの人たちのバンド名の読み方をずっと「インネクシス」だと覚えていたのだが、Wikipedia等々には「インエクセス」と書いてあった。何に影響されてそんな風に覚えていたのかといえば、あの司会者のお姉さんの紹介の仕方以外には考えられない。一生に一度しか聞かなかったような言葉でも、案外そんな風に「残る」ものなのだなということに、今さらながら驚かされている。

Wikipediaに書いてあったのは、どれもこれも初めて知ることばかりだった。まずINXSはオーストラリアのシドニー出身のバンド。これは確か、パンフレットにも書かれていたと思う。結成は1977年。うわそんなに昔からやってたバンドだったのか。83年に世界進出を果たし、80年代から90年代にかけてカリスマ的な人気を博した。知らなかったなー。

ボーカルのマイケル·ハッチェンスはカイリー·ミノーグなどと浮き名を流し、当時は世界で最もセクシィな男と呼ばれるほどだった。サラッと書いてあるけどすごいなー。確かにセクシィだった印象はあるけれど、あれが「世界最高」と呼ばれるほどのセクシィさであったのだとしたら、もうちょっとちゃんと見ておけばよかった。と思ったらそのマイケル·ハッチェンス氏は「AONIYOSHI」から3年後の1997年に、シドニーのホテルで蛇革のベルトで首を吊って自殺されていたのだとのこと。知らなかったし、ショックだった。あんなにセクシィな人だったのに、何があったのだろう。

...INXSの話はともかくその「セクシィ」というのは何やねんということが気になり出している読者の方が多いことが想像されるので、一応説明しておきたいと思うのだけど、まず前提的に関西方言では語尾に「しぃ」という言葉をつけることで「〜する人」を表現するという言い方がある。「いつも自慢ばかりしている人」は「自慢しぃ」で、「いつもカッコばかりつけている人」は「ええカッコしぃ」で、「いつも寝坊ばかりしている人」は「寝坊しぃ」である。そしてこの「しぃ」はあたかも最大限の侮辱と軽蔑を表現するかのごとく、高いところから思いきり下に突き落とすようなアクセントで発音される。

そして背景にそういう文化があるからなのかどうなのか知らないけれど、語尾が「〜i:」という音で終わっている外来語は大部分が「しぃ」と同じ➘のアクセントで発音されるという傾向が関西方言にはある。➘を強調するために前半の音は低く抑えてあるのが特徴である。

  • タクシー たく_しぃ➘
  • コーヒー こぉ_ひぃ➘
  • CD しぃ_でぃー➘
  • ET いぃ_てぃー➘

東京方言だとこれが全部、前半の音が高いところから始まるので、この響きというのはとても関西的である。線や矢印を多用せざるを得なかったのは、「東京だと〜って言う時の言い方」の「〜」に入れるべき例語が、東京方言の中に見つからなかったからに他ならない。前に同じことをやった時には、そのやり方でかなりうまく行ったのだけどね。

しかし何でもかんでも「_➘」で発音すればいいかと言うとそうも思えないわけで、たとえ語尾が「i:」で終わっていても「_➘」にはそぐわない外来語というものは、明らかに「ある」と思う。何をもって「_➘」と発音していい言葉と悪い言葉とを区別するのかといえば、ここに来て「科学性」みたいなものを放り出すようなことを言うのもアレなのだけど、各人の「良識」に頼るしかないのではないかという気が私はしている。そして少なくとも関西方言を喋る人間である以上は、そうした「良識」は誰の胸にも間違いなく宿っているはずだと私は信じていたのである。あの19の夏までは。

ところがその19の夏。梅田でバイトをしながら浪人生活を送っていた私が、最終電車に乗ろうと阪急東通商店街を歩いていた時、背後でとんでもない言葉が叫ばれているのを、聞いてしまったのだ。

「姉ちゃん!姉ちゃん!セクシィやな!」

...酔っ払ったサラリーマンが、若い女性をナンパしていたのだった。そしてその「セクシィ」の発音は、「コーヒー」や「タクシー」と全く同じ「_➘」だった。

あれほど「ヒヒジジイ的な言葉」というのを、私は聞いたことがない。一瞬ではあるけれど、こんな街にいたら、自分は「ダメ」になってしまうのではないだろうかという気持ちが、心の中によぎったぐらいだった。

だがしかし。帰りの環状線の中で、私は同時に胸の奥底から「苦い笑い」がこみ上げてくるのを感じていた。「セクシー」を「_➘」で発音するのは確かにダサい。エグい。しかしそれは「誰の基準から見て」ダサいと言うのだろうか。仮にあのサラリーマンが苦労して東京風のシュッとした言い方で「セクシー(⤴︎︎︎⤴︎︎⤵⤵)」と言う技術を身につけたとしても、ネイティブのアメリカ人が聞けば、それが「sexy」という単語であることなど、かなり考えないと分からないくらいに不細工な発音であるに違いない。それを元々英語を母語にしているわけでもない人間同士が、ダサいだのシュッとしているだの評価しあっている姿というのは、英語圏の人から見ればどれだけ滑稽なことだろう。そんな気持ちが、次第に強くなってきたのである。

つまり私は、「外来語を口にする日本人」というのは「普遍的にカッコ悪い」ものなのではないかという、ひとつの真理に気づきつつあったのだ。

例えば我々の周りには「ミシン」というものがあるけれど、元をたどればあれは「Sewing Machine」の「Machine」という単語なのである。それが100年前の日本人には「マシン」と聞こえず「ミシン」と聞こえたから、ああいう名前が残ってるわけだけど、そう思って聞くと「ミシン」という言葉がすごく「恥ずかしい言葉」に思えてくる。しかしそれを「マシン」と言い直したところで、ネイティブの耳からすれば五十歩百歩なのだ。100年前の人を笑うことはできない。

同様に21世紀の現在には「フィギュア」だの「ビュッフェ」だの「ファンタスティック」だのといったイキり倒した言葉が溢れているけれど、これが100年前から日本語に導入されていたらということを考えた場合、その文字表記は「ひぎや」とか「ぶっへ」とか「ぱんたすちーく」になっていたに違いないわけなのであって、もしそうなっていたとしたならば、今そういう言葉を好んで使う人たちは、果たしてこれらの言葉を使いたいと思うだろうか。しかしこれとてネイティブ(ねーちぶ)の人から見れば、「フィギュア」だと行けてるけど「ヒギヤ」だとダサいなどという日本人の感覚は「何を言ってるのか分からない」というぐらいのレベルで、どっちも同じくらいダサい言い方にしか聞こえないはずである。そう考えたなら我々がこうした言葉を敢えて使おうとする際には、むしろ「ヒギヤ」のカッコ悪さの中にこそ自らの「基準」を置くことが必要になってくると言えるだろう。「フィギュア」などという言葉をイキって使いたがる人間にはあたかも自分が行けてるかのような「幻想」が必ず存在していると思うが、実はそれは「ヒギヤ」と同んなじくらいダサいことなのである。それを自覚しておいた方がいい。だんだん自分が何を言ってるのか自分でも分からなくなってきたけれど。

つまり結論を言うならば、日本語しか知らない日本人が日本人丸出しの言い方で「セクシー」などという言葉を使おうとすること自体が、出発点から救いようもなくカッコ悪いことなのだ、ということである。噴飯ものである。それも口からでなく鼻から米飯が噴出するレベルである。あー、ツンツンする。それを「⤴︎︎︎⤴︎︎⤵⤵」なら行けてるけど「_➘」は死んでるとかそういう次元で論じ合うこと自体が自らの行けてなさを自覚できていない人間の所業なのであって、日本語化された「セクシー」という言葉の本質はむしろあの東通のサラリーマンが口にしていた「セクシィ」のヒヒジジイ性の中にこそあったのだ。それを言い方をちょっとアレするだけで行けてる言葉であるかのように勘違いして使い続けていた自分というのは、どれだけ恥ずかしいことをやっていたのだろう。もう金輪際あんな言葉を使うのはやめよう。と決めたのである。私は。あの19の夏に。

それで、以来、引用等々の形でどうしても「セクシー」という言葉を使わなければならなくなった時には、己のやっていることがどれだけ恥ずかしいことであるかということへの自戒を込めて、「セクシィ」という表記を使うようにしている。そう書かないと、恥ずかしくてこの言葉は使えない。まあ、屈折していることは自覚しているけれど、「セクシー」という言葉を聞くたびに「何がセクシィじゃ」という片腹痛い気持ちが込みあげてくるのは、如何ともしがたいことなのである。

...どうもこのかん長い記事ばかり書きすぎていたせいか、書く必要のないことまでダラダラ書いてしまう悪いクセがついてしまったような気がする。これはこれで良くない。改めてシンプルな翻訳記事を書くことを心がけて行きたいと思います。

それでINXSの話に戻るなら、「AONIYOSHI」のトップバッターとしてステージに登場したあの人たちが最初に歌った歌の歌詞を四半世紀を経て初めて読み込んでみたところ、爬虫類的な感じがしてくるくらい、セクシィなイメージの歌だったことが明らかになった。案外、それが印象に残っていなかった理由なのかもしれない。中学を出たばかりのイナカの男子生徒にとって、「セクシィさ」という言葉ほど自分たちの世界から遠く感じられるものは、なかったように思われるからである。


Need You Tonight

Need You Tonight

英語原詞はこちら


Come over here
こっち来なよ。

All you got is this moment
Twenty-first century's yesterday
You can care all you want
Everybody does yeah that's okay

21世紀の前夜のこの瞬間。
それがきみの手にしたすべてだ。
ほしいもののことが何でも気になるのは
悪いことじゃない。
みんなやってることさ。いぇい。
オッケーだよ。


So slide over here
And give me a moment
Your moves are so raw
I've got to let you know
I've got to let you know
You're one of my kind

だからずりずりっとこっちに来なよ。
きみの時間をちょっとおくれよ。
きみの動きはとても生々しい。
わかってもらわなくちゃいけない。
わかってもらわなくちゃいけない。
きみってかなりおれのタイプなのだよ。


I need you tonight
'Cause I'm not sleeping
There's something about you girl
That makes me sweat

今夜はきみにいてもらわなくちゃ困る。
だっておれは寝てないんだよ。
きみには何かがあって ガール
それがおれを汗まみれにさせる。


How do you feel
I'm lonely
What do you think
Can't think at all
Whatcha gonna do
Gonna live my life

どんな感じがする?
おれはとってもさびしい。
どんな風に思う?
おれは何んにも考えられない。
これからどうする?
おれの人生、一緒に生きる?


So slide over here
And give me a moment
Your moves are so raw
I've got to let you know
I've got to let you know
You're one of my kind

だからずりずりっとこっちに来なよ。
きみの時間をちょっとおくれよ。
きみの動きはとても生々しい。
わかってもらわなくちゃいけない。
わかってもらわなくちゃいけない。
きみってかなりおれのタイプなのだよ。


I need you tonight
'Cause I'm not sleeping
There's something about you girl
That makes me sweat

今夜はきみにいてもらわなくちゃ困る。
だっておれは寝てないんだよ。
きみには何かがあって ガール
それがおれを汗まみれにさせる。


So how do you feel
I'm lonely
What do you think
Can't think at all
Whatcha gonna do
Gonna live my life

どんな感じがする?
おれはとってもさびしい。
どんな風に思う?
おれは何んにも考えられない。
これからどうする?
おれの人生、一緒に生きる?

So how do you feel
I'm lonely
What do you think
Can't think at all
Whatcha gonna do
Gonna live my life

どんな感じがする?
おれはとってもさびしい。
どんな風に思う?
おれは何んにも考えられない。
これからどうする?
おれの人生、一緒に生きる?


So slide over here
And give me a moment
Your moves are so raw
I've got to let you know
I've got to let you know

だからずりずりっとこっちに来なよ。
きみの時間をちょっとおくれよ。
きみの動きはとても生々しい。
わかってもらわなくちゃいけない。
わかってもらわなくちゃいけない。
きみってかなりおれのタイプなのだよ。


So slide over here
And give me a moment
I've got to let you know
I've got to let you know

だからずりずりっとこっちに来なよ。
きみの時間をちょっとおくれよ。
きみの動きはとても生々しい。
わかってもらわなくちゃいけない。
わかってもらわなくちゃいけない。


You're one of my kind
きみってかなりおれのタイプなのだよ。



=後日付記=
歌詞の2行目の「Twenty-first century's yesterday」という部分、私は「21世紀の前日」という意味で訳しましたが、他の人が訳したものを見ると「21世紀はもう昨日だ」という意味で解釈している例も多いようです。文字を読む限りどちらで解釈しても間違いではないように思われるので、どちらが「正しい」かの判断は私には下せません。鮮やかに解説できる方がいらっしゃったら、教えてください。


坂本冬美 銃爪

「♪ Need you tonight, need you tonight, 今夜こそお前をオトしてみせる...」と翻訳しながら何となく口ずさんでいたのだけれど、ちゃんと聞いてみたらあれは「Tonight, tonight」と歌っていたのだった。さらに探してみるとなぜか世良公則でなく坂本冬美が歌っている動画を見つけてしまい、これはこれで、聞き入ってしまった。馴染みのなかった曲を取りあげてみると面白いことがいっぱい起こる。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1987.9.23.
Key: E♭