華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Hejira もしくは聖遷 (1967. Joni Mitchell)



ジョニ·ミッチェルという人の第一印象のひとつが「独特なギターの音」だったことは前々回に触れた通りなのだけど、その秘密は「チューニング」にあったのだということを、後から知った。

普通のギターのチューニング(音合わせ)は、低い音の弦から順番にEADGBE(ミラレソシミ)という音に合わせるのだが、例えば1,5,6弦のネジをわざとゆるめてDGDGBD(レソレソシレ)という音に合わせると、左手を遊ばせたまま右手だけで弦をかき鳴らしても、「G」というコードを弾けることになる。...ギターを弾いたことがない人にもイメージが描けるかどうか心もとないのだけど、この音合わせの仕方は「オープンGチューニング」と呼ばれている。

そういうチューニングの仕方があることを本で知り、自分の持っていたギターでも試してみたところ、単にコードを弾くのが「楽」になることにとどまらず、「音」自体が変わる。普通のチューニングで弾いている時と比べると、まるで別の楽器を弾いているような、とても面白い音になる。

ただし、音の配置を変えてしまうということは、「弦を押さえるべき場所」を全部変えてしまうことを意味する。従って、それまでに苦労して身につけたギターの弾き方は何の役にも立たなくなってしまい、その調弦に合わせた「新しい弾き方」を自ら編み出す以外になくなってしまう。ドの鍵の隣にはレの鍵があるのが当たり前なピアノという楽器において、ある日突然その配置がバラバラになったとしたらどんな大混乱が生じるかを、想像してみてほしい。簡単な曲なら弾けるけど、それまで慣れ親しんだ弾き方と比べるならどうしても「不自由」に思えて、大抵の人は「普通のチューニング」に戻ってゆくことになる。はずである。いちギタリストにとって「オープンチューニング」の魅惑的な響きは、自分が築きあげてきた演奏技術の全てを捨て去ることと引き換えにしか手に入らない高嶺の花であるというのが、私の長年の印象だった。

ところがこのジョニ·ミッチェルという人は、歌う曲に合わせて、自ら編み出した50以上もの「変則チューニング」を使い分けているらしい。これはもう、歌をひとつ作るたびに新しい楽器をイチから開発してそれを使いこなすということと同じレベルのスゴさである。従って、この人のギターを完璧にコピーすることのできる人はほぼどこにもいないと言っていい。ローリングストーン誌が選んだ「史上最も偉大なギタリスト」の一人に数えられていることも、当然だと思う。

そういうことを予備知識として知っていた人たちは、1994年5月のあの日、大仏の前で布袋寅泰氏にかしづかれて1曲目を歌い終えたジョニ·ミッチェルさんが無造作にギターを取り替える姿を見ただけで、「次はどんな音が飛び出すのだろう」と、あるいは胸を高鳴らせていたのかもしれない。しかし中学を出たばかりで音楽の歴史も何も知ったことではなかった当時の私と友人にとって、その音は確かに「不思議で心地よい音」ではあったものの、どちらかと言えば「眠気を誘うタイプの心地良さ」で、けっこう、立っているのがしんどかったことしか覚えていない。不甲斐ないことである。

ラスト·ワルツ」と同じ年に発表されたこの「Hejira」という曲は、ジョニ·ミッチェルさんが当時つきあっていた伝説のベーシスト、ジャコ·パストリアスとの共同作業によって作りあげられた曲であり、この人のキャリアの中でも重要な位置を持つ作品だったらしいのだが、もとより当時の私たちはそんなことは知らない。そしてあの年に東大寺で開催されたこのコンサートにおいては、そのジャコ·パストリアスが加入していたウェザー·リポートというバンドの創設者であるウェイン·ショーターがジョニさんと共演するという、どの角度から見ても奇跡のような光景が我々の前で繰り広げられていたにも関わらず、そのウェイン·ショーターの名前すら知らなかった私には書けるような思い出が何も残されていないわけで、何も書くことがないからこんな風に1つの文の中で「この」と「その」と「あの」と「どの」を全部使ってやったぜという無意味なことに達成感を見出すぐらいしか、することがない。つくづく、情けない話だと思う。


Hejira

Hejira

英語原詞はこちら


I'm traveling in some vehicle
I'm sitting in some cafe
A defector from the petty wars
That shell shock love away
There's comfort in melancholy
When there's no need to explain
It's just as natural as the weather
In this moody sky today
In our possessive coupling
So much could not be expressed
So now I'm returning to myself
These things that you and I suppressed
I see something of myself in everyone
Just at this moment of the world
As snow gathers like bolts of lace
Waltzing on a ballroom girl

私は旅の途中。
クルマを乗り換えて。
カフェの椅子も乗り換えて。
せせこましい戦争からの逃亡者。
シェル·ショックってあるでしょ。
戦争神経症。
そんな愛から逃れて。
メランコリーの中には
安らぎがある。
何も説明しなくていいような
そんな時には。
今日みたいに陰気な空の下では
天気と同じくらいに自然なことだ。
お互いを独り占めしたがる
私たちの結びつきの中では
言葉にできないことが
あまりに多すぎた。
だから私は
自分自身の中に戻ろうとしている。
あなたと私をおさえつけていた
いろんなもの。
この瞬間にも
世界中のすべての人が
自分と同じ何かを抱えていることが
私にはわかる。
ダンスホールの女の子の体の上で
ワルツを踊るレースのひらめきみたいに
雪が降り積もってゆく
こんな時には。


You know it never has been easy
Whether you do or you do not resign
Whether you travel the breadth of extremities
Or stick to some straighter line
Now here's a man and a woman sitting on a rock
They're either going to thaw out or freeze
Listen
Strains of Benny Goodman
Coming through the snow and the pinewood trees
I'm porous with travel fever
But you know I'm so glad to be on my own
Still somehow the slightest touch of a stranger
Can set up trembling in my bones
I know no one's going to show me everything
We all come and go unknown
Each so deep and superficial
Between the forceps and the stone

あなたにもわかると思うけど
やめるにしてもやめないにしても
極端な振れ幅の中に旅立つにしても
適当な一本道にしがみつくにしても
それが簡単だったためしはない。
視線を移すとここには
岩の上に座っている
一人の男と一人の女がいて
二人は解凍されてゆくのかもしくは
凍りついてしまうのかの
どちらかの状態にある。
聞きなさい。
マツの林と雪の中を抜けて届いてくる
ベニー·グッドマンの旋律を。
私は旅行熱にとりつかれて
身体が多孔性になっている。
でもねえ私は
自分自身でいられることを
とてもうれしいと感じてるんだよ。
見知らぬ人から
ちょっと身体に触れられただけで
骨の内側から
恐怖で震えあがってしまうような
そんな感覚は
今でも変わらないんだけど。
私にすべてを見せてくれる人は
どこにもいない。
それはわかってる。
私たちはみんな見知らぬ人のままで
現れては消えてゆく。
あまりに深くあまりに皮相的に。
ピンセットと石の間に挟まれて。


Well I looked at the granite markers
Those tribute to finality to eternity
And then I looked at myself here
Chicken scratching for my immortality
In the church they light the candles
And the wax rolls down like tears
There's the hope and the hopelessness
I've witnessed thirty years
We're only particles of change I know I know
Orbiting around the sun
But how can I have that point of view
When I'm always bound and tied to someone
White flags of winter chimneys
Waving truce against the moon
In the mirrors of a modern bank
From the window of a hotel room

そう私は
御影石の墓標を見つめていた。
並んでいたのは
終局と永遠に手向けられたトリビュート。
そして私はこの場所で
自分自身を見つめてみた。
私という存在の不滅性をつづる
ニワトリが引っかいたような文字。
教会で人々はロウソクに灯をともし
ロウの雫は涙のようにこぼれ落ちる。
希望があり
希望のなさがあり
それを私は30年も見てきた。
私たちは巨大な変化の一部を構成するところの微小な粒子にすぎないんだわかってるそんなことはわかってる。
太陽の周回軌道を公転している。
でもいつだって誰かに
縛られたり拘束されたりしている中で
どうやったらそんな風に世界を
見ることができるっていうんだろう。
冬の煙突の上にはためく白い旗
それがいくつも
休戦を伝えている。
月に向かって。
近代的な銀行の鏡の中で。
ホテルの部屋の窓から。


I'm traveling in some vehicle
I'm sitting in some cafe
A defector from the petty wars
Until love sucks me back that way

私は旅の途中。
クルマを乗り換えて。
カフェの椅子も乗り換えて。
せせこましい戦争からの逃亡者。
愛が私を引っ張り戻すその時まで。

=翻訳をめぐって=

この歌には「逃避行」という邦題がつけられているのだが、「Hejira (Hijra)」とはアラビア語で「移住」を意味する言葉であり、特に「ある人間関係を断ち切り、新しい人間関係を構築する」というニュアンスを持つ。とWikipediaにはある。イスラム教世界では特別に、ムハンマドとその信徒たちが生まれ故郷のメッカにおける迫害から逃れ、ヤスリブ(現在のメディナ)に移住した622年の出来事がこの「ヒジュラ」という言葉で呼び習わされており、世界史の教科書ではこれが「聖遷」という日本語に翻訳されていた。イスラム教社会ではこの「聖遷」の年を紀元1年として数える「ヒジュラ暦」が、現在でも使われているとのことである。

となると、その「ヒジュラ」を曲名に用いている以上(曲名の発音は「へジラ」なのだけど)、ジョニさんの「旅」は「逃避行」ではあるものの単なる「逃亡」ではなく、むしろ新たな場所で再起を図るための「転戦」であるといったようなニュアンスが生じてくるようにも思える。もっともこうした言葉の操作は往々にしてペテン性を帯びてくるものであり、どのような言葉で言いくるめても現在のジョニさんが「逃げている」ということの本質に変わりはないわけなのだから、結局「それ」をどう捉えるかは聞き手の判断に委ねられているのだと思う。

第二次大戦中の日本軍はガダルカナル島での敗走あたりから、戦争が負けに向かっている事実を隠蔽するために「退却」ではなく「転進」という用語を使い始め、報道でそんな言葉ばかり聞かされていたものだから、当時の天皇の臣民の多くは敗戦の瞬間まで日本軍は「勝っている」と思い込んでいた、という話を聞いたことがある。しかしそんな報道は信じる方も信じる方だとしか私には思えないわけで、ちょっと考えれば分かる話なのではないだろうか。もちろんいろんな人がいただろうけど、「ダマされた」と主張する人たちの全部が「ダマされる」という言葉を使う資格に値するほどイノセントな存在だったとは、私には到底思えない。多くの人の中には「自分の耳に心地よい情報だけを信じていたい」という「願望」があったはずなのであって、そこを詐欺師に付け込まれてしまったのだから、その「願望」の中味を反省することができなければ、何度でも詐欺師にダマされることになるだろう。根本的な問題は、そういう人たちが「アジアの支配者になりたい」という邪悪な願望を喜び勇んで天皇と共有していた点にある。と私は思っているし日本人以外の人間は誰でもそう思っている。それにも関わらず「自分はアジアの支配者になりたいと思っていた」という事実自体を当時の天皇も今の天皇も一度として認めたことはないし、当時の臣民も今の臣民も認めようとしないどころか、そう指摘されるとムキになって怒る。ということは「全然反省していない」ということなのであり、今でもやっぱり「アジアの支配者」や「世界の支配者」になりたいという願望を温存したまま、それを「別の言葉」で言いくるめて実現しようとする行動を、あの人たちはとり続けるのだろう。うまく行くと思ったら大間違いだし、させるわけには行かないのだけれどもね。

何の話なのだ。

とにかくそういうわけで、この歌は「逃亡の歌」である。そして時代のせいもあるのだろうけれど、「逃げるという行為」そのものの中に「酔い」を求めるようなこの歌の世界には、今の私はあんまり酔えないな。

I'm traveling in some vehicle
I'm sitting in some cafe

「some vehicle (何台かのクルマ)」と「some cafe (いくつかのカフェ)」を「乗り換えて」いるという内容なのだから、上のような訳詞になると思う。

That shell shock love away

直訳は「シェルショック的な愛から遠く離れて」という感じになる。試訳は意訳になってます。

There's comfort in melancholy
When there's no need to explain
It's just as natural as the weather
In this moody sky today

...原文も試訳も文章のつながりがすごく分かりにくい形になっているのだけれど、「メランコリーの中には安らぎがある」という「命題」がまず中心に位置していると思う。「何も説明する必要がないような時」にはなおさら「安らぎがある」わけであり、とりわけ「今日みたいに陰気な空の下」では「メランコリーの中には安らぎがある」ということは「天気と同じくらいに自然なことだ」という構成になっているというのが私の解釈である。ただし、確証はない。なお、「天気」は確かに「自然なもの」なのだけど、この歌においてはその「天気」自体が「陰気」なのだと表現されている。ということは...「自然」って一体何なのだ。ということをジョニさんは聞き手に思わせたくて、わざとこういうややこしい言葉遣いをしているのかもしれない。

この瞬間にも
世界中のすべての人が
自分と同じ何かを抱えていることが
私にはわかる。
ダンスホールの女の子の体の上で
ワルツを踊るレースのひらめきみたいに
雪が降り積もってゆく
こんな時には。

...ここも、決してうまい訳詞になっているとは思わないけれど、修飾語を全部取り払えば「私には分かる。こんな時には」という単なる倒置法の文章になっているのだと私は思う。

Listen
Strains of Benny Goodman

動画の中でジョニさんはこの部分の歌詞を「ウェイン·ショーターの旋律を聞きなさい」に変えて歌い、ちょっとキュートな顔をする。すると本当にウェイン·ショーターのソプラノサックスが聞こえてくる。実際に見ていた時には何も分からなかったけど、心憎いことがやられていたものだと思う。

I'm porous with travel fever

「porous (多孔質の)」などという難しい単語を私は初めて見たのだけど、海外サイトによるとこの部分の歌詞はフランスの作家のアルベール·カミュからの引用なのだという。ムキになって調べてみると日本学生支援機構が出している「留学交流」というWebマガジンにその日本語訳の一節が載っていて、こんな内容だった。

留学とは、長い旅でもある。作家アルベート·カミュ(原文ママ)は「旅の価値をなすもの、それは恐怖だ。その証拠に、自国や自国の言葉からあまりにも遠くにいると、ふとした瞬間に、ぼくらは漠とした恐怖にとらわれ、本能的に元の習慣の中に避難したくなる(中略)。それはまごうかたなき旅の収穫だ。そんなときには、ぼくらは熱っぽく、だが多孔質になる。どんな小さな衝撃にも体の奥底まで揺すられてしまう。滝のような光に遭遇すると、そこに永遠が出現する」と記している。「多孔質」という言葉について補足すると、原文でカミュが用いているのはporeuxである。多くの穴が開いていて、だからこそ中まで沁みわたる状態だ。留学中、学生たちもまた「多孔質」となるだろう。

...しかし日本学生支援機構などというのは、利用者の体験談を聞く限り完全に「高利貸集団」だもんな。そんなのにこんなご高説を述べられても、全然ありがたい感じがしてこない。
www.google.co.jp

Between the forceps and the stone

正直、この部分が歌詞の中で一番意味不明だった。「ピンセットと石の間に挟まれて」としか訳しようがないのだけれど、比喩であるにしてもどういうことが表現されていると解釈すればいいのだろう。さらに「forceps (ピンセット)」とはそれ自体が「挟むもの」なのだから、「挟まれる」にしても下図のような二通りの「挟まれ方」があることになる。どっちにしろ意味は分からないわけだけど、せめて「絵」だけでも正確に知りたいと思う。

White flags of winter chimneys
Waving truce against the moon
In the mirrors of a modern bank
From the window of a hotel room

この部分の歌詞もどういう「絵」になっているのかが分かりにくい。「冬の煙突に白い旗がたなびいている」というのは多分「見たまま」の光景である。それをジョニさんは「月に向かって白旗が掲げられている」光景として見た。(ということは、夜なのだろうか?)おそらくは「Moonlight Driveへの降参」みたいなメッセージをその光景に読み取ったのだと思う。

「銀行の鏡の中で」というのはその鏡にその煙突が映っていたということなのだから、まあ分かる。しかし「ホテルの窓から (from)」というのは分かりにくい。ホテルの窓から普通、煙突は突き出していない。その窓ガラスにも煙突が映っていたという解釈でいいのだろうか。分からない。


麻生よう子 逃避行

日本語曲で「逃避行」といえばこの歌なのだけど、こんなに歌詞が説明的な曲というのも他に知らない。「おそらく」などという言葉が使われている歌謡曲はおそらくこの歌だけだと思う。「それがなきゃいい人なのに」の「それ」を説明するために多分そんなに多くの言葉が必要になってしまうと思うのだけど、その割に説明不足なところもこの歌にはあって、最後に麻生さんが「私ひとり汽車に乗る」というのが「男との約束の場所に先に行く」ということなのか「男を見限って姿を消す」ということなのかが私にはいまだに分からない。でも、いい歌だ。何なのだ。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1976.11.
Key: B

Hejira

Hejira