華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Sex Kills もしくは...何を?(1994. Joni Mitchell)



1994年5月20日に開かれた「AONIYOSHI」コンサートの初日は、とにかく何かと段取りが悪かったのを覚えている。開場時間になっても会場に入れずにブーイングが起こりかけ、開演時間になっても演奏が始まらずにブーイングが起こりかけ、始まったら始まったで般若心経だったりしたものだからブーイングが起こりかけ、そして風のように登場した玉置浩二さんが風のように退場した後には次の出演者がなかなか出てこないものだから、今度こそ本当にブーイングが起こりかけた。とりわけ一番ピリピリしていたのは、多分実数よりも多く見えていたと思うのだけど、観客の3〜40%ぐらいを占めていたような気がする黒づくめの格好をしたXファンのお姉さんたちで、

「ヨシキを出せえーっっっ!!」

というあの絶叫はいまだに耳にこびりついて離れない。西は平城宮跡から東は柳生の里あたりまで響いていたのではないかと思う。もちろん誇張が入ってますけど。

と、そこへ、布袋寅泰氏が例の黒帯と白帯のダンダラみたいなギターを下げて単身舞台に登場したものだから、起こりかけていたブーイングはたちまち歓声にかき消された。正確に言うなら布袋寅泰氏が出てきてもなお

「ヨシキを出せえーっっっ!!」

と言うてはる人は、言い続けてはったのである。しかしそれを打ち消して余りあるほどの人数の布袋ファンの人たちも、パッと見だけでは分からなかったけど、会場には大勢いたということなのだ。そして位置的に、全く偶然の成り行きではあるのだけれど、Xファンのお姉さんたちに囲まれるような場所に立っていた、中学を出たばかりの私と友人は、何と言ったものかもう、ひたすら萎縮していた。

そして布袋寅泰氏は「待たせたな」とか言って歌い出すのかと思いきや

「今、裏でジョニ·ミッチェルがスタンバイしてますので、もう少しだけお待ちください」

とだけ紳士的に告げて、紳士的に引っ込んでしまった。再びワーッという歓声が上がり、えらいもので、そこからはもうブーイングは起こらず、会場全体が固唾を飲んでジョニ·ミッチェルという人の登場を待ち受ける、そんな雰囲気に変わった。固唾を飲む義理などないはずのXファンのお姉さんたちにまで固唾を飲ませてしまう布袋寅泰という人の影響力を私は素直に大したものだと思ったし、それ以上にその布袋寅泰氏自身が固唾を飲んでいるように見受けられるジョニ·ミッチェルさんというのは、一体どういう人なのだろうと思った。

...なお、ここまでの文章の中で私は無意識に玉置浩二のことを「さん」づけで呼び布袋寅泰には「氏」をつけていることに自分でも気づいてしまったのだが、別に布袋氏に悪意を持っているとかキライだとかそういうことでは全然ない。単純に「心の距離感」みたいなものだと思って頂ければ幸いである。

...とはいえこの「心の距離感」というのは、まともに考えてみようとすると決して「単純な話」ではない。心の中で一度も「さん」づけで呼んだことのない人物のことを、ブログの中でだけ取ってつけたように「さん」づけで呼ぶようなことをしたら、文章の全体がウソになってしまい、自分の書いたものでも何でもなくなってしまう。だから私としては「自分の心」に従うしかないわけで、その限りにおいては「単純な話」なのだけど、こんなことでいちいち「悩む」のは世界中見渡しても日本語話者と朝鮮語話者ぐらいなものなのである。外の世界の人にその「基準」を説明しろと言われたら、どう言えばいいのだろうか。それ以前にそれは、説明するだけの「意味」のあることなのだろうか。

こういう「使い分け」は相手が日本人の場合に限られたことなのだろうかとも思ったが、気がつけばINXSのボーカルの人は「マイケル·ハッチェンス氏」と呼んでいるし、物故されたチーフタンズのハープ弾きの人は「デレク·ベルさん」と呼んでいる。そして今回の登場人物はといえば「ジョニ·ミッチェルさん」である。ディランは...ディランだよな。「ボブさん」とか「ディランさん」とか言いたい気持ちになったことは一度もない。同様にボン·ジョヴィのことを「ボンジョビさん」と言うのも何かヘンな感じがするけれど、この場合は何と言うか学校の怪談に出てくる幽霊みたいな感じがしておかしいというそういう理由で違和感が生じてくるわけであり、ディランを「ディランさん」と呼ぶ気になれないのとはまた事情が違う。従ってここで「同様に」という言葉を使うのも厳密に言えばおかしなことになる。

何の話なのだ。

とにかくそんな風に引っ張るだけ引っ張りまくった上で、ついにそのジョニ·ミッチェルさんが我々の前に姿を現したのである。その第一印象は、言っちゃあ何だが、ハッキリ言って失礼極まる話なのだが、それでも15の心が感じたままに書かなければ意味がないので逡巡しつつも書くのだが、「犬的なおばさん」という感じだった。



割と若い女性のファンが多かったようで、「ジョニーー!」「ジョニーー!」という黄色い声が飛んでいたことを覚えている。覚えているのはその声を聞いて「♪おいでカモンカモンカモン...」というフレーズが頭の中を回り出したことが、鮮明に印象に残っているからである。回り出したことの上で、目の前に立っているのは飽くまでも犬的なおばさんだった。何だかものすごくシュールな空気に、あの時の私は包まれていた。


ジェームス・ディーンのように

犬的なおばさんは挨拶ひとつもなしに、すごく特徴的な音のするギターをガランガランとかき鳴らしていきなり歌い出したのだったが、2行ほど歌ったところで「何か違う」という感じになったのだろうか。すぐに歌うのをやめた。このことも、すごく覚えている。そして「悪いわね」だか「今のナシね」だか分からないけれど、それ的な英語を二三言しゃべって、またおもむろに歌い出した。

「あったかい」感じに包まれた玉置浩二さんの時とは打って変わって、張り詰めたように冷たい空気が会場に立ち込めるのを感じた。ジョニ·ミッチェルさんの脇では布袋寅泰氏がかしづくように長身を折り曲げて、黒白のギターを「がうーん」と鳴らしていた。そのとき歌われていた歌の言葉は、もとより当時の私たちに分かるよしもなかったのだけれど、こんな内容だった。


Sex Kills 'GME94

Sex Kills

英語原詞はこちら


I pulled up behind a Cadillac
We were waiting for the light
And I took a look at his license plate
It said, "Just Ice"
Is justice just ice?
Governed by greed and lust?
Just the strong doing what they can
And the weak suffering what they must?
Oh, and the gas leaks
And the oil spills
And sex sells everything
Sex kills

キャデラックの後ろで車を止め
信号待ちをしていた。
そのキャデラックのナンバープレートに
ふと目が止まった。
「JUST ICE」と
そこには書かれてあった。
JUSTICE(正義)というものは
JUST ICE (ただの氷)なんだろうか。
貪欲や情欲によって左右されるのが
正義というものなんだろうか。
正義とは自分にできることを
やりたいような形でやっている
強いものたちのことや
自分のやらなくてはならないことで
苦しんでいる弱いものたちのことを
言う言葉なのだろうか。
ああそしてガソリンが漏れだし
そしてオイルがこぼれだし
そしてセックスが
全てを売り物に変えてしまう。
セックスが人の命を奪う。


Doctors' pills give you brand new ills
And the bills bury you like an avalanche
And lawyers haven't been this popular
Since Robespierre slaughtered half of France!
And Indian chiefs with their old beliefs know
The balance is undone, crazy ions
You can feel it out in traffic
Everyone hates everyone
And the gas leaks
And the oil spills
And sex sells everything
Sex kills

医者の出すピル(薬)
新たな病を生み出し
そしてビル(請求書)の山は
雪崩のようにあなたを埋めてしまう。
弁護士というものが
こんなに人気者になった時代はなかった。
ロベスピエールがフランスの人口の
半分を殺してしまった時以来!
そして昔からの教えを信じるIndianの
首長たちは知っている。
バランスが崩されているのだ。
空気の中のイオンさえ
crazyになっている。
街の交通の中にいるだけで
それを感じることができる。
自分以外のすべての人間のことを
誰もが憎んでいる。
そしてガソリンが漏れだし
そしてオイルがこぼれだし
そしてセックスが
全てを売り物に変えてしまう。
セックスが人の命を奪う。


All these jack-offs at the office
The rapist in the pool
Oh, and the tragedies in the nurseries
Little kids packin' guns to school
The ulcerated ozone
These tumors of the skin
This hostile sun beating down on
Massive mess we're in
And the gas leaks
And the oil spills
And sex sells everything
And sex kills
Sex kills
Sex kills
Oh, sex kills
Sex kills

オナニストたちは職場に。
プールにはレイピスト。
ああそして保育園ではいくつもの惨事。
小さな子どもたちが
カバンに銃を詰めて学校に向かう。
膿みただれたオゾン層。
皮膚に浮かぶ腫瘍。
私たちがその中にいる
巨大なぐちゃぐちゃの上に
敵意を持った太陽が照りつける。
そしてガソリンが漏れだし
そしてオイルがこぼれだし
そしてセックスが
全てを売り物に変えてしまう。
そしてセックスが人の命を奪う。
セックスが殺す。
セックスは命を奪う。
ああセックスが殺す。
セックスが人の命を奪う。


Sex Kills

=翻訳をめぐって=

ジョニ·ミッチェルという人のことを、私はこの1994年当時、名前さえ知らなかった。ザ·バンドの解散コンサートの「ラスト·ワルツ」にも出演していた人だったことを知り、その名が身近に感じられるようになったのは、数年たった後のことである。しかしラストワルツのLPに収録されていた曲の中でも、この人の歌っていた「コヨーテ」という歌の歌詞はとりわけ難解で、結局20数年たってこんなブログを始めてみるに至るまで、どういう内容のことが歌われていたのか私には皆目わからなかった。

しかし「コヨーテ」の歌詞を四苦八苦しながら解読する中で、ジョニ·ミッチェルというのはこんなにもハラハラするような言葉で歌を書く人だったのかということを私は初めて知って驚愕したし、この人の歌というのはディランの歌と同様、歌詞の意味が分からなければ半分も聞いたことにならないんだろうなとも感じた。

94年当時は発表されたばかりの新曲だったこの歌の言葉も、今になって文字になったものを読んでみると、「冴えている」と思う。ただ、検索で訪れて下さった方には興ざめと思われるかもしれないが、好きか嫌いかということを問われたら、私自身はあんまり好きではない。この歌に関してはの話である。それでも私とジョニ·ミッチェルがこの曲を通して出会ったという歴史は、私が生きている限り変わることはないわけで、そのとき歌われていたのがどういう言葉だったかをずっと知りたかったという点においてのみ、この歌の翻訳は私にとって「意味」を持っている。

そして訳してみて初めて分かったことが「あんまり好きではない」ということだったわけだ。こういうこともあるだろう。どう「好きでない」のかということについては、これ以上踏み込まないことにしておく。

人のことを好きになる手伝いはいくらしたっていいけど、人のことをキライになる手伝いは絶対にしちゃいけないんだよ!

という、ブルーハーツの甲本さんが舞台で叫んでいたという言葉を、私は今でも「いい言葉」だと思っている。正確には、昔私が好きだった、甲本さんのことを好きだった人が、甲本さんの言葉として私に教えてくれたその言葉のことを「いい言葉だ」と思っている。

つまり私はその人のことを今でも「いい人」だと思っている。誰も聞いちゃいねえや。

I pulled up behind a Cadillac
We were waiting for the light
And I took a look at his license plate
It said, "Just Ice"

いつも参考にしている「Songfacts」という海外サイトによるならば、この曲は1992年のロサンゼルス·ライオットの最中、クルマで街を走っていたジョニ·ミッチェルが、前のクルマのナンバープレートに書かれていた言葉からインスピレーションを受けて作ったものなのだという。(「1992 Los Angeles riots」は「ロス暴動」という日本語名で紹介されることも多いのですが、「暴動」という言葉は「取り締まる側の視点」に立った言葉だと思うので、私は使う気になれません)。その言葉というのが「JUST ICE」だったわけで、この文字列からジョニ·ミッチェルは「非常に挑発的なメッセージ」を感じたらしい。ちなみに最近では日本でもナンバープレートに自分の好きな数字を登録できるけど、アメリカでは州によっては文字まで自分好みで登録できるのだそうですね。「ナンバープレート」と言わずに「ライセンスプレート」と言うのには、そういう理由もあるのかもしれない。

2行目の主語は「We」になっているが、これは一緒に信号待ちをしていたキャデラックの運転手とジョニさんの2人のことが「We」という言葉で言い表されているだけであり、多分ジョニさんは1人でクルマを運転していたのではないか。という感じが私はする。

And Indian chiefs with their old beliefs know

「Indian」という言葉はアメリカ先住民に対する蔑称です。ここでは原文をそのまま転載しました。

The balance is undone, crazy ions

「crazy」という言葉は「精神病者」に対する差別語です。ここでは原文をそのまま転載しました。

All these jack-offs at the office

「jack-off」は辞書通りの訳語を転載するなら「自慰行為をする男性」という意味の言葉なのだそうで、こういう罵り言葉が女性の歌う歌詞の中にフツーに出てくることは素直にスゴいと思う。なお、「オナニスト」という言葉は実は私は伊藤比呂美さんという詩人の人が書く文章の中でしか見たことがないのだけど、こちらの方がまだ分かりやすいと思ったので、試訳に使わせて頂いた次第です。

And the gas leaks
And the oil spills

この歌が作られたのは、いわゆる「冷戦」が終結した後の世界において最初に起こった戦争である1991年の湾岸戦争の直後のことであり、当時何度もテレビに映し出されていた「重油まみれの水鳥」のイメージが、この歌詞には重ねられているように思う。「イラクはこんなに非道なことをしている」という報道のネタにされていたのだが、後から明らかになったところではこの石油の流出は米軍の爆撃によって引き起こされたものだったらしい。有名な話だけど、昨今のマスコミのあり方を見る限り、全く教訓化されているようには思えない。

And sex sells everything
And sex kills

そしてこの歌のタイトルにもなっているサビのフレーズなのだけど、具体的にどういうことを言っているのかは私にも全然わからない。とりわけ後半は「セックスは殺す」あるいは「セックスが殺す」という言葉が繰り返されているだけであり、「何を」という目的語が出てこない。まあ、人間以外の動植物を殺すと言っているようにも思えないので「人間を」という訳語を補ったが、それにしてもここでの「セックス」という言葉の登場の仕方は、やや唐突である。このことは、海外サイトでも指摘されていた。だから結論としては「雰囲気で聞いておくしかない」のだと思う。



kentikugyoukai.hatenablog.com
上のブログで紹介されていた英会話教材のポッドキャストが面白いというので、聞いてみたら、英語話者の耳には「積水ハウス」という言葉が「Sexy House」と聞こえるという話から「どんな家だろう」と妄想を膨らませてゆく面白すぎるエピソードがあって、久しぶりに声を出して笑ってしまった。(ちなみに「シティホーム」は「Shitty Home=うんこみたいな家」と聞こえるそうです)。それにつけても、聞いてみて改めて思ったのだが、英語話者の人たちにとっての「Sex」は、日本語話者が思うほど「ハードルの高い言葉」ではない感じがする。もともと「性」という意味しかない言葉だし、日本語話者が使うのよりはずっとカジュアルな感じで口に出すことが許容されている単語だという印象を受けた。そもそも人間が人間として生きて行くのに欠かせない行為のことを、ほとんど外来語に依拠することでしか表現できないということ自体、日本語はどこかおかしいのだと思うし、一方ではいかにも日本語らしいとも思うのだが、いずれにしてもこの歌のタイトルや歌詞から英語話者が受け取る印象は、日本語話者が想像するほど「どぎつい」ものではないのかもしれない。っていいのだろうかこんな無理やりなまとめ方で。というわけでまたいずれ。

55english.jp

=楽曲データ=
Released: 1994.10.25.
Key: B♭

Turbulent Indigo

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