華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

War もしくは反戦歌は戦いを呼びかける (1976. Bob Marley)


War/ No More Trouble

War

英語原詞はこちら


Until the philosophy which hold one race superior
And another
Inferior
Is finally
And permanently
Discredited
And abandoned -
Everywhere is war -
Me say war.

ある人種は優れており
ある人種は劣っているという思想が
最終的に
そして永久に
正しいものではないと認められるまで
そして放棄されるまで
至るところは戦争だ。
私は戦争を叫ぶ。


That until there no longer
First class and second class citizens of any nation
Until the colour of a man's skin
Is of no more significance than the colour of his eyes -
Me say war.

あらゆる国で
一級市民や二級市民といった
差別がなくなるまで
人間の肌の色が
その目の色と同じような重要性しか
持たないようになるまで
私は戦争を叫ぶ


That until the basic human rights
Are equally guaranteed to all,
Without regard to race -
Dis a war.

基本的人権というものが
人種の区別なく
すべての人に平等に
認められるようになるまで
これは戦争なんだ。


That until that day
The dream of lasting peace,
World citizenship
Rule of international morality
Will remain in but a fleeting illusion to be pursued,
But never attained -
Now everywhere is war - war.

終わらない平和や
世界的な公民権や
国境をこえた倫理にもとづく統治が
追い求められるべきつかの間の幻想や
実現しないこととしてではなく
とどまり続ける日が来るまで
至る所は戦争だ。
戦争だ。


And until the ignoble and unhappy regimes
that hold our brothers in Angola,
In Mozambique,
South Africa
Sub-human bondage
Have been toppled,
Utterly destroyed -
Well, everywhere is war -
Me say war.

アンゴラやモザンビークや
南アフリカで
我々の同胞を縛りつけている
恥ずべき不幸な体制が
非人間的な抑圧が
ひっくり返されて
完全に破壊されるまで
そう
至る所は戦争だ。
私は戦争を叫ぶ。


War in the east,
War in the west,
War up north,
War down south -
War - war -
Rumours of war.
And until that day,
The African continent
Will not know peace,
We Africans will fight - we find it necessary -
And we know we shall win
As we are confident
In the victory
Of good over evil -

東で戦争
西で戦争
北の戦争
南の戦争
戦争 戦争
戦争の噂
そしてその日までアフリカ大陸が
平和を知ることはないだろう。
我々アフリカ人は戦う。
それは必要なことなんだ。
そして我々は必ず勝利する。
善が邪悪に打ち勝つことを
我々は確信している。


Good over evil, yeah!
Good over evil -
Good over evil, yeah!
Good over evil -
Good over evil, yeah!

善は邪悪に打ち勝つ。
そうだ。
善は邪悪に打ち勝つ。

=翻訳をめぐって=

今回私がこの曲のことを取りあげたのは、個人的には前回の記事からの流れを受け、1992年10月のボブ·ディラン30周年コンサートにおいてシネイド·オコナーという人がブーイングを浴びながらこの歌を歌ったことにはどういう背景があったのかということを、より詳しく知りたいという気持ちに駆られたからに他ならない。だが曲名の検索からこのページを訪れて下さった方のことを考えるなら、まずはボブ·マーリーが1976年に発表したその原曲の内容を確認しておくことが、順序としてはふさわしいと思う。

歌のメッセージは、説明の必要がないくらいに明快である。もとより細かいことを言い出せば、いくつかはある。例えば「Me say war (私は戦争を叫ぶ)」というジャマイカ英語の歌詞が、他サイトによるならば、古い歌詞カードでは「Mr. war (戦争さん)」と表記されていたというデタラメな例があるらしい。また「Dis a war」の「dis」については、上の試訳では「this is」と同義のジャマイカ英語として解釈しているが、「disる」のdisと同じ否定の接頭辞であると解釈している他サイトもあって、そこでは「戦争は憎むべきものだ」といった内容の翻訳になっている。どちらが正しいかは、私には判断できる材料がない。その他、この歌が発表された当時の「アンゴラやモザンビークや南アフリカ」の政治状況について、踏み込んで調べることができるだけの余力は私にはない。けれどもそうした全てを「細かいこと」として切り捨てても大した影響は出ないくらいに、この歌のメッセージは普遍的であり、時代や国境を越えてストレートに人の胸に届く力強さを持っている。

強調されるべきは、この歌は単に「〜しない限り至る所は戦争だ」ということを客観的に歌っているだけの歌ではないという点だろう。ボブ·マーリーはその現実と「戦う」こと、歌詞通りの挑発的な言葉を使うなら「戦争を起こすこと」を呼びかけている。その点において私はこの歌を、言葉の正しい意味における「反戦歌」だと思う。世の中、「厭戦」を歌った歌ならいくらでもあるが、「厭戦」と「反戦」は違うのだ。どっちの方が正しいとか間違ってるとかいう風に決めつけることができるような問題ではないと思うけど、現実問題として「厭戦」は「無力」なのである。本当に戦争を止めたり現実を変えたりしたいと思うなら、どんなにささやかな個人の立場からであっても、「具体的な行動」が必ず必要になる。そこにおいて「fight (戦い)」や「war (戦争)」といった言葉を正面から使うことをためらわないボブ·マーリーの姿勢を、私は行動者として立派なものだと感じる。

ただし、引っかかるのは、資料によるならこの歌の歌詞のほとんどの部分は、1963年の10月4日に、当時エチオピアの皇帝だったハイレ·セラシエ一世が、国連総会でおこなった演説からの引用で構成されているという事実である。(演説の原文はこちら)。約10年後の1974年にはエチオピアの民衆の怒りの的となり、帝位を追われて殺されることになるこの人物の即位前の称号は「ラス·タファリ」と言って、ジャマイカでは1930年代から彼の名前を冠した「ラスタファリ運動」と呼ばれる宗教的思想運動が存在してきた。ボブ·マーリーもその実践者だったこの運動にあって、この人物は当初から旧約聖書に出てくる「神(JAH=ジャー)」の化身と見なされており、また現在でも崇拝の対象になっているのだという。アフリカにルーツを持つ人が人口の大半を占めるジャマイカという島国にあって、大西洋とサハラ砂漠を横切った向こう側のエチオピアという国の皇帝がどういった経緯からそういう「思い入れ」を寄せられる対象となるに至ったのかということについては、一知半解の部外者が軽々しく評価したり評論したりしていいような話ではないと思う。ただ私自身は、現実に存在する人間を「神」として崇拝するようなことが「正しい」ことだとは絶対に思えないので、その点においてこの歌と立場を異にしていることは、書いておく他にない。

とはいえそのハイレ·セラシエの演説の原文は、「that until〜that until〜until that day, the African continent will not know peace.(〜する時が来るまで、〜する時が来るまで、アフリカ大陸が平和を知ることはないだろう)」という内容で完結しているので、それ自体としては客観的なことしか言っていない。その言葉の端々に「戦争だ」とか「戦おう」といったメッセージが挟まれているのは、ボブ·マーリーが自ら付け加えた歌詞である。とりわけ演説の原文が「We Africans will fight, if necessary (もし必要とあれば、我々アフリカ人は戦うだろう)」という「仮定の話」になっている部分を、ボブ·マーリーは「we find it necessary (それは必要なことなんだ)」という「今の話」に置き換えて歌っている。だから我々はこの歌を必ずしも「ハイレ·セラシエの言葉」として聞く必要はないのであり、肝心の戦闘的な部分は全てボブ·マーリーからのメッセージであるとして聞いておけばいいのではないかと思う。

上の動画では「War」の演奏に続いて、1973年に発表された「No More Trouble」という別の歌がメドレー形式で演奏されている。一応その歌詞についても、訳出しておきたい。なお、「trouble」は「紛争」「困難」「トラブル」等々、いろいろな日本語に置き換えうる単語だが、この歌においては「イヤなこと」一般として解釈するのが一番しっくり来るのではないかと私は感じた。

No more trouble

We don't need no more trouble
We don't need no more trouble

イヤなことはもうたくさんだ。
イヤなことはもうたくさんだ。


What we need is love (love)
To guide and protect us on (on)
If you're up look down from above (above)
Help the weak if you are strong now (strong)

必要なのは愛だろう。
我々を導き守ってくれる愛だろう。
もしもあんたが高いところにいるなら
そこから下を見てみろよ。
もしもあんたが強い者だというのなら
弱い者のことを助けろよ。


We don't need no trouble
What we need is love (What we need is love sweet love)

イヤなことはもうたくさんだ。
必要なのは愛だろう。
(素敵な愛だろう)


We don't need no more trouble
We don't need no more trouble

イヤなことはもうたくさんだ。
イヤなことはもうたくさんだ。


Speak happiness (Sad enough without your woes)
I beg you to speak of love (Sad enough without your foes)

幸せについて話そう。
(悲しいことはたくさんだ。
苦しみのことは忘れよう)。
愛について話してくれよ。
(悲しいことはたくさんだ。
敵のことは忘れよう)。


We don't need no more trouble
We don't need no more trouble

イヤなことはもうたくさんだ。
イヤなことはもうたくさんだ。



そのことの上で、私自身にとってのこの歌をめぐる問題は、自分が中学2年生だったあの時、シネイド·オコナーという人がテレビの向こうでブーイングの嵐を浴びながら、伴奏もなしにこの歌を絶唱していたことは、彼女にとって、そして世界にとってどういった意味を持つ「戦い」だったのだろうかということである。その「事件」に関しては、英語版Wikipediaの彼女の記事に詳しい顛末が載っていたので、以下に全文を訳出することにしたい。

Saturday Night Live performance

サタデーナイト·ライブでのパフォーマンス


SNL.1992.10.3.

On 3 October 1992, O'Connor appeared on Saturday Night Live as a musical guest. She sang an a cappella version of Bob Marley’s "War", intended as a protest against sexual abuse in the Catholic Church—O'Connor referred to child abuse rather than racism. She then presented a photo of Pope John Paul II to the camera while singing the word "evil", after which she tore the photo into pieces, said "Fight the real enemy", and threw the pieces towards the camera.
1992年10月3日、オコナーは音楽ゲストとしてサタデーナイト·ライブに出演した。彼女はボブ·マーリーの「War」のアカペラバージョンを歌い、カトリック教会における性的虐待への抗議として、人種差別に反対する歌詞を児童虐待への反対に変えて歌った。そして彼女は歌詞の中の「邪悪」という言葉に合わせてカメラの前にローマ法王ヨハネ·パウロ二世の写真を掲げ、それを引き裂いて「真の敵と戦おう」と言い、カメラに向かって投げつけた。

Saturday Night Live had no foreknowledge of O'Connor's plan; during the dress rehearsal, she held up a photo of a refugee child. NBC Vice-President of Late Night Rick Ludwin recalled that when he saw O'Connor's action, he "literally jumped out of [his] chair." SNL writer Paula Pell recalled personnel in the control booth discussing the cameras cutting away from the singer. The audience was completely silent, with no booing or applause; executive producer Lorne Michaels recalled that "the air went out the studio". Michaels ordered that the applause sign not be used.
サタデーナイト·ライブ(以下SNL)は、オコナーの計画について事前に何も知らされていなかった。ドレス·リハーサルの際には彼女は難民の子どもの写真を掲げていた。NBCの深夜枠の統括責任者だったリック·ルードウィンは、彼女のとった行動に「文字通り椅子から転げ落ちた」と振り返っている。SNLの放送作家だったポーラ·ペルは、カメラを引き離すべきかどうかをめぐってコントロールブースに職員を集めた(←翻訳、やや自信がありません)。観客は完全に沈黙していて、ブーイングも拍手もなかった。制作責任者だったローナ·ミッチェルは「スタジオから空気がなくなったようだった」と振り返る。ミッチェルは客席に「拍手」のサインを出さないように指示した。

A nationwide audience saw O'Connor’s live performance, which the New York Daily News's cover called a "Holy Terror". NBC received more than 500 calls on Sunday and 400 more on Monday, with all but seven criticising O'Connor; the network received 4,400 calls in total. Contrary to rumour, NBC was not fined by the Federal Communications Commission for O'Connor’s act; the FCC has no regulatory power over such behaviour. NBC did not edit the performance out of the West coast tape-delayed broadcast that night, but reruns of the episode use footage from the dress rehearsal.
ニューヨーク·デイリーニュースの表紙が「聖なるテロ」と呼んだこの出来事を、全米の視聴者が目の当たりにすることになった。日曜日にはNBCに500本以上の電話がかかり、月曜日にも400本以上の電話がかかって、7件以外はオコナーを批判する内容だった。電話はトータルで4400本にのぼった。NBCはオコナーのとった行動をめぐり連邦通信委員会から罰金を課せられたという噂が飛んだが、これは事実と異なる。連邦通信委員会にそうした権限はない。NBCは当日、西海岸地域での放送で映像と音声をずらして放送したのを除けば(←翻訳、やや自信がありません)、パフォーマンスに何も編集を加えなかった。ただし、再放送ではリハーサル時の映像が使用された。

As part of SNL's apology to the audience, during his opening monologue the following week, host Joe Pesci held up the photo, explaining that he had taped it back together—to huge applause. Pesci also said that if it had been his show, "I would have gave her such a smack."
SNLから視聴者への謝罪の一環として、翌週の放送ではホスト役のジョー·ペシがテープで元通りにつなぎ合わされた写真を掲げ、大きな喝采をあびた。ペシは同時にもし自分の回で同じことが起こっていたら、「彼女にビンタしただろう」と付け加えた。

In a 2002 interview with Salon, when asked if she would change anything about the SNL appearance, O'Connor replied, "Hell, no!" On 24 April 2010, MSNBC aired the live version during an interview with O'Connor on The Rachel Maddow Show.
ウェブマガジンの「Salon」における2002年のインタビューで、自分がとったSNLでの行動を改めたいとは思わないかというの質問に対し、オコナーは「Hell, no! (絶対にありえない)」と答えている。2010年4月24日には、アメリカの民放テレビ局MSNBCのレイチェル·マドウ·ショーで、オコナーへのインタビューに合わせてライブの映像が放送されている。

Madonna's reaction

マドンナの反応


Madonna's reaction 2:20〜

On Madonna's next appearance on SNL, after singing "Bad Girl", she held up a photo of Joey Buttafuoco and, saying "fight the real enemy", tore it up. Madonna also roundly attacked O'Connor in the press for the incident, telling the Irish Times: "I think there is a better way to present her ideas rather than ripping up an image that means a lot to other people." She added, "If she is against the Roman Catholic Church and she has a problem with them, I think she should talk about it." The New York Times called it "professional jealousy" and wrote:
その次にマドンナがSNLに出演した際、彼女は「Bad Girl」を歌い終えた後、ジョーイ·バタフォコ(当時、17歳の少女とのスキャンダルで有名になっていた男性)の写真を掲げ、「真の敵と戦おう」と言いながら引き裂いた。一方でマドンナは、事件をめぐってオコナーのことをマスコミで辛辣に批判しており、アイリッシュ·タイムズに対しては「他の人にとっては多くの意味を持つ写真を引き裂くようなことをするより、自分の考えを主張するにはもっといいやり方があるはずだと思う」として、「もし彼女がカトリック教会に反対していて、教会との間に問題を抱えているなら、そのことを話せばいい」と語った。ニューヨーク·タイムズは「プロのジェラシー」という見出しで以下のように書いている。

After Madonna had herself gowned, harnessed, strapped down and fully stripped to promote her album Erotica and her book Sex, O'Connor stole the spotlight with one photograph of a fully clothed man. But the other vilification that descended on O'Connor showed she had struck a nerve.
マドンナがロングドレスを着たりハーネス(甲冑?)をつけたり、革紐で自分を縛りつけたり、それを全部脱いだりして自分のアルバム「エロティカ」と著書「セックス」の宣伝に努めていたその後で、オコナーは服を着た男性の一枚の写真で彼女からスポットライトを奪ってしまった。オコナーに浴びせられたさまざまな中傷は、それが彼女の神経に触ったことを物語っている。

Bob Guccione, Jr. in a 1993 Spin editorial was adamant in his defence of O'Connor, writing:
アメリカの音楽誌「スピン」の編集者の一人、ボブ·グッチョーネは、断固としてオコナーを擁護し、以下のように書いた。

Madonna savaged her in the press, obviously to fuel publicity for Sex and sales of her new album, Erotica … But when the Sinead controversy threatened to siphon some of the attention from the impending release of Sex, Madonna conveniently found religion again...
マドンナがマスコミで彼女に噛みついたのは、明らかに「セックス」と「エロティカ」への注目を集めるためだ。...だがシネイド論争が差し迫った「セックス」の出版から注目を奪う危機を感じた時、マドンナはまたしても都合よく「宗教」を発見したのである...


In November 1991, a year prior to the incident, O'Connor had told Spin magazine:
事件の1年前にあたる91年11月、オコナーはスピン誌に以下のように語っている。

Madonna is probably the hugest role model for women in America. There's a woman who people look up to as being a woman who campaigns for women's rights. A woman who in an abusive way towards me, said that I look like I had a run in with a lawnmower and that I was about as sexy as a Venetian blind. Now there's the woman that America looks up to as being a campaigner for women, slagging off another woman for not being sexy.
マドンナは多分、アメリカの女性にとって一番大きな生き方のモデルになっていると思う。女性として女性の権利を主張し、人々の尊敬を集めている一人の女性がいるわけだ。私に対しては、口汚い態度で、芝刈り機とケンカしてきたみたいだとか、セクシーさに関してはベネチアの視覚障害者みたいだとか言ってきた女性ではあるわけだけど。アメリカが女性の代弁者として尊敬し、かつ他の女性のことはセクシーじゃないからと言ってこきおろす、そういう女性がいるってことだ。
(※ マドンナの言葉として引用されている内容はあまりに差別的ですが、原義通りに翻訳しました)。

Bob Dylan tribute performance

ボブ·ディラン·トリビュートでのパフォーマンス

Sinead O'Connor - Bob Dylan 30th Anniversary tribute concert. (1992)

Two weeks after the Saturday Night Live appearance, she was set to perform "I Believe in You" at the Bob Dylan 30th Anniversary tribute concert in Madison Square Garden. She was greeted by a thundering mixture of cheers and jeers. During the booing, Kris Kristofferson told her not to "let the bastards get you down", to which she replied, "I'm not down." The noise eventually became so loud that O'Connor saw no point in starting the scheduled song. She called for the keyboard player to stop and the microphone to be turned up, and then screamed over the audience with an improvised, shouted rendition of "War". This time, she sang the song, stopping just after the part in which the lyrics talk about child abuse, emphasizing the point of her previous action. She then looked straight to the audience for a second and left the stage. Kristofferson then comforted her, as she cried.
「サタデーナイト·ライブ」出演から2週間後、彼女はマディソン·スクエア·ガーデンで開催されるボブ·ディラン30周年トリビュートコンサートで、「アイ·ビリーブ·イン·ユー」を歌うことになっていた。彼女は雷鳴のような声援と野次に迎えられることになった。クリス·クリストファーソンは「bastardなやつらにへこまされ」るんじゃないと彼女に言い、彼女は「私はへこんだりしてない」と答えた。騒音はついには、予定されていた歌を彼女がどこから歌い出せばいいか分からなくなるほどにまで高まった。彼女はキーボード奏者に演奏を止めるよう伝え、マイクの音量を上げさせて、観衆に向かい、即興で「War」の一節を絶叫した。この時には、児童虐待についての歌詞の後で歌を止め、サタデーナイト·ライブでの主張をさらに強調した。彼女はそれから観衆をまっすぐに凝視し、ステージを後にした。泣き出した彼女を、その後、クリス·クリストファーソンがなぐさめた。

...引用は以上。さらに探すとそのサタデーナイト·ライブでの彼女のパフォーマンスにはどのような背景があったのかということを特集した以下のような記事も見つけたが、私はここまでで力尽きたので、関心のある方は英文を自力で解読されたい。
www.theatlantic.com
あの時シネイド·オコナーは、自分に対するブーイングの直接の原因になっているサタデーナイト·ライブでのパフォーマンスを、そのブーイングの前でそのまま再現してみせたのである。25年経って初めてそのことの意味が分かっただけでも、今回の記事を書いた甲斐はあったと思った。

それとクリス·クリストファーソンが彼女を励まそうとしていたことは知っていたが、そのための言葉の中でブーイングをあげる観客のことをbastard(非嫡出子)と表現していたことには、ショックを覚えた。その言葉があの時のシネイド·オコナーには、どんな風に聞こえていたことだろうかと思った。

今回の記事はほとんど私自身のための備忘録のような体裁になってしまったが、それでもネットの片隅に上げておけば、いずれ誰かの役にも立つのではないかと思う。最後にシネイド·オコナーがサタデーナイト·ライブで歌ったバージョンでの「War」の歌詞を翻訳して、締めくくりとしたい。ではまたいずれ。

War

Until the philosophy,
Which holds one race superior
And another inferior,
Is finally and permanently
Discredited and abandoned,
Everywhere is war.

ある人種は優れており
ある人種は劣っているという思想が
最終的に
そして永久に
正しいものではないと認められるまで
そして放棄されるまで
至るところは戦争だ。


Until there is no longer first class
Or second class citizens of any nation.
Until the color of a man's skin,
Is of no more significance than
The color of his eyes,
I've got to say "war".

あらゆる国で
一級市民や二級市民といった
差別がなくなるまで
人間の肌の色が
その目の色と同じような重要性しか
持たないようになるまで
私は「戦争」を叫ばなければならない。


That until the basic human rights,
Are equally guaranteed to all,
Without regard to race,
I'll say "war"

基本的人権というものが
人種の区別なく
すべての人に平等に
認められるようになるまで
私は「戦争」を叫ぶだろう。


Until that day the dream of lasting peace,
World-citizenship and the rule of
International morality will remain
Just a fleeting illusion to be pursued,
But never obtained.
And everywhere is war.

その日が来るまで
終わらない平和や
世界的な公民権や
国境をこえた倫理にもとづく統治は
追い求められるべきではあっても
実現されることのない
つかの間の幻想であり続けることだろう。
そして至る所は戦争だ。


Until the ignoble and unhappy regime
Which holds all of us through,
Child-abuse, yeah, child-abuse yeah,
Sub-human bondage has been toppled,
Utterly destroyed,
Everywhere is war.

私たちのすべてを縛りつけている
恥ずべき不幸な体制
そう、児童虐待
そうだ、児童虐待が
非人間的な抑圧が
ひっくり返されて
完全に滅ぼされるまで
至る所は戦争だ。


War in the east,
War in the west,
War up north,
War down south,
There is war,
And the rumors of war.

西で戦争
東で戦争
北の戦争
南の戦争
戦争があり
戦争の噂がある。


Until that day,
There is no continent,
Which will know peace.

その日が来るまで
平和を知る大陸など
ありはしない。


Children, children.
Fight!

子どものみなさん
戦いましょう!


We find it necessary.
We know we will win.
We have confidence in the victory
Of good over evil

それは必要なことなんだ。
私たちは必ず勝利する。
善の邪悪に対する勝利を
私たちは確信している。


Fight the real enemy!
本当の敵と戦おう!



Rastaman Vibration

Rastaman Vibration